数ヶ月後───。
トゥリファスの街は聖杯大戦の傷跡を癒し、穏やかな日常を取り戻しつつあった。
否、穏やかというのは嘘だ。だって明らかに異常な速度で都市開発が進んでいる。なんか田舎の街並みにそぐわぬ近代的な建物が立ち並んでいる。
開発を主導しているのは、聖杯大戦の正式な勝者であるケイローン。彼は聖杯にプロメテウスに預けていた「不死」の返還を願った。その結果、彼は
しかしながら神霊級の霊基を得たケイローンは、抑止力の対象となってしまう。直接神霊を降臨させた訳ではないため抑止力による排斥は性急なものではなかったが、それでもケイローンの存在は緩やかに希釈されていった。本人もその運命を受け入れ、残された時間で自らにできることを全うしようと決意する。
「――いや、それはいかにも勿体ない」
待ったをかけたのは長尾景虎のマスター、梶田悠斗だ。彼はケイローンを現世に留めるため、結界魔術のゴリ押しで古代ギリシャ様式の神殿を築いた。神霊を現世に引き留める神殿を建築ないし維持するのだ。莫大な魔力と資金、材料を要するが、幸いなことに
聖杯にかけた願いは全部で四つ。「悠斗の解毒」、「フィオレの両足の治癒」、「ケイローンの不死受領」、そして「フランケンシュタインの構造を参考にした疑似的な第二種永久機関の鋳造」である。この永久機関によって、ユグドミレニアはギリシャ神話屈指の賢者の現界を現実のものにした。この事実に特に喜んだのが、彼のマスターであるフィオレだった。
一方、ケイローンは現世に留まることに対して、取り立てて執着心がなかった。しかし自らに教えを乞う存在がいるのなら話は別だ。彼は聖杯戦争の時から変わらず、あくまでもフィオレのサーヴァント、より正確に言えば教師として活動することに決めたらしい。そしてそのフィオレ当人が悠斗をユグドミレニアの主君に指定したため、結果的に悠斗はケイローンに色々
ギリシャ神話の大賢者。彼の有する才能は文字通りの万能である。まずもって欠点がない。聖杯戦争において最優のクラスは
現在、ケイローンは都市開発を爆進する傍ら、景虎自身の要望もあって「神授の智慧」で彼女を鍛え上げている。ギリシャ神話の神々に与えられた智慧は、およそ人間が考えられる技能全てを習得することができる。具体的に言えば英雄独自のものを除く、ほぼ全てのスキルにB~Aランクの習熟度を発揮するのだという。またマスターの同意があれば自分以外のサーヴァントにスキルを授ける事も可能だったりする。正にチートである。
Q. そんな並外れたスキルで長尾景虎を鍛えたらどうなる?
A. 誇張表現抜きで最強戦国の武将が爆誕する。
景虎は真眼(真)や魔力放出、果ては魔力の扱い方を効率化させるための魔術を意欲的に修めている。元より彼女は武術や兵学のみならず、禅をはじめとした仏門、漢詩などの文化的な教養にも優れる偉人である。ウォーモンガーな本性とは裏腹に、学ぶということに抵抗が全くない才媛なのである。本当に意外なことに。
そしてユグドミレニアの本拠地である城塞は、今や「黄金千界樹」の象徴として、新たな魔術師たちを迎え入れている。悠斗は当主代理として、毎日膨大な書類と格闘していた。机の上には、時計塔からの密偵報告や、聖堂教会の動向を記したメモが山積みだ。
黄金千年樹の方針は「聖杯の蒐集」だ。
元々世界各地で執り行われていた亜種聖杯戦争。それは第三次聖杯戦争においてダーニックが強奪した大聖杯を探られないことを目的に、聖杯戦争の仕組みを魔術師という魔術師にバラ撒いたために発生した。根源など夢の彼方だと嘆いていた魔術師たちでも、この儀式によって一歩、それでなくとも半歩近付けると悟った彼らは、死に物狂いで聖杯を作成することになった。
その成果を徴収する。農家の人々が鎌を手に、腰をかがめて一株ずつ丁寧に刈り取っていくように、黄金千年樹は聖杯という稲を刈り取る。
