ロキシー=ペリパトスは冒険者を勧めない 作:Tamariba sizuku
「......以上だ。処方する薬については、後から説明が入る。受付で話を聞いてその手順に従ってくれ。」
粗方の話を聞き終えて、私は患者との問診を終える。この一連の流れを続けてきて、すでに百年近くが経つが慣れはない。どっと疲れがこみあげてくる。
「お疲れ様です、ロキシー女医。今回はしっかりとした問診でしたね。とても安心しました。」
「えぇ。余計な小言のない、手順通りの工程でした。お見事です、お嬢様。」
「君たち......私をバカにしているだろう。後、お嬢様というのはやめろ。」
余計な回り道もなく、普通に問診を終えただけでこの言われよう。いつもがおかしいのは認めるが、ここまで言わなくとも......。
「平常運転が八割、普通の問診が二割です。この現状、どうお考えなんです?」
「ぐぬ......。」
部下に私の問診方法が破綻していることをありありと突き付けられて、私は押し黙るしかなくなる。
「あきらめるのが吉かと。どういたしましょうか、お嬢様。」
「やめろ、と言っているだろう、"アスター"。もう一度呼べば、金塊はなしだからな?」
「......あなたという人は、ひどい二択を強要される。どうしたものか......。」
「スターバンクルが金塊を悩む、だと......!?」
本当に奇妙な運命を引いたと思う。冷静で、生真面目な、スターバンクルとは。とんだ異端児である。
「......女医、アスターさんと戯れるのもいいですが、先ほどの問診を受けた冒険者に一人付き添いがいたのですが。その人物から言伝が。」
「あぁ、すまない。こいつを一旦魔導書に戻しておくから、その後に聞かせてくれ。」
「それはあまりにも酷ではありませんか!?おじょ......!!」
悲痛の叫びのようなものが聞こえた気がするが、おそらく気のせいだろう。私は部下に向き直って、話を聞く体勢をとる。
「それではお聞かせしますね。‟急遽ですまないが、冒険者ギルドの方から呼び出しだ。患者に付属する形で話を持ち掛けてしまって申し訳ない。悪いが、ギルドの方に直接行って連絡を取ってくれ。‟だそうです。」
「......はぁぁぁぁぁ。」
ものすごく深くため息をつく。正直に言おう、めちゃくちゃにめんどくさい。十中八九、厄介な案件を押し付けられるに決まっている。突っぱねたい。けれど、水晶等での遠隔の連絡手段がない為、足を運ばないといけないのも事実だ。
「......今回は、私の方から願い下げしておくことも可能ですが。」
「いいや、問題ない。バックレたくはあるが、仕事は仕事だ。問診は区切りがついたし、準備するぞ。」
自身の荷物から、必要最低限のアイテムだけを取り出し、出かける用意を整えた。
「ロキシー女医、私もついていきます。用意はできているので。」
「......うむ。分かった、ついてきてくれ。」
そうして、私は部下と連れ立って、冒険者ギルドへと赴くことになるのであった。
移動諸々の時間経過が理由で、ギルドに着いたのは大体昼過ぎ辺りであった。時間帯もあってか、昼食を取りに来た冒険者で中はごった返している。
「どうしようか。昼を済ませてから話を聞こうか?」
部下に質問をしてみれば、少し考える素振りを見せた後に私に答える。
「ロキシー女医の好きなものを。私は何でも構いませんので。」
「......君の好きなものを。」
「構いません。」
当然のように私に主導権が返ってくる。困ったものだ、彼女と二人で行動する場合、大体このように選べる事柄をラリーする形になってしまうのだから。極力私に全てを任せようとする彼女に問題があると思うのだが、はてさてどうしたものか。
「......とりあえず、パスタでも食べようか。ほら、あそこに自慢げに売り出している場所がある。見に行こうじゃないか。」
「わかりました、行きましょう。」
ここで押し問答をしていても答えは出ないと考えて、パスタを売り出している売店へと足を踏み入れる。
「さて、君。ここは、いっせーのーで、でお互いが食べたいものを確認しようじゃないか。」
「......幼稚ではありませんか?」
「馬鹿にするなよ、君。出かけた先で楽しめるポイントを見つけるよりも作り出す方が難しくいて、さらに面白くなる、というものだ。」
