前世を思い出して生き方を見直す日々   作:naoki2525

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第十五話

エリルは腰が引けたかの様に小さく後ずさり、俺の手はエリルの頭から滑り落ちていく。

 

俺は一歩近づき、持っていた帽子をそっと元の位置に戻すと、ふわりと彼女の髪に馴染み、元の位置に収まった。

 

 

 

「会計済ませちまえよ」

 

 

 

リサが肩越しに声をかけてくる。

 

奥で笑いを堪えているが、顔にはそれが隠しきれていない。

 

面白がっているのがありありと伝わってきる。

 

 

 

エリルはといえば、咳払いし、気まずさを煙に巻くように視線を逸らす。

 

帽子のつばを弄りながら、落ち着かない様子でカウンターの方へ目をやった。

 

 

 

俺も、そのままカウンターのほうに目を向けると、まるでタイミングを見計らっていたかのように、店主が無言で準備を進めている。

 

落ち着いた手つきで、包み紙や麻ひも、封蝋の蝋棒まで並べ、あとは品を包むだけといったところだ。

 

 

 

「支払いは、ネフェリウス家宛で頼む。請求書の宛名は――ミズキ・ヴェルノート・ネフェリウスだ」

 

 

 

名乗った瞬間、店内の空気がわずかに揺れた気がした。

 

音も動きもない、けれど確かに感じる微細な変化。

 

それは、空気が一瞬だけ硬質に変わるような、張りつめた感触だった。

 

 

 

俺の格好は甚平。

 

家紋もなく、帯も飾り気のない布一枚。

 

ここが我が家の領地だとしても、そう簡単に“あのネフェリウス家”と結びつけられるものではなかったはずだ。

 

 

 

だが、店主は顔色ひとつ変えず、深く一礼した。

 

言葉もなく、ただ静かに、黙々と作業を進め始めた。

 

 

 

丁寧に包み紙で包み、麻ひもできゅっと結ぶ。

 

仕上げに封蝋を溶かし、魔道具店の印章を押す。

 

その手つきは手慣れていて、どこか品すら感じられる所作だった。

 

 

 

「持って帰られますか?、それとも請求の時にお持ちしましょうか?」

 

 

 

どうやら、口調が敬語に切り替わったらしい。

 

俺としては気にしていない部分だったのだが。

 

 

 

店主がそう問うと同時に、俺は目の前の品に手をかける。

 

思っていたより、ずっしりと重みがある。

 

とはいえ運べないほどではない。

 

前世でエコバッグに詰め込んだ特売のペットボトルや冷凍食品。

 

あれに比べたら、この程度はむしろ軽い部類だ。

 

 

 

迷っている暇はない。

 

請求がいつ処理されるかも不明だし、模擬戦の当日に間に合わない、なんて可能性もなくはない。

 

 

 

「持って帰る」

 

 

 

そう答え、腕に少しだけ力を込める。

 

とはいえ、どうせ直ぐに根を上げる体だ。

 

辛くなったらリサに持たせよう。

 

 

 

ちらりと後ろを振り返ると、リサはすでにこちらを見ていた。

 

言わずとも察しているのか、目を細めて小さく笑う。

 

どうせこの女のことだ、すでに察していて、後でからかってくるのだろう。

 

 

 

「ありがとうごさいました」

 

 

 

店を出る前に、店主が静かにそう言った。

 

顔を上げず、作業の手も止めぬまま、それでもはっきりと届く声だった。

 

 

 

俺は、手を軽く上げて応える。

 

深く頭を下げるでもなく、声を返すでもない。

 

この店には、それがちょうどいい。

 

 

 

静かで、寡黙で、無駄がない。

 

黙々と物を選び、確かな手で包まれ、それを持って去る――そんな場所だ。

 

 

 

扉を押して外に出ると、陽の光が真っ直ぐに降り注いだ。

 

先ほどまで、ただ暑く不快に感じていた日差しが、今はどこか心地いい。

 

頬を撫でる風も、じっとりとした熱気も、不思議と悪くない。

 

 

 

一つ、大きな仕事を終えた。

 

贈り物は手元にある。もう、褒美のことを考え続けなくてもいい。

 

頭を悩ませ、選び続ける日々は終わったのだ。

 

 

 

清々しい――そんな気分だった。

 

 

 

「よかったね。良い褒美が見つかって」

 

 

 

エリルが柔らかな声で話しかけてくる。

 

 

 

「そうだな。これなら騎士たちも文句は言わんだろ」

 

 

 

俺は微かに笑みを浮かべて答えた。

 

これで文句が出たら、正直かなり心に来る。

 

選ぶのだって大変だったし、センスがないと思われるのも何か嫌だからな。

 

 

 

