自分を英雄だと勘違いしている元男がダンジョンに潜るのは間違っている   作:札幌53位

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はらわた

 

(ミコト)を下した俺は、氷漬けになっているガレスさんの前でフレイモスから炎をじわじわ出しつつ座り込む。

 

「どうだ、ヴェル吉の魔剣は。凄かったろう」

 

「ええ、まぁ…俺とは相性がよくなかったけど」

 

隣に座るのは、ヴェルフの姉弟子?なのかよく分からないが、姉御肌といった雰囲気の褐色のお姉さんだ。

名前は椿・コルブランドというらしい。極東の人なのかな?

 

「はっはっは!お主も半分ほど氷漬けになっていたではないか!そう強がるな!」

 

「魔法ですぐ溶かしたけどね。【ヘファイストス・ファミリア】のトップが一丁噛みするなんて、随分とこの件は広がってるみたいだね?」

 

「何、やるべきことをしたまでよ」

 

椿さん曰く、魔剣の威力が上がりまくって人を殺してしまうんじゃ…と危惧していたヴェルフに喝を入れに来たのだとか。

まず人に武器を向けるなよ。危ないだろ。

 

「さて、そろそろ行く。用も済んだのでな…」

 

「はいはい。もう邪魔しないでね…」

 

氷を溶かし終わると、ガレスさんは怠そうに肩を回し、思い切り伸びをする。同じ姿勢で長時間というのは、やはり辛かったようだ。

というか、耐久がカンストしてそうなガレスさんなら無傷で耐えれているあたり、やはり冒険者ってバケモンか何かなんじゃ…?

 

「もう少し炎を出してくれ、寒くて敵わん」

 

「髭、燃えますよ」

 

ガレスさんをあっためている暇は残念ながらないので、俺は任務に戻ることにした。

ダイダロス通りは大荒れだ。この間の俺とアイズ先輩vsラミュスの戦場跡は完膚なきまで破壊されているのを筆頭に、あちこちで爆発音や剣戟音が聞こえてくる。

 

「加勢に行くべきか……それとも、異端児(ゼノス)を説得しに出るか…どの道、【ヘスティア・ファミリア】の戦力じゃ俺たちには勝てないだろう。よし!」

 

決めた。俺は異端児(ゼノス)の穏健派を説得し、ダンジョンに帰してやることにした。つまり、元々俺がフィン団長に命じられていたことを実行するのだ。

残念だが、モンスターは依然として脅威そのものだ。そもそも、ゴブリン一匹でも大騒ぎするのが人間だ。Lv.2相当以上の潜在能力(ポテンシャル)を持つ魔物など出た日には、死人が出る。

 

「……それで、俺の前に立ち塞がるのは…アンタか。グロス」

 

「話ガシタイ。オ前ハ…ヘルメスト言ウ神ヲ知ッテイルカ?」

 

現れたのは、過激派筆頭とも言える石竜(ガーゴイル)のグロスだった。だが、その目には凶暴さはなく、ただ理知のみがあった。

彼らの仲間を殺した俺のことは、怨んでいてもおかしくないはずだが。どういう心境だろうか?

 

「ああ、悪い奴だぜ。どうせ何体か死んでくれ、とでも言われたんだろう?」

 

「何故ソレヲ……ヘルメスハ言ッタ、ベル・クラネルノ為ニ死ネト。ソレハ良イ…ダガ、本当ニヘルメスガベル・クラネルヲ思ッテノ行為ナノカ…知リタクナッタ」

 

どうやらヘルメスも動き出したみたいだ。現状、【ヘスティア・ファミリア】の評判は最悪だ。名誉回復の為にも、何体かが死ぬ必要があるという。

しかし直接言いに来るとはな。なんともヘルメスらしくない、単純な作戦だ。

 

「ヘルメスは多分本気だよ。お前たちがベルの…いや、【ヘスティア・ファミリア】の為に死ななければならないのは分かっているんだろう?」

 

