これは、まだクランバトル倶楽部を設立する前。
なり損ないとケイが二人だけでブラックマーケットで生きていた頃の話だ。
カイザーローンから出てきたなり損ないとケイは二人並んでブラックマーケットの道を歩いていた。
所かしこに怪しげな店に、怪しげな商品が並んでいる。
そんな光景を視線だけ動かしながら観察していたケイはふと口を開いた。
「先生、良かったのですか?あのような態度で」
「まぁ、俺もどうかと思うよ?でも交渉は常に強気で行けって何かでみた気がする。だからまぁ、大丈夫だろ。カイザー理事も融資を進めてくれるらしいしな」
疲れた様子でそう話すなり損ないに対してケイはこっそり溜め息をついた。
この人は、今の我々にとって一番の問題だと思っていることに気付いていない。
「では、今夜の宿はどうするのですか?」
「あ……」
なり損ないが今さらながら、その問題に気付いたのか間抜けた表情を浮かべた。
カイザーローンからの返事を待つのは良いが、今日の寝床も不安定なことにこの大人は気付いていないらしい。
現状を思いだし、やらかしたなぁと呟きながら片手で頭を押さえるなり損ない。
「あんな風に出てきた手前、戻るのは変だよなぁ」
「もう少し計画性を持って行動してください……ほら」
そんなことを呟くなり損ないに対して、ケイは再び溜め息をつきながらポケットからソレを取り出した。
それは、お金である。
先程、なり損ないとケイを襲おうとした不良達を光の剣:スーバーノヴァの一撃にて気絶させたケイは不良達のそれぞれの財布から少しずつお札を抜いてポケットへ入れていたのである。
「いつの間に………」
「これなら1泊くらいにはなるでしょう、急いで宿を探しましょう、先生」
「お、おう……なんかキヴォトスって感じがするなぁ」
そうしてなり損ないとケイは少ない金額で泊めて貰える場所を探した。
だが、殆どの宿泊施設はブラックマーケット故にか所持金をはるかに越える値段設定でありホテルも旅館も二人を泊めてはくれなかった。
「一番安いホテルで3万とかふざけてんのかよ、東京のカプセルホテルやビジネスホテルでも1万は切るぞ……」
「東京がどこなのか知りませんが、最悪を考えて空き家でも探しつつもう少し回ってみましょう」
「そう、だな」
そんな二人へと近寄る影があった。
「お前ら、寝床を探してんのか?」
二人へと話しかけてきたのは、猫の獣人だった。
それも白衣を羽織り首からは聴診器を下げ、鋭い金色の目が特徴的な猫。
「うちなら、そこより格安で泊めてやるが……どうする?」
「……いくらだ?悪いが、手持ちが少なくて何件も断られててな」
「まぁ、お金を持っているのはこの人ではなくアリスですが」
「聞いてたが随分と面白い関係みたいだな、お嬢ちゃんとあんた。なんだい?先生だなんて呼ばせて随分と倒錯的じゃないか」
「俺が呼ばせてんじゃねぇから!俺なんか先生なんて呼ばれるような存在じゃねぇし……」
猫に対して慌てて否定するなり損ないに、「若いねぇ」なんて言いながら笑う猫。
「そうだな。二人会わせて、宿泊費は1万でどうだ?」
「まぁ、これが最適ですか。よろしくお願いします」
「よし、じゃあ1万で頼むよ」
「おう、着いてきな。案内してやる」
そう言いながら歩きだした猫の後ろを歩くなり損ないとケイ。
暫く歩くなか気まずさからか、それとも気になったからかなり損ないが口を開いた。
「そう言えばアンタは、なんて呼べば良い?」
「俺か?……俺は超天才闇医者『ブラックキャット』だ。アンタらが怪我したら格安で診てやるぜ?」
深夜、ケイは体を勢い良く起こした。
肩で呼吸をし、どうにか自分を落ち着かせようとするケイ。
彼女は夢を見た、いや追体験と言っても良い。