「本当ですか......?まぁ、別に付き合うくらいなら構いませんが。」
しぶしぶながらに承諾した彼女に、私はしめしめと見えないところで得意げになってみる。ここで、自然な流れで彼女に選択肢を用意し、準備する間もなく答えさせる。......我ながら、自分が恐ろしくなってきたなぁ。
「それじゃあ、さっそく始めるぞ。」
「まぁ、いいですけど。」
渋い顔をする彼女と、いっせーのーで、で指をさし合った。彼女が指さしたのは......。
「......ほう、マトンパスタか。」
「イカスミパスタ......ですか?」
互いに趣向の違う品を選び、互いに興味を示し合う。どうしてそれを選んだのか、理由を共有する。
「ロキシー女医は、何故イカスミパスタを?......どちらかというと、子供っぽく思えてしまいますが。」
「分かってないな、君は......。この独特の風味がいくつになってもクセになって離れないんじゃないか!」
「子供っぽい......。」
「君の方は......なんというか、よく腹に入るな。乗せられる肉のサイズも選べるみたいだが......。」
「もちろん一番大きいのをいただきますよ。」
「さすがだな......。」
そうして、なんやかんや話しているうちに、頼んだ料理は出来上がり、それを持って席につくと食べ始める。
「それで、今回冒険者ギルドに私を呼び出したのは、だれだったか。」
「......主要都市にあるギルドの部署の一人のようです。急用も急用で、ロキシー女医を呼んで来てほしいと。」
「それはまた、前のランドのような旧縁の類じゃないよな?」
「いえ、その線は薄いかと。ロキシー=ペリパトスがギルドにいた記録は、もうほとんど残っていないと思います。」
「......ならいいが。」
探られていた、とかであれば話は変わってくるし、それが一番恐ろしいのだが、百年単位の話だ。ないと信じよう。
「お嬢様ご自身の身の回りの情報統制は完璧です。心配の必要はないかと。」
「うわっ!......いきなり出てくるな、アスター。もう少し自制しろ。」
「ですが、お嬢様。あなたほどの方に何かあっては、このアスター。気が気では......ちょっ、お嬢s」
いい加減、懲りてほしいものだが。話を聞いてくれそうもないので、雑に魔導書に戻す。
「......食べ終わったら、そろそろ顔を出しましょうか。ロキシー女医。」
「あぁ。そうだな。」
食器等を店に返却して、私たちはギルドカウンターの方で許可をもらってから、スタッフルームに案内されることとなった。
「......あなたが、ロキシー=ペリパトスその人で間違いないだろうか。」
「あぁ、そうだ。周りからは、女医だとか、先生とか呼ばれている。好きに呼んでくれたまえ。」
「分かった。......それでは、ロキシー先生。今日はよろしく頼む。」
「こちらこそ、円滑な話し合いができるといいと考えているよ。」
部屋に入れば、高そうな皮の使われたソファーに座るように促された後、今話している屈強そうな男と対面する形になった。さすが、中央でギルドの役職持ちとなると、タダ者ではない風格を持ち合わせている御仁なのだと実感する。
「......それでなんだが、ロキシー先生。あなたの隣に控えている、その緑のフードの女性は?」
「あまり気にしないでくれ、私の部下だ。」
私がそう言えば、部下は彼に一礼して身だしなみを整えなおす。
「わかった。それじゃあ、さっそくではあるが話を始めよう。......君の医療技術についての話だ。」
そのように話を切り出せば、彼は一息置いてから話を始めた。
「貴方はここ、辺境のギルドの協力を得て、この辺りに住む人々の心境に寄り添う形で医療活動を行っている。それは間違いないだろうか。」
「あぁ。おおむね、正しいと言えるだろう。」
「その中には、ここを活動拠点にしている冒険者も含まれている。それで正しかったかな?」
「......間違いは、ないな。」
冒険者が患者に多いことは、否めない事実であったが、それをこんな形で突っつかれるとは思っていなかった。少し答えるのに躊躇う。
「その活動、中央でも始めてみるのはいかがだろうか。」
「と、いうと?」
「活動範囲を広げて、もっと冒険者の助けになって欲しい、ということだ。」
