温泉をあがり、夕飯も終えた俺は眺めたあの星空が見えていた。
振り返れば、部屋で布団に入り眠っているイロハとケイの姿が見えた。
イロハは、やはりだがクランバトル倶楽部へと短期間の職業体験をするのは確定……というよりは、断れないのが現実だろう。
この場所へ誘導して貰ったばかりか、温泉での一件もある。
俺が最初にこの世界に来たときに、見ていた空。
同じ、星々が並び巨大なヘイローの浮かぶ宙。
どこか感傷に浸りぼーっと空を眺める。
静かすぎる夜だった。
何かを考えるには、都合が良すぎるくらいに。
……味覚、早く戻らねぇかな。
こういう時に限って、“美味い”って感覚を思い出すのは皮肉だ。
温泉開発部が用意してくれたこの宿、食事は持参か電子レンジや電子ケトルで調理できるもの。
その筈なのだが、何故か温泉開発部は様々な食事を用意してくれた。
本当に、いま味覚が無いことに後悔しかないな。
用意してくれてるのに味わえない事実と、何で俺にここまでしてくれるのか分からない困惑は未だに感じる。
温泉開発部がここまでしてくれる理由、思い当たることはない。
一度、銭湯を作ることを頼んだだけでどうしてここまでしてくれるのか、分からない。
「こんなのは、俺なんかよりシャーレの先生にやるべきだろうにさ」
そんな風に呟いた時だった、近くに置いていたスマホが震えた。
このスマホはまだハウンズが出来たばかりの時に、流石にスマホがなければ生活に不便だろうという事で契約したものだ。
スマホにはレイサという文字が表示されている。
何かあったのだろうか、まさかクランバトル倶楽部にシャーレが攻めてきたのか?
心臓が煩く、早く鼓動するのを無視して震える手でスマホを操作し通話状態にして耳元へ当てる。
『も、もしもし?』
「レイサ、何かあったのか」
『いえ、特に問題はありません。ただ、その……相談したいことがあって』
「相談?話してくれ」
ともかく、クランバトル倶楽部に問題が起こったという訳でないことに安堵する。
煩く、早く鼓動していた心臓がゆっくりとした心音へと戻っていくことを感じつつ、レイサの返事を待つ。
『その、先生。私……』
「なんだ?」
『この世界の
その言葉は、予想していないもので俺の思考を停止させるのに十分だった。
「なんで、そう思った」
『逆だったんです』
「逆?」
『はい、私の世界で起こったエデン条約の日。私とカズサに起こったことが、逆だったんです』
レイサの思い出すような声が、通話越しに聞こえてくる。
その声は思い出すものとは別に、どこか不安を感じるような声色だった。
『エデン条約のあの日、この世界の
「そう、なのか……」
初めて触れた、レイサの過去。
それはレイサに起こったエデン条約の出来事と、この世界の宇沢レイサに起こったエデン条約の出来事の変化。
いまのレイサの言葉から、レイサがいたブルーアーカイブの世界では杏山カズサがエデン条約での事件で倒れたことが察せられた。
『確かめたいんです、この世界の私が………杏山カズサを、トリニティを守れるのか。大切な人たちを守れる強さを、持っているのか』
「レイサ……」
『もし、持っていないなら私は……きっと私は
レイサの声がスマートフォン越しに聞こえてくる、その声は不安と恐らくは自己嫌悪による涙からか、震えていた。
『私のように、後からもう全部が遅いなんてことに、なって欲しくないんです』
「レイサ……」
『先生、私のわがままを……許してくれますか?』
いまの状況で、俺達クランバトル倶楽部がシャーレの保護下といっても過言じゃないトリニティ総合学園の生徒と戦う。
普通に考えるなら止めるべきだ。
そんなことがあれば、シャーレの先生がクランバトル倶楽部へと襲撃してきてもおかしくない。
私の生徒に、と言われることは簡単に想像できる。
どうなるか、オルタナティブプロトコルを使わなくたって沢山の嫌な未来が簡単に想像できる。
でも、でもコイツが求めてるのは止める事じゃない。
俺が決めた役割、可能な限り何があっても、どんな過去でも側にいる。
帰れる居場所になってやること、だからこそ止めるべきじゃない。
そんなことを考えていると鼻から何かが垂れてくるような感覚がした。
少しだけ遠くにあるティッシュ箱を足で寄せて、鼻へ当てる。
そして、鼻をぬぐったティッシュについた赤い染みを見て思わずため息が出た。
ちょっとでも頭を働かせると、これか。
……考えすぎると、ダメって言われたが
本当に、弱い体だ。
自分が本当に弱者だと感じて、嫌になる。
本当に、頼りないな……俺。
「ダメだ」
『っ……』
「と、言うと思うか?」
『ぅえ?』
「それが、お前のやりたいこと……この世界で見つけたやりたいことなんだろ」
『……はい』
なら、俺に出来ることは簡単な事しかない。
「クランバトル倶楽部の会長として、一人の大人……の成り損ないの俺から言える言葉は一つだけだ。」
「自分の心に、思いに従え」
『心に、従う?』
「逃げてもいい、間違えてもいい。それでも最後に選ぶのは、お前自身だからな。その選択がお前にとって良いものであることを、俺は祈っている」
『……』
「やりたいことをやってこい。どんなことがあっても、離れていてもお前らが帰れる居場所に、俺はなってやる」
俺は決めたんだ、コイツらの居場所になると。
そうだ、簡単なことだ。
簡単でいい、俺はコイツらがどんな過去を抱えていても、どんな思いを抱えても帰れる居場所になる。
居場所を作ってやることが、大切だ。
それで、いいんだ。
「でも、何をするつもりでどうするのかは教えろよ。度が過ぎてシャーレが関わってきたら、冗談じゃないからな」
『ありがとう、ございます。先生』
「俺は先生じゃない、成り損ないだよ」
『それでも、私にとってあなたは……あなたが──』
「それで、どうやってこの世界の宇沢レイサと戦うつもり──悪い、なんか言葉を遮ったか?」
『いえ、大丈夫です。この世界の私を呼び出すのは、簡単です』
「そうなのか?」
『はい、この世界の私に手紙を………挑戦状を出します』
─挑戦状を……受け取ってぇ、下さいッ!!─
その言葉に、脳内でレイサがスキル演出で言っていた台詞が脳内で再生された。
確かに、挑戦状ならアイツは間違いなく引っ掛かるような気がする。
そんなことを思いながら、どこへ呼び出してどのようにして戦うところまで持っていくのかを相談する。
早めに行うというレイサの言葉を聞き、作戦なども無事決まった頃にはもう深夜の1時を過ぎていた。
通話を切り、眠気から布団に入り天井を眺める。
ブラックマーケットの外で眠るのは、初めてだからか落ち着かない。
いくら銃社会のキヴォトスでも、深夜はこうして静かな時間が過ぎていくらしい。
どうかレイサが、後悔のない選択と行動をできることを祈り、ようやくやって来た睡魔に体を委ねた。
パンドラの箱、更新情報なし
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お金払うので誰か書いて(ん、無視して良い。作者は欲望がありしぎるからこっちで反省させておくねbyサンドウルフ)