自分を英雄だと勘違いしている元男がダンジョンに潜るのは間違っている   作:札幌53位

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異端児(ゼノス)

 

目の前に積まれている本の山。周囲は古い書庫特有の黴臭い匂いで包まれている。

俺は側に置かれているコーヒーに手を取り、一口含み、その香りを堪能する。実に芳しい。これは恐らく、中層で採れた実から作られたものだろう。

 

「んん〜っ……あっ」

 

背伸びをし、凝り固まった筋肉をほぐす。伸びの時、変な声が出てしまうのは俺だけじゃないはず。悪いな紳士諸君。

今の俺は眼鏡に濃い赤のパンツスタイルのジュストコールを着込み、髪はシニョンにして、片側は耳に掛けている。

 

どこからどう見ても、文弱な男装の麗人だ。

 

「パーティ戦の勉強をしたい、と言っただけなのに…」

 

俺が今いる場所は、バベルで一般公開されている図書館だ。本自体はさほど高価なものではないが、それが集まっている場所ともなれば中々ない。

ラキア王国や各国では在野の図書館は軒並み略奪されてしまうらしい。野蛮な。

 

「どうしてこう、本が山積みになるんだ…」

 

ローズさんは大変張り切っていた。そのため、パーティ戦だけに留まらず、それぞれの階層に出現する魔物の弱点、使う技、耐性、そして湧き層。

その他にも、ダンジョンにあるトラップの種類や過去の事件など、ありとあらゆる知識を詰め込もうとしてきていた。

 

「……続き、やるか…。なになに、これは…【アストレア・ファミリア】壊滅時の報告?」

 

ふむ。【アストレア・ファミリア】は、ダンジョンの30階層に赴いてからというもの、その殆どが消息不明。全滅したと目されているのだとか。

傷ついた女神アストレアはオラリオから出奔、それ以来見たものはいないという。

 

「……Lv.4が複数名いて、全滅?おかしい…強化種でも出たのか?」

 

強化種なら、第二級冒険者複数人がかりでも敗北することはあり得る。奴らは知恵をつけ、成長する。

それゆえ、この間のモス・ヒュージや小竜(インファントドラゴン)は、相性が良かったから勝てたと言っても過言じゃない。

 

「……いや、俺よりも格上の連中が11人もいて勝てない敵なんて…それこそLv.5から6相当の奴じゃないのか?」

 

他の【アストレア・ファミリア】について書かれた文献には、華々しい活躍ばかりが記されている。

どうやら、闇派閥(イヴィルス)との幾たびもの戦いを経て、『金炎の魔女』というのを倒したらしい。

 

…そんなに凄い人たちが全滅?あり得ないだろ。普通に考えて。

 

「これは何か…陰謀を感じるぞ」

 

「へぇ、陰謀を感じるのか。詳しく聞かせてくれよ」

 

「ヒュッ────って、イケロス様?」

 

うむむと唸っていると、いつから居たのかディックスの主神、イケロス様が隣の席に座っていた。本に熱中するあまり気が付かなかったようだ。

 

「よう、あの馬鹿(アポロン)以来だな?」

 

「何やってんすかこんなとこで」

 

「ま、色々あるけどよ……約束、忘れてねえよな?」

 

そういえば、一つだけ願いを聞くと約束したっけな。

ロキがこの話を聞いたら「陰謀や!巻き込まれたらアカン!」と騒ぎ立てるに違いないが…約束は守るのが勇者だ。

 

「もちろん。俺は何をすれば良い?」

 

「へへっ、流石は勇者サマ。んじゃ…ちょっと耳貸せ」

 

「うひぃ……こそばゆい」

 

イケロス様曰く、モンスターがもしオラリオに現れたなら、気にせず片っ端から始末して回って欲しい…ということだった。

多分何かを企んでいるが、まぁ変な話でもないので俺は快く了承した。

 

「頼んだぜ〜、【暁炎(エリュオ)】ぉ」

 

気楽な感じで言うイケロス様。ふむ、近々なにかあるのだろうか。注意しておこう。

 

そんなこんなで、すっかり夕方になったので図書館を後にし、日課の修行をしようと街を歩いていると。近くの通りから、悲鳴が聞こえた。

 

「なんだ…何が起こって────おい、マジかよ」

 

