なりそこないと、壊れた生徒   作:クレナイハルハ

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堕ちた星の願い事

エデン条約から暫くの日数が過ぎ、トリニティ総合学園は落ち着きを取り戻していた。

怪我をしていたもの達はみんな、怪我が完治しそれぞれがそれぞれの学園生活を送っている。

そんな中、一つの部室。

放課後スイーツ部と記された部屋には、二人の少女がいた。

 

「で、何で私のところに来たわけ?」

 

そう話しながら、妙に達筆な文字で『挑戦状』と描かれた封筒。裏には『宇沢レイサへ』と書かれており、レイサ宛であることを示しているソレをテーブルの上に置く、杏山カズサ。

彼女は少しめんどくさそうな表情を浮かべ、その封筒を見せに来た本人へと視線を向ける。

 

「そ、その……杏山カズサが何か知らないかなぁっと思いまして……アハハ」

 

両手の人差し指を付き合わせながら、困った様子で笑うのは、水色の髪と星のついた髪止めが特徴的なトリニティ総合学園1年生の生徒。

トリニティ自警団に所属する自称、スーパースター、トリニティの騎士……宇沢レイサである。

 

「少なくとも、こんなのを律儀に送るアンタみたいなのが他にいたことに驚きしかないんだけど……」

 

カズサはテーブルに置かれた挑戦状を指で差しながら口を開いた。

 

「こんなの送ってくるようなヤツ知り合いに居ないの?」

 

「その、分からなくて。筆跡も、どこか私に似ていますし」

 

宇沢レイサが使ってる机の上に置かれていたソレ、挑戦状は宇沢レイサを困惑させるのに十分だった。

宇沢レイサはいつも自分が挑戦状を渡す側だった、だからこそ自分に送られたであろうその封筒の差出人が気になっていた。

そんな中で取りあえずこの話を相談できそうな人として浮かんだ杏山カズサへと相談にきていたのだ。

 

「中身、見たの?」

 

「はい、今日の夜にトリニティ地区の外れの場所で待っているとだけ」

 

「何それ、挑戦状じゃなくてアンタを狙った罠じゃないの?」

 

「わ、罠なんですか?てっきり、魔法少女ヘヴィキャリバーみたいな決闘かと……」

 

目を見開き、眉をハの字にして少しだけ悲しそうな表情を浮かべるレイサ。

そんなレイサの様子に、杏山カズサはジト目を向けてからため息をつく。

 

「はぁ、アンタ一応トリニティ自警団なんだから捕まえた相手から恨まれても可笑しくないでしょ……それで、行くの?」

 

「はい、その……時間に行かなかったら呼んでくれた人に迷惑がかかってしまいますし……それに、これでもトリニティ自警団にしてスーパースター!例え複数人が来たとしても大丈夫です!それじゃあ、私はこれで」

 

そう言いながら挑戦状をポケットへ入れた宇沢レイサはそそくさと放課後スイーツ部の部室から出ていく。

 

「ちょ、待ちなさいよ宇沢!」

 

そう呼び止めるカズサの声は届かず、レイサは部室の扉を閉めていった。

本当に大人数で待っていて、宇沢レイサへと復讐するつもりならどうするのよ。

ため息をつきながら、扉へと伸ばしていた手を頭において、ガシガシとかいたカズサは、鞄にいれておいたお菓子を口のなかに放り込み咀嚼する。

ふと、カズサはエデン条約にて襲撃してきたアリウス生徒からの攻撃を、レイサに庇われる形で助けられたことを思い出した。

意識を失った宇沢を、どれだけ心配したことか。

過去、追い追われる関係ではあったものの、心の片隅で少しだけ感じていたこの関係の楽しさ。

それが全て、一瞬にして無くなるかもしれないと思ったあの時。

 

『宇沢!起きろ宇沢!……起きなさいよ、レイサぁ』

 

声が、震えていた。

自分でも分かるくらいに。

 

そんな時だ、意識を失った宇沢を背負った私達に助けに入った存在がいた。

一人はピンク色の髪にハンドガンと大きな盾を持った鋭い瞳が特徴的な少女と、以前にあったフードを目深に被った宇沢と酷似した少女。

過去に会った際に、明確に壁を作られてしまった宇沢レイサそっくりな少女。

どちらもトリニティ生ではない、そしてゲヘナの生徒でもない生徒達が何故、私達を助けるのか分からなくて。

 

『もう、私に関わらないでください…生きていてください……忘れてください』

 

あの日、初めて出会った時にフードを深く被った宇沢と酷似した彼女が話していた言葉。

なんでそんなことを言うのか、なんであんな姿をしていたのか、分からないことだらけで。

……絶対に後で話聞かせてもらうから!

