越後の軍神と気取り屋マスター   作:元ジャミトフの狗

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第十七話

 黒い夜空の下、ミレニア城砦はいつになくざわついていた。ユグドミレニアが時計塔から独立を宣言してほどなく。報復の刃が伸びてくるであろうことは誰もが理解していたが、まさかこれほど早く来るとは思っていなかった。

 

 狩猟に特化した魔術師。時計塔に在籍する魔術師でありながら、戦いを生業とする殺しのプロフェッショナルである。深夜、城砦を囲む森の中を、彼らは気配を殺して侵入してきた。数にして五十名。だがその動きを、ユグドミレニアはとっくに察知していた。設置した結界に反応があったのである。

 

 結界を張った当人たる悠斗は城壁上へと駆け上がった。見張りのホムンクルスたちが緊張した面持ちで遠方を指さしている。その先には、黒い貴族服を身に纏った長身の男が立っていた。杭のような槍を手に、長い外套をたなびかせる姿はまるで中世の貴族そのものだ。その威圧感は、歴史の中からそのまま甦ったかのような凄みを放っている。

 

 ヴラド三世――ランサーのクラスで呼び出されたユグドミレニアの指導者。本来はルーマニアを守った英雄であり、吸血鬼ドラキュラのモデルになった「串刺し公」でもある。故に彼は祖国では英雄として称えられているが、世界的には「ドラキュラ」の名で知られるようになった。その残虐な伝説は、二万人ものトルコ兵を串刺しにした逸話などから広まった。

 

 ヴラド三世が槍を振るうと、空気が震えた。森から姿を現した魔術師たちは、即座に各々の礼装や魔術で迎撃態勢を取り、降り注ぐ呪弾や結界で応戦する。だが、その攻撃はことごとくヴラドの身体の前で弾かれる。彼の槍先からは枝分かれした杭が飛び出し、まるで無数の矢のように地面を這って敵を貫いていく。瞬きの間に串刺しにされ、狩人たちの反撃は悲鳴とともに途切れた。

 

「護国の鬼将か。言い得て妙だな」

 

 城壁の上で悠斗が呟いた。ヴラド三世が操る杭の動きは速い。槍を振るえば杭が閃き、近づこうとした魔術師は容赦なく撃ち抜かれる。敵が放った炎の魔術は彼の長衣に燃え移ることすらなく、結界を破って侵入した忍びも、彼の足元に伸びた杭に貫かれて動きを止めた。

 

 その瞬間、悠斗は身震いする感覚を覚えた。ルーマニアにおいてヴラド三世は守護者である。固有スキル「護国の鬼将」によって掌握した霊脈近辺を自らの領地とし、彼はすべてのパラメータを引き上げている。こと陣地での防衛戦では間違いなく最強クラスの戦闘能力を誇るのが英雄ヴラド・ツェペシュだ。故に、本来十五世紀の英雄であるにもかかわらず、彼は神代の英霊に匹敵する力を振るう。

 

 魔術師の隊長と思わしき人物が、降霊術で呼び出した精霊と共にヴラドへと突進した。だが、その霊体でさえ彼の槍が生み出した杭に引き裂かれ、同時に隊長の胸に杭が突き刺さる。ヴラドの顔には怒りも哀れみも浮かんでいない。ただ淡々と、侵入者を排除するための武器を振るっているだけだった。

 

 やがて森のざわめきが収まり、血まみれの魔術師たちの姿が地面に転がったまま静止した。戦闘は数分とも経たない短い時間で終わる。月光に照らされたその光景は、まるで串刺し公が再現されたかのようであり、悠斗の背筋を冷たくさせた。

 

「マスター、戻りましょう」

 

 背後で景虎が声をかける。彼女はこの残虐な戦いにも眉一つ動かしていないが、その横顔には僅かな緊張が読み取れた。毘沙門天の化身である彼女でさえ、ヴラドの戦いぶりには敬意を抱かざるを得ないのだろう。

 

 悠斗は槍を構えたまま立ち尽くすヴラドの背中を見つめ続けた。彼の力は、単なる強さを超えている。祖国を護るという揺るぎない矜持が彼を支え、周囲の空気さえ支配する。そしてその力を、今この城砦にいる者たちすべてが享受している。だが同時に、もしこの男が敵に回った時、自分たちはどうなるのだろうという底知れぬ恐怖が胸を過ぎった。

 

――あれが、国を守る英雄の力。

 

 悠斗はぎり、と拳を握りしめた。かつて自らが参戦した亜種聖杯戦争とはベクトルの異なる強さ。あれに比するのは大怪異殺しくらいのものだ。

 

 自分の決断がどれほど危険な賭けであったのかを、いま改めて思い知らされる。神代の英雄にも匹敵する力を持つ男に背いて生き残れる者などいない。生存のために二重の策を巡らせても、運命の糸はいまいち心許ない。

 目下の敵は時計塔だが、ここには恐ろしくも頼もしい味方がいる。彼らの信頼を得ることこそが、この戦乱を生き残る唯一の道だ。とはいえ、悠斗は既に最善と努力を尽くした。ならば後は結果を掴むのみ。

 

 遠くで朝日が薄く空を染め始める。悠斗は背を向け、景虎と共に城内へと戻った。震える心臓をなだめながら、彼は新たな覚悟を胸に秘めた。

 

 城内に戻った悠斗と景虎は、無言のまま廊下を歩いていた。夜明け前のひんやりとした空気の中、遠くでホムンクルスたちの後片付け(死体処理)の気配が聞こえる。

 

 ふと、悠斗は立ち止まった。胸の奥に湧き上がる不安を吐き出すように、隣のサーヴァントに訊ねる。

 

「……ランサー。もしお前がヴラド三世とやり合うことになったら、勝てるか?」

 

 彼女は立ち止まり、真剣な瞳で悠斗を見返した。一瞬、唇が開きかけ、しかし何かを吟味するように間を置く。その間がやけに長く感じられた。

 

「受肉したこの身に、ヴラド三世の庭たるルーマニアの地――どちらも私には利がない。当然ながら知名度補正も望めない。……それでも、私は負けぬと思います」

 

 景虎は静かに告げた。悠斗は目を見開く。なぜそこまで断言できるのか、と。

 

「理屈がほしいのですか?」

「いや、今のは忘れてくれ。少し怖気付いてた」

「……ほうほう。では臆病なマスターにはこう答えて差しあげましょう。私は戦国最強無敗無敵の景虎ちゃんです。攻城戦ならいざ知らず、真正面からぶつかってくれるのならやりようはあるでしょう!」

 

 妙な懐かしさを覚える。無駄に明るく、無駄にテンションの高い声音。召喚した当初の景虎はこのような調子だったか。今思えば、それは明るい人間を模擬した景虎なりの処世術だったのだろう。

 

「気を遣わせたな」

「いいえ。人が脆きことは世の摂理です。ましてマスターが小胆者であることは語るに及ばず」

「……はっきりモノを言う奴だ」

「どうやらこのくらいがちょうど良いらしいので。特にそなたの場合は」

「そうかい。ありがとうよ」

 

 

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