ロキシー=ペリパトスは冒険者を勧めない 作:Tamariba sizuku
「ロキシー女医、患者の方が一名お待ちになっています。すぐに対応を。」
「はぁ、分かった。患者には、あと少しだけ待っていてほしい、とでも伝えておいてくれ。」
診療所に来て早々、私、ロキシー=ペリパトスは仕事をしろ、という風に迫られる。巷では、私の話がチラチラ出回っているらしいため、その影響もあるのだろうか。最近は私を訪ねてくる患者が増えている。私個人としては、たまったものではないが、仕事は仕事。そう線引きをして、自身の感情はなるべく抑えている。
「で、患者の情報については。着替えながらでも、耳にはしっかり入れる。」
白衣を身にまといつつ、先ほどの医師に患者の概要を訪ねる。
「十代の女性で、職業は......冒険者ですね。」
「......またか。ここのところ増えてきたな。」
ため息をついて、一言ぼやく。噂が広がっていったのと同時に、何故かはわからないが冒険者を生業とした患者が増えてきた。正直言って勘弁してほしい。ここは冒険で負った傷を癒すための施設でも何でもない。お門違いだ、と言いたいところだが、仕事であるため突っぱねるに突っぱねられない。
「よし、問診につく。先に行って、先に書いていてもらったアンケート用紙だけもらっておいてくれ。対応する直前に目を通す。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
少しの後、医師が用紙をもって戻ってきたのを確認すると、それを受け取り、粗方確認する。
「それじゃあ、後は頼んだ。ここからは私が担当する。」
ゆっくりと戸を開けると、すぐに席について患者と向き合うような形で、問診を開始する。
「君が、冒険者のフライ=ミロウさんで大丈夫だろうか?」
「はい、先生。今日は、よろしくお願いします。」
フライ=ミロウ、聞いていた通り十代で、その後半に思われる女性。緑色の光沢をもつ髪が特徴的で、ゆったりとした調子で話す。おとなしいタイプであると見受けられる。職業は冒険者で、ランクはなし。腰のベルトに魔導書が付いているが、あの形状はアルス・ヌーボーのものだろうか。
「今日は、ここ最近気分がすぐれない、ということで来たらしいな。病にかかった前兆も症状もなく、持病もないわけであるため、心的要因が関わっているのではないかと。そのような了見でここを訪れた訳だな?」
「......そうですね。実は、すでに原因は自分の中で検討が付いているんです。」
「......。というと?」
フライ=ミロウは、苦々しそうな顔を浮かべた後、意を決したように私に向き直ってこう述べてきた。
「私、冒険者向いてないんじゃないかって。今更かもしれませんが、やめないのかやめるのかずっと考えてたのが、今になってはっきりとしてきて。それで、ストレスを感じてるんだと思います。」
「......ふむ。それで、転向の相談をするために私のところに来たと。」
明らかにくる場所を間違えている。転職の案内なぞしていないぞ。今の彼女の一言で意識が飛びかけたが、一応患者である彼女を門前払いというのは医師として間違っていると考え、最後まで話は聞くことにする。
「はい。相談するならここがいいって、冒険者の先輩に勧められて。」
「なるほどな......。君、後でその冒険者についても追加で教えてくれ。今、私の方で必要な情報になったから。」
「はい......?わかりました?」
後で、彼女から聞いた情報でその冒険者の事は詰めることにして、問診を再開する。
「......それで、もう少し君がなぜ冒険者についてそんなにも思い悩んでいるのか、教えてもらってもいいかな?」
「了解です。かいつまんでお話しますね。」
そこからは、彼女がどうしてそのような考えに思い至ったのかを、懇切丁寧に教えてもらった。
まず第一に、彼女は戦うことが苦手らしい。モンスターを前にすると、その見た目の恐ろしさ、武器を持つことへの抵抗、さらには立ち向かうべきかそうでもないかの判断もできないと。......そのため最近、他の冒険者とパーティーを組んだ際に、ダンジョン内での行動方針を決める時になって、揉め事になってしまった。それが彼女が今まで思い悩んでいたことを明確に理解し、やめることも考慮するトリガーになったと、そう言った。
「それでいて、まだ決めきれずにいるため、先輩とやらに勧められてここに来たと?」
「そうなりますね。我ながら、決断する力のなさにあきれてしまいます。」
フライ=ミロウは一つため息を零して、視線を落とした後にもう一度私に向き直る。
