要塞都市エリドゥのタワー最上階、本来の歴史ならば心を閉ざした天童アリスの精神世界へとダイブするための装置を使い、KEYの支配から天童アリスを救いだし、ハッピーエンドを迎える筈であった。
だが、その場所には今二人の大人が向かい合い、互いに生徒に銃口を向けさせていた。
成り損ないの指揮する8人、先生の指揮する4人。
「"アリスは光の剣:スーパーノヴァのチャージを始めて。モモイとミドリは遮蔽物に隠れつつ、迎撃。ユズはあと2歩前へ、慌てないで対応していこう"」
普通に考えるならば人数差の有利で成り損ないが有利だと、そう考えるだろう。
だが、成り損ないが対峙しているのはこの世界の主人公であるシャーレの先生。
例えどんな状況であろうと、逆転するのは目に見えていた。
お互いの手には
数百数千の試行、その繰り返しの果てに勝利を掴む為に。
「……」
先生の繰り出す戦術はほぼ同じ、ゲーム開発部のテンプレート的なものだ。だがそれに対応するためにはこちらの防御特性は相性が悪い。
『重装甲』の持ち主が多い為に『貫通攻撃』の使い手には不利だ。先生はそれに気づいているのだろう、薄っすらと微笑んでいる。
だがこちらも応手はある。
目の前が赤く染まる。見えたのはハウンズやレイサ達が地面へと倒れ付した姿。
そして目の前で銃を構えるメイド服姿の生徒……Cleaning&Clearingが参戦し、此方が全滅という最悪の結末。
最悪の結末は見た。なら最悪を回避するためにするべきは………先生やゲーム開発部側に援護が入る前に戦いを終わらせること。
目の前が赤く染まり、最悪を映し出す。
先制して、外を見張っているミユに指示を出しユズを撃ち抜く未来。
『…ごめ、なさい……』
メイド服を着た少女達、Cleaning&Clearingによって発見され無力化されるミユ。
ダメだ、このルートはミユが確実にやられる。
それに火力が足りない。
目の前が赤く染まり、最悪な未来を映し出す。
傷付きながらも噛みつこうと、アリスへと向かっていくレイサは、光の剣:スーパーノヴァの最大チャージ射撃を0距離で受け血を流しながら倒れた。
『……とま、ちゃいました』
何度も何度も攻撃を受け止め、傷付いたその手から盾と拳銃を落とし、地面に倒れる傷だらけのホルス。
『……ぁァ、また私は何もっ』
脳が、感情が、身体が悲鳴を上げる。
誰が好んでこんな未来を見る?
常に最悪を光景に、何かが喉を競り上がりいくら別の案を考えたところでやってくる最悪な結末の連続。
抗うことすら、
まだ、まだ、抗える。
熱い、いつもより身体が熱い……知恵熱か?
久々にここまで頭を使っているような気がする。
はは、ここまで頭を使ったのはいつぶりだ?少なくとも受験とかだった気がするな。
まだ軽口を叩ける余裕はある。抗うことをやめるな。
次に考えるのは最大火力に対する妨害を繰り返した未来。
『ハンドラー、任務完りょ──』
ハウンズが一人、また一人と欠けていき最後はイヴの特攻によってユズを落とすことが出来たが、残ったアリスの怒りと共に放たれた攻撃で俺を含めた全員が倒れる。
ダメだ、このルートではハウンズがやられる。
ハウンズを深くまで進行させてミドリとモモイを狙う未来。
目の前が赤く染まる。
見えたのはゲーム開発部と肩を並べるミレニアムサイエンススクールのセミナーやエンジニア部。
ダメだ、このルートでは削りきれずにセミナーからの支援が先に到達する。
「やはり先生の方がカンニング性能が上か…」
先生は“絶対的な完全正解”を完璧に選び続けるのに対して、俺は“明確な失敗ではない選択肢”を積み重ねるほかない。
そのためお互いの行動における『正解』の質には僅かな差がある。
「……ハウンズ展開、作戦はそのまま第5戦術」
抗う、抗い続けること。
それしか俺には、出来ない。
だから、パンドラの箱……Alternative Protocol。
相手が
相手が即座に正解を導くなら、越える速さで更なる最善の一手を撃つ。
「なぁ、パンドラの箱。いやAlternative Protocol」
パンドラの箱を握る手に力が籠る。
「今じゃ駄目だ、遅いんだよ……奴より早く次の一手を撃たなきゃ、負けるんだよっ!」
それでも目の前に映るのは赤く染まる最悪な光景。そんな未来を見る頻度がかなり
あぁ、知っている。
どれだけ俺が手を伸ばしても届かない彼方にある本物の強さを。
迷わず、躊躇わず、最初から“正解”を踏み抜いていく速度を。
「もっとだ」
それが眩しくて、届かなくて。
「もっと、寄越せよ…」
