目の前に現れた百合園セイア、彼女が放った一言。
─これからの未来を、結末を変え得る可能性の存在。
その言葉に、オレは驚きと同時に納得を感じていた。
本当なら、もっと焦るのかもしれない。
自分はこの世界にとってのイレギュラーであること。
それはオレがこの世界で目覚めてからずっと、ずっと感じ続けてきたことだ。
自分が切っ掛けで原作が変わるのを恐れていた。
先生の選択の差異で、この世界は容易に崩れる。
少しの歯車が狂えば、それはあまねく奇跡へと至らず滅ぶ滅亡の赤い世界。
それはブルーアーカイブというゲームを遊んでいれば必然と理解できる事だ。
大切なのは、経験ではなく選択。
公式のPVで、ゲームのスチルで描かれたバッドエンドルート。
明確に示されたソレはいくつもある。
でも詳しい内容は推察するしか出来ない。
明確に示されたバッドエンドルート、それはシロコがシロコ*テラーへと至る経緯。
黒見セリカの失踪、ノノミの自殺、生命維持装置を外したアヤネ、テラー化しシロコに殺されたホシノ。
全てに絶望し、先生を殺し色彩によって変異し現れる色彩の嚮導者プレナパデス。
オルタナティブプロトコル、アレを経験したからだろうか。
自分の行動が、自分というイレギュラーの取る選択。
それによって分岐し生まれるいくつもの並行世界。
そんな並行が迎える結末。
それが自分が存在するだけで、この世界が変化すると分かってしまうのだ。
「ハハ、イレギュラーか」
知ってんだよ、分かってんだよ。
オレがこの世界にとってのイレギュラーであることぐらい。
オレというこの世界にとっての異物の行動、その一つ一つにこの世界の存続の責任がのし掛かる。
ただ、生きたい。
働いて、飯を食って寝て、好きなことをして生きたい。
ただ、それだけなのに。
どうして、ここまで来ちまったんだろうな。
パンドラの箱が呼び出した、ナニカアッタ世界の生徒達。
どうして、オレがパンドラの箱を持っているのか。
この箱にはアロナやプラナといったAIは存在しない。
どうして、ナニカアッタ世界の生徒を呼び出すことが出来るのか。
そして、何故ミユの召喚を最後にナニカアッタ世界の生徒達の召喚が止まっているのか。
このパンドラの箱からあの虎丸零式へとインストールされたサポートAIのHiNA、あれは本当にAIなのか?
それともナニカアッタ世界の生徒なのか。
分からない。
でも分からないなりに、無いモノなりに頑張って進んできた。
ただ、生きたい。
それが理由だった。
「オレの存在、そのものが罪だってか」
……違う。
そんなことは、とっくに気付いていた。
気付かないふりをしていた、考えないようにしていただけだ。
オレは思っていた。
ナニカアッタ世界の生徒達の居場所に、何処にも行く宛の無い子達の居場所になりたい。
いつか旅立つのだとしても、なにも言わず聞かない。でもそこにいたら安心できる。
そんな場所を作ることが、オレがこの世界に存在する理由だって。
世界はそんなご都合主義を許してくれるほど、優しくない。
現実は何処までも残酷で、何処までも否定的だ。
この銃が当たり前のいつ死んでしまうかも分からない世界。
自分のことを誰も知らないゲームの世界。
あのありふれた平和な日常のある元の世界へ帰れない絶望の中。
寂しさ、苦しさ、悲しさ、怒り。
全てを封じ込めて、自分にはやることがある。
この世界でやることを見つけた、そう思い込んででも進み続けた。
進み続けるしか、道は無かった。
例え茨の道だとしても、生きるためにはそう思い込ませければ、進めなかった。
「……ふざけんなよ」
どうしてだ、目の前に子供がいるのに感情が、制御できなかった。
大人なら、感情を制御しなければ。
泣いたら駄目なんだ、大人が不安そうにすれば子供が不安になる。
どうしてだ?いつも出来ていた感情への蓋が、出来ない。
「勝手に呼んで、勝手に押し付けて、その上でこの世界にいることが罪?ハハ、ハハハハハハ」
嗤う。
笑う。
違う。
笑いたいわけじゃない。
止めたいのに、喉の奥から勝手に笑い声が漏れていく。
目の端から涙が流れているのに、笑い声は止まらない。
遠くにいた生徒達も此方を怪訝な様子で見てくる。
止めないと、いけないのに。
感情の制御が、抑制ができない。
瞬間、喉から何かが迫り上がる感覚に慌てて口を塞ぐ。
でも止められない、川の流れ止めることが出来ないように、一度流れてしまったソレの流れを止めることなど不可能なのだから。
押さえた手の中で咳き込む、次の瞬間。
口から手の平へとベチャリと付着するその感覚と感触。
「…ぁぁ」
それは、嫌でも覚えている。
その記憶が、脳裏へ浮かび即座に処理しようとするが出来ない。
一度砕けたガラスは、どれだけ集めても元には戻らない。
人の心も同じだ。
欠けてしまったものは、そう簡単には埋まらない。
人間の心は、精神は変えようがない重要な根幹。
骨折し折れた骨は、処置すれば繋がる。
でも、折れた心は……どこを、どう繋げればいいのだろうか。
口元を押さえた手の隙間から、鮮やかな赤が零れ落ちた。
口から流れたソレに、目の前にいる百合園セイアは一歩、後退った。
そしてそれも同時に意識がゆっくりと沈んでいく感覚と共に、座っていた椅子から地面へと倒れた衝撃と感触がした。
