越後の軍神と気取り屋マスター   作:元ジャミトフの狗

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第十四話

 

 ミレニア城の図書室は石造りの壁と高い天井が特徴的だ。古めかしい雰囲気と魔道書の匂いが心地良い。悠斗は棚に並ぶ分厚い本を指でなぞりながら、目に留まった一冊を取り出した。

 

「存外、悪くないか」

 

 呟きが漏れる。時計塔の蔵書には流石に劣るが、それでもユグドミレニアも相当なコレクションを持っている。特に降霊や錬金術に関する本は充実している。悠斗の専門とは違う分野だが、一見の価値はあるように感じた。

 

「蔵書、気に入っていただけましたか?」

 

 背後から柔らかな声がした。振り返ると、茶色のウェーブ髪に落ち着いた瞳の少女が立っていた。端正な顔立ちより際立つのは、彼女が車椅子に乗っているということ。

 とはいえ、魔術師が身体的に健常者でないことなど珍しい話ではない。寧ろ魔術を洗練化させるために、自ら障害者になる者も少なくはないくらいだ

 

 フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。降霊術の天才であり、フォルヴェッジ家の筆頭。二流揃いのユグドミレニアにあって、数少ない一流の魔術師である。それも未だ十代なのだというのだから驚きである。

 声をかけられた悠斗は本を閉じ、微笑のようなものを浮かべた。

 

「想像よりは充実している。嬉しい誤算だ」

 

 フィオレはほっとしたように息をつき、頬を緩める。

 

「良かった。ここにはおじ様……ダーニックが集めた本の他に、各家の私蔵も加わっています。梶田さんのお眼鏡にかなうものがあれば幸いです」

 

 立ち振る舞いと言葉遣いから感じられる気品、育ちの良さが如実にあらわれている。人当たりの良さは、ゴルドと比べるべくもない。他者に対する敬意と尊重を忘れない姿勢は人として好ましいものだ。しかし魔術師としては——

 

「些か真っ当すぎるか」

「……はい?」

「いや、こちらの話だ。それで何か用が?」

「はい。少しご相談が。確か梶田さんは時計塔で結界師の名で知られていましたね」

「……まぁそうだな」

 

 結界師(マーブルマスター)——いつからか、悠斗はそう呼ばれるようになった。とある禁術の汎用化に成功した彼を称える、皮肉めいた異名である。

 

 悠斗が学生の頃、彼は一つの魔術式を編み出した。誰もが自らの思い描く心象風景を現実に再現できる――彼はそれを「簡易結界」と名付けた。

 もっとも、それはあくまで理論上の話に過ぎない。術式そのものがあまりにも独特で、並の術者では起動すら困難だった。それにもかかわらず、「魔術の秘奥を誰もが扱える」という触れ込みばかりが独り歩きした結果、浅い歴史しか持たぬ若い魔術師たちの小競り合いを呼び込み、やがては大騒乱へと発展した。

 その渦中にいた悠斗は幾度となく命を落としかけた。最終的にはバリュエレータの裁断により、簡易結界は創造科の財産として半ば封印されることとなり、ようやく事態は収束したのである。

 

 そうした経緯から生まれたのが、結界師(マーブルマスター)の異名である。本人にとっては望んだものでもなく、呼ばれるたびに苦い顔をするのも無理からぬ話だった。

 

祭位(フェス)止まりの男でよければ、お話を伺うが」

「はい。こちらをご覧ください」

 

 そう言ってフィオレが見せてきたのは見せてきたのは、ミレニア城の構造図だ。悠斗がフィオレを見ると、彼女は不思議そうに首を傾げる。可憐だが、同時に不用心でもある。そのことを指摘してくれる人物に巡り会あることを切に願う悠斗だった。

 

 フィオレの相談は実に実務的なものだった。要は、ミレニア城の改造についてである。結界術に通じた悠斗に、構造上の不備はないか、あるいは魔術的に増築すべき箇所はないかを確かめたい、といった内容だった。

 

「サーヴァント相手にどこまで通用するかは分からないが、例えば——」

「なるほど。それではこちらは——」

「良い見解だ。こういう時は——」

 

 フィオレと悠斗は、分野こそ異なれど一流を名乗るに不足のない魔術師同士だった。必然、二人のやり取りは高度なものとなる。いくつかの増築箇所を見定めたのち、最後に悠斗は静かにこう告げた。

 

「俺たちがどれだけ入念に準備しようと、サーヴァントはそれを容易く踏破してくる。そのことは覚えておくと良い」

 

 淡々と告げる悠斗の声には、実際に戦場を駆け抜けた者だけが持つ重みがあった。

 

「……それは、そうなのでしょうね。他ならぬ聖杯戦争の勝者の言葉なのですから」

 

 フィオレは小さく目を伏せ、言葉を噛みしめるように答えた。

 

「結構。そして、その上で一つ言えることがある」

 

 悠斗は視線を資料から外し、正面からフィオレを見据える。その眼差しにはわずかな厳しさが宿っていた。

 

「なんでしょうか」

 

「俺たちの魔術は英雄たちにとって紙屑同然だが、それでも数秒は足止めし得るかもしれない。その数秒が命運を分けることもあり得る。可能性が1%でもあるのなら、その対策は決して無駄にならない」

 

 その言葉に、フィオレの胸の奥で張り詰めていた何かがふっと解けた。

 

「……はいっ!」

 

 本当に素直な子だと、悠斗は感じた。故にお節介だと弁えつつも、彼は言葉を続ける。

 

「君は聡明で素敵な女性だ。だが少々、倫理観に縛られすぎている」

「えっと、梶田さん?」

「もし俺が時計塔のスパイだったらどうする? 今、君が見せた構造図の内容を彼方に送るとは思わなかったか?」

 

 悠斗の言葉に、フィオレの瞳が困惑に揺れる。だがそれも束の間、彼女の表情はきゅっと引き締まった。

 

「それは、あり得ません」

「君の言うおじ様が認めたからか」

「いいえ。この場で私が貴方を認めたからです」

「……ふむ。それは——」

「今のやり取りで確信しました。貴方は面倒見が良い。それもとびきりのお人よしです。でなけれは、わざわざ私にそのリスクを知らせる意味がない」

 

 なるほど、と悠斗はつぶやいた。思いのほか、フィオレ・フォルヴェッジは強かな人物である。節穴だったのは、どうやら自分の方らしい。

 

「そうか。ならいい。ただ、もう一つ言わせてもらうなら――君はもう少し、自らの見目の良さを気にした方がいい。その可憐な笑顔は、常人を狂わせかねんぞ」

 

 「えっ」とフィオレは声を漏らし、頬を赤らめた。対する悠斗は一切表情を変えず、「失礼」とだけ言い残し、その場を後にする。

 すると、いつの間にか背後にいた景虎が静かに歩みを合わせた。彼女の手には、先ほどまで読んでいたであろう聖書が握られている。

 

「聡明で素敵な女性ですか。……マスターは、あのような小娘がお好みなのですか」

「珍しいな、ウォーモンガー。色恋沙汰には疎いと思っていたが」

「否定はいたしません。しかし、だからこそ関心があるとも言える。で、どうなのですか?」

「将来有望な子だとは思うよ。ただ……やはり魔術師には向いていないな」

「ふむ、というと?」

「武具の扱いが上手くとも、人を殺めたあとにいちいち涙する武者を、君ならどう見る?」

「なるほど。それは分かりやすい」

 

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