要塞都市エリドゥでの一幕から数ヶ月。
ミレニアムサイエンススクールには、いつもの非日常が残っていた。
各部室から聞こえる爆発音をBGMに、リオはセミナーとして復帰し生徒会長として日々を忙しそうに過ごしている。
トキはそんなリオの補助を行いつつ、Cleaning&Clearingでの部活動やゲーム開発部でゲームをして過ごしたりと自由に学園生活を送っている。
天童アリスという一人の少女が起こした奇跡の物語は、こうしてハッピーエンドといえる結末へとたどり着いていた。
「みんなー!新しいゲームなんだけど、パズルゲームと格闘ゲーム、どっちがいいー?」
ミレニアムサイエンススクールにあるゲーム開発部の部室で才羽モモイの元気溌剌とした声が響き渡る。
こうしてゲーム開発部にも、元の日常……部活を存続させるための活動が戻っていた。
「うーん、お姉ちゃんのシナリオは期待出来ないし、ここは格闘ゲームの方が」
「えぇ!?ひどーい!私、これでも絶好調なんだよ!さっきだって、ユズの記録更新したんだから!」
「それならさっきユズがまた更新してたよ」
「うそーん!?」
そう言いながら両手を床につき、orzのポーズを取るモモイの横でアリスは手を上げて発言する。
「はい!アリスはどっちも遊びたいです!」
「なるほど、格闘ゲームをしながらパズル……ありかも」
「完璧なパズルを組み立てながら相手を格闘ゲームでノックアウトするゲームって事だよね!ガンガン殴ってノックアウト……完璧~♪なパズル。よし!タイトルは『PERFECT KNOCK OUT‼』とかどうかなー?!」
「パズルしながら格闘ゲーム……ちょっと、遊んでみたいかも」
アリスの案をモモイとミドリが膨らませた、新たなゲームの構想にユズの中のゲーマー心が擽られ、ユズは少しワクワクした様子で笑う。
「
そんな四人に対して、一人の少女がそう怒号を上げた。
怒号を上げた彼女は、まるでアリスの反対の見た目をしていた。初めて彼女をみたアリスやモモイが、まるでアリスの2Pキャラのような容姿だと話す程に。
「ダメ、ですか?」
「うぐっ……王女の願いなら、手伝うのもやぶさかではないです……」
「ぱんぱかぱーん!
彼女の名前は
かつてモモイのゲームガールアドバンスへと保存されていた、名もなき神々の王女の従者であり鍵の役割を持つ者、だった存在だ。
エリドゥの一連の出来事を終えたゲーム開発部の部室にて待っていた少女であり、彼女曰くこの体はある場所で製作したものらしく、限りなくアリスに近い存在へとなっていた。
「よし!ケイが堕ちた!これで今回の納期までゆっくり出来そうだね!じゃあ早速私はユズのスコアを更新してくるね!今の私なら負ける気がしない!!」
「モ!モ!イィイイイイイ!」
「やるよ!?勿論やる!ちゃんとやるよ!?」
「では私が納得するシナリオをお願いしますね。誤字脱字は本編含めて5文字以内でお願いします」
「うぉおおおん(泣)」
ケイの言葉に涙を流しながら倒れるモモイ、そんなモモイを見て溜め息をつくミドリと賑やかさに笑うユズと、そんな全員を見て改めてこの日常を噛みしめ笑うアリス。
そんな全員の姿を見ていたケイは、ふと自分がこうしてアリスの側に、従者ではなく、鍵でなく、ケイとして側にいる選択をした日の事を思い出す。
目の前で名もなき神々の王女と名乗り、王女を偽物だと偽った存在がこの部室を襲撃したあの日。
目の前の襲撃者に夢中になっていたゲーム開発部の少女達の後ろ、ソファの上に置かれていたモモイのゲームガールアドバンスへと近付く一体の無名の守護者がいた。
もしも、あれが背後から奇襲し王女を傷付ける為に現れた存在なら私が……。
そう思っていたKeyの予想を覆し、無名の守護者は一つのデータ保存用のデバイスを取り出すとゲームガールアドバンスの充電コードへと突き刺してきた。
瞬間にデバイスから流れ込む情報にまさか、私を消去するのでは?と慌てたKeyに表示されたのは、王女の姿をした何者かからのメッセージだった。
「なんのつもりでこんなものを」
『貴方は、私のようにならないで下さい』
そう言いながら目の前の王女の姿をした誰かが私へと手を翳した瞬間に、私の中にいくつものデータが入り込んできた。
それは、
正確には