赤いマント……火精霊の護衣(サラマンダーウール)の下から巨大な片翼を出し、小さな女の子を襲っている、モンスターの姿がそこにあった。

 

「モンスター!?くそっ、今すぐ【ロキ・ファミリア】に援軍を頼め!」

「怖いよぉおおお!」

「バケモノめ……二度とそのツラ見せるなァ!」

「もうダメだ…おしまいだぁ!」

 

混乱が広がっていく。これを何とかできるのは…この場において、Lv.3冒険者の俺しかいないだろう。民衆の上をひとっ飛びし、剣を引き抜く。

持ってて良かった、フレイモス。

 

「この場は俺が取り仕切る……下級冒険者各員は民衆の避難誘導に尽力し、上級冒険者は逃がさないように囲いこめ!」

 

指示を出し、避難を促す…が。俺の後ろから、一つ石が飛んでくる。見れば、気の強そうな大男が石を投げつけ、憎しみの籠った瞳で魔物を見ている。

 

「出ていけ!ここはテメェらがのさばっていいような場所じゃねえんだよ!消え失せろ!二度とそのツラ見せるなぁ!」

 

「よせ、モンスターを刺激するな!お前が襲われたら…」

 

慌てて静止するが、そこから広がった憎しみは止まることを知らず。次々と怒りに満ちた人々から憎悪が投擲されていく。

このままだとマズい。魔物による虐殺が始まる。

 

「……ええいッ、間に合わなくなるよりかはマシか!」

 

フレイモスを構え、思い切り振りかぶる。翼を切り開いて、中にいる女の子を救出しなければ、怪我でもあったら一大事だ。

地上で魔物と戦うのは、これで二度目。次こそ無傷で勝利してみせる。

 

だが。

 

「なっ…お前は……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()が、モンスターに近づいていき、その手を取って離れていく。間違いない。

あれは、『姿を変える盗賊(リリルカ・アーデ)』だ。

 

「…………っ!ベル、まさか…」

 

お前は、魔物を守るというのか。いや、そんなわけがない。前世では確かに、「モンスター娘」は一つのジャンルであったが……。

お前は見ているはずだろう。誰よりも最前線で、その脅威を。決して分かり合える存在ではないのだということを。

 

「……いない。さっき、少し気配を感じたのだが…いや、そんなことはいい。今はアイツを追わないとな」

 

リリとモンスターが逃げていった路地裏に入り、忍者としての知識をフル活用しながら追跡する。当然、俺は足跡を消している。

逃げるならこれぐらいはしないとな。

 

「待て、少年!君が連れているのはモンスターだ!」

 

「それなら見逃してくれませんかねぇ!?どうせ私の正体も見抜いているんでしょう!」

 

「それとこれとは話が別だ!」

 

困った、迂闊に傷つけられない。リリに怪我を負わせるわけにはいかないからな。

ステイタスの暴力によって、もはやリリと並走しつつ、連れているモンスターをまじまじと見る。

 

「やはりあの竜女(ヴィーヴル)か…もしこれが皆に知れ渡ったら、あのギルド……黙ってませんね」

 

「はぁっ…はぁ……!なんなんですか!どうして抜き身の長剣を持ったままリリと同じ速度で話せるんです!?」

 

「そりゃあ…何かあったら守れるように」

 

「何か起こしてるのはアエルテス様では!?」

 

結局、たどり着いたのは【ヘスティア・ファミリア】の元拠点(ホーム)。廃教会の隠し部屋。リリと竜女(ヴィーヴル)に続いて入ってきた俺に、皆驚いている。

まあ、そりゃあそうか。ここにいるほとんどの人たちは俺が元々ここに居候していたとは知らないだろうからな。

 

「……オイ、なんでお前がここにいる」

 

「それが…ついて来ちゃいまして」

 

「ふざけろ、犬猫じゃあるまいし…」

 

ヴェルフが頭が痛そうにしている。ここには、ベルもリリもヴェルフも命もヘスティアも、この間俺を襲って来た春姫とかいう狐人(ルナール)もいる。

なるほど、ファミリアぐるみとはな……。

 

「で、これはどんなつもりだ?魔物を地上に連れてくるとは…放し飼いは感心しないぞ」

 

「アエルテス、これは……」

 

