なりそこないと、壊れた生徒   作:クレナイハルハ

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湯煙の中の答え

この施設の入浴場や建物の様々な場所を紹介してもらった俺は目の事がバレた事からか、宿泊予定の部屋までメグに送られた。

こういうの、本当ならシャーレの先生がされるべきなんだろうな。

部屋の戸を引いて、宿泊する部屋に入る。

案内された部屋は、良くある和室だった。

ホテルのようなベッドではなく畳まれた敷布団の仕舞われた押し入れ、座椅子にテーブル。

テーブルの上に置かれている、恐らくは温泉饅頭と湯飲みに急須。

現代日本に住んでいた俺にとって親しみがある文化は、キヴォトスでは百鬼夜行の文化だ。

なんか、こんな風に温泉旅館みたいな場所に泊まるなんて、変な感じだ。

荷物を置き、部屋の座椅子に座りそのままボーッと目の前の景色を眺める。

座椅子に身を沈めると、畳がわずかに軋む音がした。

それだけで、妙に現実感が増した。

 

「はぁ、今更ながらキヴォトスの学生って本当に俺の知る学生からかけ離れているよ……」

 

ブルーアーカイブの世界へと来たときより前、日本で生きていた頃の記憶がやけに遠くに感じられる。

なんで、こんなことになったんだかな。

この世界に迷い込み、パンドラの箱でケイを召喚してしまい、全ては始まった。

夢だと思った目の前のこの世界が現実であり、目の前にいる天童アリスの体で話すケイは本物。

ケイを……召喚した生徒の事を背負うということ、その事実とその後の未来に不安を感じながら俺のキヴォトスでの生活が始まりを告げた。

初めて金融に直談判してカイザーローンを組んで『クランバトル倶楽部』を起業し、ケイと共にブラックマーケットで営業開始。

そうしてクランバトル倶楽部が軌道に乗り始めた頃、パンドラの箱によりレイサ、ホルス、イブキ、ミユが呼び出された。

そしてイブキが作り上げた戦車、虎丸零式のサポートAIから言われたハンドラーという呼称から、その場任せで、路地裏に倒れていた少女達を雇いクランバトル倶楽部特殊部隊ハウンズとした。

更にはこの世界の最強ともいえる小鳥遊ホシノ、シャーレの先生、美甘ネル。

そして最大の山場といっても過言ではないエデン条約を、無事乗り越え花のパヴァーヌ2章もケイを失わずに済んだ。

俺の片眼の視力が異常に低下したこと、味覚を一時的に感じられなくなったことで。

 

これでここまで来たんだ、本当によか──。

 

「よく、ねぇよ……」

 

口から、本音が漏れた。

 

ようやく追い付いた片眼の視覚が異常に低下したこと、味覚が感じられなくなったこと。

そんなにも大変なことが体に起きて、ここまでこれてよかった、失わずに済んだ?

 

「カッコつけるなよ、俺……本当はそんなこと思ってないくせに。」

 

本当は苦しい、悲しい、現実だと認めたくないんだ。

 

味覚が感じられなくなったことを。

 

シャーレの先生を敵に回して、これからどうなるかを。

 

もし、クランバトル倶楽部を襲撃でもされたなら、対応できるのか?

 

恐らくは、無理だ。

 

そもそも、全部俺が背負う必要あるのか?

 

全部、全部アイツに任せれば良いじゃないか。

 

何でも持ってるシャーレの先生が、やれば……。

 

脳内に、これまで接してきたパンドラの箱が呼び出した彼女たちとの会話や笑顔が浮かんで、落ちていく方向に延びてきた思考が止まった。

 

「いや、俺は決めたんじゃないか。俺は……」

 

「何をやってるんですか、貴方は」

 

背後から聞こえた声に、振り返ると戸が開いており入り口には浴衣らしき物を持った棗イロハがいた。

 

「っ、さっきの」

 

「部屋に入ったかと思えば、温泉にも行かずに部屋でボーッとするなんて……何しにここへ来たんですか」

 

どこか呆れた様子でそう告げるとため息をついた彼女は口を開いた。

 

「温泉、行きますよ。そのために来たんでしょう?」

 

「え、あ……そう、だな」

 

不味いな、ブラックキャット先生に考えるなと言われたばかりなのに。

そう思いながら俺は鞄から小さなシャンプーやリンスの入ったボトルが纏めて入った入浴セットと部屋に用意された浴衣を持って部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今更ながら、ゲヘナの温泉の温度について思い出した。

ゲヘナの生徒は入浴の際に風呂の温度は大体70度らしく、これから入る湯船に体を震わせてたのだが、ちゃんとゲヘナ以外の人が入っても良い用に調整されているのか温度は丁度良かった。

入浴場として考えると少し狭いが、大浴場とは別に用意された貸し切り風呂の浴室と考えるとかなり広い。

何故か部屋に迎えに来た棗イロハと共に温泉へ向かっていたところ、温泉開発部の生徒と思われる子に俺には貸し切りの風呂を用意していると言われ、ここへ案内されたのだ。

体を洗う場や湯船の他にも休むための椅子、自然の広がる中庭を見ることが出来る窓がついている。

よく想像するような、温泉旅館の貸し切り風呂といった感じだ。それも、少し贅沢してくるタイプの場所。

頭と体を洗った俺は湯船に浸かりながら、中庭をボーッと眺める。

この世界に来たばかりの時には考えられないような贅沢だな……そういえば、この世界にくる前……銭湯とか行ったの……どれくらい前だ?一人暮らしを初めて、風呂が故障したときだったか。

