自分を英雄だと勘違いしている元男がダンジョンに潜るのは間違っている 作:札幌53位
誤字修正を行いました(2025/08/11)
今日はダンジョンに潜ろうと思い、街を出ていたところ────西の方から、巨大な爆発が上がった。混乱する住民、慌てて走ってくるギルドの職員たち。
「戦争か…?」
前世で見た、嫌なビデオ映像が頭を過ぎる。街が火に包まれ、人々が水の中でさえ焼け死ぬ地獄のような光景。
修学旅行で見た、戦争の記録は否応なしに俺の心をざわつかせる。
「止めないと……街の人が傷つく前に…!」
人混みを掻き分け、戦場に立つ。盃のエンブレムに、太陽のエンブレムを付けた連中が、何者かを追い回している。
相手は【ヘスティア・ファミリア】か。
「戦士としては失格だが……このアエルテス、民草を傷つけるものに容赦はない!覚悟しろ!」
まずは屋上に飛び乗り、弓や魔法を放っている者たちに斬りかける。
「なっ!?貴様は……ぐわっ!」
「争いをやめろ。さもなくば、ここで全員屍を晒すことになるぞ」
これまでで、一番冷たい声が出る。遺伝子レベルで刻まれた非戦主義者の魂は、それを止める為の刃となって秩序の敵に向けられる。
「び、ビビんな!相手はたかがLv.2だ!囲っちまえば問題はねえはずだ!かかれ!」
「すまないが、対人は経験済みだ。『我は光、我は終。汝が炎抱く限り、全てを灰に帰さん─────」
「やべえッ!?魔法だ、早く止めろ!」
魔法を唱え始める。詠唱を阻止するために矢が飛んでくるが、最小限の動きでこれを回避し、開眼とともに詠唱を完了させる。
「────我を包め、光封の鎧』…争いを終わらせろ、【リュクシオン】ッ!!」
炎が胸から噴き出し、首筋に痛みが走る。炎は外套となって俺を包む。折角だ、顔を隠して戦うことにしよう。
ロキに迷惑をかけたくないしな。
「ま、非戦なんてリヴィラで散々暴れた俺が言えた義理じゃねえけどな。だが!」
跳び上がり、司令官と思しき男の首根っこを掴み、延焼させる。俺の耳に悲鳴がこだまする。周りの敵が一斉に動揺する気配がする。
「一般人を巻き込みやがって、タダで帰れると思うなよ」
「そんな…!あいつはアビリティオールCだぞ!?」
「はっ、雑魚みてえなセリフ吐くじゃんか。どうした?Lv.2の冒険者ひとりがそんなに怖いのか」
挑発には乗って来ない。なら、俺から出向いてやろう。昨日のパーティーでは暴れたりなかったからな!
「ひいっ!?来るな!来るなァァァ!!!」
「武器を構えろ!相手は一人だ、全員でかかれ!」
盃のエンブレムを付けた連中が一斉に襲いかかってくる。剣を抜いて突こうとしてきた者の攻撃を交わし、それを脇に挟んで叩き折る。
相手はLv.1か。なるほど、これがLv.1とLv.2の差だな。児戯のように蹂躙できる。
「ぐああっ……!?う、腕が…っ」
そのまま背後まで迫ってきていた刀使いに今腕を折った剣士を振り回してぶつけ、屋上の瓦に強く叩きつける。
横から挟んで攻撃しようとしてきていた二人を蹴り飛ばし、飛んできた炎魔法を誘引し、フレイモスに吸わせる。
「まっ、魔法さえ!?」
「うおおおっ!覚悟しろっ!」
「がっ!?は、離せ……!」
フレイモスでエンチャントされた剣を叩き落とし、燃えたぎる手で顔を掴む。
「お前も舞うか?」
どんどんと端正な顔が焼け焦げていく。街中で戦争を起こす奴らにはお似合いの末路だ。
続けて棒使いが錫杖を振り回してくるが、これをバク転回避して顔面を蹴り飛ばし、壁に埋める。
「応援を呼びなさい!『リトル・ルーキー』は本隊が追跡中よ、予備戦力を全部回して!」
「烏合の衆とはいえ司令官はマトモだな」
そう呟くと、司令官を狙われると焦ったのか素手のアマゾネスが殴りかかってくる。女の子相手に顔や腹を殴るのは可哀想だ。
少しばかり手加減してやろう。
「やあああっ!かッ───ぅあ…」
