真っ暗な道を、ただ歩いている。
足元の感覚なんて無いのに、どんどんと暗い方へと歩いている。
どうしてか分からないけど、でも歩き続けなければいけないような気がした。
そうしたら、楽になれる。
何故だか、そんな気がして歩いていた。
俺は、どうしてこんなところを歩いているのだろうか。
そもそも俺は誰なんだろうか。
頭にいくつもの疑問が走るなか、気がつけばそんな疑問は忘れ、ひたすらに歩みを進める。
何処まで行くのだろうか、俺は……いつまで歩くのだろうか。
「ここから先は、今進めませんよ?■■」
声がした。
何処かで聞いたことがあるような、無いような。
そんな不思議な声だった。
気がつけば、目の前に少女がいた。
彼女は頬に人差し指を当て少し考える仕草をすると、口を開いた。
「そうです、そこから先は通行止めなんです!少し先で大規模な改装工事中なんです……なので来た道を戻ることをオススメしますよ?」
そう、なのか。
でも、行かなきゃ。
行かなきゃ、行けない気がするんだ。
ふと右足を何かが掴む感覚がして、目を向ければ小柄なキツネのような耳が特徴的な少女が足にしがみついていた。
困惑していると、目の前の少女が相変わらず笑顔のまま口を開いた。
「■■■さんも、同じように戻るべきだと訴えているのですよ」
同意するように、足へしがみついている少女が頷いた。
「……そう、なのか?」
目の前の笑顔の少女の言葉に同意するように何度も頷いた、その顔には、悲しみがあった。
でも、泣いてはいない。
ただ、必死に俺を引き止めている様に見えた。
「ほら■■、こっちよ」
また、新しい声が聞こえた。
俺の右手を誰かが掴んで、歩いていた道とは反対の方向を向かされる。
そして俺の右手に腕を絡めて、歩く先を指差すのは猫らしき耳の少女だった。
彼女は、まるでなれた様子で組んだ腕を引いて進む方を示す。
でも、俺……あっちにいかないと。
「■■殿、どうか一緒に此方の方へ行きましょう?」
声と共に、今度は左手を誰かが握った。
そして今まで歩いてきた方向とは反対の方へと促している。
その顔も。 その名前も分からない。
思い出せない、知らないはずなのに不思議と恐怖はない。
……俺は
口から出た声は、酷く弱々しかった。
「俺は……向こうに行かなきゃならないんだ」
「どうしてです?」
「それは、分からない」
即答だった。
「でも……行かなきゃ」
そう言って、もう一度歩いていた方へと体を向き直ろうと足を前を一歩後ろへ引く。
すると、ぎゅっと右足にしがみついていた少女の腕に力が入った。
「……」
小さな手だった。
振りほどこうとも思えた、けれど、不思議なほど強く感じて振りほどこうとは思えなかった。
「どうして……」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
どうして俺を引き止める。
どうして俺なんかに。
どうして────。
だって俺は───。
「だって」
別の声がした。
「まだ、■■はまだ……終わってないじゃないですか」
気がつけば、また一人。
頬に指を当てた少女の隣に、また一人の少女がいた。
名前も、声も……何処で出会った事があるのかも分からない。
何も、分からない。
そんな俺を見て、その少女は控えめに笑っていた。
「えへへ、確かに歩いてきた道を戻るのは歩くのは大変ですよね……苦しいですよね、疲れますよね。なので頑張って帰ってから、休みましょう?■■」
そういいながら彼女は俺の背後に回ると行きましょう?と耳へ囁く。
「……かえ、る?」
その言葉に、胸の奥が僅かに揺れた。
帰る……一体、どこへ?