「………アア。ベル・クラネルハ…ウィーネノ為ニ涙ヲ流シタ。我々ノ為ニ戦イ、傷ツイタ。故ニ…受ケタ恩ハ返サネバナラン」

 

なるほど、異端児(ゼノス)達も織り込み済みか……だとしたら、俺が止める必要はもうない。そのまま死んでもらうとしよう。

ベルはきっと悲しむが────人間の犠牲は少なくなるはずだ。

 

…本当にそれで良いのか?もっと、良い方法があるんじゃないのか。

それに、今異端児(ゼノス)に死なれると、俺は…この悩み─── 異端児(ゼノス)という存在への向き合い方を、見失ってしまう。

 

「……ソシテ、黄金ノ炎。貴様ニツイテモ、ヘルメスハ語ッテイタ。貴様ハ、私達ヲ根絶ヤシニスルツモリダト。」

 

「それについては、少し保留にさせてほしい。俺も…よく分からないんだ。お前たちに手を貸すべきか、それとも、鏖殺するべきかをな。」

 

事態はカオスを極めている。現状、【ロキ・ファミリア】の殆どのメンバーは異端児(ゼノス)の存在に否定的だ。

俺も、心の中で本当に助けて良いのか迷っている。いつまたラミュスのような巨悪が生まれないとも限らない。

 

「……ヘルメスハ、アノ小僧ト貴様ヲ英雄ニ仕立テ上ゲル気ノヨウダ。我々異端児(ゼノス)ノ死ヲ以テナ。」

 

「ヘルメスが、俺を英雄に……?」

 

だが、本当にそれで良いのか?神の見えざる手に踊らされて英雄になりました!なんて、ディックスが聴いたら失笑されてしまう。

彼は言っていた。「自分のことを決めて良いのは自分だけ」だと。それは、モンスターにも当てはまるんじゃないか?

 

良いはずがない。俺は、神の手は借りない。

俺は俺自身の手で英雄にならないといけないんだ。ロキに誇れる自分に、神に抗い、己を示さなければ、真に英雄とは言えないだろう。

 

決断をするときだ。俺は──────神の手は取らない。

俺が取るのは、モンスターの、異端児(ゼノス)の手だ。だが、その為には…必要な儀式(コト)がある。

 

「グロス。」

 

「何ダ」

 

「俺は……お前たちの仲間を殺した。それを、俺は間違っているとは思わない。俺は俺のしたことに責任を持つ。故に、口が裂けても『間違っていた』なんて言えるはずがない。」

 

「………。」

 

沈黙。当然だ、俺が今しているのは、歩み寄る姿勢を見せた異端児(ゼノス)への背信行為だ。だが、真に歩み寄るならば…俺は己のはらわたを見せよう。

ロキに誇れる自分──────それは、英雄として、決して偽らない覚悟だ。

 

「許してくれとは言わない。出来れば俺を恨んで欲しい。だけど…分かったんだ。俺は、お前たちと同じだって。」

 

「ドウイウ意味ダ。」

 

どくん、と鼓動がなる。息が荒くなる。喉が渇き、冷や汗が流れる。だが…閾値を超えた緊張は、一度に解ける。

 

「俺は……異世界からの転生者(いぶつ)だ。」

 

グロスが眼を見開く。俺の言いたいことは伝わったようだ。

そう、俺は彼ら異端児(ゼノス)と同じだ。世界に突然生まれ出た異物。存在してはならない、特異点。

 

そして──────同じく、生まれつき憧憬(ユメ)を持つ存在である。

 

「…………ソノ反応カラシテ…(くち)ニシタノハ初メテ…ノヨウダナ。何故、明カソウト思ッタ?」

 

「なんでだろうな。ただ…20階層で聞いた、お前たちの憧憬(ユメ)が、あんまりにも綺麗で……どこかで、違和感を持っていたからなんだろうな。」

 

違和感。それは、異端児(ゼノス)との共通点であり─────俺が、彼らを憎みきれなかった原因。

 

