越後の軍神と気取り屋マスター   作:元ジャミトフの狗

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第二十九話

 戦場は混沌としていた。黒の陣営はホムンクルスとゴーレムによる混成軍を繰り出し、対する赤の陣営は竜牙兵を以て異形の軍勢を構築する。

 雑兵の質では黒に分があるが、数では赤が勝る。だが最終的に軍勢の趨勢を決するのは――サーヴァントであった。

 

 まず天を裂いたのは赤のアーチャー・アタランテである。彼女の放つ矢は単なる弾丸ではない——災厄の名を帯びた一群の矢が、まるで乖離した天候の如く雨となって落ちる。空が裂け、金属の音を立てて地響きが走ると、ホムンクルスの整列は瞬時に穿たれ、岩塊の如きゴーレムもまた、無数の矢に打ち砕かれて粉塵となった。黒側のサーヴァントは各々回避するが、それでも前線の秩序は損なわれ、歩兵たちの列は乱れる。

 

 その隙を突くように、三頭の戦馬に引かれた戦車が空より降下した。轟音とともに着地した戦車は、押し寄せる雑兵を蹂躙する。赤のライダー——アキレウスだ。彼の戦車は戦闘専用に改造されたホムンクルスを撥ね、ゴーレムを圧潰する。

 

「雑魚は退け! ランサーよ! 見ているのだろう! この俺を止めねば兵は消耗するばかりだぞ!」

 

 アキレウスの怒声は、人々の鼓膜に鞭を振るう。彼の叫びは誇示であり、挑発であり、同時に戦意を掻き立てる号令でもある。彼の言う「ランサー」とは、ヴラド三世ではない。先日の白熱の一戦で彼の踵に傷を刻んだ者——越後の軍神、長尾景虎を指していた。アキレウスの視線は戦車の上から戦場をなめ、何処かに立つ一人の槍手を執拗に見定める。

 

 対して、黒の陣営の中心に立つのはヴラド三世である。彼はアヴィケブロンが製造した馬型ゴーレムの上に座し、その存在だけで戦場の温度を変える。沈んだ眼窩から放たれる視線は冷徹で、声が発せられると草原そのものが反応した。

 

「さあ、我が国土を踏み荒らす蛮族どもよ! 懲罰の刻だ!」

 

 ヴラドの言葉は呪詛のように厚く、しかし秩序あるリズムを持って現れる。彼は慈悲と憤怒を同時に帯びた言葉を撒き散らし、その宣言はただの威圧ではなく、古き伝説を喚び起こす儀式であった。

 

「慈悲と憤怒は灼熱の杭となって貴様らを刺し貫く! この杭の群れに限度はなく、真実無限であると絶望せよ! ――『極刑王(カズィクル・ベイ)』!」

 

 大地が呻き、瞬時に無数の細長い杭が草原から噴出した。杭は天へ向けて伸び、竜牙兵の列を一つ、また一つと貫く。その光景は古の伝説が現実へと還ったかのようであった。杭が林立するたび、竜牙兵の足元は裂け、威勢は削がれる。ヴラドの進軍路は道なき道を切り開き、彼の鞭声に呼応するかのように竜牙兵が粉砕されていく。

 

 だがヴラドの一直線の進軍を阻む影が現れる。赤のアーチャー・アタランテ、そして赤のランサー・カルナである。神話と伝説が近接し、互いに重厚な気配をぶつけ合う。神代の英雄と中世の君主——本来ならば格が違うはずの対決を、両者は顔を曇らせぬまま迎え撃つ。ヴラドは過去の幾多の絶望を糧にし、ルーマニアの民と伝承が与えた力で応える。彼の姿はまさしく「串刺し公」の再現であり、その姿勢は敵対する者たちに恐怖と畏敬を同時に植え付ける。

 

 一方、草原を縫うように進むのは景虎である。彼女の白き着物は泥を跳ね上げるが、銀の髪と雪の結晶のペンダントは戦場の景色に不思議な清澄を添える。

 

 彼女に課せられた任務は明快だ。黒のアーチャーと共に赤のライダーを討ち取ること。アキレウスの執心は明白に景虎へと向けられている。英雄の執着は時として呪いとなり、景虎の身を脅かすが、それこそが戦場での利となる場合もある。

 

 ケイローンの存在も頼もしい。彼はヘラクレス、イアソン、アスクレピオスといった名だたる英雄たちの師であり、その生徒の中にアキレウスも含まれていた。即ち、アキレウスの弱点を知り得る数少ない存在である。何よりケイローンの存在が未だ赤の陣営に知られていないのが大きい。

 

 景虎は竜牙兵を薙ぎ倒しながら戦車を探す――いや、探すまでもない。戦場を蹂躙するアキレウスは、否応なく目立っていた。

 

 だが、その進軍に突如割り込むものがある。岩――いや、ゴーレムだ。幾度もゴーレムを轢殺してきたアキレウスは、躊躇なく突撃する。しかし激突の瞬間、ゴーレムが弾け飛んだ。破片は軍馬の足と車輪に絡みつき、瞬時に硬質化してその脚を封じる。

 

「お見事!」

 