回し蹴りで顎を蹴り、意識を飛ばしてからその肩に乗り、司令官のいる方まで跳ぶ。着地する直前に炎を操り、爆発させて雑魚散らしをする。
「かかったなアホが!今だ、砲撃撃て!」
雷撃や氷が飛んでくる。だが、俺の【リュクシオン】は
「勘の鋭いものは奴の
敵で出来た人混みを片付けて、ようやく司令官の姿が見える。赤いショートの髪の女。ダフネ、やはりお前だったのか。
パーティーの最中もずっとアポロンの隣にいたぐらいだ、相応の地位にあると思っていたが、現場司令官とはな。
だが、
「死ね!」
「遅すぎる。」
斬りかかってきた者を死なない程度に斬り、槍使いが突いてきたところを躱してその背中を斬る。炎を纏わないフレイモスで浅く斬られたぐらいなら致命傷にはなり得ないだろう。
「くらいやがれ!『
飛んできた爆弾を掴み、そのまま後ろにいた敵に手渡す。
「早めに返してやる。」
「えっ!?あ、うわ、うわああっ!?」
そのまま蹴り飛ばし、背後で敵は爆発四散する。爆風を利用してダフネまで近づこうとしたが、飛距離が足りない。
瞬時に飛んでくる投げナイフを投げ返し、二人ほど撃墜する。
フレイモスを握り締め、ダフネへの道を斬り開いていると、倒れていた魔法使いから風魔法が飛んでくる。
唐突だったのでされるがままに吹き飛ばされる。距離にして約30
服についた砂埃を払い、フレイモスを水平に構える。
「業火滅却!」
建物への被害を与えないために、水平方向にフレイモスの放射機能を使う。チャージ時間はおよそ3時間分。これが周りを巻き込まないギリギリのラインだ。
「魔法範囲が大きい!通路に逃げて!」
「そうはさせん」
フレイモスを振り抜くと同時に敵後方まで跳躍。狙うは司令官たるダフネ一人だ。
剣を振りかざすが、ダフネの細剣では受けきれまい。
「ウチも人気になったもんだね……っ!?」
「兵を引け。でなければ、お前の顔を焼き崩す」
フレイモスでの連撃。細剣ではどう足掻いても長剣には勝ち得ない。それが、同格であれば尚更だ。
「………ウチだって、やめられるなら辞めたいっての!」
大きく後ろに跳躍したダフネに、フレイモスを向ける。
「仕方ない。なら、気絶させるまで」
使いたくはなかったが、致し方あるまい。
人間相手に使うとどうなるかは、俺でも分からない。だが────多少の重傷は覚悟してもらおう。
「【エン・リヴィオ】」
付近で、爆発が起きる。俺の炎で引火した連中が、もれなく爆発していったのだ。かなりの重傷らしく、魔法を行使する部分…杖や手などが爆発して、しばらくは使い物にならなそうな連中が大勢出たようだ。
「まだやるか?ダフネ。お前の負けだ、これ以上立ってくれるな…」
炎に包まれながら、俺は降伏勧告をする。
「………もう、好きにして。けど、アンタの狙いのベル・クラネルなら…ヒュアキントスが向かってる。無事じゃ済まないよ」
どうやら、兵を引いてくれるらしい。そろそろ
ベルに関しては、心配ではあるが俺の預かり知るところではない。
そのまま俺は近場の井戸に向かって飛び込み、魔法を終わらせる。
水のある場所なら、使い勝手の悪い【リュクシオン】でもうまいこと使えるというわけだ。
「ふぅ、濡れててもすぐ乾くのは便利なところだな」
井戸に備え付けられている梯子を登り、剣戟が未だに聞こえる場所まで走り出す。なんだかんだでベルが心配だ。
知らないところで泣いていたら忍びない。
「ベル殿!助太刀に参りました……な、なんですかこれは!?」
「
「アエルテス殿がなぜここに…一部はヴェルフ殿が受け持ち、ナァーザ殿が後方から弓矢で援護をしていますが…まだまだ数が多く。」
「わかった。すぐに行く」
「それと!リリ殿が、攫われてしまったようです。仔細は分かりませんが、頭に入れておいていただけると」
ベルだけでなくリリまで狙われていたのか。アポロンの節操なしめ、小さければなんでも良いのか?だが非力なサポーターを狙うとは。
卑劣な奴だ。いいだろう、正々堂々真正面から取り返しに行ってやる。