「ソウカ……ナラバドウスル。同ジ異端トシテ、貴様ハ我々ニ何ヲ言ウツモリダ。」

 

「ヘルメスの神意に、共に抗わないか。一度は憎しみあった俺たちだが、神という一つの巨大な敵の前には……きっと、ひとつになれると思う。」

 

フィン団長から下された命令は、異端児(ゼノス)との協力交渉。もしくは、その席を取り付けること。

そして、俺の意志はヘルメスの神意に抗うこと。

 

「……殺サレタ者ノ恨ミハ、ドコへ行ク。貴様ニ殺サレタ、ラーニェ達ノ憎シミハ!ヒトツニナレルト言ウノナラ……ココデ死ヌカ、仲間ニ手ヲカケロ。」

 

なるほど。グロスの言う通りだ。憎しみの連鎖は、誰かが終わらせないといけない。それに、彼らは今【ヘスティア・ファミリア】が協力する立場にある。

俺の提案など、取るに足らないと言いたいのだろうが──────そんな簡単なことで協力を取り付けられるなら、安いものだ。

 

「俺はお前を誤解していたよ。グロス。お前は優しい奴だ。この期に及んで、まだ選ばせてくれるとは。」

 

クナイを取り出し、鎧を脱ぎ、刃を腹に向ける。向ける位置は心の臓腑。横隔膜から突き刺せば、確実に行ける。

 

「俺の死後、【ロキ・ファミリア】の団長であるフィン・ディムナと交渉し、彼らと共に戦う道を選んでくれ。」

 

この場で死ぬことで、ファミリアの役に立てるのなら……本望だ。俺は死ぬことで、勝利の礎となり、きっと後世で英雄として語り継がれるだろう。

思い返されるのは、これまでの人生。思えば長く、だが振り返るには短い人生だった。

 

一条の涙が頬を伝う。覚悟は出来た。

二度目の死は、きっとすぐに終わるだろう。

 

「さらばだ」

 

そのままクナイを心臓に突き刺──────さらない。俺のクナイを持つ手には、グロスの掴む手がある。冷たいが、少し暖かい手。

 

「………モウ良イ。ヨク解ッタ…私モ、終ワラセヨウ」

 

結局、話は進み…グロスは協力してくれることになった。過激派筆頭であるグロスが納得してくれたのもあり、他の過激派たちもそれに従うようだ。

 

「ありがとう。」

 

「礼ハ良イ。タダ……私タチノ為ニ、自分ヲ殺ソウトスル程ノ覚悟ニ敬意ヲ表スルダケダ。」

 

それに微笑みながら、俺はヘルメスの神意を打ち砕く方法を伝える。作戦としてはこうだ。派手に戦うフリをして、ちょうど良いところでやられたフリをする。

そのままダンジョン内部まで行くように交戦し、そのまま流れに乗じて人造迷宮(クノッソス)へと逃げ帰るというものだ。

 

「……待て。」

 

ふと、低い声が響く。地獄から響くようなこの声は、我が兄弟子アステリオスのものだ。

いつの間にいたんだ……?気配も無かったぞ。

 

「アステリオス……何ノツモリダ?」

 

「その任、自分がやろう。それに────我が運命と再戦出来るのならば、願ってもないことだ。」

 

出てきたアステリオスは、片腕を負傷しており、全身も傷だらけだ。到底戦えるとは思えない。

だが、怪我をしているとは全く思えないほど明瞭な声で言う。

 

「アエルテス、我が妹弟子よ。お前の覚悟と決意、僭越ながら見させてもらった。自分は18階層で敵たるお前を一度殺した。故に、追及はしない。」

 

「………。」

 

「お前の兄弟子として、妹分が覚悟を示したのだ。それに応えてやるのが、同じ師を持った者としての責務というもの。」

 

その声は、とても安心できるものだ。俺に兄はいないが、もし居たならこんなに頼もしいものなのだろう。

……人間とモンスターだというのに、おかしな話だとは思う。だが、感じたまま言うなれば、信ずるに値したのだ。

 