 景虎は賞賛を贈った。おそらくは黒のキャスター・アヴィケブロンの策であろう。その隙を逃す景虎ではない。

 

 景虎の槍が閃き、空気を裂く。アキレウスは戦車の上から槍で受け止め、両者の武が火花を散らす。強者同士のぶつかり合いに、戦場の喧騒は一時的に溶けていった。

 

「来たか! ランサー!」

「そなたの所望どおり、馳せ参じたぞ! ライダー!」

 

 その表情。口元に攣れた笑み。強者と剣を交える悦楽。両者が見せるのは戦闘者の純粋な歓喜であり、同時に死への誘惑でもあった。景虎の瞳は虎のように冷たく輝き、アキレウスは英雄としての誇りを剥き出しにする。

 

 先日の戦いで景虎が負わせた踵の傷は、アキレウスの不死性を剥ぎ取り、神速の脚力を大幅に削いでいた。それでもなお、彼の槍捌きは神代の英雄に相応しい洗練さを保っていた。景虎の初撃を弾き返したアキレウスは、戦車を蹴って跳躍し、即座に反撃に転じる。槍の穂先が弧を描き、景虎の肩口を狙う。

 

 景虎はそれを槍で受け流し、素早く後退。彼女の戦法は槍一本に留まらない。腰の刀を抜き放ち、槍と刀の二刀流でアキレウスを翻弄しようとする。槍で中距離を制し、刀で近接の隙を突く――越後の軍神の戦いは、戦国時代の乱戦を思わせる多角的なものだった。

 

「ふん、槍一本では飽き足らぬか!」

 

 アキレウスが嘲笑うように叫び、槍を縦横に振るう。速度は落ちているはずなのに、その一撃一撃の重みは景虎の腕にずしりと響く。景虎は刀で槍を絡め取り、引き寄せようとするが、アキレウスは力任せに振り払い、即座に追撃を放つ。景虎の着物の袖が裂け、浅い傷が走る。

 

 それでも景虎は怯まない。槍を低く構え、足捌きでアキレウスの死角に回り込む。刀を閃かせ、踵の傷を狙った斬撃を放つ。アキレウスはそれを予測していたかのように身を捻り、槍の柄で刀を弾く。続けて槍の穂先が景虎の腹部を狙うが、彼女は槍を回して受け止め、反動で距離を取る。

 

「やはり、踵の傷が効いているな。そなたの動きは、以前より鈍いぞ!」

 

 景虎の言葉に、アキレウスは歯を食いしばる。確かに速度は落ちている。神速の脚は今や俊足の英雄程度だ。全盛の四割といったところか。だが彼の経験と膂力は健在で、景虎の攻撃を次々と対応していく。景虎は槍と刀を交互に使い、連続した攻撃を浴びせるが、アキレウスは最小限の動きで捌き、逆に景虎の隙を突いて反撃を加える。

 

 一瞬の攻防で景虎の肩に浅い傷が刻まれ、血が滲む。アキレウスの方が優勢――それは明らかだった。景虎の戦法は有効だが、アキレウスの槍術はそれを上回る洗練さを有していた。神代の英雄の底力は、傷を負っても揺るがない。景虎に瑕疵はない。ただ、アキレウスが圧倒的すぎるのだ。寧ろ中世の武将が知名度補正も無しに、単純な技量のみで神の時代で活躍した英傑と斬り結べているのが異常なのだ。

 

 森の陰から、鋭い風切り音が響いた。ケイローンの放った矢が、戦場の喧騒を切り裂いて飛来する。アキレウスはそれを察知し、反射的に身を捻った。神速の脚は失われていたが、戦士の本能は健在だ。矢は彼の首筋をかすめ、浅い傷を刻む。鮮血が滴り、アキレウスは歯を食いしばって呻く。

 

「ぐっ……!」

 

 その一瞬の隙を、景虎は見逃さない。彼女の槍が再び閃き、アキレウスの胸元を狙って突き出される。アキレウスは槍で受け止めようとするが、首の傷がわずかに動きを鈍らせる。景虎の追撃は容赦なく、刀を交えながら連続した斬撃を浴びせる。アキレウスは後退を余儀なくされ、形勢は一気に逆転した。

 

 ケイローンの援護射撃は、止むことなく続く。森の奥から放たれる矢は、恐ろしいほどに正確だった。アキレウスの動きを予知したかのように、次々と死角を突く。一本は彼の肩をかすめ、もう一本は足元を狙って地面を抉る。アキレウスは回避に追われ、景虎への反撃が疎かになる。

 

 さらに苛烈なのは、ケイローンの射撃が景虎に当たるギリギリの軌道を描くことだ。アキレウスは矢を避けようと身を翻すが、それが景虎の攻撃を誘発する。誤射も厭わないような、容赦ない援護――だが、不思議とどの矢も景虎には当たらない。まるで彼女の周囲に不可視の障壁があるかのように、矢はわずかに逸れていく。

 

「この射撃……やたらにやりづらいぞ!」

 