止めて!もう止めて!と叫ぶ自分の声を無視して進むアリスが、アリスが私によって名もなき神々の王女となりキヴォトスを滅ぼす光景を何度も、何度も繰り返し見せられたのだ。
ミレニアムサイエンススクールが崩れる瞬間を、全てが遅かったゲーム開発部の部室。
瓦礫に押し潰されたゲーム機器、誰もいなくなった世界。
トラウマとも言えるソレを落ち着かせようと、深呼吸しながらケイは思い出す。
ここはブラックキャットと名乗った存在の自宅兼職場。
小さな病室を一室貸して貰った私と先生は、患者用のベットと布団を被り眠った。
そこまで思いだし、自分の向かいに存在するベッドに誰もいないことに気付いた。
「せ、んせい……」
声に出した瞬間、自分の声が震えていることに気付いた。
胸の奥が、まだざわついている。
布団から出て、探しに行こうと暗い部屋を歩きドアノブに手を伸ばした時だった。
ドアノブが周り、扉が開く。
片手にここへ来る前に寄った店で買ったカップ麺を持ったなり損ないが目を見開いて立っていた。
「あー、起きたのか」
「先生、何処に行っていたのですか」
「いや、なんだ……腹が減ってさ」
そう言いながらなり損ないは部屋に入ると、部屋の床に座りカップ麺を置いた。
「やっぱり、深夜に腹が減るのはここも一緒なんだよな。ケイも食うか?」
「先生、ケイではなくアリスです」
そう言いながらなり損ないは部屋の床に座る、そんななり損ないの横にケイも座った。
冷たい床が体温を奪っていくのを感じるのに、となりになり損ないがいるからか、温かく感じる。
そんな不思議な感覚に戸惑いながらも、ケイは口を開いた。
「何度も言いましたが、アリスには食事は必要ありません」
「でも、食べれるんだろ?」
「それは……」
「それに食べたら、満足して少し寝られるだろうしな。」
ケイはなり損ないの瞳が僅かに恐怖に揺らいでいることに、今さら気付いた。
「先生も、寝られないんですか」
「まぁな、急に住んでた場所と全く違う世界で生きることになったんだ。まだなれない、目の前の光景も何もかも」
そう言いながらカップ麺を見つめていたなり損ないは、そろそろだなとカップ麺を開けて箸で中身をかき混ぜる。
カップから湯気と、美味しそうな匂いが部屋に広がりケイはなっていない筈のお腹を押さえる。
なり損ないは静かに箸で麺を掬うと一口啜り、数回咀嚼し嚥下すると。
ホッと息を吐いた。
「ケイも一口食ってみるか、少しは空腹が紛れて眠れるぞ」
「ケイではなくアリスはアリスです先生。いい加減覚えてください」
「俺も先生じゃなくて、なり損ないだと何度も言ってるのにお前は変えないだろ?お互い様だ」
そう言いながらカップ麺を此方へと押し付けてくるなり損ない。
ケイは反射で受け取ってしまったカップ麺に、少しの間迷った後に箸を握った。
麺を掬うと鼻腔を刺激する、美味しそうな匂い。
アリスの記憶のなかで食事に関する記憶はあまり見ていない、完全な未知の物。
ケイは意を決して一口啜った。
瞬間、口の中に広がる“味”という刺激に思わず目を見開いた。
熱い。
舌に触れた瞬間に分かる温度。
それなのに、不思議と嫌ではなかった。
麺の食感。
絡みつくスープの味。
知らないはずの感覚が、次々と流れ込んでくる。
「どうだ?美味しいだろ……ケイ?」
気付けば、もう一口。
さらに、もう一口。
「俺の分……まぁ、いいか」
止まらなかった。
胸の内側からじんわりと温かくなっていく、不思議な感じ。
それは食事のせいなのか、
それとも──この人と一緒にいるからなのか。
「どうした?」
この人と食べているからなのか、私には理解できなかった。
「あー、なんだ。味はどうだ?」
隣からの声に、ケイは少しだけ間を置いてから答えた。
「……分かりません」
「は?」
「ですが……嫌では、ありません」
そう言いながら、また一口啜る。