俺に、帰る場所なんて───。
「ありますよ、やっぱりめんどくさい思考してますね■■は。もう少し周りから自分がどう見られてるか、見るようになったらどうですか」
また声がした。
「ちゃんと、ありますよ。■■の居場所が……あなたが見ていないだけで」
また一人、暗闇の中から少女が現れた。
誰なのか分からない、何者なのかも分からない。
なのに。
俺は彼女たちを見ていると、何故だか胸が苦しくなった。
「……俺は」
言葉が震える。
「俺は……帰っていいのか?」
誰も答えなかった。
代わりに。
俺の背中に、ぽん。と小さな手が触れた。
「ん、帰って良い」
「……え?」
振り返るとそこにいたのは白い髪に、獣耳の見覚えのあるような大人びた様子の少女。
彼女は俺の背中に手を添えたまま、真っ直ぐに俺を見ていた。
「早く行って、こっちに来ちゃダメ。まだ工事は終わってない、来た道を戻るべき」
そう話す言葉を理解するが、何故か体が動かない。
さっきまで、こうして歩いていたと言うのに。
「もしかして、帰っちゃダメって思ってる?」
その問いに、俺は答えられなかった。
帰る、その言葉が何故か強く俺の心を揺さぶるのだ。
怖い、いや怖くはない。
分からないんだ、ただ分からなくて……後ろへ歩きたくなくて。
体が動いてくれなくて。
「ん。じゃあ、少しだけ」
すると、彼女はポンと、背中を押した。
ほんの少しだけ。
それだけなのに。
俺の身体はさっきまで動かなかった事が嘘のように、前へ進んだ。
「……っ」
一歩、足を踏み出す。
歩いてきた道へ。
真っ暗なら場所ではなく、眩しい光の方へ。
「行って下さい■■、凡人の私にはこんな言葉しかかけられません。無茶しちゃ、ダメですよ?」
「その不器用さと変な真面目さは捨ててください■■、もっと周りを頼るべきですなんです。適度に手を抜くことも、いい加減に覚えてください」
背後から声がした。
それと同時に背中を押すいくつもの手が。
「大丈夫よ、■■。あっちには■■■先輩だっているんだし。私達の想いが貴方を守るわ!」
足元からクスクスと笑い声が聞こえた。
「ふふ、良くそんな恥ずかしげな台詞が出るね君は」
「うっさい!いつも小難しいポエム垂らしてたらしい人には言われたくないわよ!いつも口を開かないくせに、今だけ話すわけ!?」
「口は災いの元さ、でも彼を送るなら少し……話したかったのさ」
「■■殿なら大丈夫です、向こうで待ってる生徒さんがいる筈ですから」
「えへへ、私達、見守ってますから。こっちはまだ来ちゃダメですよ?」
そんな少女達の言葉と共に、また背中を押された。
よろけながらも、押され続ける。
俺は背中を押されながらフラフラと、時々押された衝撃によろけながらも歩く。
歩いて。
歩いて。
歩いて、歩き続けて。
「───────先生ッ!」
目蓋を開く。
見慣れた天井が見えた。
……眩しい。
何処かで機械が一定の間隔で音を鳴らしているのか、ピッ、ピッ、ピッと規則正しい音が聞こえる。
なんだか、変な夢を見ていたような気がする。
「よく戻ってきたな、寝坊助」
聞き慣れた声がした、疑問を浮かべながら視線を動かそうとする。
けれど、首が動かない。
口元に何かが被せられていた。
それは透明な管、その先から冷たい空気が流れ込んでくる。
呼吸器。
病院のドラマやアニメでしか見たことのないようなものが、自分の顔に取り付けられていた。
すぐ傍から声が飛んでくる、視線を向ければ少し疲れたような様子のブラックキャット先生がいた。
「喋るなよ、まだ身体に何もかもが戻り切ってない。まぁ、目を覚ましただけでも十分だ。本当によく戻ってきたな、会長殿」
どうしてこうなったのか、深呼吸をしながら思い出す。
たしか俺はレイサとトリニティへ出掛けて……そこで百合園セイアと出会って、そしてその後──。
そっか、また血を吐いて倒れたのか俺。
「おっと、体を起こすなよ」
取りあえず体を起こそうとしたタイミングでブラックキャット先生が方に触れて制止させられる。
「お前の体は、かなり血が抜けてる。今輸血やら造血やらで早急に血を増やして動かせる状態に戻してるんだ。ったく、静養して帰ってきてまた死にかけるとか…お前さん、死にに行こうとでもしてるのか?」
そんなつもりはない、そう紡ごうとして喋るなと言われたことを思い出して開いていた口を閉じた。
死にたくないさ、死ぬのは……怖いからな。
よく死ぬなら自分はなにかを残して死ぬような偉大な人になりたいと言うが、偉大じゃない奴が死んだならソイツは何を残すのだろう。
何もない奴が死んだなら、それこそなにも残らないのだろうか。
「まぁ、ともかくまた静養生活だな。本当に、よく戻ってきたな」
そういや、さっきから戻ってきたと言うが、どういう意味だ?
さっき、俺に死にかけたと言っていなかったか?
疑問を浮かべながらもブラックキャット先生の方へと視線を向ける。
「お前さん、意識が無かっただろうから寝てた様に感じてるか?」
気絶していたんじゃ、ないのか?
「お前自身が覚えてるわけないだろうが、一度、心拍がかなり危ないところまで落ちていた」
は?