「兄弟子…その怪我で闘れるのか?腕もなければ、満身創痍に見えるが。」

 

アステリオスはニヤリと笑い、布で縛った腕を見せて応急手当を済ませたとアピールしてくる。

どうやらアイズ先輩にやられたらしく、Lv.7相当の兄弟子でさえあの人にはヒヤリとさせられたそう。強すぎないか?先輩。

 

「心配は要らん。妹弟子よ、お前のように…自分も耐久には自負がある。あの後、息災か?」

 

「元気だよ。つっても死にかけたけどね……今は、もう迷ってない。ふらふらとした立場だったけど、俺は仲間の為に、出来ることをしたい。」

 

小さく笑みをこぼすアステリオス。牛の癖にいちいちカッコいいなコイツ。如何にも「武人」って感じのミノだ。

ひとまず、俺は彼らに【ロキ・ファミリア】が異端児(ゼノス)をダンジョンに帰そうとしていること、また穏健派たちと協力関係を結びたがっていることを伝えた。

 

「【ロキ・ファミリア】ガ……?フェルズハ、最モ危険デ苛烈ダト言ッテイタガ…」

 

「フィン団長は聡明な人だ。勝利の為には、どんな対価も支払うつもりでいる。自身が積み重ねてきた栄誉も、何もかもだ。そして、俺もそれは同じだ。」

 

「フン…殊勝ナ事ダ……」

 

「ああ、だからこそ俺が協力するんだ。人造迷宮(クノッソス)への道は殆ど【ロキ・ファミリア】に閉ざされている。フィン団長の意志とは反して、団員たちはモンスターを生かしておこうとは考えなかったらしい。」

 

たとえフィン団長の知らない道があったとしても、俺はディックスに案内されて、その構造を全て把握している。

ここで俺が教えれば、確実に異端児(ゼノス)はダンジョンに逃げられる。

 

「団員の皆には悪いけど、俺はもう決めたんだ。これが俺のマッピングした正しい地図だ。これはフィン団長も知らない。」

 

「妹弟子、貴様…駆け引きの鍛錬を相当やり込んだな。」

 

へへっ、そう言ってもらえるとなんだか嬉しいな。

よし。それなら俺も張り切ってみよう。俺がモンスターを助けた、なんて知ったらきっと色んな人から怒られるだろう。

もしかしたらファミリアから追い出されてしまうかもしれないな。

 

だがこれも正義のため。それに、多少救う相手が増えたぐらいで、勇者はへこたれないものだ。

 

グロスたちにアステリオスありきの作戦を伝える。どうせヘルメスの事だ、「狙い」を定めているに違いない。

 

「どうだ?俺の策は。」

 

「確カニ…ヘルメスガ提示シタ策ヨリモ、確実ダ…ソレニ……神ヲ出シ抜クト言ウノモ、面白ソウダ。私ハ乗ッタゾ、ソノ策。」

 

「兄弟子もそれで良い?」

 

「お前の勘を信じよう、妹弟子。」

 

決まりだな。ヘルメスには悪いが、お前の作戦は……究極の力押しで潰させてもらおう。

 

「作戦開始だ。行くぞ!」

 

仲間たちとの連携は変なガラス球で行うようで、俺の作戦を他の異端児(ゼノス)に伝え、数分後にダイダロス通り各地から咆哮が鳴り響く。

俺は俺で、やるべきことをやろう。俺の作戦、と言っているが、その実やることは殆どない。

 

俺がベルの位置を大まかに探り当て、兄弟子を導き、その混乱に乗じて教えておいた隠し扉に大移動するだけだ。だが……それだけでも、十分に奸計を破壊できるほどの力を、アステリオスは持っている。

 

問題なのは、その方法だが……。

 

「兄弟子、どれぐらいやれそうだ?半癒のポーションならあるけど」

 