無理だと悟って、笑って。
諦めて、顔を背けて、いつものように……何度もそうしてきたように逃げる。
俺には無理だ、出来るわけがない……と。
「遅い……遅いぞパンドラの箱!」
未来を見る頻度がかなり
先生と完全に敵対した今、俺はシャーレを、このキヴォトスという世界を敵に回したと同じだ。
これからの動きを想像するだけで苦しくて吐きそうになる。
現実はいつもそうだ。先生の成り損ないだとかハンドラーだとか、生徒へ踏み込まずに居場所になりたいなんて、そんな理想並べて、叶うほど甘くない。
あぁ、重いな……逃げたいよ。
こんな苦しみを背負いたくない、逃げたい。
でも、それでも……。
誰かが言っていた、
なら、俺だって出来る筈なんだ……いや、出来るかどうかなんて、正直分からない。
「遠慮なんかいらないっ」
それでも、今……今だけでも良いんだよ。
自分が求める未来を探す。真っ赤な悲しみと絶望と苦しみの世界を。
俺はもう止まれない。
戻れない、進むしかない。
目の前で戦う彼女たち、そしてこの場にいないがクランバトル倶楽部で俺を先生と会長と慕ってくれる子達が脳裏に浮かんでは消えていく。
「奴の反応速度を、本物を!」
俺はもう、今は、今この瞬間だけは
「──越えて見せろっ!!」
それはパンドラの箱だけでない、自分にも言い聞かせるような言葉。
その言葉に反応したかのように、パンドラの箱に映し出されていた画面が変化する。
──────────────────────
使用者からの制約解除要請を確認、
誓約の履行を開始、システムを再構築します。
──────────────────────
……道は示された。
あとは、間違えながら進むだけだ。
「イヴ、後方へ下がれ。NIGHT FALLのアタッチメントをグレイプニールへ換装」
何処か無機質な成り損ないの言葉がイヴの犬耳に届く。イヴは疑うことも、躊躇うこともなくその言葉に従い、ゲーム開発部の射撃を走り避けながら後退する。
「了解、アンダーバレルグレネードランチャーグレイプニールを装着します」
そう言いながらイヴは、他のハウンズとは違うカスタマイズされたアサルトライフル『NIGHT FALLーTYPE:R』のバレルへと防弾ベストへと携行されている中から取り出したカスタマイズパーツ、アンダーバレルグレネードランチャー『グレイプニール』を装着させグレネード弾を装填する。
『NIGHT FALLーTYPE:R』これはゲマトリアの黒服がイヴを観測する対価として、後日に提供してきた物だ。
アサルトライフル、そしてアサルトライフルへ装着できる三種類のアタッチメント。
アンダーバレルグレネードランチャー『グレイプニール』、アンダーバレルハンドガン『グランドクロス』、アンダーバレルショットガン『タブリス』によって様々な戦況に合わせてカスタマイズの出来るというものだ。
そしてイヴが現状身に付けている他のハウンズとは少しデザインが違う防弾ベストも、黒服がクランバトル倶楽部特殊部隊ハウンズの身につけた装備を見て、各アタッチメントを携行するために用意したものだった。
特に武器として、他に問題点がないことから使用している。
銃の変更は本来ならばこれまでの経験などから、多少は使いこなすまでに時間がかかるものだ。
だがイヴは元々決まった使っていた武装はない。それ故に『NIGHT FALLーTYPE:R』は即座に彼女の手足のように使われていた。
「う、撃ちます!」
瞬間、花岡ユズのグレネードランチャー『にゃん's ダッシュ』の放ったグレネードが此方へと飛んでくる。
「前方からグレネード、来ます!」
向かってくるグレネードに盾を構えたホルスがその場にいる全員に共有するように叫ぶ。
その様子に、成り損ないは予測していたかのように指示を出した。
「ムニ、撃て。破壊しろ」
瞬間、陣形を組んでいた中の1人。
両手にハンドガンを持った犬耳の生えた少女が即座にハンドガンを宙を舞うグレネードへと向ける。
「外しはしない」
瞬間、鳴り響く
ムニは、構えを変えていなかった。
視線も、呼吸も、銃口の角度すら。
グレネードが空中で弾けるよりも早く、その信管部に、正確に二発が叩き込まれていた。
ダブルタップ。
それは、一つの目標に対して二発を“同時”に叩き込む射撃技術。
ムニにとってそれは、成り損ないの元で開花させた、最も信頼している技術だった。
故に、自分の主が『撃て』と言った。
ならば躊躇う理由も、迷う必要もない。
その射撃により一発目が軌道を崩し、二発目が確実に破壊する。