「ここへ戻った時点で呼吸は浅い。脈も弱い。血圧もまともに維持できない状態だった……たく、ストレスでここまでなる例はよっぽどだぞ」
死にかけていたという事実に、恐怖は感じた。
でも何故か狼狽することも、体が震えることもなかった。
ただそうだったのかと、恐怖より理解が上回った。
「いいかよく聞け若いの。お前はな、生真面目に大人であろうと、責任という重みを過度に背負い続けようとする悪癖がある。」
悪癖か、でも責任はそういうものじゃないのか。
誰が、何かあったときに取らなければならないもの。
「それが元からなのか、新たに出来たのかはしらねぇが少しは重荷を下ろすことを覚えろ。前に言ったろ、無理して大人で居続けるのは大人ですら難しいと。」
そんなことを言われたような気がする。
大人はずっと大人でいることが難しいのだと。
その言葉の意味は理解しても、自分に活かしてはいなかった。
活かし方が、分からなかった。
「何度言っても聞かねぇようだから、細かく言ってやる。眠ければ寝ろ、息をしろ、痛ければ痛いと言え。苦しければ苦しいと言え、誰かに迷惑を掛けるとか、そんなことは考えなくていい。」
そんな簡単に責任を手放せるわけないだろ
声には出せない。
けれど、胸の中ではそう反論していた。
自分がやると決めたことだ。
クランバトル倶楽部を作った、自分が生活するための金稼ぎという理由もあった。
でも、ブラックマーケットで貧困な中、空腹に喘いでいる生徒達が、安心して明日を望めるように。
居場所がないなら、宿り木のように留まれる場所を。
稼ぐ手段がないなら、クランバトル倶楽部で仕事先を紹介できるように。
うまい飯を食って欲しいから柴関ラーメンや、様々な飲食店に出店して貰えるよう声をかけた。
全部、最終的には自分で選んだ。
気がつけば、ある程に逃げ、嫌がっていた責任を背負い続けていた。
最初はケイだった。
そこからレイサ、ホルス、イブキ、ミユにハウンズと次々と、生徒は増えていた。
最初は数人でも苦しかった。
それなのに気が付けば、沢山の生徒が俺の肩にのし掛かっていた。
落とさないように、溢さないように必死になっていた。
大人の成り損ない、そう名乗ってた。
成り損ないでも、俺は……アイツらにとっては大人なんだ。
責任を追わなければならない立場なのだ。
「……お前さん、まだ分かってねぇな」
ブラックキャット先生が、ため息を吐いた。
その声には呆れが混じっていた。
けれど、それ以上に。
何処か、心配しているような響きがあった。
「あのな、俺は別に責任を捨てろなんて言ってない。責任を持つなとも言ってない。お前がクランバトル倶楽部のことを大事にしてるのも、あそこで暮らしてる奴らを放っておけないのも知ってる」
ブラックキャット先生は一度、言葉を切る。
「だがな」
その声が、少しだけ低くなった。
「責任を果たすってのは、自分がぶっ倒れるまで全部一人で背負い続けることじゃねぇ。お前が倒れたら、誰が困ると思ってる?」
俺が倒れて、困る人間。
その答えはすぐに浮かんだ。
ケイ、レイサ、ホルス、イブキ、イヴにハウンズ。
そして、倶楽部にいる居場所を失った生徒達。
「……そういう顔するってことは、分かってんじゃねぇか」
ブラックキャット先生が苦笑する。
「なら、もう一つ考えろ」
少しだけ間を置いて、ブラックキャット先生は口を開いた。
「そいつらは、お前が何でもかんでも一人で抱えて死にかけることを望んでると思うか?」
その言葉に、答えられなかった。
そんなこと、分からない。
いや、分かっている。
きっと、望んでいない。
でも。
パンドラの箱、それを持つ俺がやらないと行けない。
シッテムの箱と似たソレは、こことは違うブルーアーカイブの世界の生徒を呼び出した。
俺が呼び出した、俺が呼び出してしまったなら俺が責任を背負わないと。
そう考えてしまう。
だって、最終的に選んだのは俺だから。
それだけは変わらない、変えられない自分の決めたことだから。
そんなことを思っていると表情に出ていたのか、ブラックキャット先生は、しばらく黙った。
そして暫くすると──。
「……あー、もう」
そんな事を呟きながら、ブラックキャット先生は頭を掻いていた。
「本当に面倒くせぇな、お前」
真正面から言われた悪口に思わず固まるが、その声は何処か優しく感じた。
まぁ、俺でも自分はかなりめんどくさい部類だと思っているが………そこまでなのか。
「なら、逆に聞くぞ。お前が死んだら、倶楽部はどうなる?」
その言葉に、思考が停止した。
自分が死んだら、クランバトル倶楽部がどうなるか。
分からなかった。
でも、不良やスケバン達は何となくシャーレの先生が何とかするんじゃないかって、心の何処かで思っていたのかもしれない。
