なりそこないと、壊れた生徒   作:クレナイハルハ

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大人と、成り損ない

 

要塞都市エリドゥ、本来ならば天童アリスが名もなき神々の王女を名乗る存在を倒し終わりを迎える筈だったその戦いは今、二人の大人の介入により完全に停止した。

 

「"貴方は……"」

 

「……そいつは、俺んとこのだ。保護者が連れて帰るのは、当たり前だと思うんだが?」

 

現れた男性は、クランバトル倶楽部会長。

自身を成り損ないと名乗る、そんな彼がケイの側へ立つと淡々と、強く言い切った。

そんな彼らを守るように、先生そしてゲーム開発部の少女達へと銃を向ける特殊部隊ハウンズと名乗った少女達。

彼女達が良く訓練された部隊であることは、先程の突入後の一連の所作だけで理解できた。

 

だが──それ以上に、視線を奪われた存在が一人いた。

 

彼女達の中の、先頭に立つ少女。

 

白い髪、左がエルフ耳で右に黒い犬耳。

 

背に覗く、黒い片翼と狐の尻尾。

 

それを「異常」と判断するより早く、胸の奥がざわつく。

理由の分からない、不快感。

触れてはいけないものを見てしまったという、原始的な拒否反応。

それは嫌悪ではない。

教師として、生徒の身体に「何かが行われた」可能性を直感してしまったが故の、怒りに近い感情だった。

 

「先生、あの子……」

 

「ゲームに出てきた、キメラみたいです……」

 

その姿にモモイやミドリ、ユズですら異質さを感じてしまう。

そんなゲーム開発部の少女達を一瞥した成り損ないは、名を名乗ること自体が馬鹿らしいと言いたげに肩を竦めた。

 

「名乗るつもりはない、俺もコイツらも。俺はコイツを連れ帰りに来た、それだけだ。止められる理由はない、そうだろ?」

 

そう言いながら成り損ないがケイを抱える。

その動きは荒っぽいが、腕の位置だけは不自然なほど慎重だった。

傷に触れないよう、無意識に力を調整しているのが分かる。

 

「待ってください!リオ会長を解放して下さい!」

 

「ケイ」

 

成り損ないに抱えられた名もなき神々の王女……恐らくは彼女を指すであろう言葉に、ケイと呼ばれる彼女は黙って頷くと拘束していた無名の守護者が調月リオを解放する。

宙に吊り下げられていたリオが落下し地面へと落ち、尻餅を搗く形となる。

解放された調月リオはまだ状況が飲み込めていないのか、成り損ないと先生を見つめたまま呆然としていた。

 

「これで良いだろ、もう帰らせてもらう」

 

そう言いながら名もなき神々の王女としてミレニアムサイエンススクールと対峙していた彼女を抱えた成り損ないが出口へと向かおうとした時だ。

 

「“させないよ”」

 

先生が、生徒達の一歩前に出た。

先生の目線はケイ、そしてハウンズの一人……イヴを見ると、心を落ち着けるように深呼吸をすると口を開いた。

 

「“その子には色々と聞かないといけないこともあるし、なによりその子は──”」

 

先生は、そこで一度言葉を切った。

 

視線は、成り損ないの腕の中にいるケイではない。その前に立つ、白髪の少女――イヴに向けられていた。

 

「"その子の姿()は、どう見ても普通じゃない。それが彼女の選択なのか、結果なのか……先生として、知る義務がある"」

 

「お前の事情も義務も知らないね。さっさと帰らせてもらう」

 

「"私の生徒に、何をした"」

 

そう言いながら、会話を終わらせず成り損ないを見つめる先生に対して。

 

「お前の生徒?………ハ!知るかよ……コイツらはお前が掬い上げられなかった奴らだろうに」

 

なり損ないは、なにも答えずただめんどくさそうな、話すこと事態を拒絶するかのような声色で短くそう吐き捨てた。

 

「"知らない?"」

 

「俺はコイツ、そしてコイツらの過去なんて知らない。俺にとって、お前らの事情なんてどうでもいい。早く帰らせてくれ、コイツの治療が必要……分かるだろ」

 