間違え、目の前で失い、王女を演じるようになり誰も存在しない世界で生きていた鍵の後悔の記憶。
あまりにも遅くに間違いに気付いてしまった、並行世界の
『どうか、王女を……アリスをよろしくお願いします。』
その後、私はある場所でこの体を設計。
製作しゲーム開発部へ、アリスの側にやってきたのだ。
勿論、最初こそ調月リオは警戒したが明星ヒマリやアリスのお願いもありあっさりとミレニアムサイエンススクールへの入学ならびにゲーム開発部への入部が許可された。
アリスへの感謝や罪悪感、そしてゲーム開発部への罪悪感から調月リオは甘かった。
ゲーム開発部にゲームをねだられたら新作、新品と買って上げてしまう程に、甘かった。
ちなみにそのあとユウカによってゲーム開発部はこってり絞られ、リオもまたモモイ達を甘やかさないようにと注意を受けていた。
この様子を見ていた明星ヒマリと和泉元エイミ曰く「リオが怒られている姿だけでご飯を何杯でもいけちゃちそうです♪」「部長、病弱要素どこにいったの?」「いやですねぇエイミ、これは比喩ですよ比喩!」とのこと。
取りあえず、モモイのシナリオに期待して差し入れでも用意するとしますか。
アリス……そして3人にも健康的な生活を行って頂きたいですからね。
あれからの話をしよう。
気が付けば俺は、クランバトル倶楽部の医務室の布団で天井を見つめていた。
見慣れた天井板、僅かに軋む梁の音。
戦場の轟音も、銃声も、赤い未来も、今はどこにもなかった。
いや、僅かに銃声が会場の方から聞こえるが。
側にいたレイサやホルス、イブキにミユから話を聞いたところ、俺は丸一日眠り続けていたらしい。
どうやら俺が気絶した後、ホルスが即座にハウンズへの指揮を引き継ぎ、倒れた俺と怪我をしていたケイを回収。
下で待機していたイブキと虎丸零式によって、この場所まで高速で撤退してきたようだ。
ケイは治療後、自室から出てこないらしい。
少し、心配だが今はそっとしておいた方が良いだろう。
「それにしても、随分と無茶をしたもんだな、会長殿」
そう声を掛けてきたのは、ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けている一匹の猫だった。
正確には、猫の獣人。
白衣を羽織り、首から聴診器を下げ、鋭い金色の目でこちらを見下ろしている。
「今回は……迷惑をかけてすいません、ブラックキャット先生」
「迷惑かどうかを決めるのは患者じゃない。医者だ」
自称天才闇医者、ブラックキャット先生。
カイザー経由で雇われ、クランバトル倶楽部に常駐している医者であり過去にホシノの襲撃により負傷したレイサを治療してくれた医師だ。
視線を腕の点滴に向ける、透明な管の先。
点滴パックの中身は薄く赤みがかった液体だった。
「見ての通りだ。血を増やすためにも鉄剤と栄養剤、それに電解質。派手に血吐いて、しかも片眼から出血して一日寝てた割には、不思議なくらいに
「……そう、ですか」
ブラックキャット先生は俺の片目、血を流していた左目を覗き込むように顔を近づけてきた。
左側の視線からブラックキャット先生が消えた、顔を動かして右目で捉えようとしたが、その前にブラックキャット先生が元の位置へと戻る。
「……やっぱりな」
「その、起きてから左目が……」
目覚めてから感じた視界の違和感、今まで通りに目の前の景色を写す右目に対して、左目は全てが歪み朧気で色さえも識別するのが難しかった。
「左目の視力が、異常なほど落ちているな。一時的なものだとは思うが、今はまともに距離も色も測れていないだろう」
世界が、左右で違う解像度。
当たり前に見ていた世界を認識できない、両目それぞれで違う景色の差が頭を悩ませる。
「それから」
ブラックキャット先生は俺の顎を軽く指で持ち上げた。
「さっき粥を食ってたが、
「っ……わかりません、でした」
起きたことで柴関大将に教えてもらったというミユやホルス、レイサの作ってきたのだというお粥。
味付けと葱や卵が混ぜられたソレは匂いが食欲をそそった、全員に感謝をのべてから口にしたとき、あったのは舌の上に感じるお粥の熱。
噛みしめて感じたのは、お粥と卵の柔かな食感と葱のシャキシャキとした歯ごたえ。