なり損ないは少しだけ驚いたように目を瞬かせてから、小さく笑った。
「……そうか」
それ以上は、何も言わなかった。
部屋には、静かな音だけが流れる。
二人が交互に麺を啜り、一杯のカップ麺を分け合い食事する音が響く。
これは二人がまだ出会ったばかりの日に起きた、一つの出来事だ。
時間は少しだけ未来へ進む。
深夜、クランバトル倶楽部のキッチンでカップ麺へポットからお湯を注いでいた。
なり損ないは後ろから聞こえてきた足音に振り返る、するとそこにはケイが立っており、なり損ないをジト目で見つめていた。
「先生、夜中にひとりでカップ麺を食べるのは健康に悪いですよ」
「しょうがないだろ、腹が減っちゃって眠れないんだし」
「全く健康に悪いですよ……もう」
しょうがないといった風に溜め息をついたケイだったが、なり損ないの元へと歩いていくる。
「一人で食べるなら、ですが。二人で食べれば、問題ありません」
そう言いながら、立っているなり損ないへ寄り掛かるケイ。
そんなケイになり損ないは、俺の食べる分が減るんだがなぁとそんなことを考えていた。
一方でケイは満足げに、密着した体に感じるなり損ないの体温と温かさに俯きつつ笑みを浮かべるケイ。
そうして一定の時間が過ぎ、出来上がった一杯のカップ麺をあの日のように二人で交互に啜る。
啜った麺を嚥下し溜め息を付いたなり損ないに、ケイは口を開いた。
「先生、あの日のこと覚えていますか?」
「ん?」
「私と先生が初めてあった日の夜です」
「あぁ、そういやあの時は今みたいに二人で一杯のカップ麺を分けあってたんだよなぁ。今は普通に二人分用意できるから、本当にクランバトル倶楽部が上手く行ってよかったと感じるよ。ほい」
「ふふ、そうですね」
なり損ないから受け取ったカップ麺を受け取り、その手に感じるカップ麺の暖かさにケイは笑みを浮かべた。
なり損ないとの二人きりという状況で、あの日のように二人で一杯のカップ麺を分けあって食べる。
胸の内側と体全体がポカポカと温かくする。
こんな感覚を──きっと、幸福と呼ぶのでしょう。
そう思いながら、またカップ麺を啜ろうとした時だった。
「あー!二人ともこんな時間にカップ麺食べてる!ズルーイ!イブキも食べたい~!」
この場にいない存在の声になり損ないとケイが慌てて部屋の入り口を見る。
そこにはパジャマ姿のイブキ、レイサ、ホルスにミユが立っていた。
「そ、その……すいません先生。私もお腹空いちゃって…」
「うへー……夜中に食べるとか、悪いことを教えてますね先生?」
「匂いで、お腹が空いちゃって……あぅ、ごめんなさい」
そう言いながらイブキに続いて入ってくるパンドラの箱によって呼ばれた少女達。
先程までの部屋の静寂が賑やかな物へと変わっていく。
「せーんせ!イブキの分はまだー?」
「その、あと1分ですよイブキちゃん」
「うへー、夜中に食べるカップ麺はやっぱり罪だねぇ」
「あー!?もうホルス先輩食べてる!ズルーイ!」
「時間がかかる奴を選ぶからですよ、イブキちゃん」
「……その、お先に食べますね」
「み、ミユちゃんまで……うぅ、早く1分たってよぉ」
結局、みんなで夜中にカップ麺を食べているという事に気付いたケイとなり損ないは少しの間笑っていた。
夜にしては少しだけ騒がしい声が重なっていく中で、ケイはふと手に持ったカップを見つめた。
あの日と同じ、温かさ。
でも──あの日とは違って、周りは賑やかだ。
なり損ないとの二人きりの時間が無くなってしまった事に少しだけムッとするなか、目の前に広がる景色に私は───。
あの日、貴方と感じた小さな温かさ。
それをみんなで感じている今が、凄く幸福だとに思います。
パンドラの箱、更新情報なし
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