今日からクランバトル倶楽部での業務へ復帰だ。
といっても視覚の変化や深い思考やストレスから発生する鼻血が出ることがあるために仕事内容は簡単なものや俺の判子が必要なものだけだ。
他の仕事は主にケイやイブキが行ってくれている。
なのでクランバトル倶楽部の参加生徒の試合を眺めようとした訳なのだが……。
「クックック……今回のバディの連携は素晴らしい。貴方の言う通りの展開ですね」
「フン、ここへ来たばかりの貴様には分からないだろうが彼女達がバディとなるのはこれで三度目だ。それなりに仕上がっていておかしくないだろう……やはり彼女達に掛けて間違いは────」
観客席に何故か見覚えのある黒いスーツの異形の存在に、カイザーローンで世話になった元カイザー理事が見えた。
急激に体調が悪くなってきた気がする……部屋戻って寝て良いか?これ。
「会長?どうか致しましたか?」
突如として歩みを止めた俺に、今日の俺と一緒に行動する担当であるイヴが振り返り首をかしげる。
「いや、なんだ少し別の方に───」
「おや、これはこれは。会長殿ではありませんか」
踵を返して別の場所へ行こうとした、その時だった。
背後から聞こえてくる声に、俺はその場を離れることが遅かったことを知ると同時に逃れられないことを悟った。
「ゲマトリアの黒服さんか、久しぶりだな。以前は世話になった、まさかこうしてうちを利用してくれているとは思わなかったよ。あとカイザー元理事も」
「私にとっても、会長殿や会長殿の率いる生徒に何かあると困りますからね。体調の方はいかがですか?」
黒服の言葉にどう返答したものか。
体調が回復した、とは言えるが完治には至っていない。
ストレスによる鼻血は残っていて、視覚も治療にはまだ掛かるだろう……当たり障りのない言葉で流すか。
こいつらに弱みは見せない方がいい。見せれば、必ずそこへ付け込んでくる。
「まぁ、こうして仕事に復帰する程度には回復した。まだ、本調子ではないんだがな」
「そういえば、最近は会長を見かけなかったが……」
カイザー元理事の言葉からかなり頻繁にここへ出入りしていたことが伺える、何してんだよアンタは。
そんなカイザー元理事に黒服はいつもの笑みを浮かべながら口を開いた。
「クックック、会長殿を見かけないのは仕方ありませんよ。何故なら会長殿はあのシャーレの先生と正面から激突し、負傷しながらも引き分けに持ち込んだのですから」
「なんだと!?」
シャーレの先生と激突した、その事実にカイザー元理事は驚愕していた。
恐らくはアビドスの件で先生と戦った経験が故だろう。
「ではその眼帯は……」
「別に、視力が一時的に落ちてるだけだ。両目を開けていたら見え方の違いで色々大変なんでね」
そういいながらわざとらしく肩をすくめて見せる。
「そうか……こういうのもなんだが、会長は眼帯姿が似合うな」
「えぇ、元理事の言うとおり似合っています。今後もその姿で活動するのはいかがですか?」
「いや、遠慮する。見えているのに眼帯なんて付け続けてたら不便だろ。治ったら外すさ」
ざけんな一章のラスボスその1その2。
お前らに「似合う」と言われたところで、嬉しくもなんともないわ。
それに眼帯とかそんな厨二病拗らせたような格好なんてしてられるかよ。
だいたい眼帯してるキャラとか何かしら過去に抱えてるような奴等ばっかりだよ、そんな奴等の中に俺なんかは入れるわけねぇわ。
「はぁ…今後も贔屓にして下さいよ」
そんなことを考えながら、ふと考える。
いまは時系列で言うところのエデン条約後、つまりはいつカルバノグの兎編に突入しても可笑しくない。
そして問題はシャーレの先生がカルバノグの兎編一章を終えたときに来る最終章。
あまねく奇跡の始発点編、このブルーアーカイブの物語でも大きな山場とも言えるソレが目の前に迫っているのだから。
あのあと、あの二人から逃れた俺は自分の部屋。
クランバトル倶楽部にて、イロハと向き合っていた。
