私にとってこの厄介な力は……消えてほしいと願う一方。
それ以上に、溺れるほど手放したくないと願ってしまうものだった。
予知夢。
それは私にとって、切っても切り離せない力。
エデン条約。
ゲヘナとトリニティの間で交わされるその条約を境に、世界は大きく変化していく。
私が見続けてきた未来は、そのどれもが赤い空に染まった地獄だった。
私が死ぬ。
ナギサが死ぬ。
ミカが死ぬ。
そして──"シャーレの先生"。
あの人ほどの存在ですら、容易く命を奪われてしまう未来。
どれほど抗っても。 どれほど未来を変えようと足掻いても。
予知夢はまるで、 結末は変わらないと嘲笑うように、私を絶望という底なし沼へ引きずり込んだ。
ナギサが疑心暗鬼に囚われることも。
ミカがアリウスと繋がりを持つことも。
先生がアリウスの生徒に撃たれることも。
そのすべてが、私にとっては何度も見てきた未来。
何度夢を見ても、決して消えることのない確定した結末だった。
あぁ………。
どうして神は私にこのような力を与えたのだろう。
こんな夢さえ見なければ、私はもっと前を向けた。
絶望を知らなければ、エデン条約を心から祝福できた。
こんな未来さえ見なければ──未来を信じることができたのに。
目が覚めていく、肉体に精神が引っ張られていく感覚に私はもはや抗えないことを感じながら目蓋を開く。
ああ、もうこの世界は……。
「目覚めたんですね、セイア様」
「おはよう……エデン条約の方は──」
「先日、様々な事件があり詳細はまだ何とも」
「……待ってくれ。」
思考が止まる。
無事?
そんなはずがない。
半ば転げ落ちるようにベッドから降り、窓へ駆け寄る。
窓から見えた空、青く澄んだ綺麗な青空が続いている。
そこで私は、目の前の光景が現実であること。
夢で見てきたあの未来、あの絶望の世界へと至っていないことに気付いた。
「セイア様、突然そのような動きをしては体が……」
「すまない、少し混乱しているようだ。エデン条約で起きたことについて教えてくれないかい?」
「は、はい!」
サンクトゥス派の生徒から聞いた話は、私の夢とかけ離れた内容だった。
先生は撃たれず、死ぬことはない。 ミカも、ナギサも生きている。 そして──私も。
補習授業部の生徒達も、退学すること無くトリニティでの学園生活を謳歌している。
エデン条約は無事、犠牲無く乗り越えられたことを知った。
何が、何があった?
誰が……未来を変えた?
私が何度夢を見ても辿り着けなかった結末。
幾度未来を視ても、決して覆らなかった運命。
それを覆した存在がいる。
私が何度試しても、恐らくシャーレの先生でも不可能な定められた未来を変えた決定的なナニカ。
そんな思考に沈むセイアを他所に、日常は過ぎていく。
最初にミカがお見舞いにきた、泣きながら抱き付く彼女から話を聞こうとしたが終始泣きっぱなしの謝りっぱなしで話にならなかった。
次にナギサがお見舞いにきた。
顔色が悪いのに、嬉しそうに私と会話をするナギサ。
フラフラとする彼女に休むよう促せば、そうですねと退室していく。
最後に、シャーレの先生が現れた。
エデン条約を無事乗り越えさせた、恐らくは一番の鍵とも言える存在。
優しげな雰囲気で眼鏡をかけた先生との会話で、私はこれまで見てきた悪夢について話を切り出した。
私の話を聞いた先生は少し驚くと、小さくこう呟いた。
「"セイアも未来を……"」
セイアも?それはつまり、私以外にもあの未来を知る存在がいたというのか?
シャーレの先生が帰って暫く、御使いを頼んでいたサンクトゥス派の生徒からエデン条約での出来事が記録されているという監視カメラの映像を持ってきて貰った。
そしてその映像にあったのは、紛れもない奇跡とも言える光景。
『誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます!私たちの描くお話は、私たちが決めるんです!
終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!
