越後の軍神と気取り屋マスター   作:元ジャミトフの狗

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第三十三話

 梶田悠斗が赤のアサシン、セミラミスに襲撃され、自らの身体機能を凍結させてから二日が経過した。その間、戦況は目まぐるしく変転していった。悠斗の肉体は眠りについていても、完全に意識を失っていたわけではない。故に彼は、聖杯大戦の趨勢をおおよそ把握していた。

 

 悠斗が倒れてから数時間後。黒のキャスター、アヴィケブロンの宝具――王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)。ゴルド・ムジークの肉体をコアに据えたその圧倒的な巨躯は、本来であれば黒の陣営にとって最大の切り札となるはずだった。

 しかし、赤のランサー・カルナ、セイバー・モードレッド、そしてアーチャー・アタランテの三騎による猛攻の前に巨人は崩れ去る。カルナの神槍がその胸を貫き、モードレッドの剣が四肢を断ち、アタランテの矢雨が弱点を穿つ。激戦の果て、ケテルマルクトは轟音とともに爆散した。

 

 消耗した赤の陣営を追撃すべく、黒の陣営は空中庭園の跡地へと襲撃を仕掛けた。この襲撃にはジークも参加した。黒の陣営が勝利した暁には、ユグドミレニアが保有するホムンクルスを解放するという条件をジークは飲んだのである。故にジークのサーヴァントであるアストルフォも再び黒の陣営の麾下に入ることとなった。

 

 夜の闇を切り裂くように、黒のサーヴァントたちが空中庭園跡地に侵攻を始める。しかし、事態は急変した。詳細は不明だが赤のキャスター・シェイクスピアの宝具により、黒のランサー・ヴラド三世が強制的に吸血鬼化されてしまったのだ。この瞬間、黒の陣営の首魁ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアは自らの実質的な敗北を悟り、自身の魂を二つに分裂させた。一方をヴラド三世に、もう一方をマスターの悠斗に融合させる邪法である。しかしながら悠斗の体内に備わる自動防護結界が、ダーニックの精神を完全に隔離し、支配を防ぐ。

 

 一方、正気を失ったヴラド三世の魂はダーニックと溶け合った。百年に及ぶ妄執のみで、ただの魔術師が英雄の魂を犯したのである。結果、聖杯を求めるだけの化物が生まれた。しかしながら赤のアサシンのマスター、或いは赤のルーラーとでも言うべき外典の聖人、天草四郎時貞の聖言によって、ヴラド三世だった化物は浄化され、消滅してしまう。

 

 戦いは激化の一途を辿った。赤のセイバー・モードレッドは黒のアーチャー・ケイローンと激突し、両者痛み分けに終わった。一方、ホムンクルスのジークと黒のライダー・アストルフォ、黒のキャスター・アヴィケブロンが消耗したアタランテに挑む。三対一の状況ながら、アタランテは防戦に徹し、ジークの変身時間──黒のセイバー・ジークフリートへの変身が持続する三分間を耐え凌いだ。だが、隙を突いたアヴィケブロンのゴーレムがアタランテに致命傷を与えた。

 

 悠斗のサーヴァントである長尾景虎は、赤のランサー・カルナと対峙していた。神話にその名を刻む英雄カルナの力は、まさしく圧倒的。景虎は為す術もなく、敗北の淵へと追い込まれていく。だがその瞬間、理由は不明ながらも、聖杯からの加護が彼女に降り注いだ。景虎の霊基が再臨し、そのクラスはランサーからルーラーへと変化する。しかし、それでもなお力の差は歴然であった。景虎はカルナの猛攻を前に防戦一方となり、槍と槍が交錯するたびに、夜空を裂くような火花が散る。

 

 ジーク、アストルフォ、アヴィケブロンは、天草四郎時貞と赤のキャスター・シェイクスピアの元へ辿り着いた。だが、そこに待ち受けていたのは、赤のアサシン・セミラミスが遺した百の竜牙兵と毒の大蛇、そしてシェイクスピアが顕現させた『リア王』の幻影だった。アタランテとの戦いでゴーレムの手持ちを減らしたアヴィケブロン、天草に肉薄されて魔笛を使えないアストルフォ、変身なしでは魔術師程度の戦闘力しかないジーク──二騎と一人はこの物量差を覆せなかった。しかも、黒のランサーが敗退したとの情報が明かされ、士気は更に低下する。

 

 結果、アヴィケブロンは寝返りを決意した。彼のマスターもこれを了承する。進退窮まるジークは黒のセイバーに変身し、状況を打開しようとする。アストルフォの助力もあり、大蛇と竜牙兵、リア王を撃退するが、そこが限界だった。アヴィケブロンの操るゴーレムがアストルフォを襲い、ライダーは消滅。変身の時間切れにより、これまでの幾たびの奇跡の代償を支払ったジークは粗末な邪竜の姿となり、暴走を始める。これによりアヴィケブロンも死亡した。

