越後の軍神と気取り屋マスター   作:元ジャミトフの狗

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第五話

 霧深いスコットランドの戦場を後にした長尾景虎と梶田悠斗は、ロンドンの喧騒へと戻っていた。吸血鬼討伐の任務を終えた二人だが、景虎の白い着物は血と泥で汚れ、街中ではあまりに目立つ。

 聖杯戦争を勝ち抜き、模造の聖杯で受肉した景虎は、もはや霊体ではなく肉体を持つ存在。悠斗が意識操作の魔術を駆使しているため今は問題ないが、 400年前の戦国武将のいで立ちは、現代のロンドンでは異物そのものだ。悠斗は時計塔からの次の指示を待つ間、彼女に「現代の装い」を与えるべく、ロンドンのショッピング街へと車を走らせた。

 

 オックスフォード・ストリートは人で溢れ、ネオンの光が雨に濡れた歩道を彩る。景虎は車を降り、汚れた着物をまとったまま、ガラス張りのショップを無表情に眺める。彼女の銀髪と雪の結晶ペンダントが街灯に映え、通りすがりの人々が二度見する。彼女の瞳は、戦場を求める虎のそれだが、今はただ好奇心に揺れている。

 

「マスター、この場所は新宿と似ていますね。人が多く、物が多い。だが、戦いの匂いはしない。平和と活気に満ちている。善きことです」

 

 彼女の声は穏やかだが、どこか物足りなげだ。彼女にとってショッピング街の喧騒は、ただ知識として映るだけだ。

 

 悠斗はコートのポケットに手を突っ込み、短く告げる。

 

「服を買う。日本でならともかく、ロンドンで着物は目立つ」

「従いましょう。ですが当世の装いは知識でしか知りません。差配は任せます」

 

 二人は大型の衣料品店に入る。店内は明るく、ポップな音楽が流れ、色とりどりの服が並ぶ。景虎は棚に並ぶ服を眺め、まるで戦場の地形を観察するように目を細める。

 一方、悠斗は無駄なく動く。彼女に合う服を選ぶため、店員に指示を出し、ノースリーブの白いシャツと黒いパンツを手に取る。現代的でシンプル、動きやすく、彼女の戦士としての気質に合うものを選んだつもりだった。嘘だ。悠斗の趣味である。

 

 試着室から出てきた景虎は、まるで別人だった。白いノースリーブシャツは彼女の白磁のような肌に映え、黒いパンツは彼女のしなやかな肢体を引き立てる。銀髪は背に流し、ペンダントが胸元で控えめに輝く。聖人君子の仮面を被った戦鬼の姿は、現代の装いに変わっても、どこか非人間的な美しさを放つ。店員が息を呑む中、景虎は鏡の前で立ち、首を傾げる。

 

「マスター、これが現代の服ですか? 動きやすそうですが、着物の方が風を感じます」

「悪いが慣れてくれ」

 

 悠斗の答えはそっけないが、彼女の姿を一瞥し、内心でその変化に満足する。彼女の戦場での獰猛さは隠れ、だがその瞳の奥に潜む虚無は消えない。

 

 レジで支払いを済ませ、景虎は新しい服を着たまま店を出る。彼女は白シャツの襟を摘み、感触を確かめる。

 

「マスター。この服は、戦うのに良いですね。動きを妨げない。敵が来ても、すぐに斬れます」

 

 彼女の声には、戦いを求める昂揚が滲む。悠斗は着物が入った紙袋を手に、短く答える。

 

「敵は来ない方がいい。しばらくは静かにしたい」

 

 景虎は小さく笑う。その笑みは、戦場での彼女のものだが、現代の装いに包まれると、どこか人間らしい柔らかさを帯びる。

 

「退屈ですが、マスターがそう言うなら、我慢しましょう」

 

 二人は通りを歩く。景虎の新しい姿は、確かに人目を引くが、着物ほど異様ではない。通行人の中に溶け込む彼女を、悠斗は横目で見る。受肉したサーヴァントである彼女は、魔術師にとって研究対象としても魅力的だ。だが、悠斗にとって彼女は単なる「素材」ではない。戦場を共にした相棒であり、人の心を知らぬ戦鬼でありながら、どこか純粋な存在――その矛盾が、彼の心に小さな波紋を広げる。

 

 

「マスター。この服、似合いますか?」

 

 景虎が唐突に問う。悠斗は一瞬、彼女の瞳を見つめる。そこには、人の感情を理解できない彼女の、知識としての「問い」がある。だが、ペンダントを弄ぶ彼女の指先に、ほんのわずかな人間らしさを感じた。

 

「悪くない」

 

 彼の答えに、景虎は小さく頷く。

 

「ならば私は正しき道を歩めていることでしょう」

 

 雨が降り出し、二人は傘も差さず車へ向かう。景虎の白シャツが雨に濡れ、銀髪が頬に張り付く。彼女はそれすら気にならない様子で、夜のロンドンを見上げる。

 

「マスター。次はどこに向かいますか?」

 

 戦いを求める彼女の声に、悠斗は小さく息をつく。

 

「腹ごしらえだ。流石に腹が減った」

「承知」

 

 景虎の笑みが、雨の中で輝く。それは、人の心を知らぬ彼女の、現代の装いに宿る「生」の証明だった。

 





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