なんて言った割に、宇沢を助けるために必死で、彼女たちについて詳しい話なんて出来ずに別れちゃった。

 

「あぁ、もう………」

 

宇沢が、もし罠に嵌められたなら。

脳裏に、エデン条約で自分の腕のなかで、血を流しぐったりとした宇沢が過った。

私を守って宇沢は、あんなことになった。

いつも追いかけてくる宇沢に鬱陶しさを感じていたけど、でも心の片隅でそれを楽しんでいた私がいた。

そんな、騒がしくて甘くて、穏やかで楽しい日常が好きだった。

だから、怖かった。

私を庇って宇沢は大怪我をした、もし宇沢が死んでしまうのでないかって。

キヴォトスに住む私達生徒は頑丈だ、銃弾を数発受けたところで特に問題はない。

またあんな風になってしまうのは、嫌だった。

そんな心配から、杏山カズサは今夜。

宇沢レイサの向かう挑戦状を出した相手が待つ場所へ先回りし、見守ることを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、星空すら覆い尽くす黒い雲が流れていた。

真っ暗な夜の闇に隠された道を、点滅する街灯が照らしている。

そんな明かりを頼りに、宇沢レイサはトリニティ地区の外れにある挑戦状に記された場所へと来ていた。

そこはトリニティの外れにある大きな工場跡地、ボロボロの建物に雑草の生い茂ったその場所だった。

見るからに、何か出そうな雰囲気も感じるその場所、地面に生える雑草の一部に踏みつけられている。

見るからに、踏みつけられてまだ時間が立っていない事が分かる。

恐らくは挑戦状で私を呼び出した人が、先に来ていたのだろう。

持っている愛銃シューティング☆スターに装弾数に、持ってきた銃弾の入ったポケットを確認する。

この先に誰がいて、何があるのか。

どんな事が私を待っているのか分からない、でもトリニティ自警団として、挑戦状を受け取った身として正々堂々と。

決意を胸に、工場跡地に足を踏み入れた。

緊張からか、それとも恐怖からか心臓が鼓動する音がやけに大きく聞こえた。

自身を鼓舞しながらも暫く歩いた先、奥にシャッターの空いた倉庫があった。

なんの気なしに、そこへと向かい歩いていると突如として倉庫に優しい光が降ってくる。

風で雲が流れた事で、月の光が注がれ倉庫の屋根に空いた穴から真っ暗な倉庫へと光が注がれる。

それと同時に、倉庫の奥から足音が聞こえてきた。

 

ザッ、ザッ、ザッ。

 

ゆっくりと向かってくる足音に、私は自然とシューティング☆スターを構えていた。

そしてやがて、倉庫から現れたのはフードを深く被った、私と同じくらいの身長で同じ銃を持つ人でした。

 

「あ、あなたが挑戦状を出した人ですか?」

 

「そうです、私が貴方に挑戦状を出しました」

 

聞こえてきたのは、不思議と私と似た声色。

ほんの僅かにだけ、自分よりも疲れた響きが混ざっている気がした。

そして挑戦状を出した本人であると言う情報に、私は思っていた言葉を口にした。

 

「どうして、私に挑戦状を出したんですか」 

 

「私は貴方の力を確かめに来ました」

 

「わ、私の力……ですか?」

 

「はい。あなたが……トリニティを守るに相応しい力をもっているのか、それを確かめるために」

 

そう言うと、目の前の彼女は銃を構えた。

同じ銃を構えている筈なのに、彼女は前に重心を落とした低い体勢だ。

 

「私と戦ってください。宇沢レイサ」

 

次の瞬間──視界から彼女が消えた。

 