「よかろう…!」
剣戟の音が止む。そして、聞こえてきたのは────ヘスティアによる、戦争受諾の宣言だ。それと同時に、戦いの気配は消える。
【アポロン・ファミリア】はこれが狙いだったようだな。戦争のために戦争を起こすとは、なんとも陰惨なやり口だ。
「ベル!ヘスティア!無事…ではなさそうだな」
見れば、ヘスティアには傷一つとしてないが、ベルは満身創痍だ。またヒュアキントスにボコボコにされてしまったらしい。
「アエルテス君か、聞いての通りボクたちは
真っ直ぐな目で見つめてくるヘスティア。協力したい気持ちは大きいが、助っ人がどれほど許されるかは分からない。
まして、
「それは良いんだが……俺は【ロキ・ファミリア】だ。おいそれと
「うっ……確かに。それなら、サポーター君を取り返すのに協力してもらえないかい?」
計画としては、来る
二つ返事で了承し、俺は【ロキ・ファミリア】に戻るのだった。
◆◆◆◆◆
「くそっ!どうなっていやがる!?」
【ソーマ・ファミリア】の
「なんで『
ザニスが怒るのも無理はない。ここ数日、全身に炎を纏った剣士が毎日のように【ソーマ・ファミリア】の団員たちをダンジョンの内外関係なく襲撃しているのだ。
その上、皆治療が必要なほど痛めつけられており、犯行現場には決まって「傷つけられた太陽」のマークが遺されている。
明確なる挑発行為。少しでも戦力を削ごうというアエルテスのゲリラ行為であった。
(アエルテス様が動いている…?いや、それにしては消極的なような……)
リリルカ・アーデの知るアエルテスという人物は、非常に単純で疑うことをせず、何か変なことを呟きながら「英雄的行動」を行う、ある種の異常者である。
故に、リリは疑問に思ったのだ。
「自分の知る
「ざ、ザニス様……外で一体なにが…?」
「アーデ、お前は黙っていろ!クソクソクソクソ…!高額上納者は殆ど全滅状態、残ってて使えそうなのはチャンドラだけ……!」
【ソーマ・ファミリア】の団員たちの質の悪さが最大限に利用されている。そう気がついた時には、ザニスに打つ手は無くなっていた。
焦るザニス。だが、泣きっ面に蜂のように
ザニスは慌てて出撃し、リリが逃げ出さないようにチャンドラを配置していく……が、チャンドラはリリを捕えていた牢獄の鍵を外す。
「ここで起きたことは、見なかったことにしてやる。行け、アーデ」
それぞれが各々のドラマを進める中…アエルテスは、全てを見通せるよう、高台に立ってその様子を見守っていた。
腕を組み、風に吹かれながら首に巻いたスカーフを揺らしている。スカーフは「モチベが上がるから」と持参した、ただの布だ。
「降りれんな……」
勢いに任せて登ったはいいが、アエルテスは降りられなくなっていた。高さにして40
冷や汗をかきながら、じっと誰も見ていないころを窺っているのだ。本人としては、あまり必死そうにしているのを誰かに見られたくないらしい。
「まったく…『
助け舟を出したのは、降りられなくて困っている様子を見かねたアスフィであった。
「二度と……登らねェから……!」
よほど恐ろしかったのか、ボロボロと涙を流すアエルテス。呆れながらアスフィが地上へ下ろすと、涙はどこへやら、ケロッとした顔でアスフィについていく。
忙しい人だな、と思いつつ、アスフィはヘルメスのもとにアエルテスを連れて行く。
「サンキュー、アスフィ。やあ、アエルテスちゃん。久しいね」
「オマエ……誰だよ!」
「忘れたのかい?悲しいねえ。ヘルメスだよ。おほん、ふざけていないで本題に入ろうか。」
「うす」
ヘルメスが路地裏まで歩いていき、アスフィが消音の魔道具を使用する。半径3
「さて…アエルテスちゃん、君は惜しくも『
「
嘘である。やけにシリアスな雰囲気で話し始めたヘルメスに合わせ、頷いているだけだ。
「君は惜しくも、一日差でベル・クラネルに追い抜かれた。偉業を成し遂げたのは、君の方が期間が短かったというのに。」
