越後の軍神と気取り屋マスター   作:元ジャミトフの狗

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第三十一話

 

 首を失ったアキレウスが、魔力の塵となって退去した。神速の英雄は、最期まで笑みを浮かべていた。戦場に残るのは、血の臭いと荒れた大地、そして静寂のみだった。

 

 これで赤の陣営は特筆すべき戦力を失った。一方、黒の陣営は魔術師一人の腕が一本失ったのみ。対価としてはあまりに安い。そのはずなのに、どうにも景虎はそのことが不満らしい。悠斗を見つめる彼女の目は仄かに怒りの色がある。

 

 戦いの余韻が残る草原で、景虎は槍を収め、悠斗の傍らに立った。彼女の銀髪が風に揺れ、神々しいまでの美しさが、荒廃した景色の中で際立つ。

 

「お見事です」

 

 景虎は簡素に告げる。他にも何か言いたそうにする景虎を見て、「ああ、お前もな」と悠斗が返答する。大英雄アキレウスを屠ってなお、二人の間には微妙な空気が流れていた。

 

「その腕は、治るのですか?」

 

 口火を切ったのは景虎である。その表情はいかにも苦しそうで、腕を失った悠斗よりも痛ましそうにしていた。

 

 悠斗は右腕の断面を軽く押さえ、血を止めるための簡易魔術を施しながら答える。破裂した右手は、固有結界の変則的な展開による反動で完全に失われていた。肉片が飛び散った痕跡が、地面に赤黒く染み込んでいる。

 

「義手職人なら心当たりがあるが、あれも大概神出鬼没だからな。しばらくはこのままだろう」

 

 景虎は「そうですか」とやはり口惜しそうに告げる。彼女は悠斗の犠牲がなければ、自らが死んでいたことを弁えている。だからこそ、景虎は何も言えずにいた。戦場で悠斗が割って入らなければ、アキレウスの宝具は彼女を飲み込んでいただろう。

 

 あの瞬間、景虎の心は凍りついた。主人が、ただの人間が、神話の英雄の前に立ったのだ。無謀で、愚かで、それでいて──彼女の胸を締めつけるほどに、尊い。その情景を、彼女は忘れることはないだろう。

 

 森の奥から現れたケイローンが二人に近づき、悠斗の傷を一瞥する。

 

「貴方の判断は正しかった。そこに議論の余地はありません。ただ、すぐに手当てをするべきでしょう」

 

 悠斗は軽く首を振り、ケイローンに視線を向ける。

 

「礼を言おう、アーチャー。貴方の援護がなければ、景虎も俺もここにいなかった。しかし悪かったな」

「何がでしょう?」

「師弟の戦いで一度も顔を合わせなかったのでは、文句の一つも言いたくなるのではないか?」

 

 ケイローンは苦笑し、アキレウスの消えた場所を見つめる。

 

「あの子は、最後まで楽しんでいたようでした。良い戦いだった。手向けとしては十分です」

「……そうか」

「それよりも貴方は弁明するべき相手がいる筈ですよ」

 

 ケイローンに促され、悠斗の視線が再び景虎に戻る。彼女の瞳には、怒りと心配が混じり合っている。軍神として、数多の戦いを駆け抜けた彼女にとって、犠牲は当然のものだ。だが、彼女の主人は違う。悠斗はまだ、生きるべき人間なのだ。一度死んだ英霊とは違う。

 

「……どうか、ご自愛下さい。私は既に一度生涯を駆け抜けましたが、そなたはまだ今を生きているのですから」

 

 だから、景虎は己の主人の身を案じる言葉を告げることしかできなかった。彼女の声は静かだが、強い意志が込められている。悠斗はそんな景虎を見て、わずかに微笑む。いつも通り、気取ったような余裕を装った笑みだ。

 

「……また心配をかけたな」

「ええ、本当に。そなたは愚か者です。命尽きざる限り、無理を冒すも又良しとする」

「当然だ。お前を死なせたら、俺も死ぬ」

 

 悠斗は何気ない口ぶりで告げたが、その言葉は劇薬のような破壊力を秘めていた。具体的には、順調に育ってきた景虎の情緒をぐちゃりと引き裂くに足るものだったのである。

 

「──っ!! 頭がおかしくなりそうです。私を、どうしたいのですか、そなたは」

「どうも何も──っ!?」

 

 唐突な魔力損失により、悠斗の視界が揺らぎ、目眩が襲った。契約するもう一人のサーヴァント――赤のバーサーカー、スパルタクスへの魔力供給量が急激に増大したのだ。

 ゴルドの鋳造したホムンクルスが魔力生成を代替しているとはいえ、供給の窓口はあくまで悠斗である。いかに源泉が豊かでも、蛇口から許容量を超えて水を流そうとすれば、その分だけ負荷がかかる。まさしく悠斗はいま、輸血した血を即座に抜き取られるかのような感覚に苛まれていた。