反応するよりも先に、腹部に衝撃が叩き込まれる。

まるで“隙を狙われた”のではなく、“隙を作られた”かのような一撃だった。

腹部に感じる強い衝撃と内蔵を押し潰される感覚と共に私は大きく後ろへ吹き飛んだ。

地面に落下したが勢いは止まらず、ザリザリと背中を傷付け、ようやく止まった。

お腹を押さえながら、なんとか立ち上がり先程まで自分がいた場所をみれば恐らくは私の腹部を蹴ったのであろう足を下ろした彼女がいた。

 

「うっぐっ、まだまだ………」

 

立ち上がりながらも、彼女から視線を外さない。

 

「早く立ってください、こんなのはまだまだ序の口ですよ。これで……その程度の反応で──誰を庇えるつもりですか?」

 

それは彼女も同じ、こちらを見つめるフードから見えた目は冷たくて、背筋を冷たいものが伝うよう。

 

「その一瞬の遅れで、誰かが倒れるって……分かってますか?」

 

同時に引き金が引かれる。

全く同じ軌道を描いた弾丸が、空中でぶつかり、弾けた。

 

「当たり前、ですっ!私は、トリニティ自警団ですから!」

 

そう言いながらシューティング☆スターを握りしめ、その銃口を彼女へと向けている。

銃を持つ手は震えることなく、その照準がしっかりと彼女へと向けられている。

 

「どんなに苦しくても、沢山の敵に囲まれても、相手がどれだけ強いのだとしても……諦めません!」

 

そんな私の発言と共に、戦闘の火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、杏山カズサは昼に宇沢の元に届いた挑戦状にあった場所。

トリニティ地区の外れにある工場跡地へと来ていた。

本来では宇沢レイサが到着する前に目的地へと到着する予定であったのだが、予定より複雑な道のりのせいか予定より遅れていた。

宇沢レイサの安否への不安からか、息を切らせながら目的地へとたどり着いた杏山カズサ。

工場跡地の奥の方から聞こえてくる銃声と、何かがぶつかる鈍い音に呼吸を整えつつ移動する。

銃声が頻繁に聞こえてこないことから、私が心配していたように複数人が宇沢を嵌めようとした訳ではないと一先ず安堵した。

その時だった、シャッターの開いた工場の中から何かが吹き飛んできた。

土煙をあげながら飛んできたそれは、体を捩らせて横腹を押さえたボロボロの宇沢だった。

 

「…っ、ぐっ」

 

「う、宇沢!!」

 

髪や顔、服には土で汚れており痛みに顔を大きく歪ませているが、歯を食い縛りながらも立ち上がろうとする。

思わず駆け寄り、体を支える。

 

「宇沢!」

 

「杏山、カズサ?」

 

慌てた駆け寄った私をみた宇沢は痛みに耐えながらも、驚いた様子で口を開いた。

 

「どうして、ここに」

 

「そんなこと良いから逃げるわよ!そんなにボロボロになってまで戦う必要なんて──」

 

その時だった、私の周りへと次々と銃弾が飛来した。

正確には宇沢の周りを、逃げ道を潰すように飛来した銃弾が大地を抉る。

 

「いつまで、踞っているつもりですか。そんなので守れると思ってるんですか」

 

そう言いながら現れたのは見覚えのあるフードを被った少女。その手には宇沢の持つ銃と同じショットガンが握られている。

 

「は?ショットガンで、これをやったってこと?……」

 

フードを被った彼女の持った銃によって放たれた銃弾が、宇沢を狙っていた。

いや、宇沢の逃げ場を潰すように、地面を抉ったのだ。

それも散弾でだ、散弾の性能や放たれた後の散弾の拡散性、銃の威力等を熟知していなければ出来ないであろう離れ業。

驚きのあまり言葉が出ない私を他所に、宇沢がゆっくりと立ち上がろうとする。

 

「まだ……私は負けて、ませんっ!」

 

そんな声と姿に、エデン条約で血を流し意識を失った宇沢の姿が重なって見えた。

 

「やめて宇沢!アンタが───」

 

あの時みたいになったら、私は──。

 