ベルから話を聞かされる。なるほど、この竜女(ヴィーヴル)はウィーネというらしく、他の魔物に襲われ、俺たちに追われ、傷ついて泣いていたから保護した……と。

 

「う、うわ……アエルテス殿が物凄い微妙な顔に!」

 

「僕も初めて見るよ……あんな顔」

 

そりゃそうだろう。モンスターが泣いていたから助けたって…この世界の人間から出てくる発想じゃないだろ。

元々、倫理観が現代日本人で都会っ子の俺でさえ14年間この世界で生きてきて、魔物が如何に危険で理解し難いのか理解しているというのに。

 

「なあ、ベルよ。」

 

「う、うん……」

 

「お前って結構ロリコンだったりするの?それも結構アブノーマルな」

 

「ロリ…コン?っていうのが何かは分からないけど…多分違うよ」

 

そんなわけないだろ。ヘスティアを見ろ、ロリ巨乳だぞ。リリを見てみろ。小人族(パルゥム)なんて正真正銘だし、ウィーネは見るからにロリっ娘だ。

一応、近くには(ミコト)や春姫がいるが……。

 

「ベル君!そうなのかい!?キミは小さい女の子の方が好きなんだね!?」

 

「ベル様、それは本当ですか!これは重要な話です!」

 

「ベル様、そんな……(わたくし)とあんな熱い夜を過ごしたではありませんか…」

 

「ベル、ウィーネのこと好き?」

 

四人の女性たちから迫られるベル。なるほど、これがハーレムというやつか。甘すぎて見ていて胃袋がムカムカしてくる。

まぁ、そんなことはどうだって良いのだ。ベルも夢に邁進しているということだからな。

 

「でだ。ベル…お前どうするんだ、これ。流石に見逃せんぞ」

 

「どうって……このまま、ファミリアで保護を……」

 

「分かってんだろ。このままじゃ長持ちはしない。俺は魔物を認めないし、周りの奴らもきっとそうだろう。特に…【ロキ・ファミリア】は。」

 

うぐ、と唸るベル。そりゃそうだろ。よしんば、ティオナやガレスさんが許しても俺やアイズ先輩、そしてフィン団長は許さないだろう。

俺も、今はファミリアを巻き込んだ流血沙汰にしたくないから矛を納めているだけだ。

 

「でも、僕は……」

 

「良いよ。わかってる。お前はそういう奴だ。俺はお前のそういう所を本気で尊敬してるし、好きだ。だがな」

 

「す、好きって…」

 

「誰かを救う、ということは誰かを救わないということなんだ。」

 

俺だって、誰彼構わず救えるなんて思っちゃいない。俺は未熟だし、手の届く範囲には限界がある。だからこそ、俺は救うべき人間を選ぶ。

それに──────神様は、きっと魔物まで救えなどとは言わないだろう。この世界は、そういう風に作られてないのだから。

 

「ベルをいじめないで!」

 

ベルが悩んでいると、ウィーネが前に立ち塞がってくる。ああ、そういう感じね…と、逆に納得してしまう。

この魔物は、可愛らしい容姿と健気な子供のような言動で、【ヘスティア・ファミリア】の牙を抜いていったのだろう。

 

「そうか、話は終わりか?なら俺は失礼する。」

 

この事をばら撒けば、ベルたちは破滅する。それは避けなければならない。俺も一旦状況を飲み込むため、踵を返して立ち去ろうとする。

 

「おい待てェ、失礼すんじゃねェ」

 

「み、命さん?」

 

「すみません、言ってみたかっただけです」

 

ごめん、タケミカヅチ様。俺…あんたのお気に入りを鬼滅キッズにしてしまったよ。許せタケミカヅチ…これで最後だ。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「ベル・クラネルが異端児(ゼノス)と接触した。」

 

ギルドの地下。神ウラノスのいる場所で、愚者(フェルズ)は言う。その声には、やや焦りがある。それもその筈。

ダンジョン内に時折現れる()()()()()。それが異端児(ゼノス)の仲間を焼き、少なくない被害が出ているからだ。

 

「黄金の炎についての調べはついているのか」

 