こういう温泉や銭湯で一番長風呂をしていて、友人達に呆れられたことがあったな。

たしか、絶対にお前アリス推しじゃなくてカスミ推しだろ!なんて言われたこともあったか。

今となっては、もう思い出すことしか出来ない記憶だ。

 

「水分でも取りながら入ったらどうですか?」

 

「あぁ、ありがとう」

 

左から流れてきた小さなお盆には、お茶の入った小さなコップが置かれていた。

聞こえてきた声に感謝を告げて、喉を潤す。

水分が身体中に染みるような感覚に目を瞑り、体を震わせ……ふと気づいた。

 

この貸し切り風呂には、俺しかいないはずだ。

 

なら、先ほどのお盆とこのお茶は一体誰が用意したものなのか?

 

温泉により温められた筈の体が冷たく感じ、慌てて左を向いて右目でその場にいる人物を捉える。

 

「おや、ようやく気付いたのですか?」

 

そこにいたのは、体にバスタオルを巻いて俺が持つコップと同じコップを傾けている棗イロハがいた。

即座に俺は右側に見える窓へと視線を逸らす。

 

「な、何故ここに……」

 

「お疲れのようですので、少しお背中を流させて頂こうかと……めんどくさいですが」

 

な、何を考えているんだコイツは。

めんどくさいのなら、なぜ提案した?そもそも何故ここにコイツがいる?

 

「いや、さっき体は洗ったから問題は……」

 

「おや、女性の私に()()()()させて、更には恥までかかせるつもりですか?シャーレの先生が聞いたら、どう思うでしょうか?」

 

もし、俺が生徒と混浴したなんて知られたら最悪な結末へ一直線。

今、彼女に従わないのは……最悪を招くだけか。

 

「……お願いする」

 

本当に、勘弁してくれ。

 

腰にバスタオルを巻いて、湯船から出た俺は何故か棗イロハに背中を流して貰うという、世の中の先生が見たら血涙を流すような状況になっている。

今の俺にあるのは、喜びではなく怯えに近いのだろう。

もしシャーレの先生にこの事がバレたなら、俺は間違いなくゲマトリアと同格。

ケイの一件で対立したこともあって、即排除に動かれても文句は言えないだろう。

 

「何が、聞きたいんだ」

 

背中をボディソープのついたボディタオルで擦る彼女にそう言うと、彼女は即座に言った。

 

「あの子は……何ですか」

 

「あの子?」

 

「あなたが探していた、イブキと瓜二つのあの子です」

 

その言葉に、俺はどう答えるべきか考える。

俺は、これまで生徒に深く踏み込んで来なかった。

パンドラの箱が呼び出した彼女達に踏み込むことはせず、彼女たちの詳しい過去の背景を知らない。

時折聞こえる独り言や呟きから、推察することぐらいしか出来ない。

そしてイブキに関しては見た目からして、彼女の世界のパンデモニウムソサエティーが壊滅したことが推察出来た。

イブキが腰のベルトに繋げた帽子達は、どれも原作においてパンデモニウムソサエティーの全員が身に付けていた物と一致していた。

イブキ自身が身に付けているそのコートも、パンデモニウムソサエティー議長の羽沼マコトの物だから。

 

「なぜ、彼女を……」

 

「エデン条約の日、彼女はパンデモニウムソサエティー議長、丹花イブキと名乗っていました。私の知るイブキが目の前にいたのに、彼女を見て偽物だと、イブキじゃないとは思えないんです」

 

イロハの言葉は若干苦しそうでもあり、答えが分からず迷走する子どものようにも感じられた。

 

「普通に考えるなら、あなたの所に入る彼女はイブキの偽物。それで良い筈なんです、でもそれだけとは、思えません」

 

どちらも本物だ、この世界の丹花イブキもパンドラの箱が呼び出した丹花イブキも。

それは些細な事がきっかけで、大きく変わってしまっただけの、世界の違いでしかない。

 

でも、その世界の違いが残酷であり現実なのだ。

 

「もし、自分の大切な人が……自分のせいで死んだら、どう思う」

 

「な、なんの話を……」

 

「もしもだ、そんな大切な人が、別の世界で死にそうになっていたら……助けたいと思うか」

 

俺の問いに、イロハのすぐには答えを出せないようすだった。更に口を開く。

 

「例え自分の世界が救われなくても、目の前の光景が、何も変わらないのだとしても」

 

背中を擦っていたボディタオルの動きが止まる。

 

「それが、お前の知りたい彼女だ。」

 

本来ならこの世界の誰にも話すつもりがなかった、その言葉。

話せば世界がどう変化するか分からない劇薬とも言えるその言葉を、気がつけば俺は口にしてしまっていた。

 





パンドラの箱、更新情報なし

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