そんな私の言葉を書き消すように、宇沢が大地を蹴りフードを被った少女へと向かいシューティング☆スターの引き金を引く。

放たれた散弾を恐れ、避けるどころか銃弾を正面から受け宇沢へと迫った彼女は即座に宇沢と同じショットガンを向け構えた。

その瞬間、宇沢はそれを見て即座に横へと転がり、シューティング☆スターから銃弾を放つ。

そして宇沢の撃ち放った散弾はフードを被った少女へと向かう。

体に散弾を受けても動じなかった彼女が初めて顔を両手でかばう。

瞬間、吹いた風かそれとも宇沢の放った銃弾からかフードを被った少女のフードが後ろへと倒れ、隠していたその顔を晒した。

現れたその素顔に、宇沢は目を見開いて固まる。

私はフードが外れ見えた、見覚えのある彼女の顔に以前にあった時の記憶が掘り返された。

 

『もう、私に関わらないでください…生きていてください……忘れてください』

 

「うぇ?わ、わたし?」

 

「アンタ、あの時の」

 

フードを被っていた少女は、宇沢と瓜二つの姿をしていた。

以前に見た宇沢とそっくりな少女。

違うとしたら、フードを被っていた方は光の消えた瞳と目に出来た隈、そして星の髪止めがついていないこと。

それだけなのに、彼女からは異様な雰囲気と同時に冷たく寂しそうな何かも感じる。

 

「あなたは、一体……」

 

「アンタ、あの時の……エデン条約の時、私と宇沢を助けてくれた」

 

そんな私と宇沢の言葉に、目の前の彼女は表情を変えないまま告げる。

 

「立ってください。決闘はまだ続いています、そんなんで、大切なものを守れると思っているんですか。」

 

「アンタは一体、何なの!私に会ったことは忘れろだとか!生きていて下さいだとか!意味分からないことばっかり言って、それに宇沢をここに呼び出してこんな風に、いったい何がしたい訳?!」

 

「杏山カズサ……そんなの、今は関係ないじゃないですか」

 

「関係あります!あなたその、私とそっくりですし……杏山カズサの言葉の通りなら私とカズサを助けてくれたのに、どうして私に決闘を?」

 

「名前を話せば……戦う気になりますか」

 

「分かりません!でも、名前と理由が分からないままあなたと戦うのは、少し嫌です。どこか変な感じがするんです!」

 

私と宇沢の言葉に、暫くの沈黙を後に彼女は口を開いた。

 

「私は、違う次元から来ました」

 

そしてその答えは私も、宇沢も想像できないような物だった。

 

「私のいたキヴォトスは、先生がエデン条約で重傷を負い、死んでしまい、世界が滅びました。トリニティ総合学園を退学し、全てを失った私では、何も守れませんでした」

 

彼女の口から紡がれたこと。

それは到底現実ではあり得ない、非科学的で現実とは思えない作り話のようなものだった。

エデン条約で先生が重傷を負い、死ぬ。

世界が滅亡する、そんなのありえない。

 

「だから、私は………()()()()()はこの世界のキヴォトスにいる、大切だった人たちに笑っていて欲しいから。だからこの世界の私に戦いを挑みました、あなたが大切な人たちを守る程の力があるのか、覚悟があるのかを」

 

「え……」

 

「あんたが、別の世界の……宇沢?」

 

目の前の彼女は自分を、宇沢レイサと呼称した。

それが意味するのは、こことは別の世界の宇沢レイサ、それが目の前にいる少女の正体であるということ。

 

「はい……」

 

その一言は、酷く重かった。

まるで、その言葉を口にするだけで胸の傷が開くように。 彼女は一度だけ視線を落とし、握ったシューティング☆スターを強く握り直した。

ありえない。

そんな夢物語のような……そもそも別の世界から来るなんてそんなのミレニアムサイエンススクールの発明でも出来るわけない。

 

「わ、私もいつかトリニティを……」

 

「それはありません、この世界のエデン条約であなた達(シャーレ)の先生は重傷を負わずに済み、死者も出ませんでしたから」

 

宇沢がトリニティを退学するという、目の前の宇沢レイサからの言葉に体を震わせるが、即座にそれを宇沢レイサが否定した。

その声音に、先ほどまでの鋭さは感じられなかった。

代わりに感じたのは大きな後悔と、安堵。

でも、その否定こそが私をある考えへと至らせた。

 

「まって、この世界のってことはアンタがいた、世界じゃ───」

 

死者が、でたってこと?