ベル・クラネルが冒険者登録をした、その二日後にアエルテスはオラリオに足を踏み入れ、【ロキ・ファミリア】の門を潜った。
ベルとミノタウロスとの死闘と、アエルテスと小竜の決闘は同じタイミングに行われた。ステイタスを更新したのが、どちらが速かったか…という差である。
「悔しくはないのかい?」
ヘルメスは、そこに付け入る。
甘い毒のように、ほんの少しの疵に言葉を塗りこんでいく。
「このまま行けば、ベル・クラネルは
「…………」
俯くアエルテス。ヘルメスは、まさに好機と見て畳み掛ける。
「逆境に立つんだ。英雄になりたいんだろう?それなら、【アポロン・ファミリア】に着くんだ。」
アエルテスは押し黙り、少しの沈黙の後に赤い目線を向け、口を開く。
「お前はそうやって、人を騙すのか」
ヘルメスの目前に迫る貫手。それを止めたのは、必死の形相のアスフィだった。眼鏡の奥には、焦りと怖れが見える。
「おっ……と、怒らせちゃったかな?ごめんごめん。今のは忘れてくれ」
「ヘルメス様!『
慌てて身を引くヘルメス。紅い視線がギロリと睨んで放さない。間にはアスフィが入るが、アエルテスはそれを無いもののように前に足を踏み出す。
「神を殺すつもりですか、『
「…………怒らせたか?すまんな、忘れてくれ」
突然、殺気を消してアエルテスが落ち着く。その顔に殺意はなく、してやったり!という悪戯っぽい顔を見せている。
ヘルメスは少し呆気に取られ、その後に大笑いする。
「っ、ははははは!君は相変わらず面白いな!神相手に殺伐としたジョークをかませるなんて!よほど罰当たりなのか、それとも──────もっと強い神威に当たったことがあるのかな?」
「さあな。だが、アポロンに着くってのはお断りだ。勇者は正義につくものだからな」
「そうかい。なら、君はどうやってLv.3に上がるつもりだい?」
少し考えるそぶりを見せ、アエルテスは意を決したように話す。
「ヘルメス、あんたの考える『偉業』とはなんだ?」
「俗人には成し遂げられないこと、かな。ゴライアスの単騎討伐もその一つだ。しかし、一度倒した相手を倒したところでレベルは上がらない。」
「それなら……俺は、竜を狩りたい。竜殺しは英雄の誉れだからな」
「………竜、ね。」
ヘルメスは血は争えないな、と思う。かつて【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が挑んだ『黒竜』。それへの敵対心は、やはり存在したのだと確信する。
実際のところ、なんか倒せたらカッコいいよね!ぐらいだったのだが。
「良いんじゃないか?24階層には、木竜がいるというし。
しかし、と付け加える。
「困ったな、実は
「は?」
「本当なら、君という超えるべき壁を用意することでベル君のやる気をもっと引き出させようとしてたんだけどね?君は断ってしまったわけだし」
「おい、先に言えよ」
「いやあ〜、それがねえ。頼みの綱のアエルテスちゃんは無関心ときた!いやあ、どうしようもないなあ!これは!はっはっは!」
頭を抱えて笑うヘルメス。
「こっ、こいつ……っ!」
「アポロンは『二人までの助っ人』を許してる。1枠はリューちゃんに頼むとして……あと一人、【ファミリア】にあまり縛られてない、上級冒険者がいればなぁ!」
「は、や、く、言えよぉ〜〜っ!!!」
胸ぐらを掴み、ガクガクとヘルメスを揺らすアエルテス。アスフィがため息をつき、一つの兜をアエルテスに手渡す。
「透明になれる兜です。これで密かに現地入りし、敵の本陣に潜んでください。」
「あっそうなのね?俺は嵌められたのね?初めから俺が断ること前提で話を進めてたんだね?おい!卑怯!卑怯だぞヘルメス!」
「はっはっは!神を出し抜こうなんて思うんじゃないぞアエルテスちゃん!君のような単純な娘が考えることなんてお見通しなのさ!」
「畜生めぇえええ!!!大っ嫌いだバーカ!