そこで悠斗は魔術師を呼び込んだ。没落した魔術師の大家、いまだ歴史の浅い二流の家系、根源などハナから眼中にない魔術使い、時計塔に追われる封印指定。そうした世界中に燻っている神秘の輩に問いかけた。
「――今まで見下してきた
幸いなことに、悠斗の旗下には常勝最強の軍神がいる。数多の英雄を育て上げた大賢者がいる。聖杯大戦を経てなお莫大な資産、アヴィケブロンの
そこに排斥されてきた魔術師を加える。だが対価なくば人はついてこない。故に悠斗が用意した報酬は、ケイローンによる教鞭と梶田悠斗が昨今完成させた『簡易結界』である。前者に関しては言わずもがな。紀元前の知啓を得られる機会を用意し、その中で忠誠心に優れた者に梶田悠斗の大魔術を授ける。
簡易結界。悠斗が
既に悠斗はこの簡易結界をフィオレとカウレスに授けている。心の内を物理的に表現する手段はそう多くない。心象風景はその人間がもつ方向性を示す。魔術刻印を有するフィオレはともかくとして、未だに自らの得意分野を把握していなかったカウレスにとって、簡易魔術は大きな作用をもたらした。
どうやらカウレスは雷の属性、とりわけ生体電気に適正があったようだ。そして進むべき道を理解した人間の進歩は早い。カウレスの魔術師として人生がようやく始まったのだ。つまるところ、カウレスはちょっとだけ自分に自信がもてるようになった。
「黄金千年樹の設立を宣言してから五か月。希望者は後を絶ちませんね」
「ああ、そうだな」
「でもいいんですか?」
ダーニックの書斎にて、カウレスが悠斗に問う。聖杯大戦を経て精悍な顔つきをするようになった青年は、いまや事務的な面においてなくてはならない存在となった。
「黄金千年樹の加入希望者には、時計塔出身者もいます。まず間違いなくスパイが紛れていますよ」
「だろうな」
「だろうなって。何か対処した方が」
「いらんいらん。好きにさせとけ」
「えぇ」
悠斗の回答に困惑の声を漏らすカウレス。
「時にカウレス。俺たちは時計塔の敵足りえると思うか?」
「えっと、それは、はい。今の黄金千年樹の規模で言ったら、十分時計塔に対抗できると思いますけど」
「その認識が間違いなんだよ。我々は時計塔の敵になってはいけない。そこそこの脅威でありながら、良き隣人として活動しなければならない」
「……どういう意味ですか?」
いまだに要領を得ないカウレスは悠斗に問いかける。
「時計塔の
「え? でも悠斗さん結界はロード・バリュエレータの魔術を無力化したって」
「それは使い魔の話だ。本人が入念な準備をして、対黄金千年樹の備えを以て侵略を始めたものならばひとたまりもない。きっと悲惨な結果になる」
「……景虎やケイローンがいたとしても?」
「当然だ。それ込みに対策してくるのだから。君主の連中がその重い腰を上げたのならば、きっと世界の変革だって不可能ではない。そういう化け物でなければ、時計塔に君臨などできやしない」
「そんな馬鹿な」
「会ってみたらわかる。腰を抜かすぞ」
「……遠慮しときます」
途方もない話だった。カウレスから見た梶田悠斗は、サーヴァントさえ相手取れる特級の魔術師。十分に化け物クラスである。その悠斗が化け物と評する時計塔のロード。カウレスには想像もできない途方もない話だ。
「で、先ほどのスパイの話に戻すとだ。時計塔にはある程度我々の内情を知らせた方がいい。まったく情報を与えないと奴さんも強硬手段を取りかねないからな。ちょっとだけ背伸びした取るに足らない新興組織。そういう認識でいてもらわないと、寝首をかけない」
「あ、戦う気ではいるんですね」
「当たり前だろう。目の前に戦うべき相手がいて、殴り合う手段があるのだ。だったら戦わない理由がない。それでなくともすでにダーニックが宣戦布告してるんだ」
「なるほど、悠斗さんって意外と根っからのファイターなんですね」