まあ、冒険者のリサからのお墨付きだ。

 

自信は持っていいだろう。

 

 

 

「褒美は選び終わったんだ。これからどうするよ」

 

 

 

リサは軽い声で俺の様子を窺う。

 

俺の答えを待っているのがわかる。

 

 

 

「帰るか。荷物も重い」

 

 

 

俺は包みを抱えながら、どこかほっとした気持ちでそう言った。

 

 

 

「……もう帰っちゃうのかい?」

 

 

 

エリルの声には少し寂しさが混じっているように感じた。

 

視線も少しだけ揺れて、何か言いたげだったが口を閉ざす。

 

 

 

「用事は済んだからな」

 

 

 

俺は肩の力をふっと抜いて、視線を遠くの空へ投げた。

 

もともとは三日間、街に出るつもりだったが――もう、その必要はない気がしていた。

 

騎士たちへの褒美は無事手に入った。あとは、屋敷に戻って身体を休めるだけだ。

 

 

 

「そっか。それじゃあ、明日も街には来ないの?」

 

 

 

少しだけ声の調子が沈んだエリルの問いかけに、俺は視線を戻す。

 

たしかに、彼女には褒美探しは二日間すると伝えていた。

 

俺たち三人で歩いたこの時間を、エリルはそれなりに楽しみにしてくれていたのだろう。

 

 

 

「ああ、明日は屋敷で体を休めようと思う」

 

 

 

疲れを癒したい。

 

たった、二日の買い物程度で何言ってるんだと思われるかもしれないが、この体は本当に貧弱なのだ。

 

それに、明日は蜜レモンを作ってみようと思っている。

 

 

 

「そうなんだ。当分会えそうにないね」

 

 

 

エリルの声が少しだけ遠く感じられた。

 

 

 

「そうでもない。俺は屋敷で基本暇してる。いつでも遊びに来い」

 

 

 

口元に微かな笑みを浮かべながら、俺は肩をすくめる。

 

門は堅いが、来客を拒むつもりはない。エリルのような訪問者なら、なおさらだ。

 

 

 

「……ふふ、じゃあ、すぐ行っちゃうかもね」

 

 

 

エリルがふわりと笑った。

 

その笑顔は、どこか名残惜しさを隠しているようにも見える。

 

 

 

「はー」

 

 

 

そんな空気を、横からため息一つで吹き飛ばしたのは、もちろんリサだ。

 

わざとらしく肩を回しながら、リサが俺の顔を覗き込む。

 

 

 

「で、ミズキ様。次はいつ空いてるわけ? 昨日の帰りに言ってたろ。河辺で釣りして、その場で魚焼いて食べるってやつ。あれ、日程決めとこうぜ」

 

 

 

さすがというべきか、空気の切り替えがうまい。

 

ほんのり名残惜しさの残る空気を、自然と次の楽しみに繋げてくれる。

 

 

 

明日、明後日は蜜レモンや模擬戦が入っているが、それを過ぎれば特に用事はない。

 

いや――用事はないというより、用事を入れようとしなければ、自然と空白になる。

 

それが貴族という生き物である。

 

 

 

前世の俺が知ったらどう思うだろうな。

 

平日は仕事漬けだったあの頃じゃ考えられない、堂々たる日程の白さ。

 

 

 

「四日後以降ならいつでもいい」

 

 

 

模擬戦の翌日は一応あけておくつもりだ。

 

どうせ、あの騎士連中の熱気にあてられて、うっかり訓練に混ざりたくなるに決まってる。

 

 

 

「四日後か。私の予定はスッカスカだから空いてるぜ」

 

 

 

リサが即答する。冒険者は自由な分、暇でもある。

 

 

 

「私も四日後は空いてるよ。注文も落ち着いてるし」

 

 

 

エリルもにこりと笑って言った。

 

さっき話していた、薬師のような仕事――だが、リサ曰く働いてる日が少ないらしい。

 

 

 

「よくここまで暇な人間が集まったもんだな」

 

 

 

リサが笑いながら言う。俺もそう思ってた。

 

貴族に、冒険者に、自称・薬師。

 

肩書きはまるで統一性がないのに、予定表はそろって風通しがいい。

 

 

 

「暇仲間で仲良くしないとだね」

 

 

 

エリルが、くすっと笑いながら言った。

 

その声音に、どこか愛嬌がある。

 

 

 

「そんじゃあ、四日後。エリルと一緒に、ミズキ様のお屋敷まで迎えに行くわ」

 

 

 

リサが軽く手を振るような仕草で言い、会話を自然に締めくくる方向へ導いてくれる。

 

こういうまとめ方、やっぱり手慣れてる。

 

 

 

「分かった。時間はいつでもいい。門番に俺を呼び出すよう言ってくれ」

 

