前世を思い出して生き方を見直す日々   作:naoki2525

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第十二話

歩き出した彼女の後ろ姿を追って、俺とリサも足を動かす。

 

市場の喧騒を抜けると、路地は次第に静かになっていく。

 

人の気配はまだあるものの、往来の活気は薄れ、どこか裏舞台に踏み込んだような空気が漂い始めた。

 

 

 

「表通りに出てないだけで、昔からあるお店。知ってる人は知ってるってやつだね」

 

 

 

エリルの声は振り返らずともはっきりと届いた。

 

案内慣れしているのか、歩幅も一定で迷いがない。

 

 

 

俺はふと、以前訪れたエリルの家を思い出す。

 

あれもまた、人目の届きにくい裏通りにあった。

 

……変わった奴は、変わった場所を好むのか。

 

そんなことを考えながら、俺は周囲を一瞥した。

 

 

 

やがて、通りのさらに奥。目立たぬ角をひとつ曲がった先に、その店は現れた。

 

 

 

木組みの外壁に囲まれた、やや低めの平屋。

 

見た目はどこにでもありそうな造りだが、扉の上にぶら下がった看板だけが、周囲と異なる雰囲気を放っていた。

 

 

 

「ここか?」

 

 

 

「うん、仕立て屋さん。名前は無いらしいよ。看板は昔からあのままだね」

 

 

 

俺は看板を見上げたまま、小さく息を吐く。

 

奇抜さはない。むしろ、地味ですらあるその佇まいに、逆に興味をそそられる。

 

 

 

「入ろうか」

 

 

 

エリルが扉に手をかける。

 

 

 

ギィ……と、控えめな軋み音が耳に届いた。

 

ゆっくりと開かれた扉の奥からは、布と木が混ざり合った、柔らかく懐かしい匂いがふわりと流れ出てくる。

 

 

 

一歩足を踏み入れると、外の喧騒がすっと遠のいた。

 

店内は静かで、整っている。

 

壁沿いには反物を巻いた棚が並び、所狭しと布地が積み重ねられていた。

 

 

 

色彩はどれも落ち着いており、派手さはない。だが、その一枚一枚に、確かな織りと質感へのこだわりがにじんでいる。

 

 

 

「……悪くないな」

 

 

 

俺がそう呟くと、リサが隣で少し驚いたように眉を上げた。

 

 

 

「てっきり、もっと奇抜な店かと思ってたぜ」

 

 

 

「失礼だな」

 

 

 

「いや、エリルの服見たら、誰だってそう思うだろ」

 

 

 

やれやれと言わんばかりにリサが肩をすくめる。

 

そのやり取りを聞きながら、エリルは口元に微笑を浮かべていた。

 

 

 

「私の服は特注だよ。普通のも、ちゃんとある」

 

 

 

そう言いながらも、どこか得意げな様子だった。

 

 

 

そんな軽いやり取りの最中――

 

奥にかかった薄いカーテンが、ふわりと揺れた。

 

 

 

そこから現れたのは、一人の女性だった。

 

 

 

銀髪をゆるく後ろで結い、くすんだ藍色の上衣に身を包んでいる。

 

装いは飾り気がないが、その一つ一つが丁寧に整えられており、何より所作に乱れがなかった。

 

静かな気配のまま、歩みを進め、俺たちの前で立ち止まる。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

 

その声もまた、落ち着いた響きを持っていた。

 

穏やかで、芯のある声。店の空気と自然に溶け込んでいる。

 

 

 

「ミャトさん、お久しぶり」

 

 

 

エリルが穏やかに声をかける。

 

口調や立ち位置から察するに、どうやらこの女性とは顔馴染みのようだ。

 

 

 

――ミャト。

 

エリルが普段着ている、あの個性的な服も、この店で仕立てたものなのだろう。

 

 

 

「今回は大人数だね」

 

 

 

店主は、微笑を浮かべたままエリルを見やると、自然な流れでその視線をリサ、そして俺へと移した。

 

視線に含まれるものは好奇心でも警戒でもなく、ただ静かな観察と、わずかな興味――それだけだった。

 

 

 

「今回はどんな服を探してるんだい?」

 

 

 

「男性用。着心地がいいのが欲しいんだって」

 

 

 

エリルが手短に代弁する。

 

変に飾らず、まっすぐな言い方だった。

 

 

 

ミャトは少しだけ目を細めたあと、穏やかに頷いた。

 

 

 

「そうかい。……数は少ないけれど、見ていっておくれ。男性用はこっちだよ」

 

 

 

そう言いながら、ミャトさんはゆっくりと背を向け、店の奥へと歩き出す。

 

迷いのない足取り。後に続く俺たちに対して、振り返る素振りすらないのに、不思議と置いていかれる感覚はなかった。

 

 

 

途中、並んでいる女性用の衣装が目に入る。

 

一通り目をやってみたが、エリルのようなローブは置かれていなかった。

 

奇抜なものばかりを扱っている店ではない――どうやら本当に、仕立て屋として筋の通った店のようだ。

 