「先生、私は冒険者を辞めて、他の仕事に切り替えるべきでしょうか。私では、判断が付かなくて。答えて、いただけないでしょうか?」
答えを、助けを求めるような目を向けられる。しかし、彼女は彼女なりに考えている。精神的に不安定、という風にも見て取れない。彼女はこんなところに来ずとも、答えを得られる人間である。診断結果は、以上の通りだ。だから、私は医師として、ここで切り上げることにした。
「......。私から、ここで何かあなたの判断を鈍らせるような発言は一切できない。最後に選ぶのはあなただ。すまないが私の領分ではないのだよ、申し訳ない。」
「そんな......。本当に、何も言えないのですか?」
「ええ、残念なことに。わざわざ足を運んでいただいたのに、話を聞くことしかできないのは非常に心苦しいがね。」
方便だ。彼女を遠ざけるために、あえて非情な言葉を使う。それが、今の私にできる一番の気遣いだ。
「......分かりました。お話を聞いてくださり、ありがとうございます。」
「うむ。問診についてはこれで以上だ。ストレス等で眠れていないのなら、数日分の睡眠薬を処方することも可能だが。」
「いえ、そういったことは特にないので......。大丈夫だと思います。」
フライ=ミロウは、ドアを開けて出ていく際に、一度だけ振り返って言葉を続ける。
「改めて、お話を聞いてくださってありがとうございます。それでは、失礼しました。」
ガラガラと戸が開かれて、彼女がこの場を後にしようとする。
その時だったか、一瞬見えてしまった。彼女が、ベルトに取り付けられたあの魔導書を、強く握りしめているのを。
「......やめるしかないのかな。」
その呟きを聞いた後の私の行動は、本当に悔やまれる。なんと愚かしいことをしてしまったのだ、と。同業者が聞けば、頭を抱えるのではなかろうか。
「......っ、フライ=ミロウ。一度待ってはくれないだろうか。」
「......先生?どうしたのですか?」
部屋から立ち退こうとしていた彼女は、不思議そうな顔でこちらを見やる。
「今から言うことは、戯言だと切り捨ててもらってもかまわない。その上で、付き合ってはくれないかな?」
「......はい。分かり、ました。」
そして、私は私個人として、個人の見解を彼女に話し始める。
「フライ=ミロウ。君は、冒険者という存在についてどのような認識でいる?」
「えっと......。たくさんの功績を挙げて、国や生活する人々に成果を持って帰る職業......ですか?」
「大方その認識であっているだろうな。それでは、君の思う‟功績‟とは何か、聞かせてもらえるかな?」
そう質問をすれば、彼女は顔を俯かせて落ち込んで答える。
「......生活を豊かにするために、魔物をできるだけ多く狩ること。私の苦手としている、モンスター討伐です。やっぱり、それを怖がっている時点で、冒険者にはならなければよかったのではないか、なんて想像してしまうのですが。」
「うむ、間違ってはいないと思うぞ。魔物を狩ることは、冒険者を思い浮かべるなら真っ先に出てくる仕事内容だ。それを夢見て、冒険者になった奴の話も度々耳に入ってくる。」
「ですよね...。」
「けれど、それだけが冒険者ではない。君は、‟何を夢見て冒険者になった‟?」
そう質問すれば、彼女ははっとしたような表情になって、その質問に答える。
「私は、色々な場所をまわってみたかったんです。色々な場所を見て、感じて、自由に生きてみたかった。だから......。」
「君の持つその魔導書は、その自由の象徴なのではないかと、そう勘ぐってしまったが。違うかね?」
そう指摘してみれば、彼女は体をビクリと震わせて、顔を赤くして魔導書を両手で抑える。
「そんなに......分かりやすかったですか?」
「あぁ、肌身離さず持ち歩いているのだろう?大事に扱っているのだと、そう感じたよ。」
そう聞けば、彼女は参ったな、といいたげな表情で反応する。
「私が冒険者になったきっかけなんです、アルス・ヌーボーは。」
「その魔導体系は実に自由でいて、汎用性が高いからな。君のような人物がその道に惹かれるのも理解できる。探索が好きならば、どのバイオームまで進出しているのか聞かせてもらうことはできるかな?」
「オーバーワールドのバイオームは大抵回ってますね。......最近揉めたパーティーで行った場所なんですが、ネザーなんですよね。場所が場所なだけあって、メンバーもピリピリしていたのかもしれません。」
「ネザーに行ったのか!?......ギルドの許可が出たんだよな?その若さで、すごいな。」
彼女の口から飛び出した別ディメンションの名称に、内心横転してしまう。この冒険者、自身の評価が低すぎるのではなかろうか?