「保って一戦。好敵手(ベル)との戦いに備えたいが…お前との戦いに手を抜くわけにも行くまい。貰おうか」

 

アステリオスに体力を半分回復するというポーション(24万した)を渡し、飲ませる。立ちどころに傷が癒えていき、喪った部位と重傷以外は回復したようだ。

 

「よし……じゃあ、死合おうか。」

 

「安心しろ─────殺しはしない」

 

フレイモスを構え、真っ直ぐアステリオスを見据える。両刃斧(ラビュリス)を片手に、獰猛に笑みを浮かべる兄弟子。

そのままゆっくりと大通りに出て、月明かりの下で俺たちは向き合う。

 

「我が名は、ヘリオドーンのアエルテス!悪しき牛鬼め、この俺が……貴様に死をくれてやろう!」

 

大声で叫んだことで、人々が集まってくる。その中には、小さな子供たちもいる。ようし、それなら彼らに希望を見せてやらないとな。

アステリオスと対峙したことで、背中が熱くなり、首元に炎に包まれる塔の紋章が現れる。

 

『オオオオオオオオ────ッ!!!!!』

 

ビリビリとした咆哮が響く。前は一撃でやられてしまったが、今度は違う。俺は苦境を乗り越え、Lv.4へと成ったのだ。

 

「『我は光、我は終。汝が炎抱く限り、全てを灰に帰さん。我を包め、光封の鎧』」

 

「…………!」

 

魔法の発動を待ってくれるのか、構えた姿勢のままジリジリと詰め寄ってくるアステリオス。感謝するぜ、兄弟子よ。

 

「征こうか────【リュクシオン】ッ!」

 

胸から炎が噴き出し、それは俺を包む炎の外套となって纏われる。俺はその炎を()()()()()()()()()、炎が常にフレイモスに集中するようにする。

 

「勝負ッ!」

 

『オオオッ!』

 

両刃斧(ラビュリス)炎纏剣(フレイモス)が激突する。弱っているのもあるのか、前ほどプレッシャーは感じない。

逆境奮起(アグニ・コロナ)】発動時の俺の潜在能力(ポテンシャル)はアビリティに+50以上すると見て良いだろう。

 

「そこだ!」

 

「ッ!?」

 

先に一撃を入れたのは俺だ。アイズ先輩に斬られた場所と、全く同じところを斬り裂く。つまるところ、ダメージを負った箇所というのはそいつの『隙』そのものだ。

防御し損なう場所にこそ、活路がある。

 

「そして、動揺は────広がる!」

 

急所以外への攻撃が通る。飛ばされた腕はほぼ死角だ。見えるはずもない。自分が、自分の脇の下を見られないように。

そして、さっき俺がやった「炎を剣に集中させる」という行為も刺さってきている。

 

「今頃気づいたか!ああ、そうさ!欺瞞(ブラフ)だよ!」

 

「ぬゥ……ッ!」

 

駆け引きや技術なら、俺には9年間の歳月と、数多もの格上との戦闘経験がある。乗り越えてきた苦境の数が違うんだよ!

 

『オオオオオオッ!』

 

「くあっ!?────お前、まさかその構えは…」

 

切り上げながらバックステップし、獲物を狙う狗のような低姿勢を取り、瞬時に詰め寄る!その名も……

 

「猟犬、剣技────」

 

儀礼剣で防御するも、直後に響く儀礼剣の破砕音。そして俺の軽鎧ごと粉砕して幾つもの家屋の壁を破壊しながら俺を吹き飛ばしていく。

だが、意識はハッキリしている。ちょっと骨が軋んだだけで済んだ。

 

『オオオオオオオオッ!!!!!!!!』

 

「来るよなぁ…!」

 

突進姿勢で突っ込んでくるアステリオス。ミノタウロスという魔物の必殺技(アレーテイア)。受ければ、上級冒険者であっても死を免れえない、必ず殺す技。

避けられはする。だが…今の俺に必要なのは、勝利じゃない。栄光ある戦いだ。見る人を震撼させる死闘だ。

 

「………折れてくれるなよ」

 

フレイモスにありったけの炎を込め、衝突と同時に、思い切り踏み込み──────斬りあげる!!