どうにか、直ぐに上手く答えることが出来たが実際は焦っていた。
そんな筈がないと、レイサに財布を渡しコーラとクランバトル倶楽部に出展している出店の食べ物を適当に買ってきて貰った。
でも、味は感じられなかった。
コーラの口に入れた瞬間に感じる、口内を炭酸が弾ける感覚がするのにガツンと来る甘味がない。
買ってきてくれたホットスナック類もスパイスのあの味も、塩っけすら感じられなった。
「だろうな。一時的な味覚麻痺、強烈なストレス反応の典型例だよ」
強い『ストレス』、その言葉にAlternative Protocolで見続けていた真っ赤な絶望の未来を思い出した。
あの時の俺はそれを見ても吐かず、顔色を変えず戦場にたっていた。
今考えてもあの時の俺は、だいぶ変だった。
「脳が過剰に酷使された上に、恐怖と拒絶反応が重なっている。暫くは前のように動けないだろうな」
ブラックキャット先生はそう言いながら、点滴の流量を調整する。
「今はとにかく、体を戻す。鉄分と栄養を入れて、血を作らせる。寝ろ、頭は使うな、そして無茶もするな」
「……それは」
「難しいか?」
頭を使うこと、これからの未来を想像するのかこの世界で生き残るために必要だ。
考えるのを止めるわけにはいかない、場合によっては無茶をしないと背負ってしまった彼女らを、落とさないようにしなければならない。
黙ったままの俺を、ブラックキャット先生はいつになく真剣な目で見詰めたまま口を開いた。
「休め、じゃなきゃ……今度は治せなくなる」
その言葉を聞いた瞬間、あの赤い未来が脳裏を掠めた気がして、俺は無意識に点滴を繋がれた腕を見ていた。
ブラックキャット先生は椅子の背にもたれ、尻尾を揺らしながら小さく息を吐いた。
「……会長殿」
「はい」
「勘違いするなよ。私は医者で、説教屋でも人生相談役でもない」
そう前置きしてから、彼は俺の点滴を一瞥する。
「ずっと『大人』でいるのは……大人ですら難しい」
「え?」
その言葉は、思ったより静かだった。
「判断し続け、責任を背負い続け、壊れないように振る舞い続ける。そんなものを四六時中やっていれば、誰だってどこかで限界が来るに決まっている」
大人は、大人で居続けることが……難しい?
「子どもに戻る時間が必要だ。遊ぶでもいい、何も考えず休むでもいい。大人だって、そうやってバランスを取る生き物だ」
ブラックキャット先生は、ふっと鼻で笑う。
「それを怠った結果が、今のお前だな。無理しすぎてんだよ。そういや、会長殿……以前に温泉ナンチャラ部とコネクションを持ってたろ?」
「……温泉開発部、ですか」
「名前なんてどうでもいい。重要なのは『湯』だよ」
彼は指を一本立てた。
「温かい湯、静かな時間、余計な未来も計算もない場所。血を作るのにも、神経を休めるのにも、悪くない、寧ろおすすめだな」
「それは、どういう………」
「治療だ、ちょっとの間くらい休んでも良いだろ。静療ってやつだ」
「静療なんて、そんな暇は……クランバトル倶楽部の運営だって」
「ドクターストップって奴だよ、これは逃げじゃない。これ以上壊れないための休み、お前に今一番必要なもんだ。お前は『大人』であろうと行動してきた。壁際で踏みとどまっているんじゃない、その場から離れることをせず、立ち続けてしまっているんだよ」
ブラックキャット先生は椅子から立ち上がり、白衣の裾を整える。
「休め。遊べ。何も考えるな。少なくとも、その目が治りこの点滴が外れるまではな」
そう言ってから、少しだけ声を低くした。
「次に無理をすれば、今度はこの程度で済まないぞ?」
その言葉に、俺は改めてAlternative Protocolで負うデメリットの重さと残酷さを理解した。
そして、そんなデメリットを背負ってもなおシャーレの先生に勝てないという現実に、胸が少し苦しく感じた。
「……分かりました」
ブラックキャット先生は満足そうに尻尾を揺らし、ドアへ向かう。
「安心しろ。温泉くらいで世界は滅びん。むしろ」
ドアノブに手を掛けたまま、振り返る。
「お前のような奴ほど、湯船に沈めてやる必要がある」
そう言い残し、ブラックキャットは部屋を後にした。
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