前世を思い出して生き方を見直す日々   作:naoki2525

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第十一話

屋敷の重厚な扉を開けると、朝の光が容赦なく差し込んでくる。

 

眩しさに一瞬だけ目を細め、額に差す陽の温もりを感じながら、外の石畳を踏みしめた。

 

空は雲一つない晴天。空気は澄んでいて、どこか背筋が伸びるような朝だった。

 

 

 

門の方に目を向けると、昨日と同じ場所にリサの姿があった。

 

腰に手を当て、じっとこちらを見据えている。……恐らく、また「遅い」とでも言いたげな顔だ。

 

 

 

時間通り出てきてるんだがな。

 

 

 

近づくにつれて、案の定リサが怒ったような顔を作って出迎える。

 

 

 

「待たせすぎじゃねーか?」

 

 

 

芝居がかったその言い回しに、思わず肩が緩む。

 

 

 

「時間通りだ」

 

 

 

そう淡々と返すと、リサは口をへの字に曲げ、不満をこぼす。

 

 

 

「ちょっとぐらい遊びに付き合ってくれよ」

 

 

 

わざとらしくため息をつきながら、肩をすくめて見せる。

 

しかしその口元には、明らかにからかい混じりの笑みが浮かんでいた。

 

不機嫌なふりをして、どこか嬉しそう。

 

リサのこういう“回りくどい素直さ”には、だいぶ慣れてきた気がする。

 

 

 

「それが目的で早く来てるのか?」

 

 

 

問いに対して、リサは一拍おいてから悪びれもなく頷く。

 

 

 

「まあな」

 

 

 

その潔さに、思わず口元が緩む。

 

そういうところも、彼女らしい。

 

 

 

「そうか、明日からは付き合ってやる」

 

 

 

そう返して視線を先に向ける。

 

すると、横から視線を感じた。

 

ちらりと目をやると、リサが目を細めてこちらを見ていた。

 

 

 

「……それはそれでなんか違うな」

 

 

 

リサの言葉に軽く眉を上げたそのとき、背後から足音が近づいてくる。

 

靴音はよく整えられており、騎士団の者だとすぐにわかった。

 

振り向くと、銀の装具を身につけた若い騎士が姿勢を正して立っていた。

 

 

 

「ミズキ様、軍馬2頭準備できております」

 

 

 

短く要点だけを伝えるその声音には、程よい緊張感と忠誠の気配があった。

 

この世界の騎士たちは、どいつも礼儀を忘れない。

 

それはありがたくもあり、少しくすぐったくもある。

 

 

 

「そうか。助かる」

 

 

 

俺は軽く頷き、再びリサへと視線を向けた。

 

彼女は既に騎士の言葉で状況を理解していたのか、腰に手を当てたまま小さく息を吐いていた。

 

 

 

「リサ、準備はできているか?」

 

 

 

問いかけると、リサはにやりと口角を上げて返した。

 

 

 

「ああ、早く行こうぜ」

 

 

 

その口調にはどこか楽しげな響きがある。

 

リサはくるりと背を向けて、石畳を軽やかに進み出す。

 

その背中を目で追いながら、俺も足を動かした。

 

 

 

軍馬の背に揺られながら、ゆっくりと進む。

 

体を上下に軽く揺さぶる駆け足のリズムに、腹の底から響くような振動が伝わってくる。

 

隣にはリサが同じように馬を操り、風を切る音の中で髪をなびかせている。

 

 

 

「冒険者は戦闘や護衛以外の仕事はあるのか?」

 

 

 

そう尋ねると、リサは視線を前に向けたまま肩をすくめた。

 

 

 

「ああ、何でもあるぜ。採取依頼や街のゴミ拾い、迷子探しに老人の話し相手まで。実質、何でも屋みたいな感じだな」

 

 

 

「俺でもやれそうだな」

 

 

 

「ミズキ様が冒険者は厳しいと思うぜ? 体力仕事が大半だからな」

 

 

 

言われて、内心苦笑するしかなかった。

 

昨日数時間歩き回っただけで倦怠感が現れたしな。

 

今度、騎士団の訓練に混ざらせてもらう予定にはなっているが、それまでの間、日々の鍛錬と呼べるものは何もしていない。

 

訓練が始まってからでいいや、そんな甘えた考えを、いまだにどこかで引きずっている。

 

このような状態で冒険者になろうものなら、数日で潰れるのが目に見えている。

 

 

 

「……」

 

 

 

言葉に詰まり、視線を前へと戻す。

 

リサの馬がわずかにこちらへ寄ってくる気配がして、視界の端に彼女の笑みが映った。

 

いたずらを思いついた子供のような、どこか意地悪そうな笑みだった。

 

 

 

「まあ、ミズキ様が冒険者になったら私が雇ってやるよ」

 

 

 

その言葉に、思わず笑いがこみ上げる。

 