ウラノスは問う。フェルズは、【暁炎(エリュオ)】こそがその下手人であると伝えると、ウラノスは唸る。

これが零細ファミリアや中堅ファミリアの手のものなら、まだ始末はついたのだが、大手ファミリアの───ロキのお気に入りともなれば、話は別だからだ。

 

「【暁炎(エリュオ)】の動向を探れ。それと、【ヘスティア・ファミリア】には私の方から任務(ミッション)を出しておく。」

 

「了解した、ウラノス…【暁炎(エリュオ)】がもし、独力で異端児(ゼノス)に辿り着いた場合はどうする」

 

「なんとしても止めろ。お前の報告では、ラミュスというラミアが襲われたそうではないか。ようやくだ、ようやく【ヘスティア・ファミリア】が彼らの希望たり得るかもしれないと、その希望が出て来たのだ。」

 

潰してはならない、と言うウラノス。フェルズはただ頷くと、行動を開始した。

そんな一幕があってから数日後。フェルズは、驚くべきものを見た。

 

(【暁炎(エリュオ)】がただ話しただけで出てきただと?一時はどうなるかとヒヤヒヤしたが……よもや説得に成功するとは。ウラノス、やはりベル・クラネルは彼らの希望だ)

 

フェルズは透明マントを使い、ダンジョンへと潜っていくアエルテスを追跡する。彼女は移動中、一度も声を発しなかった。

時刻は夜。もう冒険者たちはダンジョンから出ようと言う頃。

 

(こんな時間からダンジョン…?何をする気だ…)

 

アエルテスがやって来たのは、ダンジョンは5階層。その眼前には、何匹ものパープル・モスがいる。狩る者がいなくなった迷宮(ダンジョン)には、こうして昼間狩られた魔物たちが補充されていくのだ。

 

「………どいつもこいつも、醜い。魔物など、どれも……」

 

赤い松脂────火脂と呼ばれているそれを塗りたくり、アエルテスは歯を噛み締め、パープル・モスの群れに突撃する。

バターよりもするりと斬れた魔物たちの死骸から出た魔石を足で踏み砕きながら、アエルテスは叫ぶ。

 

「認めてなるものかァーーーッ!」

 

現れたコボルトの顔面を殴り抜き、ゴブリンの頭を握り潰し、地面に長剣を刺し、黄金の炎を解放する。それは迷宮(ダンジョン)の壁を傷つけ、床を破り、周囲にいた魔物を一斉に皆殺しにする。

 

「…………虚しい。帰ろう」

 

気が済んだのか、とぼとぼと帰るアエルテス。フェルズは若干困惑しつつ、若い子ってこういうものだよなぁ…と思い、若干生温かい目線を向ける。

しかし、その直後。飛んできたのは、手裏剣であった。

 

「……ッ!?」

 

「そこに誰かいるんだろ。ずっと気づいていないと思っていたのか?」

 

真っ直ぐ、自分を見つめる赤い瞳にフェルズは気圧される。そこには、先程までの若さは無く。ただ、敵を殺す意志を秘めた「冒険者」がそこにいた。

 

「黙って離れようってか?連れないな、お話しようぜ」

 

再び投げられる刃物。今度はクナイだ。それは逃げようとしたフェルズが立っている足元に突き刺さっている。完全に、位置がバレていることを悟ったフェルズは内心で冷や汗をかく。

 

「………よく分かったな、【暁炎(エリュオ)】。最近有名だから、少し様子を見てみたくてね」

 

「そうか。全身黒ずくめのマヌケに知り合いはいないはずだが……誰だお前」

 

透明化のマントを外したフェルズに、辛辣な言葉が浴びせられる。それと同時に、アエルテスは懐からグルグルの螺旋柄の、橙色に染められたお面を被る。

 

「……?私は愚かなる者フェルズ。訳あって顔は隠させて貰っている。」

 

「だったらさっきの俺のセリフは聞いてるだろ。このうちはマダラには一切の術は通用しないと」

 

「そんなこと言って無くないか?」

 

「そうだが?」

 

(な、なんだこいつ……!?狂人……!)