 

「ぐ……あああああっ!!!」

 

まず、勝負というものは体格差で決まる。運や気合いでどうにかなるというのは迷信で、それは互いの実力が拮抗していた場合にのみ適応される。

そして、この戦いは。Lv.7相当の潜在能力(ポテンシャル)の、俺よりも圧倒的に大きい大男による突進。それに対するは、その半分ほどの体格の少女の激突だ。

 

「ッ、浮いて……えええっ!?」

 

30 M(メドル)ほど上空に吹っ飛ばされ、俺の目の前にアステリオスが跳躍してくる。猛牛は、思い切り振りかぶり──────俺の腹を捉え、拳を捩じ込んだ。

 

『オオオオオオオオッ!!!!!!!』

 

そのまま、勝利の雄叫びをあげ…俺を地面に叩きつけながら、人々のいる広場に凱旋する。『不屈』のアビリティのおかげで気絶は免れたが、多分動いたら気絶する。

 

「……先に征く。」

 

アステリオスはそう言い残し、グロスと交戦していたベルを突き飛ばしながら消えていった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

目下でアステリオスと激戦を繰り広げるベルを見て、ヘルメスは苦笑する。

自身の弄した策が、木っ端微塵に粉砕されているのだ。当初の予定では、ベルだけでなくアエルテスも巻き込もうとしていたのだ。

 

ヘルメスがベルとアエルテスに期待していたのは、それぞれ「別の」英雄の原点回帰。

 

見目麗しい女の子を守り、怪物を殺す英雄の役をベルに。

苛烈な紛争を以て、怪物を壊滅の炎で焼き尽くす英雄の役をアエルテスに。

 

「ゼウス、これも貴方の思惑通りなのか?」

 

かつてゼウスは一つの言葉を残した。

それは、神に抗った者こそ最も輝くというもの。

 

目の前で激闘を繰り広げているのは、神の思惑にも、愚者の賢策にも、怪物の想いも、全てを超越した、最新の英雄(ベル・クラネル)だ。

それにヘルメスは喝采を贈る。大神が用意した二人の英雄の卵は、ベル・クラネルに軍配が上がった。

 

「次は君の番だぜ、アエルテスちゃん。オレの初期プランは外れてしまったが、既に布石は撒いてある。」

 

ヘルメスは広場で大の字で倒れるアエルテスを見る。その目には疲れが見えている。本人は「やっぱ頭使うのは向いてねえな俺」とボヤいている中、ヘルメスはほくそ笑む。

 

「そうとも。君はただ自分の理想に向けて進んでいれば良い。」

 

ヘルメスから見て、今回の騒動におけるアエルテスの動きは不自然というほかなかった。魔物は皆殺し!を標榜する傍ら、行なっていることは魔物の幇助に見逃しと、自分自身に背く行為。

 

しかし、同じく全てを見ていたフレイヤはそれを歓喜の目で見つめているようであり──────。

 

「あの子……また綺麗になったわね。」

 

最後にフレイヤが見た時、アエルテスは黄金の輝きに満ちていた。それは、輝く夢であり、希望を灯す日であり、僅かな何かの残滓こそあれど、それでも一目で英雄になると確信できる、そんな魂だった。

 

「……あのモンスター、ね」

 

理知を備えた怪物。それと出会ってから、その輝きは迷いによって失われていくばかりだったのがどうだ?