 

そこから先の言葉が言えなかった。

そんな私に宇沢レイサの雰囲気が、深い悲しさを感じさせるものに変わった。

 

「守るって言ったのに……」

 

震えながら発せられたその言葉には沢山の感情が、籠った物に感じた。

 

「トリニティの騎士だって、スーパースターだって、自分で名乗っておきながら……私は、誰一人守れませんでした」

 

目の前の宇沢レイサの胸に渦巻いていたのは、守れなかったという深い後悔だった。

守ると誓った。

騎士だと名乗った。

誰よりも近くで、大切な人たちを守るのだと、そう信じていた。

それなのに───結果は、何一つ守れなかった。

先生も、友達も、笑い合っていた日常も。

あの病室で、杏山カズサだったものをみた時の記憶が、触れても冷たさしか感じられないその時の感触だけが、今もなおこの手に焼き付いて離れない。

自分だけが生き残ってしまった。

それは“助かった”という言葉では片付けられない。

残されたのではなく、取り残されたのだ。

トリニティ総合学園、賑やかだった教室は静まり返り、名前を呼んでくれる声は消え、 振り返っても、もう誰もいない。

どこへ行っても、何をしていても、 隣にいるはずだった誰かの不在だけが、自分を責め立ててくる。

どうして自分だけが生きているのか。

どうして、あの時もっと強くなれなかったのか。

どうして、もっと早く手を伸ばせなかったのか。

その問いに答えられる者は誰もいない。

だから彼女は、その答えを自分自身に求め続けた。

弱かった自分を許せなかった。

守れなかった自分が憎かった。

笑う資格も、 救われる資格も、 未来へ進む資格すら、自分にはないと思っていた。

だからこそ、彼女はそこにいる。

せめて、この世界の宇沢レイサ(自分)だけは──自分のようにならないように。

 

同じ後悔を背負わないように。

 

その一心だけで、 彼女は自分自身へと銃口を向けていた。

 

「……宇沢」

 

思わず名前を呼ぶ、でも彼女は首を振った。

 

「……違います」

 

その否定は、痛々しかった。

 

「私は宇沢レイサになれなかった。だからあの人と同じように、成り損ないなんです」

 

静かな倉庫に、その言葉だけが落ちた。

 

「だから知りたかった、確かめたかったんです。この世界の私が──私みたいに、ならないかを」

 

そして、彼女は再び銃を構える。

 

「宇沢レイサ、あなたは守れますか?」

 

その瞳が、まっすぐ宇沢を射抜く。

 

「先生も、トリニティ総合学園も、杏山カズサも。あなたの大切な日常を、全部を失っても、それでも立ち続けられますか」

 

宇沢レイサの言葉に、私は隣で話を聞いていた筈の宇沢へと視線を向ける。

宇沢は何処か考え込んだ様子で、暫く黙ったあといつものように声をあげた。

 

「分かりません!!」

 

「は?」

 

「ぅえ?」

 

その大声と、返事から私と宇沢レイサが驚きの声を漏らした。

先程までの暗い雰囲気を壊すような、強くハッキリとした言葉に私も宇沢レイサも困惑からか言葉を発することが出来ずにいた。

そんな私達を他所に宇沢は、続けて口を開く。

 

「守れるかなんて、未来のことは分かりません!別の世界の私が言ったように、助けてくれたように、未来は変わるんです!なら、私も変わっていきます!」

 

空を覆っていた雲が、徐々に流れていく。

雲が流れ、夜空に煌めく星々の光が大地を照らす。

 

「私の、トリニティを……大切なものを守りたいって思う気持ちだけは、誰にも!例え私が相手でも負けません!この気持ちをそのままに……」

 

目を瞑ったあと、再び目蓋を開き真っ直ぐ宇沢レイサを見つめる宇沢の瞳は強い意思を含んでいた。

 

「トリニティのスーパースターとして、これからの未来を守って見せます!この強い気持ち、私のこの思いはきっと間違いなんかじゃありませんから!」

 