 

 

「ほれ、ここだよ。こんなのどうだい?」

 

 

 

案内されたのは、男性向けとおぼしき棚の前。

 

ミャトさんは到着するや否や、さっと数着の服を取り出してこちらに掲げてみせた。

 

 

 

素材は悪くない。仕立ても丁寧だ。

 

だが、色合いが派手すぎた。赤に金、緑に紫……

 

貴族の正装としてなら映えるかもしれないが、俺が求めているのはもっと落ち着いたものだ。

 

 

 

「……あまり好みじゃないな」

 

 

 

正直にそう告げると、ミャトさんは少しだけ首を傾げ、目を細めた。

 

 

 

「そうかい? 貴族様なら気に入ると思ったんだがね」

 

 

 

言葉に責めるような響きはない。ただ、事実として淡々と伝えるような口調だった。

 

 

 

やはりというべきか、当たり前というべきか――

 

彼女は最初から俺の身分を見抜いていたようだ。

 

それに、貴族は派手好きと見なされていたようだ。

 

大半の貴族はそれであっているがな。

 

 

 

ミャトさんが衣装を畳み直している間、俺も棚に目をやる。

 

品数こそ多くはないが、一着一着の風合いには目を見張るものがある。

 

 

 

そして――ふと、ある布地に目が吸い寄せられた。

 

 

 

「おお」

 

 

 

思わず声が漏れる。

 

棚の一角、他の衣装に紛れるようにして掛けられていたそれは、

 

深い藍――いや、かすかに紫が混ざったような、濃紺の布だった。

 

 

 

形は極めて簡素。だが、その控えめな作りの中に、不思議な引力があった。

 

開いた前合わせ、短い袖、全体を覆う軽やかな質感。

 

それは、間違いなく――甚平に似ていた。

 

 

 

確信するよりも早く、手が自然と伸びていた。

 

指先に触れた布の感触は、前世で慣れ親しんだそれとはわずかに異なる。

 

それでも柔らかく、芯があり、心地よい張りがある。

 

この世界の素材で、ここまで再現できるものがあるとは思わなかった。

 

 

 

「それが好みなのかい?」

 

 

 

背後からミャトさんの声がかかる。

 

 

 

俺はゆっくりと顔を上げ、振り返る。

 

驚きと懐かしさと、少しの疑念が入り混じった表情だったのだろう。

 

それを見て、ミャトさんは静かに目を細めた。

 

 

 

「それはね、鬼人族たちの衣装に寄せて作ったものだよ」

 

 

 

鬼人族――

 

生まれつき優れた身体能力を持ち、戦や狩猟に長けた種族だ。

 

その存在は知っていたが、実際に見たことはない。

 

ネフェリウス家の領地にはいない。どの領地に住んでいるのだろうか。

 

 

 

一度訪れてみたい。

 

日本の文化に近しいなら、親に無理言って鬼人族に婿入りしようかな。

 

 

 

冗談とも本気ともつかない思考が、頭の中をよぎる。

 

元より、この世界は女性のほうが多く、男性は希少だ。

 

婿入りの申し出も、拒否される可能性は低い。

 

鬼人族が日本文化に近い暮らしをしているというなら、それは……一考の価値がある。

 

 

 

「試してみるかい?」

 

 

 

ミャトさんの一言で飛んでいた意識が現実に帰ってくる。

 

 

 

「ああ」

 

 

 

軽く頷きながら返すと、彼女は目元を緩めて小さく笑った。

 

 

 

「それなら、奥で着替えるといい。あたしは大きさや色違いのものをいくつか持ってきてみるよ」

 

 

 

言葉の調子は変わらず穏やかだが、その手際には職人らしい気配りと慣れがあった。

 

客の要望に応じつつも、先回りして動いてくれる――いい店だな。

 

 

 

「助かる」

 

 

 

そう答えて服を丁寧に抱え、俺は店の奥にある小さな仕切りの向こうへと足を運んだ。

 

軽い布のカーテンが揺れ、外の空気が遮断される。

 

急に静けさが深まり、耳の奥に心音だけが微かに響く。

 

 

 

手にした服を見つめながら、思う。

 

こうして“自分の意思で服を選ぶ”のは、これが初めてかもしれない。

 

今までは親や使用人が用意した衣装を身にまとっていた。

 

 

 

ゆっくりと着替えを終えると、服は驚くほど自然に体になじんだ。

 

ごわつきも、窮屈さもない。

 

まるで最初から、自分の体格を測って仕立てたかのような着心地だ。

 

 

 

この店には、大きな鏡はない。

 

全身がどう映っているかはわからないが、それでも、この軽さと涼しさ、そして肌触りは、十分に気に入った。

 

 

 

似合っているだろうか。

 

リサやエリル聞いてみるか。

 

こういう時の第一声、なんていえばいいんだろうな。

 

何とも言えない気恥ずかしさがある。

 

 

 

カーテンを開けるとリサやエリルと目が合う。

 

 

 

「どうだ?」

 

 

 

ようやく絞り出した一言は、我ながらひどく素っ気ない。

 