 

 

俺もそれに応じるように言葉を返す。

 

 

 

「一般市民が貴族を呼び出すなんてね。こりゃあ、街中の噂になるな」

 

 

 

リサが冗談めかして言う。

 

声には皮肉っぽさもあるが、笑いを含んでいて嫌味がない。

 

 

 

騎士以外見るやつもいないから、噂にはならんだろ。

 

 

 

「帰るぞ」

 

 

 

俺は腕に提げていた魔冷箱をリサの胸元に差し出す。

 

もう限界だった。情けない話だが、腕がこれ以上もたない。

 

 

 

リサそれを受け取ると、軽やかにエリルの方へ向き直った。

 

 

 

「はいよ。それじゃあなエリル」

 

 

 

「うん。またね」

 

 

 

エリルも手を小さく振って応じる。

 

その顔には寂しさも未練も浮かんでいない。ただ、柔らかく、穏やかな微笑を湛えていた。

 

 

 

「またな」

 

 

 

俺も軽く手を挙げて応じると、リサと並んで歩き出す。

 

馬番のいる方角へと、ゆるやかな足取りで向かう。

 

 

 

道すがら、特に言葉を交わすことはなかった。

 

だが、それが不思議と心地よい。

 

無言のままでも気まずさを感じさせない空気――それがリサという人物の在り方でもあった。

 

 

 

馬番のもとにたどり着き、用意された馬にまたがる。

 

軽く手綱を引いて馬を進ませたそのとき、隣からふと声が漏れた。

 

 

 

「……エリルのやつ、ミズキ様にすっかり懐いちまったな」

 

 

 

リサは楽しげに笑いながら言う。

 

その声音には、どこかあたたかい色が混じっていた。

 

 

 

「そうか」

 

 

 

俺は短く返す。

 

実のところ、俺も同じことを感じていた。

 

エリルの表情や言葉の端々に、それは確かに現れていた。

 

 

 

「合わす前から、二人の相性はいいだろうなとは思ってたんだ」

 

 

 

リサの声はいつになく穏やかで、どこか感慨を帯びていた。

 

冗談の合間に、ふと本音が覗く。そんな調子。

 

 

 

「でも、ここまでとは思わなかった」

 

 

 

俺は少しだけ視線を上げ、木々の間を抜ける風を感じた。

 

頬をなでるその涼しさに、妙に心が静かになる。

 

 

 

――俺とエリルの相性がいい、か。

 

 

 

言われてみれば、そういう気配はあったのかもしれない。

 

ただ、当の本人というのは、案外そういうのに鈍いものだ。

 

自分たちの間に流れる空気を、意識して眺めることなんて、まずない。

 

 

 

それとも、俺が単に、人の感情に疎いだけだろうか。

 

そう思いかけて、首を軽く振る。

 

いや、そうでもない。

 

少なくとも前世を思い出してからは、他人の心の機微くらいは読めるつもりだ。

 

 

 

「理由は?」

 

 

 

風の中、俺はリサにそう尋ねた。

 

問いというより、自分の整理のために言葉にしただけかもしれない。

 

 

 

隣を走るリサが、ふと視線を前にやったまま、唇を少しだけ引き結ぶ。

 

その横顔は、どこか静かで――いつもより、少しだけ大人びて見えた。

 

 

 

「いろいろある、説明するのが面倒だ」

 

 

 

そう言って、にやりと笑う。

 

その笑顔には、余裕と茶目っ気と、少しばかりの思いやりが滲んでいた。

 

たぶん、本当はちゃんと理由を考えていたんだろう。

 

けれど、それを全部並べるのは、らしくないと思っただけで。

 

 

 

「今、仲がいいんだ。それで十分だろ?」

 

 

 

簡潔な言葉なのに、なぜか不思議と、心の奥まで染みこんでくる。

 

まるで、午後の陽だまりのように。

 

 

 

ふいに吹き抜けた風が、リサの髪をふわりと持ち上げた。

 

その姿があまりに自然で、あまりに涼やかで――

 

どうしてか、俺はその瞬間に、夏を感じた。

 

 

 

「一理あるな」

 

 

 

俺は短く答え、空を仰ぐ。

 

 

 

「速度を上げるぜ。この道にも慣れただろ?」

 

 

 

リサの声が、風を切るように響いた。

 

その声音もまた、どこか清々しい。

 

 

 

「問題ない。……風を浴びたかった」

 

 

 

馬の歩調が変わり、リズムが軽やかになる。

 

風が、前髪を後ろへとなびかせた。

 

 

 

一度そう思ってしまうと、頭から離れなくなっていた。

 

言葉遣いも、仕草も、表情も。

 

 

 

やはりこいつは、夏が似合う。

 