 

 おそらく戦いは佳境に入ったのだろう。ヴラド三世に加勢したスパルタクスは、いま赤のアーチャーと刃を交えている。彼はアーチャーに致命打は与えていない――だが、それは赤のアーチャーも同じだった。

 

「大丈夫ですか?」

「気分は良くない。ただでさえ右腕が炸裂していると言うのに」

「一度ミレニア城砦に戻りましょう。本格的な治療をすべきです」

「ああ、いや、待て」

 

 それは念話だった。本当に想定してない声だった。スパルタクスが悠斗に話しかけたのである。

 

(同志よ!! 見よ、忌まわしき圧政者が、なおも空より我らを見下ろしているぞ!! そうだな!! 友よ!)

 

 悠斗は肯定した。少なくとも「時計塔の刺客」という観点から言えば、彼にとっての圧政者は確かに空にいた。

 だが、それは所詮悠斗の都合にすぎない。己の手前勝手な理由だけを告げ、誇り高きトラキアの戦士を欺いているような気がして、悠斗は恥じ入るように目を伏せた。

 その心の揺らぎを、相手は感じ取ったのか――。

 

(それで良い! それで良いのだ友よ! 同志にして圧政者の兆しある者、梶田悠斗よ! 美醜を併せ持つは人の性である! だから君はただスパルタクスに願うだけでいい。ただひたぶるに、このスパルタクスに()()と!!)

 

 スパルタクスは告げる。反逆の使徒はいつだって虐げられる者の味方だ。そして彼の目は悠斗を被虐者と見定めた。故にスパルタクスは悠斗に叛逆者の生き様を示す。

 

 疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)。スパルタクスの伝説が昇華してあらわれた宝具。敵からの攻撃で受けた痛手を魔力に変換し、体内に蓄積する。その魔力は肉体の強化や治癒の促進に用いられ、結果として傷を負うほど強大になる。そしてこの宝具の真骨頂は――。

 

「……礼を言う。スパルタクス」

 

 限界まで魔力を蓄えたスパルタクスは、それを解き放つことで戦場の地形すら変貌させるほどの破壊をもたらす厄災と化す。故に悠斗はスパルタクスの意を汲んだ。

 

「令呪をもって命じる。叛逆の戦士、スパルタクス。空中要塞に跳躍せよ!」

 

 本来、スパルタクスに対して命令を下すことは、何の意味も持たない。強靭な意志は令呪すらも凌駕するのだ。むしろ、そのような行為は、彼から圧政者として見なされるおそれがある。ある種の自殺行為とも言えよう。

 

 だが彼自身が受け入れる場合は、その限りではない。

 

 既に幾たびの矢を喰らい、或いは炎に焼かれ、槍で突き抜かれたスパルタクスは再生を繰り返すうちに異形と化していた。腕は八本に増え、肥大した肉体を支えるために脚は節足動物のように自重を分散している。その巨体が、飛翔する。

 

「おおッ、今まさにッ! 我が脚は引力に叛逆せり! ふはははは! この痛みこそ我が誉れ! 我が生命! 我が愛はここに爆発する!」

 

 スパルタクスは、脳が痺れるような多幸感に包まれていた。自らの全てを捧げた生涯最高の一撃。それが今、炸裂する。

 

 空中庭園は急速に接近するバーサーカーを迎撃する。その中にはAランク超え、EXランクの魔力が込められた魔術も存在していた。だがスパルタクスは臆することも怯むこともない。寧ろ傷つけられることにより、スパルタクスの力は増していく。そして――。

 

極大逆境・疵獣咆哮(ウォークライ・オーバーロード)っ!!」

 

 遂に爆ぜる。全力を込めて振るわれた一撃が、空中要塞に直撃する。そして眩い輝きと共に、叛逆の暁星はその大部分を蒸発させた。然るに叛逆、成功せり。

 

 浮遊を司る機関が破壊されたのか、赤のアサシンが誇る空中庭園が轟音と共に墜落する。それは神秘の秘匿もへったくれもない有様だった。唯一の救いは森に落下したということか。

 

 同時に、悠斗はスパルタクスとのレイラインが消失したことに気づく。彼はその命悉くを行使して、叛逆に殉じ、息を引き取った。

 

 狂った男だった。きっと本人も自覚していたことだろう。しかし、同時に、確かにスパルタクスは英雄だったのだ。

 

 

 

 

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