でも、どれも鈍い。
目蓋が、下がっていくなか……誰かが叫ぶ声が聞こえたような気がした。
セイアは目の前の存在、夢であの生徒達を率いるクランバトル倶楽部でなり損ないを名乗る大人を見つけた。
人脈、インターネット、噂。
とにかくどんな情報でも良いからと、サンクトゥス派の生徒に調べさせた内容を確認したときセイアはこう思った。
この大人はとても
彼は突如としてブラックマーケットに現れた。
カイザーローンでカイザーPMC理事を相手に自信を持った様子で開業内容を説明し融資を受けると、ブラックマーケット内の廃校となった学校の土地を買い取り、そこをクランバトル倶楽部へと作り替えた。
更にクランバトル倶楽部内にカイザーのガンショップの営業を受け入れることでカイザーグループとの関係を強固な物へ固めた。
クランバトル倶楽部を使いブラックマーケット内の様々な生徒に稼ぐ手段と居場所を作り上げ、ブラックマーケット外の飲食店へ訪問。
クランバトル倶楽部での営業を取り決め、運営。
毎日休むことなく営業を続け、遂にはゲヘナの悪名高い温泉開発部、あの温泉開発部を率いてクランバトル倶楽部内に銭湯を開発し開店。
ブラックマーケットの多くの生徒を味方にし、カイザーとも仲が良くあのゲマトリア?の黒服と呼ばれる彼を仲間にする程の何かがある。
彼だ、彼なのだ。
先生ではこの未来を覆せないかもしれない、少しでも良い未来を掴むためにはこの大人の協力が必要だ。
例え、ミカやナギサ達からどんな想いを向けられても私には必要なのだ。
あの絶望的な未来を覆す希望のカード、最後の切り札……ジョーカーが。
「ハハ、イレギュラーか」
セイアはその存在に希望を見出した。
……いや。
希望に縋っていた。
希望に目がくらみ目の前の一人の人間を見ていなかった。
その存在……なり損ないはそう私の言葉を復唱すると俯いた。
何か、不味い事をいってしまったのだろうか?
そう考えるより早く、彼は言葉を紡ぐ。
「オレの存在、そのものが罪だってか」
私の言葉を反芻するように呟くと、ゆっくりと俯いた。
その一言で、胸の奥がざわついた。
おかしい。
調べた情報では、彼はブラックマーケットで事業を立ち上げ、多くの生徒を救い、カイザーとも渡り合い、ゲマトリアの黒服すら味方につけた大人。
どこか飄々としていて、何事にも動じない人物だと思っていた。
その時になって私は先程から感じていた、彼への違和感に、遅くなって気づいた。
彼の話し方は普通だった。
いや、普通どころか何処か卑屈で、自虐的にさえも見える。調べさせた情報のような、自信のある様子なんてない。
その時になってセイアは自身が何らかの、間違いを犯している事に気付いた。
「……ふざけんなよ。勝手に呼んで、勝手に押し付けて、その上でこの世界にいることが罪?」
低く漏れた声には怒りよりも、壊れてしまいそうな悲鳴が混じっていた。
「ハハ、ハハハハハハ」
突如として彼は、笑いだした。
狂ったように、何かが壊れたように。
笑っている。
違う。
あれは笑顔ではない。
壊れた人形が同じ動作を繰り返すような、乾き切った笑いだった。
笑うたびに肩が震え、目尻からは涙が零れている。 笑いたくて笑っているのではない。 止められないのだ。
その時になってセイアは自身のミスに、自身が彼にとっての何らかの地雷を踏んだ事へ気付いた。
即座に謝罪しようとセイアが口を開こうとしたとき、まるでスイッチが切れたかのように笑い声が止まる。
見れば彼は、慌てた様子で片手で口を塞いだ。
どうしたのだろうかと感じた次の瞬間、口に当てられた手。
その隙間を血が滴り落ちた。
「な、にが」
突然のその血に、セイアの体が固まる。
何度も銃社会であるこのキヴォトスにておいて、何でも見てきた筈のソレに、セイアは体が硬直して何も言えなかった。
「先生っ!!」
固まっていたセイアの背後から大きな声と共に一人の生徒が慌てた様子で駆け寄ってくると、彼の元へと。
それは夢で見た彼の元にいた生徒。
彼女は意識を失った様子のなり損ないから離れてゆらりと立ち上がると、その視線を私へと向ける。
「何を、したんですか。あの人に、何をッ!」
その姿、ゆらりゆらりと此方へと迫ってくる光のない瞳をした彼女の姿に私は慌てて口を開く。
「ま、まってくれ!私はただ──」
彼と話がしたいと思っただけなんだと。
そう弁明しようとした。
でも、出来なかった。
それより先の言葉が出なかった。
私は何もしていない、肉体的な接触だってない。
銃だって構えてすらいない。
なのに、彼は突然その口から血を吐き出し倒れた。
まさか、彼は病気?いやだとしても症状が発症するのが突然すぎる。
自分の中の何かが訴えるのだ、目の前の彼を何としても救わなければならないと。
理性で動いていた、悪い結末の未来を変える可能性を持つ
彼が病気なら治療しなければ、そうしなければあの未来が来る。
そんな思考を続ける私を他所に、水色の髪の少女はポケットから携帯を取り出すと何処かへ電話をかけ始める。
「ケイ!トリニティ地区に急いで迎えに来て下さい!先生、先生がっ!」
そこでようやく私の意識が浮上する。
そうだ、まず今は考えることよりも彼を救わなければならない。
こんなところで希望を失う?
