越後の軍神と気取り屋マスター   作:元ジャミトフの狗

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第二十八話

 

 悠斗と景虎の戦果は、あまりにも評価の難しいものだった。

 赤のセイバーの真名。さらに彼女が持つ、真名を隠匿する宝具の破壊。そして無差別殺人を繰り返した黒のアサシンの討伐。

 

 ただでさえ黒のセイバーを失った黒の陣営は、このうえ黒のアサシンまでも喪失したのである。

 

「……もっとも、ジャック・ザ・リッパーの行いは討たれて然るべきものだったがな」

 

 ダーニックの声は冷ややかだった。一般人のみならず魔術師をも屠り、神秘の隠匿を破った存在を赦す理由などない。

 

 玉座の間に集ったのは、ダーニック、ヴラド三世、そして悠斗の三名。それぞれの胸中には、勝利と損耗の両方を孕んだ複雑な思いが去来していた。

 

「とはいえ、これで黒の陣営が決定的に不利になったわけでもない。こちらには景虎と、赤のバーサーカーがいる。数の上では有利だ」

 

 悠斗が静かに言葉を継ぐ。ヴラド三世は、深く沈んだ眼窩から悠斗を見据えた。

 

「……されど、赤の陣営は質で勝る。ライダーの不死性は潰えようとも、それでもなお猛き刃であることに変わりはあるまい」

 

 そのとき、伝令の声が玉座の間に響いた。現れたのは黒のアーチャー、ケイローンだ。

 

「報告します。空より、巨大な要塞が接近中です」

「……!」

 

 ケイローンの言葉に、場の空気が張り詰める。

 

「赤の陣営は城砦正面の草原を戦場と見定めたようです。……決戦は避けられません」

 

 短い沈黙。そしてヴラド三世が、まるで運命を告げるように言い放った。

 

「決戦の時は来た。マスターは城で待機せよ。これより先は我らサーヴァントの領分だ」

 

 

 

 景虎を伴い、悠斗はミレニア城砦の廊下を歩いていた。

 空からの襲撃も予想していたが、まさか領土ごと押し寄せるとは、流石の悠斗も想定していなかった。だが、いかなる要塞とて無敵ではない。切り崩す術はある。

 

 ヴラド三世は既に出陣した。アストルフォは過去の罪を不問に処され、空中要塞に向かった。ケイローンはホムンクルスとゴーレムの指揮を任され、フランケンシュタインも軍勢の先方にいる。残るサーヴァントは景虎と赤のバーサーカーの二騎。景虎はともかく、もう一騎は扱いが難しい。だが持ち札を最大限に活かさなければ、この聖杯大戦には勝てない。

 

 歩きながら悠斗は念話を開き、ダーニックへ赤のバーサーカーのマスター権の譲渡を希望した。短い沈思の後、ダーニックはそれを許可する。黒のキャスターより令呪を受け取った悠斗は、景虎を廊下に残し、地下牢へと向かった。

 

 

 赤のバーサーカーの性能を悠斗はある程度把握していた。故に、景虎を連れていくことはしなかった。

 

 赤のバーサーカー――スパルタクスは反逆の使徒だ。圧政者に反逆することこそ至上命題であり、治世者と呼ばれる存在を忌み嫌う。景虎は圧政者ではないものの、越後を治めた領主である。相性は決して良くない。そして彼は、本来マスターなる存在を認めるはずもない。

 

 だからこそ、やりようはある。

 

 地下牢に囚われたスパルタクスの容貌は、青白い肌に無数の傷を刻んだ筋骨隆々の戦士であった。捕われの身でありながら、口元には絶えず笑みが浮かぶ。その不気味さに、悠斗は一瞬目を細めた。

 

「……俺が、お前のマスターだ」

 

 悠斗が告げると、スパルタクスの笑みはさらに深まった。

 

「どうやら、そのようだ。許しがたい隷属だ」

「なら、俺を殺すか」

 

 悠斗は淡々と呟き、彼を縛る拘束具を外した。鉄が落ちる音と同時に、牢の空気が張り詰める。しかしスパルタクスは首を振り、笑みを崩さぬまま答えた。

 

「君を殺すことはできない。何故なら、私は少しでも長く現世に残らねばならないからだ。圧制者を打ち倒し、絶望の果てにある希望を摑まねばならぬ。そして最後に――聖杯を求めて集った欲深き権力者たちを鏖殺せねばならん」

「そうか」

 

 悠斗は無表情のまま、わずかに肩を竦める。

 

「俺は聖杯に興味はないが、少なくとも空に浮かぶ庭園にいる連中は、その聖杯を求めてここに来ている」

 

 スパルタクスは悠斗を凝視した。悠斗は左手を掲げると、短刀でその手首を切り落とした。血が飛び散り、石床を赤く染める。令呪の刻まれた手は転がり落ち、やがて力なく沈黙した。