それだけのことだった。
「嘘でしょ!?空中で壊すなんてゲームでしか見てないよ!?」
「うーん、ネル先輩ならやれそうな気も……ってそんなこと言ってる場合じゃないよお姉ちゃん!」
空中でグレネードを撃ち抜いた射撃能力に驚愕するモモイと身近で出来そうな人がいる現実に、あながちゲームの中だけとは言いきれないと思うミドリ。
「総員、スモークグレネードを前方へ投げろ。ロナ、スモークグレネードを撃て!」
指示と同時、ハウンズ数名の手から投げ放たれたスモークグレネードが、放物線を描いて前方へと舞う。
「了解」
短く応じたロナが、その手に持ったミニガンの回転を上げる。重々しい駆動音が唸りを上げ、次の瞬間────轟音。
ばら撒かれる弾幕が、空中のスモークグレネードを次々と撃ち抜いた。
炸裂と同時に煙剤が一気に解放され、床へ落ちる前に濃密な白煙が爆発的に広がる。
「ちょっ、なにその使い方!?」
「スモークって撃つものじゃないでしょ!?」
「"みんな、その場から少し下がって!ユズはスモークの中にグレネードを撃って可能な限り近付かせないように!"」
「は、はい!」
モモイとミドリ、先生達の声が、煙の向こうから聞こえる。
「レイサ、前へ」
その音を頼りに、前屈みの体勢でショットガンを構えたレイサが静かに呟く。
「……行きます」
低く呟いたレイサが、煙の中へと飛び込んでいく。視界ゼロの白の世界を、聴覚を頼りに迷いなく突き進む。
そして煙から飛び出したレイサの銃口が、驚き固まっているミドリへと向けられる。
レイサの瞳は真っ直ぐで、まるで氷柱のように鋭く冷たかった。
見ていて固まってしまう。まるで……蛇に睨まれた蛙のようにミドリは体が硬直する。
近くにいたモモイが慌て銃を向けるが、遅い。
ミドリには自分へ向けられたレイサの銃口、引かれていく引き金がゆっくりに見えた。
もう被弾は、避けられない。
目を瞑るミドリの体に、ショットガンの大きな衝撃は来なかった。
「あぐっ!?」
代わりに聞こえたのは、何かを殴り着けるような鈍い音と、タン!と誰かが目の前に着地したと思われる音。
成り損ないの視界に電子音のようなノイズが走り、示されていた未来が、歪む。
───来た。
一番来てほしくない駒が。
Alternative Protocolが示した最悪な未来へと進める一手を撃つ存在が、現実になる。
ミドリが目を開けるとスモークグレネードの煙は晴れており、ミドリの前にはメイド服の上からスカジャンを羽織った一人の少女。
「ボサッとするな!チビども!!」
ミレニアムサイエンススクール三年生、Cleaning&Clearing部長、美甘ネルがいた。
「"ネル!"」
「ネル先輩!?」
「チビメイド先輩!」
「おうチビお前後で覚えてろよ!!で、アンタらが黒幕ってことで良さそうだな……うちの奴らが随分世話になったし、ここで倍にして返してやるよッ!」
ネルはミドリへ迫るレイサへと入り、目の前のミドリだけを見ていたレイサを蹴り飛ばしたのだ。
レイサは蹴り飛ばされながらも体勢を整えて着地し、歯を食いしばり無言でショットガンを構え直した。
「このタイミングで、よりによってお前が増援かよ……」
成り損ないは、現れた美甘ネルによって、目の前に映る赤い未来に顔を歪ませた。
その存在が、記憶の中でも最も厄介な駒であることを、嫌というほど理解していた。
思考を回す。
美甘ネルを押さえるための、最善の一手を。
Alternative Protocolは示す。
この場にいる、全ての生徒がネルと戦う未来を。
『戦場の経験』と『純粋な実力』。
そして、このブルーアーカイブの世界において“最強の一角”と呼ばれる存在。
キヴォトス最強の神秘、彼女をぶつける以外に、最善は存在しなかった。
「ホルス、美甘ネルを押さえろ」
その指示に、ホルスは一瞬だけ視線を逸らす。
盾の背後から、成り損ないを見た。
血の気が引くような沈黙のあと──瞳に宿るのは、強い意志。
「分かりました、彼女は───私が止めます」
次の瞬間、ホルスの動きが変わる。
守るための姿勢から、打ち倒すための姿勢へ。
成り損ないの指示が聞こえ、ネルはゆっくりとその声に答えた目の前の敵を見た。
そして、目の前の盾を構えた少女──ホルスと向き合う。
「へぇ……お前がアタシを止めら───」
ネルの言葉が途切れる。
ホルスが盾を、投げた。
空気を裂くように飛来する鋼の塊。
ネルは瞬時に身を反らし、かすめる風圧を感じ取る。
「あっぶねぇな!」