その言葉に、宇沢レイサが目を見開く。

夜空から差し込んだ星明かりが、目の前の少女の()()()()()を照らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この強い気持ち、私のこの思いはきっと間違いなんかじゃありませんから!」

 

それは、自分が失ったものだった。

かつて、自分にもあったもの。

希望と、憧れと、未来を信じる力。

もう二度と手に入らないと思っていたもの。

 

「本当に、自信家ですね。私は……」

 

声に、先程までの鋭さを失っていた。

酷い話だ、と宇沢レイサは思った。

まるで古い鏡を、無理やり目の前に突きつけられている。

過去の自分が持つ自信と無鉄砲さを、失った自分へと見せつけてくる。

傷つくことも、失うことも知らず……ただ真っ直ぐに、守ると言い切ってみせた。

そこに映っているのは、今の自分ではない。

無謀で、青くて……馬鹿みたいに真っ直ぐで。

何度打ちのめされても立ち上がり、 それでも未来を信じていた、全てを守ると豪語し様々な2つ名を語る愚かな一人の少女。

そして───その姿に、少しだけ救われてしまっている自分がいた。

 

あぁ、宇沢レイサ()は、こんな感じでしたね。

 

彼女なら、みんなが生きているこの世界の私ならきっと……大丈夫ですね。

 

目を閉じた。

 

「私の、敗けですね」

 

そう言いながら私は強く握りしめていたシューティング☆スターを下ろして笑う。

 

「え?」

 

「この世界のトリニティを、みんなをお願いしますね。この世界の私」

 

「えへへ、なんか自分に言われるのは少し恥ずかしいですね。でも、任せてください別の世界の私!」

 

そう言うと、この世界の私はボロボロな状態でもなおポーズを決める。

自信満々に、本当に全てを任せても大丈夫だと思ってしまう。

 

「トリニティ自警団のエースにして、トリニティの騎士。スーパースターである宇沢レイサに、お任せください!」

 

本当に、この世界の私ならそれらの2つ名に相応しい活躍をするのだろう。

 

「あんたねぇ!エデン条約での件を忘れたわけ?せめてもっと強くなってから言いなさいよ!!みんな、心配したんだからね!!」

 

「ゔっ…それは、その……」

 

ポーズを決めながら宣言する私に対して、杏山カズサは少し怒った様子で勢い良く服の襟首を掴みながら、友への心配のかける。

そんな言葉に、私は眉をハの字にして少しだけ恥ずかしそうに顔を背ける。

 

あぁ、そんな風に杏山カズサと言葉を交わす事ができる貴方()が、本当に────。

 

「羨ましい、ですね……」

 

最期にすら立ち会えず、自分から関係を絶った私がそんな事を考えるなんて、本当に遅すぎます。

そう思いながら私は彼女たちに背を向けて、廃工場の出口へ向かう。

少しだけ、この世界の私と杏山カズサの会話に、いつもの風景に引かれる思いを我慢する。

 

「宇沢!!」

 

その時、私なのかこの世界の私を呼ぶ声なのか分からない彼女の声が聞こえて恐る恐る振り替える。

そこには先程までのこの世界の私と話していた杏山カズサがいた。

 

「杏山カズサ……」

 

「何処に、いくの……」

 

あぁ、本当に杏山カズサは優しいですね。

別世界から来た異物である私にもこうして話をしようとしてくれる。

 

「この世界の私はもう大丈夫だと分かりましたから、ここに私がいる理由はもうありません。私は、この世界にとって、異物ですから」

 

「それじゃあ、アンタはどうするのさ!これから何処に行くの、事情を話せばきっとシャーレの先生がなんとか──」

 

「杏山カズサ」

 

彼女の言葉を、私の声で遮る。

本当に、今だけ私の大きな声に感謝します。

 

「どうか、宇沢レイサをよろしくお願いします。あの通り、色々と抱え込む所があって繊細なところがありますから、きっと無理しますし、間違えてしまう事もあると思います」

 

そうだ、きっと失ってない私ならもう大丈夫だ。

トリニティ総合学園にいて、杏山カズサもスズミさんも、先生もいる。

 