路地裏に、静かな絶叫が響いた。
◆◆◆◆◆
こんにちは、ものの見事に騙された冒険者こと、ヘリオドーンのアエルテスです。
「バカやな〜アエたんって根本的に人を疑うことせんのな。そろそろ学んだ方がええで」
目の前に座すのは、嘘と駆け引きの大得意な悪神にして俺の主神であるロキ様です。ちなみにこの前に、ロキから「出された毒飲んで死にそう」と言われました。
解せぬ。が、確かにそうなのかもしれない。チクショウ。
「だ、だってぇ……なんでもかんでも疑って掛かってたら、誰も信じられなくなるじゃん……」
「まあウチは変わらんでええと思うで。それがええとこやと思うし。せやけど、罠ぐらいは気付けるようになろうな」
ご尤もである。結局、
アイズ先輩とティオナはベルの特訓で手が離せないのだとか。ベル、安らかに眠れ。
「んじゃ、ステイタス更新するで。服脱ぎや」
もはやロキの前で半裸になるのは慣れたものだ。
──────────────────
【アエルテス・ヘリオドーン】
Lv.2
《基礎アビリティ》
力:D509 耐久:B721 器用:D500 敏捷:E468 魔力:C698
《発展アビリティ》
不屈:I
《魔法》
【リュクシオン】
・
・自身を含めた周囲に延焼する。
・詠唱式『我は光、我は終。汝が炎抱く限り、全てを灰に帰さん。我を包め、光封の鎧』
・解放式【エン・リヴィオ】
【】【】
《スキル》
【
・逆境時、全能力の超高補正
・精神汚染軽減
・死への恐怖無効
・刻印顕現中、成長補正
【
・炎に対する高耐性
・火炎誘引
──────────────────
やはり耐久の伸びがすごいな。燃えている間はずっと伸びているのだから妥当ではある。
それに、刻印顕現中の成長補正もあるのだ。以前よりも格段に強くなっている。ヘルメスの示した木竜の推奨討伐ランクはC〜S。
もうじき挑んでも良い頃合いだろう。
時間も遅いので、ベルの訓練の様子を見に行くことにした。いつもの訓練場所に近づくにつれ、剣戟の音とベルの悲鳴が聞こえてくる。
「おっ、やってるやってる」
城壁の上まで着くと、ティオナとアイズ先輩がベルをボコボコにしていた。すでに満身創痍のベルは、スタミナが切れたらしく地面でぐったりしている。
「あ、アエルテスじゃーん!アルゴノゥト君の様子でも見に来たの?」
「殺されてないか心配でね。俺のときは死ぬギリギリまで痛めつけてくるじゃんよ」
アイズ先輩との特訓は、力加減はしてくれないもののまだ致命傷は狙ってこない。あっても、当たる前には止めてくれるのだ。
だがティオナ、こいつはヤバい。可愛らしい顔をしているが、俺が訓練に慣れたと見るや否や、面白がってガチで殺しにくるのだ。特に、『不屈』のアビリティが付いてからはそれが顕著になっている。
「来たんだ。アエルテス…最近来なかったから、カリキュラムが溜まってるよ」
「え?」
「あ、知らなかった〜?アイズ、アエルテスを鍛えるのにハマっちゃったのか、毎日の訓練メニューを考えてたんだって」
「それは……すまない。アイズ先輩の気持ちも知らず」
「いいよ、今来てくれたから。じゃ…やろっか」
アイズ先輩が剣を抜く。ここで剣をすでに抜いていなかった者はこの後、神速の突きを受ける羽目になる。
敵が戦闘態勢に入る前には抜刀する。これはアイズ先輩が良く口にしている言葉だ。
「うん、いいね。じゃあ、まずは同時に10回斬るから全部避け切ってね」
「冗談きついって」
返答よりも先に10回、ほぼ同時に斬撃が飛んでくる。こんなの、剣で受ける方が馬鹿らしい。バック転で一発目を避け、追撃の二撃目をギリギリで躱し、残りは逆に接近し、剣で弾いて止める。
「よく出来たね。じゃあ、次は……ティオナ」
無言で後ろから殺気を感じて屈む。どうやら、殺気を察知する訓練のようだ。これは前からもやっていたので分かる。
ついでに、飛んできた矢も掴んでそのまま矢を叩き折る。誰だ協力してやがるのは。
「ラウルのへたくそー!ノーコン!」
ティオナが街に向かって叫ぶ。ラウルさん?何しれっと協力してんですか?