「"分からない"」

 

先生は、きっぱりと言った。

 

「"分からないよ。過去を知らないまま、その子を抱えて連れ帰る?それで保護者を名乗るのか?"」

 

先生の声は荒れていない。

だが、感情を押し殺した分だけ、重かった。

 

「"知らなければ、責任は取れない。知らなければ、同じことがまた起きる。それを許すのは……先生じゃない"」

 

それは説得でも、命令でもない。

ただの宣言だった。

 

「悪いが俺はあんたのような先生でもなければ、人格者でもないんでな。責任から逃れ続け、背負いたくないと逃げ続けてきた大人に成れない成り損ないだ」

 

成り損ないは、一歩、先生へ向けて言葉を重ねる。

 

「責任? 知るかよ。それを抱えて沈むくらいなら、逃げる方を選ぶ。俺はずっと、そうしてきた」

 

その言葉は、拒絶だった。

だが同時に、かつての会話の続きを求める声でもあった。

先生は、即座に言い返さない。

ただ、静かに息を吸う。

 

「"……以前、君は私に聞いたね"」

 

視線が、成り損ないを正面から捉える。

 

「"首輪に繋がれた者は、不幸なのかと"」

 

成り損ないの眉が、わずかに動く。

 

「"居場所とは何か、自由とは幸福か。君の言う主人公は誰か"」

 

一つ一つ、言葉を確かめるように続ける。

 

「"私は、その答えを考え続けている。今も、答えは一つじゃない"」

 

先生の視線が、イヴへ向く。

その姿を、逃げずに、逸らさずに。

 

「"……それでも"」

 

先生は、一歩も退かなかった。

 

「"でも、これだけははっきりしている。知らないことで守られるのは、大人だけだ。生徒は……子供は、その代償を背負わされる"」

 

空気が、張り詰める。

 

「"私は先生だ。踏み込まないという選択を、選ばせない"」

 

成り損ないの腕の中、ケイに向けて先生は言葉を向ける。

銃を構える生徒達の前。

異質な姿の少女達と、成り損ないの視線を真正面から受け止めたまま、静かに言葉を紡ぐ。

 

「"もう一度言うよ、()()()()()()()()()と、()()()()()()()ことは違う"」

 

声は、低い。だが怒鳴りも、威圧もない。

 

「"責任から逃げる選択を、私は否定しない。生きるために、逃げなければならない時もある"」

 

一拍置いて、続ける。

 

「"でも、先生は違う"」

 

先生の視線が、ケイへと向いた。

 

「"その子は、本当に選んだのか。それとも、選ばされたのか。それを知らないまま連れ帰るなら、それは守るじゃない"」

 

空気が、張り詰める。

 

「"それをしないと言うなら……私は、ここを通さない"」

 

静かな宣告だった。

 

一瞬、成り損ないは言葉を失った。

 

「……通さない?」

 

俯き低く、噛みしめるように繰り返す。

その声には、嘲りも、余裕もなかった。

あるのは――困惑と、苛立ちと、わずかな怒り。

 

「俺は、聞かないと決めてる。踏み込まないって決めてる。それが、コイツらにとって一番()だから」

 

顔を上げ一歩、後ろに下がることなく言い切る。

 

「聞けば、答えなきゃならなくなる。答えさせれば、また傷が開く。だから俺は、聞かない」

 

その腕の中で、ケイの体が僅かに揺れた。

 

「……それでも、アンタは聞くって言うのか」

 

先生は、迷わなかった。

 

「"聞く"」

 

短く、はっきりと。

 

「"嫌われても、憎まれても"」

 

視線が、成り損ないから逸れない。

 

「"先生は、楽な居場所を作る仕事じゃない。生徒が、自分で立つための場所を作る仕事だ"」

 

沈黙。

 

成り損ないは、初めて視線を逸らした。

腕の中の重みを、確かめるように。

守るように、抱き直す。

成り損ないは、視線を逸らしたまま、乾いた笑いを漏らす。

 