「お前がいなくなったら、あそこで待ってる奴らはどうなる?お前が死んだら、全部そいつらに残していくことになるんだぞ」
自分の死が、クランバトル倶楽部にどんな影響を及ぼすのか……詳細に考えたことは無かった。
そして俺の死を、残すこと……それだけはダメだとそう思った。
人の死は良くも悪くも、人を変える。
シロコ*テラー、ホシノ、ミカ……みんな、死と言う概念が切っ掛けで大きく変わった。
人の思いは、祝福にも呪いにもなる。
「自分一人で背負ってるつもりかもしれねぇがな」
ブラックキャット先生は、静かに続けた。
「お前が死んだ瞬間、それは残された奴らの重荷になる。だならな、倶楽部の奴ら……アイツらにとってお前が生きてることより、大事なことなんて今は一つもないんだよ」
何も言えなかった。
責任を果たさなければならない。
俺が選んだ、俺が始めた。
だから、最後まで俺が背負わなければならない。
ずっと、そう思っていた。
けれど。
もし俺がいなくなったら、その責任を誰が引き継ぐのか。
それだけじゃない、俺がいなくなったことで、残された奴らが何を思うのか。
それを、俺は考えたことがあっただろうか。
「……俺が、死んだら」
気付けば、喋るなと言われたことも忘れて口を開いていた。
喉からは、乾燥からかそれとも出血後だからか掠れた声が漏れた。
ブラックキャット先生は何も言わず、俺を見る。
「……みんな、困るのか」
「当たり前だろ、本当にバカだな」
即答だった。
「大泣きする奴もいるだろうな。怒る奴もいる。自分を責める奴だっているかもしれねぇ」
「…………あぁ」
「お前が勝手に背負って、勝手に死んで、それで全部終わり……なんて話にはならねぇんだよ」
その言葉が、妙に重かった。
俺はずっと、みんなの居場所を作ることばかり考えていた。
貧困と空腹に喘ぎ、居場所のない生徒がいるなら稼ぎ飯を食える場所を用意する。
仕事がないなら、仕事を探す。
帰る場所がないなら、帰れる場所を作る。
居場所がないなら、ここにいていいと言える場所を作る。
最初は、それだけだった。
ただ、それだけだったはずなのに。
気が付けば、俺の周りには沢山の生徒がいた。
だから、気付けば必死になった。
落とさないように、溢さないように。
誰かが零れ落ちてしまわないように。
ずっと、そうしてきた。
大人の成り損ない。
俺は、自分をそう呼んでいた。
大人じゃない、大人になりきれない。
だからせめて、大人らしくあろうとした。
責任を取る、それが大人というものなのだと思っていた。
「……違ったのか」
掠れた声でぽつりと呟いた。
「何がだ?」
「おれ、は……」
言葉が出てこない。
代わりに、天井を見つめる。
眩しい。
ぼんやりとした光が視界に滲んでいる。
「俺は、みんなの居場所を……作ったつもりで、した」
ブラックキャット先生は黙って聞いている。
「でも……いつの間にか」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
俺には何もない、ずっとそう思っていた。
だから、誰かのために何かを作ろうとした。
でも、何もなかったはずの自分の周りには、いつの間にか沢山のものが溢れていた。
「俺にとっても、ここが……居場所になってたんだな」
ずっと一番居場所を求めていたのは……俺だったのか。
名前を呼んでくれる奴が、心配してくれる奴がいる。
怒ってくれる奴がいる、俺がいなくなることを悲しんでくれる奴がいる。
そんな俺の言葉に、ブラックキャット先生は少しだけ目を細めた。
「ようやく気付いたか……随分と遅い、遅すぎるくらいだ」
そう言って、ブラックキャット先生は苦笑した。
「だが、気付いたならそれでいい。責任ってのはな、一人で抱えて潰れることじゃねぇ」
静かな声だった。
「一緒に背負ってくれる奴を信じることも、責任の一つなんだよ。」
『約束、したじゃないですか。一人でダメなら私が一緒に、あなたを……先生ごと背負いますと!みんなを助けて、進むべき道を照らし導くのが、私が背負った役目だと!』
あぁ。
『私はあなたを背負っていきます、名もなき神々の王女でも、天童アリスでもない……私が、私の意思で!』
そういえば、ケイにそんなことを言われたような気がする。
本当に、視野が、何……視野だけじゃない。
何もかも、見えるもの全てが狭くなっていたんだな。
「分かったなら、今は寝ろ。それがお前のすることだ」
その言葉を聞いて俺はまた目蓋を閉じた。
行動で示す。
しっかり休んで、今度こそ体調を万全にしてアイツらの所へ、クランバトル倶楽部に帰るために。
パンドラの箱、更新情報なし
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