「貴方のような人が側にいれば、きっと大丈夫だと思いますから」

 

だから、お願いします。

彼女がこんな私を心配しないように、させないように笑う。

まさか、二回も杏山カズサに別れの言葉を話すことになるとは、思いませんでした。

あの日の病室で、別れを告げた時のようにうまく、笑えているでしょうか。

 

「もう、()()()です。私も、その……これからあの人の元でがんばっていきますから」

 

「アンタっ……」

 

今度こそ、さようなら。

 

そう心の中で呟いて、私は歩き出す。

振り返らない。

振り返ってしまえば、きっとこの光景を手放せなくなるから。

背中越しに聞こえるのは、二人の声。

少し騒がしくて、少し噛み合わなくて、でもどこか心地いい、いつか自分が守りたかった日常の音。

それを聞けただけで、十分だった。

夜空を覆っていた雲は、いつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──なにが()()()なの?──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

前方から聞こえてきたその声に、私の足が止まる。

彼女は追いかけて来ていない。

足音だって聞こえなかったし気配だって。

心臓がうるさく鼓動するなか、足元を見ていた顔をあげる。

目の前には、私を見てニヤリと笑顔を浮かべた、()()()()()がいた。

 

ねぇ、何が大丈夫なの?

 

彼女は私へと歩み寄ると、私の耳元で囁いた。

その言葉に、声に体が動かなかった。

だって、姿も声も間違いなく私の知る私の世界の杏山カズサに違いが無いから。

 

「ど、どうして……」

 

私を置いて、生きていくの?

 

「わ、私は……」

 

胸が、息が苦しい。

 

あの人(先生)に救われたから?

 

「ち、ちが……」

 

否定しようとした声は、喉の奥で掠れて消えた。

呼吸が、浅い。

肺に空気が入らない。

胸の奥を、誰かに握り潰されているようだった。

一歩、後ずさる。

けれど足が震えて、上手く動かない。

目の前の杏山カズサは、そんな私を見て薄く笑った。

笑いながら私の首へと触れた彼女の手はぞっとするほど、冷たかった。

 

新しい居場所が出来たから?だから、私のことはもういいって?

 

耳を塞ぎたくて、でも出来なかった。

 

──ねぇ宇沢。アンタ、本当にそんな都合よく前向けるわけ?──

 

杏山カズサの声は止まらない。

まるで頭の中から響いているみたいに。

私を深く、深く引きずり込んでくる。

 

それなのに、アンタだけ前に進もうとしてる。

 

「違い、ます……私は」

 

何が“もう大丈夫”なの?

 

「っ……!」

 

私を置いていくことが?

 

視界が歪む。

足元が崩れる。

膝から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

息が、できない。

 

「……ごめん、なさい……」

 

ようやく絞り出せたのは、それだけだった。

 

「ごめんなさい……カズサ……」

 

杏山カズサが、私を抱き締めてくる。

冷たい、苦しい、悲しい。

涙なのか汗なのかも分からないものが頬を伝う。

 

アハハ!ねぇ、うざ──

 

『──うるさいってのっ!』

 

その時だった、鈍い音と共に、私に覆い被さるように抱き締めていた“それ”が吹き飛んだ。

レイサの視界の端で、 私を抱き締めていた杏山カズサのような泥々として暗いナニカが壁へ叩き付けられ、 ノイズのように掻き消えていく。

 

『全く、()()から見て、こんなに()は面倒くさい女なわけ?しつこいのはアンタの性分でしょ』

 

そして私のすぐ側で聞こえてきた声は先程までの聞こえていた、耳元で囁かれていた冷たかったソレとは、どこか違う声だった。

顔を上げたときそこにいたのは、私の顔を覗き込む怪訝な表情を浮かべている()()()()()だった。

 

「杏山、カズサ?」

 

『他に誰がいるのよ』

 

彼女は呆れたように肩をすくめる。

その目は、先ほどの杏山カズサのような泥々とした何かとは違いが、どこか優しい感じがした。

 

「どうして、だって、なんで」

 

『繊細で誰より傷付きやすい癖に、抱え込んじゃってさ。こんなんじゃ、死んでも死にきれれないでしょ』

 