そんなこと絶対に許されない、許してたまるものか。
「君!ここから近くの医療施設はトリニティの救護騎士団だ!今すぐそこへ!───」
「いりません」
「なっ!?」
断られた事実に驚きながらも、改めて考えるなら確かに断るのも道理だ。
手に入れた情報では彼はシャーレの先生が率いるミレニアムサイエンススクールの生徒達と戦闘し、ここ暫くクランバトル倶楽部に姿を現していない。
それなら、シャーレの先生が訪れる可能性のあるトリニティに入院なんて間抜けたことはしない。
「なら、私が個人的に贔屓にしている個人病院はどうだ!そこなら個人情報は守られるはず、シャーレの先生にだって──」
見つからない、そう続けようとした言葉は。
「いりませんと言ってるんです!!」
水色の髪の少女の叫び声に遮られた。
思わず耳を塞ぐ。
見れば彼女はまるで敵や仇を見る目で私を見つめ、いや睨んでいた。
「この人がこうなった理由はあなた、ですよね。あなたと話してからこの人はまた血を──」
彼女はそこで言葉を止めると、ゆっくり深呼吸してから口を開いた。
「あなたは信用、出来ませんッ!この人から離れて下さいッ!!」
どうにか、少しでも相手への印象を良くして、彼ともう一度話す機会を。
そう思った言葉は即座に目の前の彼女によって否定された。
信用できない、それは確かにそうだ。
私が彼を発見したときの一言が原因、なのかわからないが彼は吐血し気絶した。
疑われても仕方がない状況に、思わず顔がひきつる。
その時だ、大きな衝撃と共に何かが目の前に降りてきた。
「はぁ、はぁ……レイサ!先生はっ!?」
それは長い黒髪と背中に機械の翼と、トリニティ生徒のような翼がついた機械で出来た鎧を着込む一人の生徒。
夢で見た、彼の元にいた生徒だった。
「早く戻って診てもらいます、私がメタトリアで飛んで行くのが一番早いです。申し訳ありませんがレイサは」
「大丈夫です!すぐに帰りますからっ」
「では後で。先生、絶対に大丈夫ですからっ!」
そう話ながら彼を抱き上げる黒髪の少女は、背中をはためかせ宙へ浮かび上がる。
そして目に見えないほどの速さで飛んでいく、そして水色の髪の彼女も、既にこの場所から駆け出していた。
正義実現委員会が駆けつけるよりも早く、大人と、彼を先生と慕う生徒達はこの場を去っていった。
「ここが通報のあった……せ、セイア様!?」
「どうしてセイア様がここに!?」
「……」
少ししてこの場へ戻ってきた正義実現委員会の生徒達を横目に思考する。
とにかく、今は彼との繋がりを作らなければ。
私の発言で彼があのような状態になったことへの謝罪という体なら私から彼らへ接触しても社会から見て違和感はないだろう。
そしてその謝罪を最初としてクランバトル倶楽部との繋がりも作ることが出来れば、あの未来は変わるはずだ。
そんな思考を続けるセイアは未だに、気付いていない。
子供は大人を人ではなく存在として見るように。
子供が大人相手に遠慮をしないように。
その「希望」と呼んでいる存在が、彼が何を思っているのか。
何を恐れ、何に苦しんでいるのか。
セイアは、忘れていた。
彼もまた、自分のように────
───── 一人の人間なのだということを。
パンドラの箱、更新情報なし
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