私たちの物語……私たちの、
そして────。
『キキキっ!私はパンデモニウムソサエティ…議長!丹花イブキである!我らに、ゲヘナに牙を向いた事を、後悔させてやるっ!HiNA!第168戦術!虎丸・零式、前進!』
『砲身冷却……完了、バッチェ冷えてますよ~光よ!!』
『私が守ります、その間に治療を』
私の知らない存在。
そうか、彼女たちがこの世界を変えた存在か。
「君、この名前の生徒について調べてくれ。急ぎで頼むよ」
「は、はい!」
映像から聞こえる音声から、それぞれの生徒の名前をメモし、メモした名前の該当する生徒について調べるよう指示を飛ばした私はベッドへと横になる。
エデン条約は無事終えた、どうやら久しぶりに安眠できそうだ……いや、違う。
未来が変わった、つまりはこれから起こる全てがあの未来のようにならない。
つまりはこの先は舗装された道でも、答えの確認できる教材でもない。
不確定な、不安しかない未来。
「全く、難儀だね……この思考は」
だが、襲い来る眠気に目蓋はどんどん落ちていく。
そうして眠ったセイアは夢を見る。
ブラックマーケットと呼ばれる場所、シャーレの先生と向き合う似たタブレット端末を持つ大人。
ぶつかり広がる戦禍に、目を見開ければ目の前の光景が変わっていた。
それは、表現のできないナニカ。
空を飛ぶほどの大きな翼。
簡単に命を狩り取るような鋭い形の爪。
宙に揺らめく9つの尾。
彼女の身体中から浮き出た罅から湧き出る
身体が勝手に一歩後退った。
なんだ、アレは?
人の形をしているのに、人とは思えない程に纏っているナニカが桁違いだった。
体が震える、あの存在がどうしようもなく怖い。
逃げたい、そう思った時。
また、目の前の景色が変わった。
そこにあったのは沢山の生徒を率いるシャーレの先生と対峙する、数人の生徒らしい少女達を率いる先生と似たタブレット端末を持つ存在。
その存在は見るからに限界だった。
片目から血を流し、口からの血が流れているその男は膝をつき俯いたまま呼吸を繰り返していた。
そしてそんな男の近くには黒いスーツを着た異形の存在がいた。
だが、男性の率いていると思われる生徒達はそんな異形より男性の出血に大きく動揺しているようだった。
『ふむ、見込み違いでしたか。さて、お久しぶりですね……シャーレの先生』
『“黒服……やっぱり、彼はゲマトリアなのか”』
『想像にお任せします。さて、どうでしょう先生。ここは引き分けということで、互いに手を引く、というのは』
『“許さないよ、私の生徒を傷付けたんだから──”』
そんな先生の言葉、男の近くにいる長い黒髪が特徴的な生徒に向けて数発の銃声が響く。
瞬間、長い黒髪の特徴的な生徒が男に横へ押し出された。
次の瞬間、そんな男性の胸をいくつもの弾丸が貫いた。
最後の言葉すらなく地面に倒れた男から血が流れ、血溜まりを作っていく。
長い黒髪の生徒が自身が血で汚れることも厭わず男へ触れる。
『うそ、ですよね?なんで、私が、私はまた……』
その瞳から涙を流す長い黒髪の少女。
そしてメイド服の少女と戦闘していた大きな盾を持つ少女はその盾を手放し、震える両手を胸に当て呼吸しながらも言葉を紡ぐ。
『いやだ…また……いや──
『ぁっ、はっ、ハァッ、うっ───』
その手から取りこぼしたショットガンを拾おうとする少女だが、その体は震え何度もショットガンを手から取りこぼしては拾うを繰り返す。
特殊部隊のような装備をした少女達はその手から銃を落とし、膝から崩れ落ちる。
見るからに、撃たれた男は命を落としていた。
完全に止まった戦場。
誰もが息を呑み、誰もが銃を下ろしていた。
その瞬間だった。
シャーレの先生が倒れた。
その額から、赤い鮮血を散らせながら。
その場にいない第三者、もしくはスナイパーによる狙撃なのは明らかだった。
生徒達の悲鳴が響き渡る。
「ハッ!?はぁ、はぁ……」
セイアはベッドからガバリと飛び起きると大きく深呼吸を繰り返す。
「まさか、今のは……」
これから起こる未来の光景だと、そういう事なのか?
ならばこれまでの夢に一切出てこなかった先生と似たタブレット端末を持つ男。
そういえば、彼が指揮していると思われる少女達はエデン条約で武力介入してきた生徒で間違いない。
なら、あの男が……彼こそが未来を変える可能性なのでは?
私の夢に存在しない、これからを変える可能性。
「探さなければ、彼……彼らを」
この未来を、悪夢を変えるために。
Fox next mission
Don't make my dream come true
パンドラの箱、更新情報なし
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