 

「……ふむ」

 

 スパルタクスの瞳が、初めて笑みを越えて揺らぐ。悠斗は傷口を押さえながら、乾いた声で告げた。

 

「俺は、あくまでお前を現世に繋ぎ止める楔にすぎない。それは弁えている」

 

 数息の沈黙。やがてスパルタクスは、不気味な笑みの奥から別の色をのぞかせた。

 

「……違うな。それは違うぞ。君はまだ伝えていないことがある。君には叛逆の相がある。でなければ、その覚悟はあり得ない。――なぜ君は戦う?」

 

 悠斗は呻くように笑みを漏らす。

 

「なに……俺はただ、時計塔の支配から逃れたいだけだ。いい加減、自由に魔術の探究に没頭したい」

 

 その瞬間、スパルタクスの瞳が狂気と理知を同時に燃やし、牢を圧する声で叫んだ。

 

「おお! 友よ! それこそ叛逆の兆し! 逆境に抗う意思こそ叛逆なり! ならば我らは同志である! 同胞と共に圧政者を打ち滅ぼすことこそ、我が喜びなのだ!」

 

 悠斗の血を踏みしめ、スパルタクスは両腕を広げた。彼は悠斗を、マスターとして――いや、同志として認めたのだ。

 

 

 

 バーサーカーは戦場に乗り出した。悠斗は彼の同志(マスター)となり、彼の正確なステータスと宝具を把握した。その上で結論づける。

 

「自爆兵器のような男だな」

 

 左手を縫合しながら思惟する。時計塔から解放されたいという本音を伝え、覚悟を示したのが功を奏した。スパルタクスを制御することは不可能だが、誠意を持つことを忘れなければ方向性を示すことはできる。少なくともスパルタクスにとって、空中庭園にいる者たちこそ圧政者と見定めた。

 

「……手首を犠牲にする必要はありましたか?」

 

 背後からの声に、悠斗は振り返った。そこには景虎がいた。白き衣を纏った女武将は、冷めた瞳で己が主人を見下ろしている。その視線には非難も憂慮もなかった。ただ、どこか微かな陰りが潜んでいた。

 

「聞いていたのか」

「ええ」

 

 景虎は短く答える。その声音はいつもと変わらず平板で、感情を示す抑揚は乏しい。だが、わずかに間を置いてから続いた言葉は、いつになくぎこちない。

 

「私は……あなたのサーヴァントです」

 

 その一言に、悠斗は眉を寄せた。

 

「だからどうした」

「いえ。ただ……」

 

 景虎は言葉を探すように、細い指で胸元の雪の結晶のペンダントを触れた。彼女の瞳は悠斗を見ているようでいて、実際には焦点を定めていない。

 

「ただ……私は、仏の教えに背くことなく、正しく槍を振るうだけの存在です。けれど、あの者がそなたを“同志”と呼ぶのを聞いたとき……」

 

 淡々とした声に、わずかな歪みが混じった。それは景虎にとって未だ未知の感情だった。

 

「……妙に、胸がざわつきました」

 

 静寂が降りる。悠斗は傷口を縫合した手を止め、しばし景虎を見つめる。

 

「すまない。余計な気を遣わせたな」

「何故そなたが謝るのです。おかしいのは、私の方だ。赤のバーサーカーは強力なサーヴァント。破綻した戦士ではありますが、その魂も高潔なのでしょう。肩を並べるに足る英傑である事は疑いようもない。だからおかしいのは――」

「ランサー」

 

 悠斗の低い声に、景虎ははっとして言葉を止めた。

 彼女の指はなおも雪の結晶のペンダントに触れたまま、落ち着きなく揺れている。

 

「私は……。私はおかしく、なっています」

 

 普段は機械のように正確な声音が、そこでかすかに乱れる。景虎にとって、それは説明がつかない感情だった。怒りでもなく、哀しみでもなく、けれど胸を締めつける何か。

 悠斗は縫合を終えた左手をゆっくり下ろし、彼女に向かって歩を進める。

 

「お前は俺の槍だ。違うか」

 

 短い言葉。だがそれは確固とした響きを持っていた。景虎は目を瞬かせ、わずかに眉をひそめる。

 悠斗の声音は淡々としていたが、その無駄のなさこそが真実を裏打ちしていた。景虎はしばし沈黙し、やがて小さく息を吐く。揺らいでいた心のざわめきが、少しずつ静まっていくのを自覚した。

 

「……承知しました。私はあなたの槍です。今はただ、それだけを思えばよいのでしょう」

「そうだ。あまり余計なことは考えるな。決戦は迫っている」

 

 悠斗の視線は窓の向こう、遠く空に浮かぶ巨大な要塞へと向けられていた。景虎もまた、その視線を追う。銀の髪が揺れ、瞳には戦場を待ち望む光が戻っていた。

 

 決戦の刻は近い。

 

 

 

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