 

 

気まぐれで、まっすぐで、時に涼しげで、時に熱を帯びる。

 

そんな季節そのもののような女だ。

 

そばにいると、つられて笑ってしまうような、そんな陽気な熱。

 

 

 

貴族としての人生には、あまりなかった色だ。

 

 

 

手綱を軽く握り直し、さらに速度を上げる。

 

風が頬を撫で、耳元をくすぐっていく。

 

空は高く澄み渡り、夏の名残がかすかに残る追い風が背を押した。

 

 

 

少し駆けただけで、屋敷の屋根が木々の向こうに見えてくる。

 

もう少し風を浴びていたかったな。

 

そう思いながらも、馬の速度を徐々に落とす。

 

 

 

リサも同じように馬を緩めていた。

 

その隣に馬を寄せて、俺は声をかける。

 

 

 

「契約は三日間の護衛だったが――明日はもう来なくていい」

 

 

 

「分かってるよ。次は四日後だろ?」

 

 

 

リサはそっけなく言うが、どこか楽しみにしている子供のような色も混じっている。

 

 

 

「ただし、その時は……報酬は出ないぞ」

 

 

 

あの三人で出かける日に騎士の護衛を付けるのは無粋だ。

 

つまり、リサには仲間として護衛してもらう事になる。

 

 

 

「へいへい。どうせ体で返してもらうし?」

 

 

 

リサは軽く肩をすくめながら、どこか芝居がかった声色でそう言った。

 

真に受けたら誤解を招きそうなセリフなのに、彼女の口から出ると、ただの冗談にしか聞こえない。

 

明るく笑うその横顔には、悪びれる様子もなければ、下心のかけらもない。

 

まるで風が吹き抜けるような、からっとした軽やかさだけがある。

 

 

 

俺はわずかに眉を上げて、淡々と返す。

 

 

 

「飯は作れんぞ」

 

 

 

「魚ぐらいは釣ってくれよ?」

 

 

 

リサは手綱を操りながら、俺のほうをちらりと見る。

 

馬上でもぶれないその視線は、どこか挑発的だ。

 

こっちは冗談を受け流したつもりだったが、すかさず追い打ちをかけてくる。

 

こういうところ、まったく容赦がない。

 

 

 

「初めてだ」

 

 

 

短く返した俺の声には、ほんのわずかに困惑が滲んでいたかもしれない。

 

釣りなんて、前世でもした記憶はない。

 

 

 

「――なら、ママがおもりしてやるか」

 

 

 

リサはひときわ大げさにため息をつき、口元に笑みを浮かべてそう言った。

 

その横顔は、冗談を言っているくせに、どこか安心させるような優しさを帯びている。

 

 

 

思わず、視線を横に流す。

 

風に揺れる髪が、金色にきらめいていた。

 

 

 

屋敷が近づくにつれ、俺たちは自然と馬を降りた。

 

リサは手綱を騎士に預け、軽く首を回す。

 

俺も続いて馬を渡す。

 

 

 

「今回の護衛、助かったぞ」

 

 

 

俺は静かに言う。形式ばった感謝の言葉ではない。

 

本心から、簡潔に、ただそれだけを伝えた。

 

 

 

リサはふっと笑い、片手で腰を突きながら肩をすくめる。

 

 

 

「仕事だ。それにあんたと出会えたんだ。礼を言いたいのはこっちさ」

 

 

 

その言葉に、俺は少しだけ目を細める。

 

素直に喜んでいいのか、冗談の延長と受け取るべきか、判断がつかない。

 

 

 

「そうか」

 

 

 

短く答える。

 

リサはそれ以上多くは語らず、片手をひらひらと振って背を向けた。

 

 

 

「そういうことだ。それじゃ、私はギルドに行くよ。報告が残ってる」

 

 

 

リサはそう言って、俺の腕に軽く魔冷箱を預けた。

 

受け取ると、まだ中にひんやりとした空気が残っているのが分かる。

 

 

 

「……ああ、またな」

 

 

 

俺の返事に、リサは振り返らずに手をひらひらと振った。

 

その背中は、相変わらず迷いも淀みもなく、軽やかだった。

 

少しだけ風吹いた風が、彼女の髪をさらりと揺らしていた。

 

 

 

俺もいつまでも見送ってないで屋敷に戻るとするか。

 

使用人にギルドへの支払いを頼まなくてはならないし、

 

魔冷箱の返却と、いつ届くとも知れない請求書への準備もしておいた方がいい。

 

 

 

焼けつくような陽射しの下を歩きながらも、不思議と気分は重くなかった。

 

乾いた空気の中を、風だけは確かに吹いている。

 

 

 

そんな風に背中を押されながら、俺は静かに屋敷の門をくぐった。

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