今日も、クランバトル倶楽部は多くの生徒達による盛り上りを見せている。
それを横目に俺は、手に持ったタブレット端末。
パンドラの箱の画面を見ていた。
ゲームで見ていたこの画面は、今は二人の生徒しか表示されていない。
─名もなき神々の王女─天童 アリス
─ロストスターダスト─宇沢レイサ
そんな二人は、この世界に恐らくだが同一人物がいる。
この世界がバッドエンドの世界なのか、ゲームで見てきた先生の歩む正史のブルーアーカイブなのかは分からないが、前にラジオで聞いたミレニアムプライスの言葉から恐らくはメインストーリーVol.2、時計じかけの花のパヴァーヌ編1章のレトロチック・ロマンが終わった頃だろう。
試しにパンドラの箱で繋がったネット検索エンジンを見たら、テイルズ・サガ・クロニクル2が発売されていた。
恐らくは本編通り、先生とゲーム開発部と天童アリスがゲームを完成させゲーム開発部は今も冒険を続けているのだろう。
ちなみにだが、テイルズ・サガ・クロニクル2が発売されている事を知ったケイが一週間ほどそのゲームをプレイするため引きこもっていた。
『先生、アリスは一週間ほど休みます。部屋にこもるのでご飯は運んでください。テイルズ・サガ・クロニクル2を遊びきるまではそとに出ないので、よろしくお願いします』
何故だか分からないが、ケイはゲームに非常に執着しているようだ。
この世界で発売されているゲーム全てを遊び尽くすような勢いで、仕事が終われば寝るまでゲームをしている。
このままだと、ゲームセンターに大金を溶かすようになりそうで少し心配だ。
ちなみにだがケイが引きこもってテイルズ・サガ・クロニクル2を遊んでいた間は司会は一時的に別の子へ交代、俺の護衛はレイサが担当してくれていた。
ちなみにだが、この一週間は少しだけ客足が少なかった。
ケイの存在はかなり大きいと見える、司会に復帰した際の客足はかなりのもので司会を休んでいた時の5倍以上の売上だ。
そして、レイサだが最近はカレンダーを見てはソワソワした様子が見えるようになった。
これまでの事で分かると思うが俺は、あれから2人の過去に対しては深く踏み込むことはしていない。
地雷を踏むのも怖いが、俺のような何も知らない奴が何か言ったところで助けられるとは思えないからだ。
適当なことを言って希望を持たせてしまえば、絶望したときの責任を取らなくてはならなくなる。
俺は、自分の言葉に自信がなければ責任も持てない。
何処まで行っても俺は、結局は大人になりきれてない。
「なんで、こんな奴について来るんだかな。俺なんか捨ててシャーレにいく道もあるだろうに」
そんな呟きは、クランバトル倶楽部にやって来た客の喧騒に消えていった。
クランバトル倶楽部が休みの日、レイサはブラックマーケットの外へと出掛けていた。
理由は単純で、この世界のトリニティを……杏山カズサを一目で良いから見たい……それだけだった。
先生は家で様々な本を読んでおり、アリスは自室でゲームをしている。
ジャージについたフードを深く被り直して私は、見慣れたトリニティの道を歩く。
懐かしさすら感じる、賑やかな生徒達の声と人混みに、目頭が熱くなるのを感じてしまい私は少しだけ目を擦って目的の場所に向かう。
「あ……」
目的のカフェ、外から店の中が見えるような外装の店内のテーブル席に彼女と、彼女の友人達三人が共にマカロンやケーキを頬張り笑顔を浮かべている姿があった。
あぁ、ぁぁ……杏山カズサ、どうかそのまま生きて下さい。
私の事は知らないのでしょうけど、それでいいんです。もう、私の知る貴方とはお別れしましたから。
だから私の事は忘れて下さい、ずっと忘れていて下さい。私も忘れますから。
目から押さえていた涙が溢れそうになって急いで踵を返して近くに会った筈の公園へと向かった。
公園には誰もいない、私はブランコに座りジャージの袖で涙を拭う。
一目見られて良かった、あとはもう帰るだけ。
でも、もう少しだけここにいたい。
あの人は、なり損ないと名乗る先生は私やアリスに深くは踏み込んでこない。
それが苦しくなくて、嬉しいようで少しだけ寂しい。
また、目から涙が流れてきました……アハハ、こんなに私って泣き虫でしたっけ?