あのあと温泉開発部の温泉旅館からついてきて、クランバトル倶楽部へと職業体験として、短期間就職した棗イロハ。
クランバトル倶楽部の休日を管理している彼女は、会長室へと戻ってきた俺を見ると一言。
「お疲れ様です、会長。もう仕事は終わりですので退勤して休んで下さい」
「あー……、悪い。聞き間違いか?もう一度言って貰えないか」
「さっさと退勤して休んで下さい会長。働きすぎは嫌いです、許しません」
「いや、流石にそれは……」
午前のみ仕事で午後は休み。
そんな事実に困惑した俺は、そんな声を漏らしながらイロハを見つめる。
テーブルで資料を片手にノートパソコンを叩くイロハ、その様子はとてもじゃないが学生とは程遠い。
職場体験一日目でクランバトル倶楽部での仕事内容を把握。
二日目にはミレニアム製の最新ノートパソコンを導入し、紙で管理していた事務作業を次々と電子化。
これまで膨大な時間を費やしていた書類仕事は、一気に効率化された。
更には運営スタッフ、食堂、清掃員、警備担当──全員のシフトを整理し、休日まで組み始めた。
おかげで俺たちの仕事量は目に見えて減った。
ブラックマーケットという、労働基準が守られていないような場所にあるこの場所が何故かまるで前世で言うところのホワイト企業のような変化を迎えていた。
……ここ、ブラックマーケットなんだけどな。
「だから休んでください」
「だが、やはり大人なら…」
内心で苦笑しつつも、職場体験が来ているのだから働くべきではという考えが脳裏に浮かぶ。
居場所を作り守る責任がある、ずっと逃げていた俺が唯一逃げたくない。
逃げないと決めた場所だ。
逃げてはいけない、大人なら責任をとらなければならない。
「違います。」
即答だった。
「大人だから休むんですよ。倒れたら責任を果たせません。」
大人だから、休む?
「それにこれは、私一人の判断ではありません。」
イロハはノートパソコンを閉じる。
「これはクランバトル倶楽部に所属する皆さんの総意です。」
「会長には休んでもらいます、拒否権はありません。」
そういった形で退勤を余儀なくされた俺は、分かったと頷き会長室から出た。
そしてクランバトル倶楽部の校舎の外れにある教室。
俺、パンドラの箱に呼ばれた生徒やハウンズの生活スペースへ歩いていると向こうからレイサが歩いてくるのが見えた。
「あ、先生。何処へいくんですか?」
そういえば、今日はレイサは休みになっていたな。
午前中は部屋でゆっくりとアニメを見ていた様子だったが、何処かへ出掛けるのだろうか。
「自分の部屋で横になろうと思ってな」
「も、もしかして体調が……」
横になるという言葉から、嫌な想像を浮かべたのか顔を青くしていくレイサ。
「違う違う、イロハから暫くは仕事は午前のみだと言われてな。やることが無いから、寝ようかと思ってさ」
安心させるためにも、即座に仕事が休みだからと理由を話せばレイサは安心した様子で息を吐いた。
「そ、そうなんですね……良かったです。あ、あの!良ければ、一緒にお出かけしませんか?!もし時間があれば、ですけど」
レイサからのお出かけの誘いにふと思った。
レイサと出掛けることがあっても、二人で出掛けたことこそ無かったな。
「そうだな、いこうか」
「っ、はい!」
先程までのおどおどとした申し訳なさそうな顔から一転して花が咲いたような笑みを浮かべたレイサ。
彼女と共にクランバトル倶楽部を出てブラックマーケットを出て向かった先は、トリニティ地区だった。
先生がこの場所に現れていないということは、今頃はカルバノグの兎編に関わっている頃だろう。
……予定通り進んでくれていることを祈るしかない。
レイサはどうやらここで売られているお菓子を買いに来たらしい。
フードトラックや店から香る甘い匂いに少し懐かしさを感じる、昔は友人とこうして夏祭りや食べ歩きに行っていた事があったか。
レイサと共にベンチへ腰掛ける。
手には、想像していたよりも一回り大きなカップに入ったタピオカミルクティー。
一口含む。