「……はは」

 

その笑いは、自嘲だった。

 

「本物は、やっぱり凄いな」

 

顔を上げないまま、言葉を続ける。

 

「あんたなら間違いなく、彼女らを導けるだろうよ。ちゃんと見て、踏み込んで、逃げずに向き合って」

 

悔しそうに、苦しそうに震える身体を隠そうともせず、成り損ないは言った。

 

「……そうやって見せつけられるとさ。自分が、どれだけ弱くて、惨めか分からされる」

 

先生は、成り損ないの言葉を遮らなかった。

 

皮肉にしては、声が震えすぎている。

嘲笑にしては、視線が逸れすぎている。

初めて、成り損ないは逸らしていた視線を先生へと戻す。

その目にあったのは、敵意でも嘲りでもない。

ただ、自分より先に辿り着いた者を認めてしまった人間の、どうしようもない痛みだった。

 

「なんで俺なんかが、って……そう思わされるよ」

 

先生にとって成り損ないは、子供を囲い、武装させ、居場所を与えたと語る大人だった。

善意を盾に、責任の輪郭を曖昧にし、未来を語りながらも、自分は踏み込まない。

 

──そういう存在だと、思っていた。

 

シャーレの先生にとして、警戒すべき存在だ。

子供を“守っているつもりで”、縛っている大人。

そう思っていた。だが成り損ないの泣きそうな声で零されたその言葉を前にして、先生には成り損ないが、ただ答えを探して彷徨ってきた迷子の子供のように見えた。

 

「退いてくれ、帰らせてくれよ……コイツらに踏み込まないでくれ」

 

一瞬、空気が止まる。

 

「"……できない"」

 

先生は、静かに答えた。

 

「"踏み込まないことが、優しさだとは思わない。それを選ばせることは、先生にはできない"」

 

成り損ないは、笑った。

いや、笑おうとして、失敗した。

 

「……そうか」

 

腕の中のケイを、そっと床に降ろす。

その仕草は、戦場に似つかわしくないほど丁寧だった。

 

「ハウンズ、ホルス、レイサ……仕事の時間だ」

 

なり損ないの声が、低く響く。

名を呼ばれ、ハウンズ全員の犬耳が揺れる。

全員の機械的な動きの奥、その瞳には強い戦意が宿っていた。

 

「ハウンズ、任務を遂行します」

 

ハンドラー、飼い犬である自分達への主の声が彼女たちの戦意をより強くさせる。

 

ホルスは盾を構え、反対の手でベストに装填されていたピストルを抜き、構える。

その瞳には守ると言う確固たる意思と切り開くと言う覚悟が宿っている。

 

「邪魔するなら、怪我じゃすみませんよ」

 

ケイを、部隊を、成り損ないを……絶対に守る。

二度と守れないなんて事にならないように。

守るだけじゃなく道を切り開くために。

二色の眼がより鋭く変化する。

 

レイサは被っていたフードを脱ぎ姿勢を低く落として、自身の武器を握り締める。

 

「もう、私はあの人の言葉以外で止まれません。

知ってますか、流れ星は燃え尽きるまで止まらないんですよ」

 

その言葉は、誇りでもあり、呪いでもあった。

 

どうすれば相手が立ち上がることが出来ない状況になるのか。撃てばいい、撃ち続ければいい。

反撃を行うという意思を折る事が出来るように。

レイサは、自らを過去の戦場へと引き戻す。

バーサーカーと呼ばれ、過剰な制圧攻撃を行っていた、あの頃へ。

 

「"ゲーム開発部のみんな、力を貸してくれないかな"」

 

先生の声は、張り上げられたものではなかった。

だが、その一言に迷いはなく、逃げ場もなかった。

 

一瞬の沈黙。

 

それを破ったのは、モモイだった。

 

「……もちろんだよ、先生」

 

軽口めいた声音。

けれど、その指は既に引き金に掛かっている。

 

「ここで引いたら、ゲームオーバーでしょ?それに全部が明かされないままエンディングなんて、私は嫌!」

 