話を聞くに、アイズ先輩が
曰く、これからは毎日ランダムな時間に弓矢が一発飛んでくるのだとか。
怖いって。ねえ、この人たち怖い。
「上出来だね。じゃ、実践してみよっか。目隠しして、私の攻撃を防ぎ切ってね」
鬼畜か。見えてても防げるか怪しいというのに。だが、これもカリキュラムならば従おう。目元に黒い布を巻き、構える。
普段ならば前だけを見ていればいいので感覚をあまり鋭くしなくても良い─────が。今は何も見えない。
故に。
「我が心は不動。」
敢えて剣を鞘にしまい、抜刀の姿勢を取る。構えたのは、居合だ。感覚を鋭敏にし、たった一つの足音さえ聞き逃さない。
「しかして自由に在らねばならぬ。」
サンダルを踏みしめる音が、一瞬だけ聞こえた。ここだ!
「即ち是、無念無想の境地なり。」
強い金属音と共に、
…そう思ったのも束の間。背中に強い衝撃を感じ、わずかな浮遊感のあとに地面を転がる。
「なっ、え、えっ!?俺防いだ、防いだよ!」
目隠しをとって確認すると。キックを振り抜いたアイズ先輩が立っていた。二方向から来るなんて聞いてないぞ!?というか、こういうのって一方向からだけじゃないのかよ!
「暗い場所だと、こういうこと良くあるから……慣れて」
「経験談かあ?為になるなぁ…!」
半ば怒りを込めて言うと、アイズ先輩は可愛らしく首を傾げる。ないのかよ。
「こういうのは、
「まずは中層を攻略してからだけどね」
え、という顔をされる。アイズ先輩、まさか俺がもう中層を攻略し終えたと思っていたりするのか?そんなわけない、まだ俺なんかペーペーだ。
アイズ先輩に一撃も与えられていない時点で、俺の腕は大したものではない。
「そんなこと、ないと思うけど…」
そう伝えると、アイズ先輩は否定してきた。
「駆け引きについては出来てるしね〜、あとは基礎力を伸ばすだけだもん!てか、あたしたち見てたんだよ、アエルテスが【ソーマ・ファミリア】の団員蹂躙するとこ」
「普段のアエルテスの剣は…こう、まっすぐだけど、怒ってる時のアエルテスの剣は……いやらしい?」
「いやらしいってなんですか」
「言い換えるなら性格が悪い!魔法使いから優先的に潰したり、いちいち斬り合わないで動けないくらいのダメージを負わせて放置するとか、司令官をボッコボコにして戦う気を無くさせたりとか!」
「………」
思い当たる節はあるが、それは相手が理知を備えた人間だから成立するのであって。魔物との戦闘には役に立たないんじゃないか?
「魔物との戦いも、同じ。駆け引きがある。魔物は頭が悪いから、余計に引っかかりやすい」
なるほどなあ。魔物との戦いだからこそ、というわけか。今度から意識してみるとしよう。
「……ベルも、気をつけてね。聞いてた?」
「えっ?あ、はいっ」
なんだ起きてたのか。
これ以上邪魔するわけにもいかないな。俺はここでお暇するとしよう。
「ダメだよ。まだ終わってないから」
城壁の上に響き渡る悲鳴の数が、一つ増えた。