越後の軍神と気取り屋マスター   作:元ジャミトフの狗

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これがやりたかった。


アーキタイプ編
第三十七話


 ダーニックが書斎としていた部屋は、いまや悠斗の愛しの仕事場となっていた。

 

 聖杯大戦の戦後処理。未だに送られてくる時計塔と聖堂教会の刺客。それでいて甘い蜜を求める狡猾な時計塔貴族どもの賄賂。対処すべきことは多い。そして驚くべきことに外様に過ぎなかった悠斗は、今やユグドミレニアの名代である。

 

 本来であればユグドミレニアの後継者はフィオレだ。故に時計塔スパイとしての役目を完全に放棄した悠斗は、その補佐として暗躍する腹積もりだった。問題はその彼女が――

 

「聖杯大戦で最も功績をあげたのは梶田悠斗とそのサーヴァントです。異論は求めません。そして今回の一件で、私は自らの力不足を痛感しました。故にフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアはユグドミレニア当主代理に、梶田悠斗を指名します」

 

 などと責任を全てぶん投げてきた。元よりユグドミレニアのモットーは来るものを拒まずだ。これまで黄金樹は多種多様な人種を血族に迎え入れて、勢力を大きくしてきたのである。ダーニック亡き今、純粋に強力な魔術師というのは、崖っぷちの一族の目からは相当魅力的に映ったらしい。

 

 だが何よりも決め手になったのは、悠斗にユグドミレニアの、それもダーニック本人の魔術刻印が埋め込まれていたということである。マジで何を企んでたんだ、あいつ。

 

「――よう」

 

 遮二無二に仕事を進めていると、予想外の訪問者が現れた。

 

 砂絵が老女を象る。イノライ・バリュエレータ・アトロホルム。時計塔の君主にして、悠斗の師。彼女の姿はいつも通り、優雅で威厳に満ちていた。黒いローブを纏い、銀色の杖を携え、悠斗の前に静かに立った。

 

「師匠」

 

 悠斗の声は低く、驚きはない。この砂絵はどうあっても悠斗に危害を加えることはできない。イノライの砂絵は軽く微笑み、バルコニーの手すりに寄りかかる。

 

「オレの可愛い弟子が、こんな辺鄙な場所で大活躍したと聞いたものだからね。様子を見に来たのさ」

 

 彼女の言葉は軽やかだが、目は鋭く悠斗を観察している。それで悠斗はようやく自らの師が敵になったのだと実感した。彼は深く息を吐き、師の視線を真正面から受け止めた。言葉を慎重に選びながら、口を開く。

 

「これまで、ありがとうございました。あなたが教えてくれたすべてに、心から感謝しています。そしてこのような結果になってしまって、本当に申し訳ありません」

「ああ、気にすることはないよ。むしろようやく巣立ってくれたかと思ったくらいだ。で、お前はこれからどうするんだい?」

「ユグドミレニアの名代として、俺は新たに魔術協会『黄金千界樹』の設立を宣言します」

「ほう。それは大胆で斬新なアイデアだ。だがね。たかだか戦争に勝利したくらいで、そんな大それたことが許されると思っているのか?」

「ユグドミレニアは天草四郎時貞の討伐を公表しない。これが条件です。聖堂教会および時計塔の制御下から離れた天草四郎は、今となってはあなたたちにとって面倒な醜聞でしょう」

「ふむ。まぁ、悪くない。だがまだ弱いな」

「気に入らないのなら、来たりて取れ。すべて返り討ちにして差し上げましょう」

 

 悠斗の目には、決意の光が宿っていた。聖杯の勝利は、ただの終わりではなく、新たな始まりだった。その啖呵にイノライは口笛を吹く。本当に、本気らしい。

 

「いやはや、大したものだ。まさかお前がそこまで言うとは」

「攻めることより、守ることの方が得意なんですよね」

「だろうな。オレでも一握りの砂絵を送るので精一杯だった。お前、この城、いや土地そのものを異界化させたな?」

「ええ。幸いなことに魔力には困ることはない」

「無尽蔵とはいかないだろう?」

「さて、それはどうでしょう。第二種永久機関(フランケンシュタイン)の設計図があってね。疑似的なものなら再現できました」

 

 悠斗の言葉にイノライは吹き出す。心底愉快でたまらなかったのだ。教え子が自分を追い越そうとしている。それが本当に面白くて仕方がないのだ。こいつは魔術の世界に変革を与える。老女にはその確信があった。

 

「どうやらトゥリファスは本当に魔境になったらしい。だがいいのかい? 手の内を曝しすぎだろう」

「ここ数年で切れるカードは随分と増えました。どうにも腰を落ち着ける場所というのは得難いもので」

「はん。それはオレへの当てつけか? 結界師」

「俺を先兵として使用していたのは、工房を作らせないためだった。そうでしょう?」

「当たり前だろう。時計塔を内部から浸食されては敵わんからな」

「望外な評価です」

「望外、望外か。 それをいうのならオレの方だ。まさかお前がオレの教えを越え、新たな協会を築くなんて、なんとも師匠冥利に尽きる話じゃないか。時計塔は、いや魔術世界全体が古い。だからお前のような若き血が必要なのさ。ああ、だからオレは楽しみだ。お前が率いる黄金千界樹とやらが、この先どんな風に世界を変えるのか」

 

 イノライはそう言って、軽く笑った。悠斗の胸に、温かな感情が広がる。師の言葉は、激励だった。だが同時に、それは新たな対立の現れでもある。

 

「ただし、油断は禁物だぞ。時計塔も教会も、黙って見ているわけじゃない。お前の道は、険しいものになる。でも、それこそが魔術師の宿命だ」

「ええ、望むところです」

「梶田悠斗」

 

 不意にイノライの語気が冷ややかなものになる。それは最後の問いかけだった。彼女は、イノライという魔術師として梶田悠斗に問いただす。

 

「悠斗、何を求める」

「ただ生きる術を」

「悠斗、何処に求める」

「同胞と共に」

 

 迷うことなく男は答える。すると砂絵は夜風に吹かれ、崩れ去った。




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