私は混乱したまま手を伸ばした。

だって目の前にいるから。

笑っている二度と会えないと思っていた人。

()()()()()()()()が、目の前にいた。

掌にある髪飾りが、私の知る彼女である証明だから。

両手で彼女を抱き締める、先程の冷たさとは違う暖かな感触が目の前に彼女がいるのだと、実感させてくれた。

 

「カズサっ、守れなくて、守れなくてごめんなさい……!」

 

『ちょっ、宇沢!?』

 

「ごめんなさい……わたしっ」

 

『………はぁ、まったく』

 

頭に、カズサの手が乗せられる。

彼女の手が優しく頭を撫でる。

 

「会いたかったんです!最後のお別れも、言えなくて、私は知らなくて、気付いた時にはもう遅くてっ……わたし、わたしは────」

 

胸の中で抱え続けていたそれが吐き出される。

返事は、ない。

でも、頭を撫でる感触は消えなかった。

ずっと後悔してた思い、謝りたかった。

その思いを口に出し続けていた時だった。

 

『あぁ、もう!泣くな宇沢!別に怒ってないし、恨んでもない……そんなの、アンタのせいじゃないでしょ』

 

そう言いながらガバッと私を押し退けて距離を取るカズサは、赤くなった頬を片手で隠している。

 

「本当に、恨んでませんか?だって、わたしが守れなかったせいで」

 

そう話す私に、カズサは仕方ないなと呟きながら、ポケットから何かを取り出す。

 

『はい、これ()()()()()()

 

そう言われて、私の掌へそれを乗せ握らせる。

掌にあるものを、ゆっくり開いて確認する。

そこにあったのは水色の()()()()()()()()()

以前に私が愛用していて、ずっと頭につけていたもの。

あの日、病室で杏山カズサの元に置いてきた筈のものだった。

 

「これ、私の……」

 

()()よ、宇沢がくれたんじゃない。ま、今日の私は機嫌が良いから、間違えたことに怒らないであげる』

 

ふわりと、そう微笑むと杏山カズサは数歩だけ後ろへ下がる。

 

「カズサ…っ」

 

私から離れていくカズサに、手を伸ばすが伸ばした手は空を切った。

 

『だからいつか、ちゃんと返しに来なさいよ。首を長く、本当になが~くして待っててやるから』

 

両手を上着のポケットへ入れたまま、笑う。

本当に懐かしい、記憶でしか見れなかった笑顔。

あの日、私が守れなかった笑顔。

 

『アイリやスズミさん達と待ってるわ。あと、来る時は甘いものもって来なさいよ!世界一、美味しいお菓子。世界一美味しくなかったら、怒るからね』

 

「アハハ、世界一美味しいお菓子なんて、探すの大変じゃないですか………」

 

『えぇ、だから()()()()()()……その中で一番美味しいものを見付けなさいよ。働いてるんだし、給料出てるんでしょ?』

 

「そ、それはそうですけど……」

 

『だから宇沢、すぐに()()()に来るんじゃないわよ』

 

そう言って笑ったカズサの姿は、 次の瞬間には、夜の闇へ溶けるように消えていた。

私の手の中には、 星の髪飾りだけが残されている。

震える指でそれを握り締める。

そしてゆっくりと、 その()()()()()を自分の髪へと戻す。

 

「頑張って探します、だから待っててください。」

 

震えたままの手で、スマホを取り出して電話をかける。

 

『レイサ、どうした?何か問題が───』

 

「先生、私……」

 

声が震える中で、ゆっくり深呼吸してから私は言葉を紡ぐ。

 

「やっと、見つけました。この世界に私がいる理由………私の、やりたいことを」

 

『そうか』

 

先生の声は、落ち着いていて穏やかだ。

そしてその中に少しだけ、嬉しそうな感じがした。

 

『それは……良かったな。』

 

「………はいっ」

 

クランバトル倶楽部への帰路を歩くレイサ。

 

彼女が歩む夜空を流れる星々は、まるで誰かの願いを運ぶように、静かに尾を引いていた。

 

その中にはきっと、彼女と()()()()の願いが混ざっている。

 

 






パンドラの箱、更新情報なし

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