シャーレの先生が目を覚ます。
すると目の前一帯に広がる景色は、灰色だった。
何度も目にした綺麗な青空は、今や曇天。
灰色の空に覆われており、見れば今にも雨が降ってきそうな雰囲気だ。
目線を空から下げれば、そこには目を疑う光景が広がっていた。
「"これは……いったい何が……"」
大きな地震でも起きたのだと感じ取れる目の前の景色は荒廃していた。
建物が崩れたのか、大地には建物だったもの達が散乱し足の踏み場は見えず、少し先に見えた道路はひび割れ、所々が陥没している。
辛うじて崩れていない建物には明かり1つ見えず、人のいた形跡すらなかった。
そんな目の前に広がる光景が、自分のよく知る生徒達が闊歩するDU地区だと気付いた。
「"い、いったい何でこんな!?"」
目の前の景色に、思考が乱れる。
スーツのうちポケットへと手を伸ばし、指先に感じた硬いソレを取り出す。
タブレット端末にみえるソレ、シッテムの箱を起動しようとするが画面は暗いままだった。
「"アロナ?……アロナ!"」
呼び掛けても、シッテムの箱のメインOSである少女は返事をしなかった。
脳内に浮かぶ様々な生徒達の顔、彼女たちの安否と、何故このような状況になっているのかと言う疑問が脳内で溢れる。
どう見ても、車も電車も走っておらずヘリコプターすら飛んでいない。
目立つビルの真ん中に設置された大型モニターはひび割れ映像を映していない。
移動手段は、歩きしかなさそうだった。
それでも、シャーレの先生は足を進めた。
アビドスで遭難したときに比べるなら、これぐらい問題ない筈だと自身に言い聞かせて走り出す。
走り出して何時間、何日が経過したのか分からない。
アビドスは廃校のように静まり返り、ミレニアムの街は瓦礫に埋もれ、トリニティの校舎は崩れ落ちていた。
他の地区もそうだ、いくら探しても生徒どころか生きている存在すらも発見できない。
「─────」
訳が分からず困惑していたなか、聞こえてきた人間の話し声がしてシャーレの先生は慌てて声の聞こえていた方向へと向かう。
声の聞こえてきた方へと、耳を頼りに移動すると見覚えのない建物だった。
建物の門にあったのは、擦れた文字により辛うじて読める『ク■■バ■■■■部』という建物の名前と思わしきもの。
その奥から、聞こえた気がして歩みを進める。
誰一人として存在しない世界、そんな世界を歩く自分の足音がかなり大きく聞こえて、自然と心臓が早く鼓動していた。
声を頼りにたどり着いたのは、建物の裏だった。
目にしたのは、ズラリと並ぶ墓石とそんな墓石の前に座る一人の青年。
ようやく人と出会えたことから、シャーレの先生が声をかけようとした、そして気付いた。
ボロボロの服と、悲壮な表情を浮かべた青年はクランバトル倶楽部の会長だった。
困惑しているシャーレの先生、そんな彼が背後にいることを分かっているように、知っていたかのようになり損ないは振り返らず口を開いた。
「コイツはさ……生きるために。ただ生きたいという思いで
そう言いながら青年は、目の前の墓石に触れるとゆっくり撫で下ろしていく。
「○○○……素直で、がんばり屋で……生きたかっただけなのに、どうしてこうなったんだろうな」
いま、彼は恐らく人物の名前を読んだのだろう。
その名前が聞こえなかった。
聞こえなかったがその墓石に小さく刻まれたその名前が瞳に飛び込んできたとき、シャーレの先生は身体を震わせた。
────『セリカ』。
墓石にはそう、刻まれていた。
苗字はなく、ただ名前だけが刻まれた墓石。
脳内にアビドス廃校対策委員会にいる一年生の黒見セリカの姿が浮かぶ。
どう言うことだと、シャーレの先生が問いただそうとしたが、その前に立ち上がりとなりの墓石へと向かう。
「コイツは目にした未来を変えようとして、その末に全てに失敗し、口を閉ざす事を選んだ」
そして同じようにまた墓石へと触れゆっくりと撫で下ろしていく。
聞こえてきた言葉に、シャーレの先生は墓石へと目を向ける。
「○○○、お前は無口だったが尻尾や耳は正直だったよな」
────『セイア』。
その墓石に刻まれていたのは、トリニティ総合学園のティーパーティーの一人、百合園セイアが脳内に浮かぶ。
するとなり損ないは、立ち上がり次々と並ぶ墓石を撫でていく。
墓の下で眠っているであろう存在の名前を呟いてはまるで懐かしむように撫でている。
「コイツは、
────『イズナ』。
「コイツは、
────『ヒヨリ』。
その後もいくつもの生徒の名前が刻まれた墓石を見て、クランバトル倶楽部会長の言葉に耳を傾ける。
自分の知る名前、知らない名前がいくつも彼の口から紡がれていく。