鼻へ抜ける紅茶の香りとミルクの甘み。
もちもちとしたタピオカが口の中で弾む、食感。
……そうだ、コイツはこんな味だったな。
この世界へ来る前、最後に飲んだタピオカミルクティーの記憶を手繰り寄せる。
甘くて、少しだけ渋みがあって。
そんな記憶をなぞり、「美味しい」と思い込む。
まだ、味覚は戻っていない。
本来なら甘いはずなのに、俺の舌はその味をほとんど感じられない。
それでも、鼻へ抜ける紅茶の香りと喉を通る感覚だけは確かにそこにあった。
トリニティだからだろうか。紅茶の香りは驚くほど豊かで、その余韻だけでも十分に楽しめた。
昔、「味の分かる大人になりたい」なんて友人たちと笑い合ったことがあった。
……まさか、味覚を失って香りだけで楽しむようになるとは思わなかったが。
『沢山スイーツを食べたいんです!』とレイサは確かにそう言っていた。
以前の彼女なら、ここまで積極的に甘いものを求める印象はなかった気もする。
確かに世の中の女性の大半は甘いものが好きだろう。
レイサも例外じゃない、だが突然そんな事を言い出し沢山のスイーツを食べようとするのは少し違和感があった。
ブルーアーカイブのキャラクターでスイーツという言葉から思い出すことができるのは、レイサとの関わりもある放課後スイーツ部だろう。
彼女たちならそのような行動をしても可笑しくない。
レイサには、きっと何か変わる切っ掛けがあったのかもしれない。
沢山スイーツを食べたい、そう思うようなきっかけが。
それがレイサにどんな影響を与えるのか、今のところ予想できるのは体重の増減ぐらいしか思い付かない。
まぁ、悪いことでは無い。
本人が楽しそうなら、それでいい。
「なぁ、レイサ」
「ふぁい?何ですか?」
タピオカを噛み締めて食感を楽しんでいたのであろうレイサを呼び、言おうか迷っていた言葉を口にした。
「これ、スイーツよりはドリンクよりじゃないか」
「……ですね?」
ストローを咥えたまま首を傾げるレイサ。
口いっぱいにタピオカを頬張ったまま、不思議そうに瞬きを数回するとゆっくり飲み込んだ。
「あれ、もしかして私また失敗しちゃいました?」
前の世界で何度も見てきた。
でも、この世界でパンドラの箱が呼び出したレイサがその表情を浮かべたのは初めてだった。
「そんなことは、ない……よな?」
「なんか今、それは飲み物であってスイーツは別ってカズサの声が聞こえました……」
「はは、嘘だろ」
レイサの言葉に若干首をかしげながらそう呟くと、まるで何かに導かれるようにある方向を見つめた。
レイサの視線の先を辿れば、そこにはトリニティの生徒へとマカロンを売る店が見えた。
「次はあそこのスイーツにしましょう!買ってきますね!」
「あぁ待て」
そう言いながら走っていくレイサを呼び止め、多めに金を握らせる。
「俺らの分だ、あとケイ達への土産にいくつか買ってきてくれ」
「はい!」
レイサは眼を輝かせるとお金を握りしめ、店へと向かい駆けていく。
そんな様子を見て、俺は手に持っているタピオカミルクティーを口に含む。
トリニティ地区は、金持ちが住む場所というイメージが着いたからかここで過ごしていることに場違い感が凄いな。
「ようやく、見つけたよっ」
そんな息を切らせた声が近くから聞こえた。
聞こえてきた方へ眼を向ければ、肩で息をする見覚えのある生徒の姿があった。
その頭にある狐耳、手を包むほどの長さの袖と幼い容姿。
百合園セイア。
エデン条約においてのキーキャラクター。
予知夢を見ることが出来ることから、エデン条約の最悪の結末。
それを知り避けられない未来から、悲観的な思考へと変化し"先生"によって救われたキャラクター。
彼女はまっすぐに俺の元へと向かい歩いて来る。
「私の
心臓が一度だけ、大きく脈打つ。
「これからの未来を、結末を変え得る可能性の存在。
パンドラの箱、更新情報なし
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