「ラスボス戦の途中セーブ不可、です。最後までクエストは続きます」

 

ミドリが淡々と補足する。

二人の立ち位置が、自然と互いを補完する形へと移動していく。

 

「ユズ、準備は?」

 

「……うん」

 

モモイの言葉にユズは短く答え、グレネードランチャーを構え直す。

先程までの違和感は、今や確信に変わっていた。

これは、選ばされた戦いだ。

なら、選んで立つしかない。

アリスは、先生の横へ一歩近づく。

光の剣:スーパーノヴァを握る手に、力が籠もる。

 

「先生……」

 

「"大丈夫だよ、アリス"」

 

先生は振り返らず、ただ前を見据えたまま答えた。

 

「"君たちは、君たちのままでいい"」

 

その言葉に、アリスは小さく息を吸い、頷く。

 

瞬間、ハウンズの銃口と、ゲーム開発部の銃口が完全に向き合った。

 

空間が、張り詰める。

 

一触即発。どちらが撃ってもおかしくない、静止した刹那。

 

その中心で、二人の大人が向かい合っていた。

 

責任から逃げると自称する成り損ない。

 

責任を引き受け続けると決めたシャーレの先生。

 

どちらも退かない。

 

どちらも、守ろうとしている。

 

「もう一度だけ言う……退いてくれ」

 

成り損ないの声は、掠れていた。

 

「帰らせてくれよ……コイツらに、踏み込まないでくれ」

 

その言葉は、命令でも威嚇でもない。

懇願に近い、それでいて決して口にしてこなかった本音だった。

 

先生は、静かに首を横に振る。

 

「"できない"」

 

短く、はっきりと。

 

「"私は先生だ。迷子になったままの子を、見過ごせない"」

 

そう言いながら、先生は懐からタブレット端末、シッテムの箱を取り出した。

 

「“戦闘指揮いくよ、みんな……?”」

 

先生の声と、ほぼ同時。

 

なり損ないは懐から、灰色のタブレット端末を取り出す。

 

「お前がそれを使うなら、俺も対抗させてもらう」

 

モモイが、思わず声を漏らす。

 

「……え?」

 

「なに、あれ……?」

 

ミドリやユズ、そしてアリスは息を呑んだ。

 

それは、先生の持つ、シッテムの箱と似ていた。

先生の持つそれと違い使い古された傷だらけの、灰色の端末。

 

『せ、先生……』

 

「アロナ?」

 

シッテムの箱を管理するメインOS兼システムの管理者であるアロナの震えた声が、先生の耳に入る。

 

『クランバトル倶楽部会長の持つあの端末……解析できません』

 

なり損ないは、静かにその灰色の端末にある唯一の今を切り開く可能性を秘めたソレを起動する。

虎丸零式に接続することでHiNAが引き受けていた代償、それを自身が受ける事を覚悟し起動する。

でなければ、偽物にも届かない自分が本物相手に勝つ方法も、最悪な未来を回避する方法も見つけられないと分かっているから。

 

A()l()t()e()r()n()a()t()i()v()e() ()P()r()o()t()o()c()o()l()、起動」

 

それでも、誰かを犠牲にしてまで勝つ未来だけは選ばないと決めていた。

 

灰色の端末に走る、無数の赤。

 

それは未来の予言ではない。

 

成り損ない自身が選び得た、ありとあらゆる“失敗”の一覧だった。

 

『一歩踏み出す』、『引き金を引く』

 

『命令を出す』、『庇う』、『見捨てる』

 

そのすべてが分岐し、重なり、折り重なっていく。

 

その先に並ぶのは、勝利でも希望でもない。

 

──犠牲。

 

──後悔。

 

──取り返しのつかない選択。

 

最悪を先に見せる。

だからこそ、そこへ至らない一手だけを選び続けることができるシステムを成り損ないは起動した。

 

箱を持つ二人の大人の戦いが、始まる。

 

それは、正しさと覚悟の衝突だった。

 

 




パンドラの箱、更新情報なし

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