 

 暴走する邪竜を止めるため、景虎とカルナが一時的に共闘する。ルーラーの権能と神槍の力が交わり、ジークだった存在を討ち取った頃、夜が明け始めていた。朝の光が戦場を照らす中、両陣営は一時停戦を余儀なくされる。

 

 翌日、夜明けの停戦が解けると、今度は赤の陣営が反撃に転じた。カルナが先陣を切り、神話の宝具を解き放つ。炎の槍がミレニア城砦の堅牢な壁を一撃で粉砕し、崩れ落ちる石塊が地響きを上げた。黒のアーチャー・ケイローンが矢を放ち、景虎がルーラーの力で槍を構えて応戦するが、カルナの猛攻は容赦ない。黒の陣営は防戦を強いられ、城内は混乱に陥った。

 

 その隙を突き、天草四郎時貞と赤のキャスター・シェイクスピアがミレニア城の地下深くに潜入。厳重に守られていた大聖杯の保管庫に辿り着く。そこで、二人は大聖杯の力を掌握するための儀式を始めるのだった。

 

 眠るように活動を停止していた悠斗を、天草四郎時貞のもとへと連れて行くよう――あらかじめ景虎に頼まれていたカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは、戦火の混乱を掻い潜り、ついに目的の場所へと辿り着いた。

 

「起きてくれ、悠斗さん」

 

 景虎の話では、ただ声をかけるだけで梶田悠斗を呼び覚ませるという。

 時間停止に等しい大魔術の解除法が、これほどまでに単純な言葉であることに、カウレスは驚きを隠せなかった。そして――

 

「……カウレス、状況を手短に説明してくれ」

 

 悠斗は、本当に目を覚ました。彼は気怠そうに身を起こし、手足の感覚を確かめる。

 自らを祭位(フェス)止まりの魔術師だと自嘲していた悠斗。だが裏を返せば、一代でそこまで上り詰めたということでもある。

 大魔術の解除を、こうも容易く、迅速にやってのける。その才覚は、少なくともカウレスの遥か上にあった。

 

 息を荒げながら、カウレスは悠斗へと視線を向けた。彼自身、魔術師としての技量は二流にも満たない。だがその一方で、姉フィオレよりも現実的な魔術師である。つまり、「出来ること」と「やるべきこと」を、正確に見極めることができる男だった。

 

「景虎から頼まれてアンタを起こした。黒の陣営は崩壊寸前だ。ヴラド三世は消滅、アヴィケブロンとアストルフォも失われ、ジークは……暴走して倒された。今残っているのはケイローンと景虎だけ。赤のランサー、カルナの攻撃で城壁は破壊され、防衛線も崩れかけてる。敵サーヴァントは残り三騎、いや――四騎だ」

「奴らは?」

「赤のキャスターと天草四郎時貞。天草は、かつて冬木で行われた聖杯戦争においてルーラーとして召喚され、受肉したサーヴァントらしい。赤のランサーとキャスターのマスターでもある」

「奴を殺せば、赤のランサーは消滅するか?」

「ああ!」

「そうか。なら、残りはセイバーのみだな」

 

 そう言って悠斗は煙草に火を点けた。まるで一仕事を終えたかのように、静かに。

 

 ――この時、天草四郎時貞は判断を誤った。

 

 悠斗が立ち上がった時点で、多少のリスクを負ってでも殺しにかかるべきだったのだ。魔術師と、下級とはいえサーヴァント。戦闘能力を比較するまでもない。

 

 だが、それは慢心によるものではなかった。

 

 天草四郎時貞は、どこまでも理性的であった。

 赤のアサシンによる神代の毒に侵された悠斗に、できることなど限られている。

 仮に彼が固有結界を展開しようとも、直接的な攻撃力を持たぬその術では、高ランクの対魔力を誇る天草に致命打を与えることはできない。

 そして、悠斗が最も信頼を寄せる長尾景虎も、今まさにケイローンと共に赤のランサーと交戦中。

 

 梶田悠斗には、何もできない。

 少なくとも数分という制限時間で出来ることなど、高が知れている。

 何かをする素振りを見せた時に殺せばいい。

 むしろ下手に近づいて、アキレウスの盾を押し退けたあの質量魔術を使われる方が厄介だ。

 だがそれも、大聖杯が保管されたこの地下空間で用いれば支柱は全て折れ、天井は崩れ落ちる。そうなれば悠斗もカウレスも、命はない。

 

 ゆえに、天草は判断を誤った。

 あるいはそれは、ルーラーというクラスゆえの盲点。

 すでに敗退したサーヴァントなど、警戒の対象になり得ない。

 

「――やれ、()()()()

 

 夜霧の中から、殺人鬼が現れる。

 同時に、天草四郎時貞の首が、音もなく宙を舞った。奇しくもそれは、生前における天草四郎時貞の死因だった。

 

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