「アンタ、何やってんのさ。珍しくフードなんて被って」
「っ」
フードを深く被り直し、ブランコから立ち上がった時だ。背後から聞こえた、懐かしい声にまた涙が流れてしまう。
でも、私は振り返らない。
振り返っちゃ、いけない。
「……聞いてる?」
振り返る権利も、顔を会わせる事も許されない。
俯いて、彼女が私を放って帰るのを祈る。
私の居場所はあなたの隣じゃない、この世界の私がいるから。
「いつもならあんたから話しかけてくるでしょ、全く。フードなんて被って追いかけてくるなんて、宇沢?」
お願いです、こっちにこないで下さい。
忘れさせてください、忘れたい思い出なんですよね?
思い出の中だけで、いいんです。
お願いです、私に思い出させないで下さい。
私に触れないで下さい、貴方を死なせた私を見ないで下さい。
望んでしまう、貴方とはもう一度言葉を交わしたいと話をしたいと、叶うなら……。
「宇沢、聞いて──」
杏山カズサが此方に近付いてくる足音、どうにか逃げないとと思って1歩を踏み出した時、突如として突風が吹いて、庇っていたフードが脱げた。
放課後、放課後スイーツ部の皆とカフェでスイーツを食べていた時、何となく外を眺めた時だった。
友人、いや腐れ縁とも言えるような彼女の後ろ姿が見えた。
普段なら、恐らくは自警団としてのパトロールだと思ってすぐにスイーツを食べることを再開した。
でも、その後ろ姿に何故か追いかけろと自分の中の何かが強く訴えている。
まるで、もう二度と会えないと思わせるような……そんなあり得ない思いに何故か、強く引っ張られ私はみんなに少しだけ離席すると伝えて彼女の後を追った。
普段とまるで逆の行動に、我ながら可笑しいと思いながら走り、やがてたどり着いた公園のブランコにアイツがいた。
「アンタ、何やってんのさ。珍しくフードなんて被って」
「っ」
私の言葉にブランコから立ち上がったいつもとは違い制服ではなく私服姿の彼女、宇沢レイサの肩がピクリと動いたのが見えた。
でも一向に振り向くことがない宇沢に、少しだけ変な感じがした。
いつもなら『杏山カズサこんにちわー!』と元気そうな返事と反応を返しそうなのに、振り返らない。
「……聞いてる?いつもならあんたから話しかけてくるでしょ、全く。フードなんて被って追いかけてくるなんて、宇沢?」
一向に振り返る様子のない宇沢に痺れを切らした私は彼女の顔を見るため近寄って、あと少しで肩に手が届く時だった。
突風が吹いて、宇沢の被っていたフードが脱げる。
ボロボロでくすんだ髪、隈の酷い目元と光を映していない真っ黒な瞳。
特徴的な星の髪留めもなく、その光ない瞳から涙を流す彼女、宇沢レイサの表情に足も伸ばしていた腕も止まった。
嬉しいのか悲しいのか分からない、そんな表情のアイツにかける言葉が見つからない。
「宇沢……?あんた」
「杏山カズサ」
私の声に被せるように、それを強く遮る一言が放たれた、無駄に大きいだけの普段の声とは180度違う、強い声。
「もう、私に関わらないでください…生きていてください……忘れてください」
そう言って逃げるように走りっていくアイツに、伸ばした手は届かなかった。
私の中に残ったのは、変わり果てた姿のアイツとアイツが消えてしまいそうな焦燥感。
急いで追いかけようと、足を1歩を踏み込んだその時だった。
「杏山カズサこんにちわー!」
「え?」
背後から聞こえたきた、聞きなれたいつものアイツの声に振り返る。
別の公園の入り口には、トリニティの制服を着たいつもの笑顔を浮かべた宇沢レイサの姿があった。
「は、なんで……」
確かに、さっき向こうまで走っていった筈なのに、どうして背後に宇沢がいる?
