越後の軍神と気取り屋マスター   作:元ジャミトフの狗

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第十六話

 ミレニア城の地下工房には、結界のように張り巡らされた魔法陣と無数の粘土人形が並んでいた。鍛冶場と工場を兼ねたその空間で、仮面をかぶったひとりの男が淡々と手を動かしていた。

 アヴィケブロン――ユグドミレニアのキャスター。詩人であり哲学者。カバラによるゴーレム創造に生涯を捧げた男。彼は生前の病弱な身体と引き換えに、今や一国の軍隊に匹敵する製造工場を持っている。しかしその精神は学者然として厳格で、悲観的ですらあった。

 その日、悠斗と景虎が彼の工房を訪れていた。ヴラド三世に続く事前召喚者であるアヴィケブロンとも対話しておくべきだと考えたのだ。

 自らのサーヴァントではないとしても、コミュケーションを図ることは決して無駄にならない。会話の不足が原因で対立しては笑い話にもならないからだ。

 

「僕は戦いを得手としない。だが魔術師は、自分の弱さを補う手段を用意するものだ」

 

 仮面越しの声音は抑揚が少なく、それでいてどこか律儀だった。アヴィケブロンはか細い手で粘土を撫でながら、淡々と語った。

 

「ランサーでは混乱を招くだろう。長尾殿とお呼びしても」

「私は構いませんが。マスター」

「元よりこいつの真名は方々に広まっているからな。俺の許可を取るまでもない」

「ではそのように」

 

 ゴーレム作成を続けながら、アヴィケブロンは続ける。

 

「ダーニックやランサーの意見を取り入れて、この城の守りを司るゴーレムを生産、調整している。だが私は実戦の経験が乏しい。長尾殿、君の意見を聞かせてはくれないか」

 

 景虎は工房の中央に並ぶ十数体の土の兵士を眺めた。人間大のゴーレムは、鋼のような硬度を持つもの、翼を生やしたもの、長槍を構えたものと多種多様だ。質だけでなく量も揃っている。すでにヴラドの軍人としての知見が反映されているのか、陣形や動線までも考慮されているようだった。これが日に30体も生産される。恐ろしくも心強い話だ。

 

「……よくできている。このままでも十分役に立つでしょう。兵の差配も心得ている」

 

 そう言って景虎は首を横に振った。毘沙門天の加護を身に纏う軍神である彼女にとって、粗雑な兵法はすぐに目につく。しかしここにはほとんど指摘すべき点がなかった。

 

「そうか。それならば良い。私は自分の欠点を自覚している。だからこそ、君たちの知恵を借りたいのだが」

 

 魔術師として、他の魔術師の工房をここまで見学する機会などまずない。なぜなら工房とは、それ即ち魔術師の集大成である。故に悠斗は工房の隅に積まれた金属板や魔力炉を珍しそうに眺めていた。

 

「素直に驚いた。ゴーレムというのはもっと鈍重なもので、繰り返し同じ動きしかできないと思っていたが……この神秘ならサーヴァントの足止めくらいはできそうだ」

 

 悠斗は興味深げに一体のゴーレムを仰ぎ見る。穢れのない土に魔力と神秘に基づく法則を吹き込み動き出す。ユグドミレニアに備蓄された魔力リソースを考えても、これだけの数を並べられるのは圧巻だった。

 アヴィケブロンは静かに答える。

 

「母なる土より生まれ、風を飲み込み、水に満たされ、火を振るう。そうすれば病は去り、正義が血を清める。これがカバラにおける生命の樹の再現だ」

 

 彼は何世紀も前から祈りにも似た詠唱を口ずさんできた。彼が優れた魔術師であることは論ずるまでもない。であれば——

 

「例えばキャスター。景虎の動き、所作を記録して、それをゴーレムに転写できるだろうか?」

 

 悠斗は思いつきのように言った。かつて亜種聖杯戦争で見た魔術工房では、人形にサーヴァントの魔力パターンを刻んで擬似的な機動兵器とした例がある。所詮は使い魔の域を超えなかったが、もしキャスターのサーヴァントが同じことをすればどうなるか。興味が湧いたのだ。

 景虎の動きは矢のように鋭く、槍捌きは空を裂く。彼女の戦闘データを基にすれば、低ランクの英霊程度なら凌駕し得るだろう。景虎は悠斗に目を向ける。

 