 

フェルズが戦慄していると、アエルテスは滔々と語り出す。

フェルズの尾行にはずっと気がついていたこと、同じ気配を色々なところで見かけたこと、目の色の違うフクロウが多分それだろ、という予想を立てたこと。

そして────── 異端児(ゼノス)絡みの時は大抵同じ気配があったということ。

 

「どうだ、当たってるか?人類の敵さんよ」

 

(なるほど、恐ろしいのは気配を読む能力……ではなく、決断の速さか。自分で得た情報だけで、すでに私が異端児(ゼノス)側に付いていることを指摘して来た。)

 

「だんまりか?寂しいぜ。」

 

(ならば……試してみるか。)

 

フェルズが意を決して、一歩前に出て説得するために両手を広げる。アエルテスは完全に警戒しているのか、お面の下の目を細める。

 

「君については調べさせてもらった。アエルテス・ヘリオドーン。母親は闇派閥(イヴィルス)の関係者、そして父親は行方不明の英雄らしいな。」

 

アエルテスは無言だ。

 

「君のその武器も、また闇派閥(イヴィルス)に深く関与していた【戦鍛治姫】ナウセイアの打ったものだ。そうなると、君自身も闇派閥(イヴィルス)の関与を疑わざるを得ないな」

 

未だに無言。アエルテスは仮面に顔を隠し、赤い瞳だけがフェルズを貫いている。

 

「そして…ベル・クラネル。」

 

ぴくりとアエルテスが僅かに反応する。だが、フェルズはそれを見逃さない。好機と思い、畳み掛ける。

 

「彼はモンスターを匿っている。もし君が、これを世間に漏らせば…君の出自は闇派閥(イヴィルス)として公開されることになるだろう」

 

闇派閥(イヴィルス)として迷宮都市(オラリオ)で扱われるということは、【疾風】による制裁から始まり、全ての者たちから爪弾きにされるということ。

通常なら、この条件を出されて反故にする者はいない。

 

(────よし、これで釘を刺しつつ、異端児(ゼノス)に友好的な態度を示せば…)

 

などと、画策していたフェルズは、突然衝撃を受け、数M(メドル)吹き飛ばされる。視界の先には、赤い眼をぎらりと輝かせる仮面の女が、剣を振り抜いていた。

 

「敵。」

 

たった一言。アエルテスが呟いたのはそれだけだった。

次の瞬間には、黄金の炎刃がフェルズに迫っている。

 

「っ!?待て、これはあくまで交渉であって、まだやると決めた訳じゃ…」

 

黒い焔が地面を焦がしながら迫る。アエルテスは動きにくいはずの私服であるにも関わらず、素早い動きでフェルズに斬りかかる。

 

「脅しに屈すると思ったのか。俺が人間相手に剣を振るえないと思ったのか。それとも、俺が悪だと叫ぶことが有効だとでも思ったのか?そのどれかは知らないが…」

 

黒く煌めく炎がフェルズを囲む。それは徐々に迫っていき、フェルズを容易に危機に追い込む。

 

「俺は、俺の敵を一度だって許したことはない」

 

「分かった、私が悪かった。だから拘束を解いてくれ。」

 

「今ので分かったが……どうやら俺は、対魔法使い相手なら余裕で勝てるようだな。うん。いいよ、解放してあげる、いつでも殺せるからな」

 

傲慢な事を言いながら、アエルテスは拘束を解く。仮面を外し、にっこりと笑顔でフェルズに手を差し伸べる。

これは、他人を威圧する時は笑顔を使うというアニメから得た知識であったが────この場において、最も効果的であった。

 

(アレか…!?サイコパス、と言うやつなのか!?)

 

フェルズは大困惑しながらアエルテスの手を取る。すると、突然ぐいっと引っ張られ、その美しい顔に迫られ、瞳を向けられる。

 

「人間の癖に骸骨なのか、お前。難儀な身体だな」

 

「………っ!」

 

「そうビビるなよ。別にとって食おうってんじゃないんだからさ」

 

まるで神が手ずから創り上げたかのような整った顔から発せられる笑みは、その美しさがそのまま恐ろしさに変貌している。

フェルズは、まるで神に睨まれているようだと思いながら苦笑する。

 

「さて……聞かせてもらおうか。誰の差金で、何が目的なのかを…ね」

 

(すまないウラノス、秘密は…守れそうにない)

 

フェルズの虚しい想いが、その場に散るだけであった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

どうやら、ウラノスという神が悪さをしているようだ。

人間と同じ知性があり、人間のように笑い、人間のように涙を流せる。なるほど、これは─────。

 

