レイサからの電話があった次の日。
俺は体を揺すられる感覚に目を覚ました。
「起きましたか、おはようございます。先生?」
目を覚まして直ぐに飛び込んで来たのは、私はいかにも怒っていますと言った表情で両手を腰に当てたケイの姿だった。
声は怒っているのに表情は笑顔、ただならぬ圧をかけられていた。
「あー……なんかしたか?」
体を起こさず眠気から来る脱力感に身を任せているとケイは口を開いた。
「朝、ゴミ箱に
ケイの言葉に、昨晩にレイサから相談されたことについて聞いているときに鼻血が出たことを思い出した。
「あー悪い、昨日に少しな。直ぐに収まったから大丈夫だろ」
「本当に、ブラックキャットさんには安静にするように言われているんですから、しっかり休養をですね───」
ケイが言葉を紡ぐなかで、部屋にある一つの布団がもぞりと動いた。
「朝からうるさいですね……もう少しぐらい寝てたらどうですか……」
布団を被り欠伸しながらモゾモゾと起き上がったのは、
自分の部屋があるかと思いきや、宿泊部屋は予約がなく俺をここまで連れてきてくれたお礼も込めて部屋に泊まることになったのだ。
いや、なってしまったの方が正しいか。
「貴方は寝過ぎです!さっさと帰ったらどうですか!?」
「何をいってるんです、ここを出たらあなた方の所で職場体験をするんですから一緒に行動した方実にが効率的ですよ」
「職場体験!?そんなの無効です!ただでさえシャーレの先生に私達は良い目を向けられていないんです!そんな時にそんなことをしたらまたこの人が────」
そんな二人の会話を他所に俺はレイサは無事にクランバトル倶楽部へと帰れたか少しだけ心配していた。
通話でこの世界でやりたいことを見つけたことを報告したあとの彼女を俺は見ていないから。
そういえばこんなにもゆっくりとした朝は久しぶりな気もする。
それもそうだが、改めて振り返ろう。
俺がいるクランバトル倶楽部が存在する場所はブラックマーケット。
一週間を通して、土曜日まで働いたから日曜日は休みだなんて常識はブラックマーケットに存在しない。
働かなければ生きられない、生きるために休んでなんていられない。
そんな日々を生きる場所において休日なんてものはなく、クランバトル倶楽部もよっぽどのことが起きなければ休まずに営業しているのだ。
考えてみればこんなのんびりとした朝は、それこそキヴォトスに来る前だろうか。
「なんだか、こんな感じの朝は久々だな」
ボソリと呟いたその言葉に、先程まで怒っていたケイは静かになりそんな様子にイロハは首をかしげる。
「まぁ、先生が作ったクランバトル倶楽部はほぼ休み無しで運営されてますからね……私達が動かなければみんなが動けません」
「ほぼ、休み無しだったし……なによりこの世界で生きるにはそうするしかなかったからな。」
あそこにいるやつらは、俺らが休んだ瞬間に行き場を失う。
だからこそ、居場所を作るために、生きるための場所を維持するために頑張っていた。
「こうしてのんびりするのは、本当に久しぶりな気がするよ」
「………嘘でしょう?」
そんなケイと俺の会話を聞いていたイロハはまるで信じられないものを見たように目を見開いていた。
「休み無し?ずっと?まさかあのイブキもそうだと?」
「あー、ほとんどな。基本的にはクランバトル倶楽部で活動しているが……どうかしたか?」
暫くの間、ぶつぶつと何かを呟いていたイロハだったがやがて布団から抜け出すと私の元へとやってきて、そして俺のの服の胸元を掴んで引き寄せる。
「先生っ!?」
慌てたケイの言葉と、唐突なイロハの行動に驚いているなかイロハの表情に俺は体が固まった。
昨日から見ていたサボることが大好きな彼女のどこか気怠そうな瞳から、ハイライトが消えてきた。
「職場体験の前に、あなた方の休暇設定について見せて貰います休まないで働き続けるなんてありえないんですよ?大変なんですよ、大変なのはわかりますサボることも良いんですよ?会ったときから思ってたましたがあなた方はもう少し休むことや周りに頼ることを覚えた方が良いのではありませんかせめてイブキはしっかり休ませましょう。良い生活と健康的な体は健全な休みから来ると言うじゃありませんかあなたもそんな体になってまで更に働くとか正気ですか馬鹿なんですかもっと怠惰になるべきでは?」
次々と紡がれていく言葉、取りあえず話を要約するならもっと休め、と言うことだろうか?