「コホン。話を聞いていて思ったが、君は随分と心配性というか......臆病なのだな。」
「そうですね。色々と怖がって、下がらなくていいところで下がってしまったり、味方の判断と違う方向で行動してしまったり、迷惑をかけてしまうこともあります。」
「ん?随分と悲観的な言い方を君はするが、これは誉め言葉だぞ?」
「......へ?」
私の発言がそれほどまでに予想外だったのか、彼女は目を丸くしてものすごく間抜けな声を上げる。その反応に、思わずクスリと笑ってしまった。
「ふふ、臆病というのは冒険者に必要な資質、技能であると私は思う。なぜなら、それは自分の身を守るうえで重要なストッパーになるからな。」
「ストッパー?」
不思議そうな顔で訊いてくる彼女に、私は答える。
「そうだ。冒険者という職業はその性質上、命を危険にさらす場合がある。判断を誤れば、そのまま亡くなる奴だっている。あこがれる者が多く、夢のあるものだと認識されることもあるが、その実態はまるっきり良いとは言い切れない。そんなピーキーな職業でもあるのだよ、冒険者は。」
そう前置きをした上で、私は続ける。
「そんな職業に就く時に、重要なものは何だと思う?強さだろうか。はたまた生まれつきの才能か。私は違うと考える。私が冒険者をやる中で、最も重要だと感じるのは......どこで撤退するのか、それを判断するための局面を見極めるための力だ。一見、二の次に来る能力だと思われがちであるが、相手は魔物だ。私たちの想定していない角度から予想外な横槍を入れてくることだってある。その結果、対応に遅れ、相手に翻弄された結果、命を落としてしまう冒険者も少なくないのだ。残念なことにね。」
「......なるほど。」
「はっきりと言ってしまおう。君のその臆病さは自分はもちろん、仲間を救うことにもつなげることができるのだよ。これは素晴らしいことだ。事前に危険から身を守ることができるし、危険な局面にそもそも結びつかなくなるから、生存率は段違いに跳ね上がる。......言葉だけだから、伝わりにくい部分が多いかもしれないが、君にこそ冒険者として活躍してほしいと思うくらいだよ。自論の押し付けになってしまうから、これ以上は何も言わない。......ここまでかな?私が言えるのは。」
伝えることは伝えた。後は、彼女・フライ=ミロウの判断だ。
「......わかりました。考え直してみようと思います。もう少し考えてみて、揉めたメンバーとも話し合いたいです。」
「うむ、それが賢明だろうな。どのような選択をするにしろ、私は君の判断をけなしたりしないし、むしろ肯定しよう。」
「ありがとうございます。......あなたに相談できて、本当に良かった。」
「いやいや、私はただ私の思っていることを口に出しただけだ。戯言だと、そう切り捨ててもらって構わないと、いっただろう?」
自分のこれが必ずしも正しいとは思わないし、過信はして欲しくなかったが......どうやら、手遅れらしい。
「先生の言葉、そんな風に無下にするわけないでしょう?任せてください、後は大丈夫です。」
「......参ったな。」
やり過ぎたことをようやく理解し、私は頭を抱えて深くため息をついた。
「ロキシー女医、今回もですか。」
「あぁ、今回もだ。......全く、私は何をやっているんだか。」
問診は終わり、フライ=ミロウはご機嫌な様子で帰っていたが、私はひどく落ち込んでいた。
「なぁ君。やはり私は医師に向いていないのではなかろうか。」
「でしょうね。向いていないと思いますよ。」
「......即答は、どうかと思うが。」
肝心の部下もこの調子で、私に寄る辺はない。全く、どうしたものか。
「向いてはいませんが、国から認められているわけですから、私からこれ以上何か言うことはありません。......しいて、何か言えるのなら。」
「何か言えるのなら?」
部下はニッコリとして、私に向かってこのように言い放つ。
「毎日届く女医宛てのファンレ......手紙、早く何とかしてください。」
「何とかって......今日は何通だ。」
「軽く二十は超えてますね。」
「勘弁してくれ......。」
「皆さんに女医の住所でも、教えましょうか?」
「ほんとに勘弁してくれ!?」
部下にプライバシーを握られて非常に情けなくはあるが、これが私の日常だ。適材適所とは程遠い職場で働かされて、その結果得た負の遺産に悩まされる毎日。うんざりすることもあるが、たまにであればいいことだってある。
「あれ、そのソースベリーのロールケーキ......。作ったんです?」
「いや、先ほどの患者からもらった。......お礼、だそうだ。」
「......またたぶらかしたんですね。」
「たぶらかしてないが!?」
まだまだ頭を抱える毎日は続きそうである。