冗談とも本気ともつかない、だが妙に自然な響きがあった。

 

どの業界でも、人との縁が仕事につながるものだ――その考えは、前世でもこっちでも共通なのかもしれない。

 

 

 

「俺は高いぞ」

 

 

 

冗談とわかりやすいように、わざとらしくにやりと笑ってリサに返す。

 

リサはこちらをちらと見て、口角を上げた。

 

 

 

「私はそこそこ稼いでる」

 

 

 

即答したその口調には、見栄も気負いも感じられなかった。

 

まるで当たり前のことを言っただけのような、淡々とした自信。

 

それをさらりと口にできるあたり、やはりリサは只者じゃない。

 

自分でAランク冒険者だと名乗っていたぐらいだし、虚勢ではないのだろう。

 

この世界で冒険者が上位に立つには、実力も運も、生き残るだけの胆力も必要だ。

 

そのすべてをくぐり抜けてきたのだと思えば、今の余裕も納得がいく。

 

 

 

見渡せば、街の門がすぐそこまで迫っていた。

 

衛兵の姿が見え始め、門の奥からは活気ある市のざわめきと、揚げ菓子の香ばしい匂いが風に乗って届いてくる。

 

 

 

俺は手綱を少しだけ引いて馬の速度を落とし、リサの隣へ並ぶ。

 

 

 

「で、俺を雇うなら、いくら払うつもりなんだ?」

 

 

 

「内容によるな。何してくれるんだ?」

 

 

 

「冒険者は何でも屋だろ。何でもする」

 

 

 

「だったら、全財産払ってでも雇うぜ」

 

 

 

リサは笑いながらそう言った。

 

馬の上でも、言葉の調子でも、一切の躊躇がなかった。

 

 

 

「えらく高い評価だな」

 

 

 

「当たり前だ。エリルだってそうだとおもうぜ?あったら聞いてみな」

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

軽く頷きながら、懐から身分証を取り出す。

 

門の前には、昨日と同じ門番の女性が立っていた。

 

こちらの姿に気づくと、彼はすぐに歩み寄ってきて、慣れた手つきで証を一瞥する。

 

形式的な挨拶とともに、すんなりと門を通される。

 

特にやり取りらしいやり取りもなく、俺とリサは街へと足を踏み入れた。

 

 

 

石畳を馬の蹄が叩く音が数歩続いたところで、馬番が現れる。

 

手綱を預け、礼を言ってから歩き出した瞬間、街の熱気が肌を撫でた。

 

 

 

風を切っていた馬上では気づかなかったが、気温は昨日よりも明らかに高い。

 

陽光が石造りの建物に反射して、視界がきらきらと眩しく揺れる。

 

すでに背中にはうっすらと汗が滲んでいた。

 

 

 

「門の前にエリルがいるはずだ」

 

 

 

そう呟きながら、あたりを見渡す。

 

日差しが強すぎて、目を細めなければ視界が霞んでしまう。

 

建物の窓や飾りの金属がいちいち陽を跳ね返し、まるで街全体が光っているようだった。

 

 

 

そんな中、俺の横で立ち止まったリサが、まっすぐ前を指さした。

 

 

 

「いた、あそこだ」

 

 

 

目を凝らして指先を追う。

 

人混みの向こう、露店の屋根を挟んだ向こう側。

 

人々の間をゆっくりと歩くひときわ目立つ黒の衣装――確かに、魔女風のローブと帽子だ。

 

どう見てもエリルだった。

 

 

 

「流石だな」

 

 

 

目利きというより、気配か空気か、あるいは動きの癖か。

 

あの距離と人混みの中で一発で見つけ出すあたり、高ランク冒険者は伊達じゃない。

 

 

 

リサは軽く顎を上げ、そのままエリルに向かって歩き出した。

 

俺もその後を追う。人々を縫うように進みながら、あらためてエリルの背中を確認する。

 

相変わらず、目立つ格好だ。

 

黒一色のローブに、つば広の帽子。市場の喧騒の中では浮き気味だが、本人はまるで気にしていない。

 

 

 

距離が縮まったタイミングで、リサが声をかけた。

 

 

 

「よう、待たせたか?」

 

 

 

その声に、エリルがびくりと肩を跳ねさせて振り向く。

 

どうやら俺たちの存在にはまったく気づいていなかったようだ。ほんのりと驚きと照れが混ざる。

 

 

 

「いや、私も今来たところだよ」

 

 

 

帽子のつばを軽く指先で押さえながら、エリルは小さく笑ってこちらを見る。

 

その仕草には、言い訳がましさもなければ、過剰な照れもない。

 

ただ、自然と滲み出るような柔らかさがあった。

 

リサがそれを見て、口の端をわずかに吊り上げる。

 

 

 

「デートの常套句だな。ただの遊び相手に行っても意味ないぜ?」

 

 

 