「私の動作ですか。真似できるものならやってみるがよろしい。ええ、協力も辞しませんとも」

 

 含み笑いを浮かべた彼女の視線は、自身の技術が容易には模倣できないことを示唆していた。アヴィケブロンは面白そうに手を止め、口元に手を添えた。

 

「ふむ、なるほど。運動データを魔術式として刻む、というわけだね。ゴーレムに指令を与える際、複数の命令文を短縮化して同時に入力する技術は既にカバラには存在する。君の提案はその応用だと言える。仮に長尾殿の所作を“記号”とし、それを置換すれば、廉価した英霊程度のモーションは再現できるやもしれない」

 

 しかし彼はすぐに首を振った。

 

「だが、それには膨大な魔力と時間が必要になるだろう。僕が本領を発揮するには莫大な費用と準備期間が必要で、それこそ並の魔術師の十倍もの資金と時間がかかる。さらに精巧なゴーレムを大量に作ろうとすれば資材も魔力炉も尽きる。何より僕は完全なるゴーレムの完成を最優先している。勝利のためとはいえ、それだけのリソースを割くかどうかはダーニックの差配次第だろう」

「ふむ、現実的な問題だな」

 

 悠斗は煙草のフィルターを指で弄びながら肩を竦めた。ユグドミレニア内でいきなり巨額の魔力と資源を要求するのは不興を買うかもしれない。だが聞くところによれば、ゴーレム生産の資産はダーニック個人の資産から出ていると聞く。裏を返せば、それは勝利のために金に糸目をつかないということである。交渉の余地はありそうだ。

 

「この件は俺が預かる。ダーニックには俺から伝えるとしよう」

 

 悠斗は笑みを浮かべた。不可思議なことに、元は時計塔の魔術師だった悠斗と時計塔に反旗を翻したダーニックは相性がよかった。

 勝つために手段を選ばない。勝つために最善を尽くす。その姿勢は互いに共感を示せるものだった。方向性の一致と理解、共感と尊重。これらが奇跡的に噛み合った結果、ダーニックの信用を勝ち取り、外様たる悠斗の立場は既にユグドミレニアの幹部相当に位置していた。

 

「そなたは本当に愚直ですね、マスター」

 

 そう言って彼女は拝火教の聖典にしおりを挟み、ページを閉じる。戦の価値は神に奉ずるものだ。いかに優れたゴーレムであろうと、信仰なき者に毘沙門天は微笑まない。真っ当な信仰心を持つ者ならば、そう告げたことだろう。

 しかし長尾景虎は人ならざる心を持った戦鬼である。なれば心持たぬ土塊でも彼女の戦闘能力を再現できるかもしれない。

 アヴィケブロンは再び作業に戻りながら、小さく呟いた。

 

「さて、用が済んだのなら——」

「承知しているとも、ルネサンスを先駆けたカバリストよ。君の仕事を邪魔するつもりはないし、長居するつもりもない」

 

 アヴィケブロンは合理的で冷徹な判断を下す一方、極端に寡黙で必要以上の言葉を口にしない。典型的な魔術師でありながら、その胸奥には人々の苦しみを終わらせるという切実な願いが宿っている。仮面の奥の眼差しは夢想家であり、同時に淡々と研究を進める学究者のものだった。

 

 工房を出ると、悠斗はひんやりとした空気に深く息を吐いた。ヴラド三世との面談で感じた英雄たちの誇りと信仰とは異なり、アヴィケブロンの胸にあるのは別種の信念だった。彼は己の弱さを認め、補う術を講じ、目的のためなら自らの命を捧げる覚悟さえ持っている 。その冷徹さは、二重スパイとして生きる悠斗にとってある種の共感を呼び起こしていた。

 

「長尾景虎の動きを真似したゴーレムか。俺から提案しておいてなんだが、面白いような恐ろしいような話だな」

「土塊に私の技芸の全てを模倣できるとは思いません」

「……すまない。不快だったか?」

「いいえ。やってみる価値はあると考えますよ。結局のところ、戦では数がものを言うので」

 

 夕陽が西の空を朱に染める頃、工房からは再び土と蒸気の匂いが立ち上っていた。アヴィケブロンは粛々と次のゴーレムに命を吹き込む。悠斗と景虎は、その背中に強烈な執念を感じながら工房を後にした。やがて訪れる聖杯大戦。その舞台裏では、すでに各々の信念と計算が静かにせめぎ合っていた。

 

 

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