「だが、それだとアイツラの居場所が──」
反論しようとしたが、ハイライトのない瞳のイロハは俺の服を握る手に更に力を込めて引き寄せる。
先生、正確には前世の先生達なら恐らくは泣いて喜ぶであろうシチュエーションだろうが俺にとって今の状況は恐怖でしかない。
「その居場所がなくなるよりは、1日ぐらい休みを取った方が良いとみんなが思っていると思いますが。なんですか、それであなた方は倒れてその居場所が無くなることが一番危惧すべき事じゃないんですかどうなんですかわかったら今すぐ私をクランバトル倶楽部でのシフト表を作らせて下さい私が職場体験期間は休みを管理します。働きすぎは嫌いです」
何処かトラブルを起こしそうな世界で聞いたことかあるような声色で「働きすぎは嫌いです」と話すイロハに俺は、ただ圧倒されていた。
あれから1ヶ月。
俺は温泉開発部の温泉宿で療養生活を送ることになった。
視力は少しずつ戻ってきている。
まだ完治とは言えないが、イロハやケイに手を引かれていた頃よりはずっとマシだ。
もっとも、左目は相変わらずぼやけたままだ。
無理に使えば右目ばかりに負担が掛かるらしく、ブラックキャット先生に相談した結果、今は左目を休ませるため眼帯を着けている。
海賊や漫画のキャラクターみたいな黒い眼帯ではない。
ただの白いガーゼだ、黒い眼帯を着けたら威圧感がありそうだと思っての処置だ。
ブラックキャット先生は「別に、黒い眼帯でも似合う気はするんだがなぁ?」と呟いていたが、個人的にはなしだ。
そしてもう一つ。
何故か俺の周囲には常に誰かがいるようになった。
ケイ。レイサ。ホルス。イブキ。ミユ。
クランバトル倶楽部の中を移動するだけでも誰かが必ず付き添う。
本当に情けない。
子供が安心してその場にいられるように、早く体を直したいのにこの目はまだ治らない。
次に、イロハの職場体験が始まりかなり大きな変化が起きた。
彼女はクランバトル倶楽部で働く俺やケイ、クランバトル倶楽部の警備をしているハウンズやホルス、レイサの状態を把握し、改革を始めだした。
その目からハイライトを消しており、常に「この日はこの人を」「なんで休まないんですか」「なんでセルフ出勤してるんですか」等とぶつぶつ呟き続ける姿は、もはや職場体験に来た生徒ではなかった。
休暇という概念をクランバトル倶楽部へ持ち込んだ、休む事の革命家。
それが、現在の棗イロハである。
問題点として考えていた棗イロハと、パンドラの箱が呼び出したイブキ。
彼女たちの関係は表面的には目立つ問題はない、でも正直な話。
イブキはイロハを避けている、そうなるのはイブキの過去が関係しているのだろう。
だが踏み込むことはしない、彼女がパンデモニウムソサエティの生徒への強い感情があるのはエデン条約の時に起こした行動で分かっている。
彼女がどんな選択をしても、何があっても帰ることの出来る居場所になれれば、それで良い。
パンドラの箱、更新情報なし
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本編関係ない作者の一言コメント
ねんどろいどのイロハが出たら、虎丸に乗っているときのポーズでテンライナーに乗せて飾りたい。