そういうことらしい。最近の冒険者ギルドは、そんなところにも手を回さなければならないのか、と驚いた。
「詳細を、もっと聞くことはできるだろうか。内情とか、そういうものに疎くてね。」
「わかった。......といっても、簡単なことではあるのだ。最近、枯死の影響がまた強くなってきている。小耳に挟む程度に、聞いたりしていないだろうか。」
「うむ。それは、風の噂で度々聞くよ。全く、しつこい害悪だ......。」
「それに伴ってか、その渦中に巻き込まれた一般住民や冒険者が肉体的にも精神的にも病んでしまっている事例が頻発している。手に負えなくなるレベルでな。」
「それは、人員が足りないのか?」
「いや。足りないのではなく、それを対象としてきた医者がいないのだよ。こんな事例、歴史書にも載っていない。初めてのケース、という奴だ。あの災害は学習する。小賢しい手で今までにない方向からの被害を引き起こし始めたのだ。」
「それで、偶然にもそれを対象としてきた私を見つけたから、その提案をしている。その認識で間違いないだろうか。」
「話が早くて助かる。そういうことだ。」
だいぶ困窮していることがうかがえた。少ない、ではなくいない、だ。どれだけ求められているかは容易に想像できた。
「確認なのだが、他の医者には声をかけているのか?」
「それはもちろん。......強要はしないし、そこまで重く考えていただく必要もない、と付け加えておこう。」
「......それは、助かるね。」
融通の利くギルド職員で助かった。胸をなでおろしながら、もう一つ質問をする。
「巻き込まれている人々の容態はどの程度のものなのだね?」
「それは......計りかねる。一人ひとりのメンタルと向き合えるほどの知識をこちらが持ち合わせていない、というのもあるが、なにより人数が多い。ひどい有様で、面目も立たないのだ。申し訳ない。」
深々と頭を下げられるが、私に下げるのは少々お門違いではなかろうか。頭を下げるとするなら......。
「せめて、渦中にあった人々に、その謝罪はあるべきだろう。もっとも、非は全てあの害悪にあるのだが。」
「......そうだな。少し、気持ちが逸り過ぎていたかもしれない。失礼した、ロキシー先生。」
「構わないさ。アレに思うところのあるやつは種族関係なく、大勢いるのだから。」
机に乗せていた手を握りしめながら、私は届くことのない苦言を呈していた。
「保留にするんですね、ロキシー女医。てっきり、あなたのことだから受けるのかと。」
「君には、私がそんな節操なしにみえるのかね?......まぁ、見えても仕方がないか。だが、今回は考える必要がありそうだからな。」
「そうですか......。」
今日はギルド職員の彼には、無理を言って考える猶予を与えてもらった。承諾した場合、様々な問題が付きまとってくることは確定しているため、許してほしいとは話した。
「それにしても、枯死の影響、か。面倒なことだよ。各地で治療行為を行う医者の身にもなってほしいものだ。」
「全く、お嬢様の邪魔をする輩とは......なんと、愚かn」
「......話し合いをしている最中はおとなしくしていると思ったら。アスターめ、懲りない奴だ。」
度々自力で魔導書から出てくるのは、いったいどういうことなのだろう。そんな根性で出てこれるとは思わないが......。
「......私は、反対ですよ。ロキシー女医。」
「そのような意見も分かる。実際、どれだけの費用がかかるのかも、ここの冒険者にも伝えておく必要も、色々とやるべきことが増えてしまうわけだからな。君にその負担の一部を背負ってしまうことにもなるわけだから、君が反対するなら私も......。」
「そういうことじゃ、ないでしょう。」
言葉を遮られ、私は彼女に碧色の瞳を向けられる。
「あなたが、中央に行くこと自体に反対しているんです。理由、分かりますよね。」
「......やはり、ついてきたのはそのためか。君。」
そんな呟きも気にせず、彼女は言葉を続けた。
「......あなたは、もう無理をしないでください。ロキシー=ペリパトス。」
「......それは無理なお願いかもしれないな、"スピカ"。」
そう名前を呼ばれた部下は、しばらく私と向かいあって何も言わなかった。