だが、それしか出てこなかった。

 

数秒の沈黙ののち、先に口を開いたのはリサだった。

 

 

 

「似合ってるぜ」

 

 

 

それは、からかいの色を含んでいなかった。

 

真面目に評価してくれたのだろう。

 

 

 

「うわぁ、家に飾りたいぐらいだよ」

 

 

 

エリルも、目を輝かせながらそう言った。

 

感想としては過剰だが、彼女なりの褒め言葉なのだろう。

 

 

 

「そうか」

 

 

 

こうも褒められると気分がいい。

 

 

 

「それ、買うのかい? サイズが同じで、色違いがもう一着あるよ」

 

 

 

背後から、ミャトさんの落ち着いた声が聞こえる。

 

 

 

振り返ると、彼女はもう一着の服を手にしていた。

 

それは――漆黒の生地で仕立てられたものだった。

 

 

 

「……黒、か」

 

 

 

思わず、声が漏れる。

 

深く、吸い込まれるような黒。

 

光の当たり具合によって、わずかに藍が滲むようにも見える。

 

派手ではない。だが、明確な存在感があった。

 

 

 

「印象が変わるな。落ち着きがある。こっちは、少し……威厳がある」

 

 

 

「そうだろうね。紺は穏やか、黒は静かな強さを感じさせる。両方似合ってるよ」

 

 

 

ミャトさんはそう言いながら、服を俺の前に差し出してくる。

 

その手つきは誇らしげというより、ごく自然。

 

 

 

「両方、買っていくかい? 素材は同じ。着心地も変わらないよ。交互に着れば、どちらも長く使える」

 

 

 

俺は少しだけ視線を落とし、二着の服を見比べる。

 

紺と黒――どちらにも、それぞれの良さがある。

 

 

 

「……そうだな。両方、もらおう」

 

 

 

短く告げると、ミャトさんは静かに目を細めてうなずいた。

 

 

 

「着てきた服に着替えるかい?」

 

 

 

柔らかく問いかけてくる声に、俺は首を横に振る。

 

 

 

「いや、このままでいい」

 

 

 

そう返しながら、改めて袖を整える。

 

外は暑い。こちらの方が風通しも良く、どう考えても過ごしやすい。

 

 

 

そして、今はそれ以上に気になることがあった。

 

 

 

「そんなことより、店主。鬼人族とあったことがあるのか?」

 

 

 

視線をミャトさんに向ける。

 

鬼人族の文化が日本に近いのならば、ぜひとも詳しく知っておきたい。

 

可能であれば、直接会ってみたいとすら思う。

 

 

 

「昔、一度だけこの店に来たことがあったんだよ」

 

 

 

ミャトさんは遠くを見るような目をして、懐かしそうに答えた。

 

その語り口に、作り話の気配はない。

 

 

 

「そいつは今どこにいるか知っているか?」

 

 

 

わずかな期待を込めて問いかけたが、返ってきたのは首を横に振る仕草だった。

 

 

 

「さすがにそれは知らないよ。それに、店に来たといっても、ほとんど会話はしていないんだ。ただ、印象に残っていてね。あの服も、そのときに見かけた姿を思い出しながら、見様見真似で仕立てたものさ」

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

残念だが、仕方がない。少しずつ調べるとするか。

 

スマホもネットもない世界だが、情報が消えてなくなるわけではない。

 

街には人がいて、噂があり、記録が残っている。

 

貴族としての立場を活かせば、領地の境界や各地の風習も調べやすいはずだ。

 

 

 

そんな考えが頭をよぎったところで、ミャトさんが声をかけてきた。

 

 

 

「じゃあ、お会計ね。二着で――になるよ」

 

 

 

そこそこの値段だが、生地も縫製も確かだ。

 

むしろ安いくらいだろう。

 

 

 

「ああ」

 

 

 

小袋から銀貨を数枚取り出し、木のカウンターの上に並べる。

 

 

 

「確かに。ありがとね。気に入ってくれて、嬉しいよ」

 

 

 

ミャトさんは柔らかく微笑み、受け取った銀貨を布の袋に収めた。

 

その所作もまた、無駄がなく静かだった。

 

俺は一礼し、小さく「助かった」と告げてから店を後にする。

 

扉が控えめな音を立てて閉まり、柔らかな木の香りと静謐な空気が背後に遠ざかっていく。

 

 

 

石畳の道を歩き出して少ししたところで、隣を歩くリサが口を開いた。

 

 

 

「本気で鬼人族に興味あるんだな、ミズキ様」

 

 

 

口調は軽いが、目にはどこか探るような色がある。

 

 

 

「まぁな。……どうせなら、会って話してみたい」

 

 

 

俺が素直にそう返すと、リサはわずかに眉をひそめた。

 

 

 

「服見ただけでそんなに思うところあったのかよ」

 

 

 

「文化が気になっただけだ」

 

 

 

短く返すと、リサは「ふうん」と興味なさげに鼻を鳴らした。

 

だが、それ以上は追及してこなかった。

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