「危険だね。さらに、それにベル君が巻き込まれているとなれば…オレも動かざるを得ない」

 

ダイダロス通りのカフェ。【ロキ・ファミリア】の非戦闘員が営んでいるというこのカフェに、俺はヘルメスと二人でいた。

こういう企みに対抗するなら、同じ企人(くわだてんちゅ)のヘルメスに頼むのが道理だろう。

 

「それにしても、なんでオレを頼ろうと思ったんだい?」

 

「あんたが一番悪い神だから?」

 

「オーケー、君がオレをどう思ってるのか分かったよアエルテスちゃん」

 

「アスフィさんから聞いたぞ、俺のパンツ見た挙句、胸のサイズまで測ったらしいなオメー」

 

「ごめん待って話が違う」

 

閑話休題(それはそれとして)。一通りの話をヘルメスに話すと、ちょうどヘルメスもそれについて調べていたらしい。

ベルたちがだいぶ深い所で巻き込まれていると知った時の顔は見ものだった。

 

「────ってのが、俺の聞いた話。さて、こっからが本題なんだけど……ヘルメス、あんたは異端児(ゼノス)をどうするべきだと考える?」

 

「全滅とはいかなくても、何体かは死んでもらわないと困るねえ。ベル君のためにも、君のためにも」

 

ベルの為なら分かるが、俺の為とはどういう事だろう?

そう考えていると、ヘルメスは補足説明してくれた。どうやら、俺は見る限り迷っているように見えるらしく、それを吹っ切るためにも理知を備えたモンスターを殺す必要があるのだとか。

 

「ふぅん…ま、俺は最初からモンスターは殺すつもりだよ。その危険性は重々把握してるからね」

 

「そうだったのかい?オレはてっきり躊躇っているのかと」

 

「ベルが悲しむかな〜って思っただけだ。俺も飼ってる犬とか虐められたらフツーにキレるし。」

 

「……思ったより君、人情薄いね?」

 

「理知を持ってたとして、魔物は魔物だろう。こちとら年齢が一桁のときには魔物と殺し合いしてんだ、ちょっと喋れて泣けるからって、おいそれと『じゃあ戦うのやめます』なんて言えないだろ。」

 

「ま、そうだよね」

 

色々と話し合った末、ヘルメスは一つの石を渡して来た。

「D」という紋章が刻まれた石だ。

 

「これは?」

 

「いつか必要になると思うよ。オレからはこれだけ」

 

「ふうん……ありがと」

 

良いってことよ、と軽く言うヘルメス。

その後も色々と雑談をして、分かったことがあった。

 

どうやら、俺のパーソナル情報────いわゆる、スリーサイズとか────は、神々の間で何かとトレードされているようだ。

物好きな奴らだ。神々はどいつもこいつも美形ばかりだというのに、なぜ俺なのだろうか。

 

「そりゃ、君は神と見紛うほど綺麗だからね」

 

「はぁ…そういうのは(アスフィ)さんに言ってやってくれよ」

 

「ハハハ!アスフィには割とちょいちょい言ってるよ!だってあの子、世界で一番綺麗じゃないか」

 

直球の惚気が飛んできた。まぁそうだよな。あんな美人連れてたら惚気るわ誰だって。

 

「しかしヘルメスも良い趣味してるね、眼鏡美人とは…」

 

「だろう?そういうアエルテスちゃんは、好きなタイプとか無いのかい?やっぱりベル君みたいな男の子?」

 

「まぁ、強いて言うなら俺はケツとタッパのデカい女が好きです。あと飯食ってんかってぐらい細い女の子も好きだなあ」

 

「──────なるほど、そっちか。俺はとんだ思い違いをしてたみたいだ。」

 

結局、猥談は朝まで続いた。

野郎とする猥談が一番面白いって、それ一番言われてるから。




【人物紹介】
☆ナタリア・ヘリオドーン
二つ名は【黄金の炎】のLv.2冒険者。
すでに引退しており、現在は辺境の村で夫のダイナー・ヘリオドーンと共に暮らしている。かつては三つの魔法を使いこなす天才だったが、ある時を境に敵同士だったダイナーと結婚。
娘であるアエルテスに、己の宿願である壊滅の願望を託し、オラリオへと送り出す。
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