小ばかにしたような口調ではあるが、そこに棘はない。

 

むしろ、長年の友人にしか許されないような気安さすら感じられた。

 

 

 

「そんなつもりで言ったわけじゃないけどね」

 

 

 

エリルは淡々と答える。

 

取り繕うでもなく、受け流すでもなく、まるで呼吸のように自然な返しだった。

 

照れるわけでもなく、冷めているわけでもない。

 

この会話の応酬は、きっと何度も繰り返されてきたのだろう。

 

 

 

「まあ、合流できたんだ。ミズキ様、どこに行くよ?」

 

 

 

「今日は一つ買いたいものがある」

 

 

 

俺がそう答えると、エリルの目が少しだけ興味を帯びた色に変わる。

 

リサは、少し驚いたような口ぶりで続けた。

 

 

 

「今日はちゃんと考えてきたのか」

 

 

 

「騎士の褒美じゃないぞ。個人的に欲しいものがある」

 

 

 

二人が視線を交わし、そして再びこちらへ集中する。

 

まるで次の展開を楽しみにしているかのように。

 

 

 

隠しているつもりはない。

 

だが、理由もなく口にするのが面倒で、俺は何も言わずにそのまま歩き出した。

 

足音が三つ、石畳の上で一定のリズムを刻む中、エリルが口を開く。

 

 

 

「教えてくれないのかい?」

 

 

 

問いかけは柔らかく、それでいて探るような色が含まれていた。

 

問われたからには、答えない理由もない。

 

隠しているつもりはないし、意地悪しているわけでもない。

 

 

 

「動きやすい福だ。今着ている服は堅苦しい」

 

 

 

身に纏っているのは、スーツ風の上着とシャツ。

 

俺が持っている衣服の中では、まだ着心地のいい部類に入るだろう。

 

だが、それでも満足はできなかった。

 

 

 

どうしても、前世の感覚が尾を引く。

 

軽くて、柔らかくて、肌に優しくて、そして何より息がしやすい服。

 

あの世界では、それが当たり前だった。

 

 

 

それに、社会人として働いていた頃の記憶がふと蘇るたび、今のこの格好が“制服”にしか思えず、どこか息苦しくなる。

 

別にブラック企業だったわけではない。だが、それでも大抵の社会人は、職場に対してどこかしら嫌悪感を持っているものだ。

 

 

 

「へぇ、着心地のいい服は持ってないの?」

 

 

 

エリルの問いかけに、俺は首を縦に振る。

 

 

 

「ああ、一枚もないな」

 

 

 

「ミズキ様、今何歳?」

 

 

 

「……十七だが」

 

 

 

いきなりの年齢確認に、少しばかり戸惑いつつも応じると、エリルはわずかに目を細めた。

 

 

 

「十七年も生きてきて、今さら着心地のいい服を探すんだ」

 

 

 

言葉でこそ言わなかったが、その目ははっきりとそう語っていた。

 

変わってる、変な奴と。

 

 

 

俺は肩をすくめ、あえて何も言わずに受け流した。

 

彼女の言いたいことはわかる。確かに、今さら過ぎる。

 

だが、俺の場合は前世の記憶のせいだから、仕方ない。

 

 

 

「……いい店は知っているか?」

 

 

 

これ以上掘り下げられるのも面倒なので、強引にでも話を変える。

 

前世の話は誰に言っても伝わらん。

 

 

 

「私は知らないな。いい防具屋なら知ってるんだが」

 

 

 

リサが、飾り気のない声でそう言った。

 

冒険者としての彼女らしさが出ている一言だったが、俺の求めているものとは、明らかに方向性が違う。

 

 

 

「私、知ってるよ。ちょっと変わった服が多いけど男性用も売ってたよ」

 

 

 

意外な返答に、俺は思わず彼女の服装に視線を移す。

 

 

 

――ローブとつば広帽子。

 

一目で目立つその格好は、現代日本で言うならコスプレに近い。

 

仮に着心地が良かったとしても、あの方向性の服を着て外を歩くのは、さすがにためらいがある。

 

 

 

「お前が着ている服を買ったところか?」

 

 

 

念のため、試すように尋ねると、エリルはまっすぐにこちらを見て頷いた。

 

 

 

「そうだよ」

 

 

 

まあ、そうだよな。俺は内心で小さくため息をつきながら、視線を前に戻す。

 

だが、男性用を扱っているというだけでも、この世界では希少だ。

 

貴族用の仕立て屋は格式ばかり重んじているし、一般向けの店はそもそも女性の数が圧倒的に多い。

 

その中で、選択肢がひとつでも増えるというのは、確かにありがたい情報だった。

 

足を運ぶ価値はある。

 

 

 

「……案内してくれ」

 

 

 

短くそう告げると、エリルはどこか嬉しそうに笑って頷いた。

 

 

 

「じゃあ、ついてきて」

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