 アキレウスが驚愕の声を上げる。神域の弓兵の存在を察知し、表情が歪む。それでも彼は諦めず、槍を振り回して景虎を牽制する。だが、ケイローンの矢が再び飛来し、アキレウスの槍をわずかに逸らす。景虎はその機を逃さず、槍と刀を交互に使い、アキレウスを苛烈に攻め立てる。斬撃が彼の腕を切り裂き、突きが腹部をかすめる。アキレウスの息が乱れ、優勢だった戦いが一転して防戦一方となる。

 

 この異常な援護が成り立つのは、景虎の保有するスキル『鎧は胸に在り』の賜物だった。このスキルは、上杉謙信の逸話に基づくものだ。敵陣の眼前で悠然と酒をあおる謙信に、飛び交う銃弾や矢が一つとして当たらなかったという伝説が、サーヴァントとしての能力に昇華したものである。飛び道具に対する強力な防護を提供し、ケイローンの矢すらも彼女を避けて通るのだ。誤射のリスクを恐れず、ケイローンは最大限の援護を続けられる。

 

 景虎の瞳は輝きを増し、アキレウスを追い詰めていく。戦いの天秤は、完全に黒の陣営側に傾いていた。

 

 劣勢に追い込まれたはずのアキレウスは――笑っていた。

 首筋から血を滴らせ、肩に浅傷を刻まれながらも、その双眸は輝きを増している。

 

 彼の脳裏には、かつて自らを追い詰めたヘクトールとの戦いがよみがえる。そして、己の死を迎えたトロイア戦争の光景が閃いた。全くもって、心が躍る。これほど魂を揺さぶる戦いを、彼は心の底から求めていた。

 

 目の前の女――長尾景虎。美しき女でありながら、槍と刀を自在に操る武人。力も、気迫も、神話の舞台に並び立つに足る。そして、彼女に援護を与える弓兵。その一矢はまるでヘラクレスすら思わせる苛烈さを備えていた。

 

「……ああ、良いぞ」

 

 アキレウスは笑う。血に濡れた唇の奥から、歓喜の嗤いが漏れる。

 

 アキレウスは多くの宝具を持つ。

 不死の肉体と神速の足。それらは既に失われた。景虎の槍が不死を剥ぎ取り、踵の傷が脚を蝕んだ。戦車もまた、黒のキャスターによって一時的に封じられている。

 だが、まだ二つが残っていた。

 

 一つは『宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)』。ケイローンが青銅とトネリコで鍛えた槍であり、その真骨頂は地に突き立てた瞬間に発動する奥義にあった。槍を基点に空間を切り取り、闇の壁に囲まれた特殊な領域を形成する。それは固有結界に似て非なる大魔術であり、その効能は「公平無私の一騎打ちを強制する闘技場」である。

 アキレウスが生前、ヘクトールを決戦の場に引きずり出すために編み出したものである。それは槍の創造主たるケイローンですら知らぬ奥義であった。だが、アマゾネスの女王をこの槍で討った過去への悔恨から、彼は二度と女性に対してこの力を使わぬと誓っていた。

 

 英雄にとって勝利は掴むべきものだ。だがその上で、己が信ずる道に殉じることこそ、英雄の本懐である。

 

 そして最後に残るのは――『蒼天囲みし小世界(アキレウス・コスモス)』。母テティスが鍛冶神ヘファイストスに懇願して作らせた円盾。全面に精緻な意匠が刻まれ、その内部には極小の世界が収められている。

 真名を解放すれば、その世界が展開し、あらゆる攻撃を遮断する。さらに防御のみならず、突撃によって世界そのものを相手に叩きつける攻撃にも転じ得る。

 

 アキレウスの中で、その選択は既に定まっていた。

 

「……美しい」

 

 アキレウスは血に濡れた口元で、真摯な賛辞を口にする。

 

「その姿……まるでペンテシレイアの再来だ。あの時、俺が殺めてしまったアマゾネスの女王のようにな」

 

 景虎は答えない。ただ冷ややかに槍を突き、刀を閃かせる。鋭利な鋼がアキレウスを容赦なく追い詰める。

 

「……それもまた良し! 心地よさすら覚えるぞ、ランサー!」

 

 アキレウスは咆哮し、小盾を構えた。銀光が戦場に煌めき、次なる宝具の展開が近いことを告げる。

 

 その瞬間――景虎の直感が告げた。死が訪れる、と。だがそれは己の死ではない。

 

 何故だ。

 何故、そこにいるのか。

 

 景虎の視界に、一人の男の背が映った。

 梶田悠斗。

 彼女が唯一の主と奉る、その男が、いつの間にか二人の間に立っていた。

 

「マスター……?」

 

 景虎の声が揺れる。悠斗は返さない。ただ鋭い眼光でアキレウスを睨み据えていた。

 

 アキレウスもまた、その視線を受け止め、笑みを深める。

 以前、己に辛酸を舐めさせた敵のマスター。その瞳は知っている。覚悟を決めた兵士の目だ。

 

 ――人間が、この俺に立つか。

 ――ならば応えよう。それが英雄の務めだ。

 

 悠斗とアキレウスの視線が交錯した。

 戦場の轟音が、ふたりの間だけ沈黙に変わる。

 

 

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