横でミドリが慌てて跳び退き、モモイと並んで銃を構える。再び、ハウンズとゲーム開発部の間で銃火が交錯した。
その中央で、ネルとホルスの視線がぶつかる。
投げた盾は、ロープによって繋がれていた。
ホルスはソレを引き戻す。引き戻されたロープの反動で、盾は加速したまま彼女の元へと戻ってくる。
ホルスは、そのまま掴み取り再び構えた。
ネルは対するようにツインドラゴンの片割れを構える。
ネルの口元が、わずかに歪む。
それは先程のホルスの盾を戻す動作が理由だった。
アレは決して“簡単”な動作ではない。
あの盾の『重量』、投擲に必要な『腕力』。
そしてロープによって生じた『反転加速』。
減速も受け身もなく掴めば、手首が砕けてもおかしくない。衝撃を逃がせなければ、体勢が崩れ、最悪盾に弾き飛ばされる。
それを――何事もなかったかのように。
ホルスは、当たり前の動作として掴み取り、再び構えたのだ。
少しの沈黙の後で、ホルスが盾を構えたままネルへと迫る。
ネルは牽制にツインドラゴンの引き金を引く。
対してホルスは立ち止まることもなく、盾を構えたまま突き進む。
ツインドラゴン……ネルの持つ二丁のサブマシンガン。
サブマシンガンは近距離での射撃に特化した物であり、近ければ近いほどに当たった衝撃と威力は強い。
それを盾で受け止めた衝撃は決して弱くない。なのにホルスはそれを物ともせず近付いてくる。
「へっ、面白ぇ!」
ネルはそれに対して射撃を止め、ホルスへと駆け出す。
二人の距離がだんだんと狭まり、ホルスの盾が勢い良くネルへと迫る。
シールドバッシュと呼ばれる攻撃、盾を構えたまま相手を殴打する技だと見抜いたネルは即座に背後へバックステップを踏む。
そしてシールドバッシュの勢いが弱った瞬間。
「オラぁ!!」
ネルは真正面に迫る盾を走った勢いで蹴り付ける。その衝撃にホルスの盾は大きく仰け反った。
「盾を構えてっから、こうされた時に盾の重量で隙が生まれんだ──」
瞬間、ネルは違和感を覚えた。
──は?
盾を蹴った時の、足が軽すぎた。
盾を蹴った瞬間、足裏が拍子抜けした。
重いものを蹴った『感触』が無い。
強い盾からの『跳ね返り』も。
殴り付けたときの『衝撃』も無い。
──何かが可笑しい。
そう思った瞬間だった。
「無駄口が多いですね」
「ガハッ」
瞬間、真横から振り抜かれた何かがネルの腹部を鋭く穿つ。
見れば振り抜かれたホルスの拳銃が腹部へと突き刺さっていた。
ネルは目を見開き、先程蹴りつけた盾を見れば、誰も構えていない盾がカランと床へと転がっていた。
射撃がやんだ瞬間に盾を囮にして接近したままシールドバッシュを装って盾を正面に投擲、ホルスは少し身を屈めて盾から自身を見えないようにしていた。
そして盾を蹴り抜かれた瞬間に飛び出し、油断した瞬間に拳銃を構えた腕をネルの腹部へと振り抜いたのだ。
瞬間、ホルスが引き金を引く。
ネルの腹部へと0距離に付けられた銃口から1発、2発、3発と銃弾が発射されその度にネルの小さな体が、内臓を揺さぶられるような衝撃により震える。
「ふざっけんな!!」
ネルは歯を剥き出しにしながら、ほとんど反射で引き金を引いた。
腹部を抉る痛みを無視するように、ツインドラゴンが火を噴く。
弾幕が床を抉り、盾に弾かれ、火花が散る。
ホルスは即座に後ろへと下がりながら、ハンドガンの残弾数と替えのマガジンを確認する。
そのまま後方へとバックステップを踏み、引き寄せた盾を構え直した。
肩で息をしながらも口を歪ませ笑う銃を構えるネルに、ホルスは盾を握る力を強める。
これまでいくつもの戦場を戦い抜いてきたホルスは知っていた。
このような所謂戦闘狂が、一番戦場では戦いたくない、最後に立つ強者の資質を持つのだということを。
パンドラの箱、情報更新。
─Alternative Protocol:Extreme mode.─
P.A.N.D.O.R.A.の箱にインストールされていたアプリが、使用者からの制約解除要請によりバージョンアップしたもの。
戦闘で起こるすべての行動から予測される『最悪の未来』を観測し、適切な行動を選ぶための未来を予測、演算するシステム。
バージョンアップにより、
使用者の精神的負荷を一切考慮せず、
膨大な行動分岐から導き出される“最悪の未来”を、
短時間に、かつ大量に観測することが可能となった。
ご愛読ありがとうございます
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五周年キャラはアーマードアリスとケイ、いいね?