どう考えても、こんな短時間で背後の入り口には移動するなんて……。
──もう、私に関わらないでください…生きていてください……忘れてください──
さっきまでいた筈の宇沢が、願うように、祈るような声で言っていた言葉が、何故か頭から離れなかった。
走って帰って来た宇沢が、部屋に閉じ籠るのを見て俺は何かあったのだとすぐに気付いた。
ケイもレイサの表情に何かを感じたのか、どう声をかけるか迷っている様子だった。
どう声をかけるべきか、そう思いふとテーブルの上に置いていた本を手に取る。
『何かを抱える子供との関わり方~変わるかもしれない五つのレッスン~』
ブラックマーケット内の古本屋に売られていた、安くて手にしやすい厚さのソレを手に取り、ページを捲る。
──────────────────────
これを手に取ったという事は、お前が何かしらの理由で子供との接し方に困っているという事だろう。
あくまでもこの本に乗っている例や文章は頼りにするな、基本的には題名にも乗せた五つのレッスンで学んだことを生かし自分に溶け込ませないと意味はない。
さて、まず最初のレッスンといこう。
【Lesson1】側にいろ
無理に聞き出すな、子供から悩みを無理に聞き出すのは、愚かな行為だ。
故に、その子が話したくなるまで寄り添え。
無理に会話をする必要はない、会話を盛りあげる必要もない。
ただ側にいて、いつでも話せるようにしろ。
いつでも耳を傾けられるようにしろ、いつ話しかけてくるか分からねぇのが、子供だからな。
『子供の悩みを聞く』
『自分で解決する方法を考えさせる』
『自分で解決できるよう導く』
『俺らがサポート出来そうなことを考える』
これら全部を一度にやらなきゃいけねぇのが、俺たち大人の辛い役目だ。
──────────────────────
Lesson1、側にいろ……試してみるか。
即座に俺は本を閉じてテーブルに置き、レイサの入った部屋に向かい、ノックをしたが返事は戻ってこない。
「あー、その。入っていいか?」
俺の言葉に、返事は戻ってこない。
扉一枚に隔てられた壁は、薄い筈なのに分厚く感じる。
試しにドアノブを捻ると、鍵がかかっていなかった。
「は、入るぞ?」
そう言いながら、部屋に入る。
カーテンのしまった部屋は電気がついておらず、真っ暗だった。
ベッドの横に膝を抱えたレイサがいた、ゆっくりと物音をたてないよう隣に座り、取りあえず天井を眺める。
レイサは一瞬此方に視線を向けるも、即座に下に視線を向ける。
この後はどうすりゃいいんだ、ただ側にいるのは気まずい。
よく世の中のカウンセラーや先生はこんなのをやって来たな…。
誰か、いやもう誰でも良い私を導いてくれ……。
Lessonの続きを読んでくればよかった、でも全部読んでたら時間が掛かりすぎるし。
そんな時だった、レイサが斜めに揺れ俺に体重が預けられた。
驚いたが、何も言わずただ受け入れる。
暫くすると、部屋の扉が開きケイが部屋に入ってきてレイサを挟むように反対側に座った。
「辛い時は一緒にいるのが仲間だと、モモイが言っていました」
何処か悲しげに笑いながらそう呟き、レイサにくっ付くケイ。そんなケイにレイサはピクリと驚いた様子を見せたあと、静かに涙を流していた。
三人が寄り添うのを他所に、テーブルに置かれたパンドラの箱はパンドラの箱に、新たな封筒を表示していた。
パンドラの箱、更新情報なし
先生、新たな生徒です。彼女には貴方のような側に居てくれる大人が必要です、どうか彼女を導いてあげてください、お願いします。
ご愛読ありがとうございます。
1話のケイがアリスとゲーム開発部との思い出を追想するシーンですが、ココロという曲を聴きながら読むことをお勧めします。
歌詞の一部が本作のケイとマッチする部分がありますので。
お気に入り登録や高評価、感想等を頂けると続きを執筆するモチベーションとなりますので書いてくださると嬉しいです。