ふと、クランバトル倶楽部会長は振り返る。
その顔が浮かべている表情は、怒りとも悲しみとも感じられるものだった。
シャーレの先生をじっと見つめて口を開いた。
「コイツも、アイツも……全員が過去を想い、捕らわれ苦しんでいた」
涙を流しながら、真剣に怒るその姿からは逃げることを選んできたと話していた彼とは思えないナニカを感じた。
「少しでも救いたくて、助けになりたくて側にいた……なぁ、どうして踏み込む選択をさせた……その結果これだ」
そう言いながらゆらりと片手を上げて、ここまで歩いてきた道を指差す。
そこには無限とも言えるほどに、等間隔で置かれた墓石が永遠だと感じる程に続いていく景色が見えた。
「なぁ、どうして踏み込ませた?」
「"それは………"」
「どうして逃げる選択肢を与えなかった?隠してきた傷を、忘れようとした古傷を……抉るような選択をさせた」
その言葉と共に、クランバトル倶楽部会長である彼は、叫ぶことも怒鳴ることもせず静かに、ただ静かにそう告げた。
「俺もコイツらも、ただ生きていたいだけなんだよ……そこに、過去もいらない。ただそこに居たいだけなのに、どうしてだ」
クランバトル倶楽部会長の言葉に、シャーレの先生は口を閉ざす。
その表情は複雑だった。
まるで、今まで自分の信じてきたソレが間違いだったのではないかと、そう考え本当にそれが正しかったのかと、そう考えていた。
「どうして、俺たちは……こうなる?」
そう言いながら立ってることも出来ずクランバトル倶楽部会長は項垂れるように膝を着いて座り込んでいる。
「正しくなきゃ、いけないのか……正しいのが本当にその子の為なのか?教えてくれよ」
そう言いながら此方を見上げる会長の姿に、思わず後退る。
「この世界に居場所なんてない、偽物に……紛い物にこれ以上、何も押し付けないでくれ、求めないでくれよっ」
何故かクランバトル倶楽部会長である彼の背後には、彼の身体へと自身の身体を密着させ心配そうな表情で会長の顔を見つめた半透明の4人の少女がいた。
「"わたしは………"」
4人の少女達は此方を睨んでいた。
まるで、お前が悪いのだと訴えられているような姿に、シャーレの先生は迷う。
もし、わたしの選択が原因でこの子たちがこうなったのなら私はどうすれば良かったのか、分からない。
すると会長は懐からハンドガンを取り出した、シャーレの先生は即座に後ずさり警戒する。
今のシャーレの先生はシッテムの箱に守られていない状況。
もし撃たれれば、致命傷となるのは明確だった。
だが、会長はゆっくりとその拳銃の銃口を自分の頭へと向けた。
「"っ!?"」
拳銃を持つ会長の手は震え、引き金を引けない様子。何をしようとしているのか、考えずともわかった。シャーレの先生は即座に会長へと迫り、拳銃を奪い取ろうと拳銃を掴み、そして奪い取る。
「ハハッ、アンタが俺を終わらせてくれるのか。なり損ないに、逃げることを選んだ俺に相応しい末路だよ」
拳銃をとられ、シャーレの先生が持っていると気付くと会長はまるで吐き捨てるようにそう言うと、抵抗する様子すら見せず両手を下ろし黙って俯いた。
「"何を?!"」
「頼むよ、終わらせてくれよっ!」
そう言いながら会長は拳銃を持つシャーレの先生の手を掴むと、自身の胸へと銃口を押し付けさせる。
「"っ"」
シャーレの仮眠室、眠っていたシャーレの先生は飛び起き荒い呼吸を繰り返す。
そして自身の両手を見つめ、ゆっくりと視線を枕元の時計へ向け今の時刻を確認する。
丑三つ時とも言われる時間帯、汗で肌に吸い付くシャツの気持ち悪さとは別に夢で見ていた景色を思いだし、シャーレの先生は目を瞑る。
『コイツらに、踏み込まないでくれ』
クランバトル倶楽部の会長が言っていた言葉が、脳内で再生される。
私にとって彼は、子供を利用した賭博施設を運営していて。
名もなき神々の王女。
ホシノと似た容姿と盾を持つ少女。
レイサと似た少女。
体に片方だけの翼、獣耳に横に長いエルフ耳、狐の尻尾とキヴォトス人の持つ特徴が一致しない、明らかに手を加えられたであろう少女。
そんな、彼女たちを連れた警戒するべき大人だった。
でも、あのときに見せた迷子のような表情。
名もなき神々の王女を守ろうとしてあそこまでする覚悟と、そのあとに見せた恐れの涙。
私の"選択"は、本当にあっているのだろうか。
そして彼は……なり損ないと名乗る彼は本当に私が思っているような人物なのか。
「"私は………"」
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