今や、ただ世界を救うのではなく、「誰かのために世界を救う」という覚悟のもとに、己の死すら容認し、怨敵であるはずの怪物にはらわたを見せ、その決意を示した。

 

フレイヤは妄想する。もし、その「誰か」が自分であったらと。それは、幼い少女がするような、白馬の王子様のような存在を夢想させ、自分と伴侶(オーズ)を結びつける、聖騎士(パラディン)の姿を映し出す。

 

「やっぱり、あの子はロキには勿体ないわ。そうね、なら…『娘』を使うとしましょうか」

 

オッタルを呼び戻したフレイヤは、依頼(クエスト)を出すわ。と告げる。

少年と好敵手が死闘をする中、着々と次なる陰謀は進んでいた。

 

そして──────。フレイヤの下に、一人の女神が訪れる。

 

「そろそろ来ると思ってたわ。()()?」

 

「アエたんの処遇について…話がある。」

 

英雄への道は、未だ遠く。

全ては女神達の掌の上にあるかのようであった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「私は一体、何回お前を治療してやれば良いんだろうな」

 

リヴェリアさんの小言が痛い。ベルとアステリオスの戦いの後、さんざんローズさんに泣かれた後、【ロキ・ファミリア】の拠点(ホーム)に担ぎ込まれ……一日の間眠りこけ、今に至る。

 

「ごめんなさい…」

 

「気をつけるのだぞ。それと、以前魔法について学びたいと言っていたな?そろそろ『学区』の来る頃合いだろう、興味があれば見てみるのも手だぞ」

 

「げーっ、俺勉強苦手なんですけど…策を考えるのも向いてないし、そもそも一人で何も考えずに戦ってるだけの方が好きなんですよ…」

 

前世はしっかり陰の者であった俺としても、やれ「ベルの面子」とか「ファミリアの方針」とか、そういうので悩むのは考えものだと思う。

もちろん、俺はファミリアの方針に従う。家族のために世界を救うのに、それを蔑ろにしては元も子もないからな。

 

それに、ここ最近は悩みごとが多すぎて太刀筋に苦悩がモロに出てきて死んできてる気もするし、一回深層まで行って脳を洗う必要があるかもしれない。

 

「アエた〜ん!ウチとデートしよ!ステイタス更新したらすぐ行くで!」

 

「うお、急だな!?俺は別に良いけど、なんで?」

 

なんでも、悪い虫がどうたらこうたら(原文ママ)と言う訳らしい。分かるかそんなもん。

かくかくしかじかで全て伝わるのは物語の中でだけだ。

 

「ほいほい!服脱ぎや!うおっ、おっぱいでっか!ぐへあ!」

 

リヴェリアさんに顔面を凹まされるロキ。

 

「ロキ……どうしたんだいきなり。らしくない」

 

「いや、最近悩んどるなぁ思て。それと……アエたん、ファミリア内で居場所ないなって困っとるやろ?」

 

うぐ、と声が漏れる。それもそのはず、俺は団員たちの反対を押し切って異端児(ゼノス)たちの救出作戦を決行したのだ。

居るだけで白い目で見られているし、睨まれたり小言を言われるのはしょっちゅうだ。

 

「俺はあんまり気にしてないけど…まぁ、皆が邪魔なら俺がどっか行くよ?」

 

実際のところ、俺は自分の行いに後悔はない。異端児(ゼノス)を助けたことも、手を組むと決めたことも、全ては俺の選択の上の出来事だ。

それを後悔していては、自分そのものを否定することになる。

 

「ま、話は最後まで聞くもんやで?この間のラミュスとの戦いの後に見た、あのどえらい強いミノタウロスとの戦いでな、アエたんのことを認めてくれてる子もおるんやで?」

 

「はあ……」

 

「ピンと来て無さそうやな。アエたんってそういうトコあるよなぁ。自分の理想ばっか見て、他人からの評価とかあんま気にせんやろ」

 

「英雄に他人からの評価とか必要ないし…」

 

極論、世界を救った奴や己を示した奴が英雄と呼ばれるのだ。誰かに認められたから英雄、なんて言えば、例えばその辺のおじさんにその役割を着せて、褒め称えれば英雄にだってなりかねない。

無辜の英雄なんて、そんなの俺は認めない。

 

「それと…異端児(ゼノス)と直接接触した子もおってな。それで、アエたんの言うように、分かり合えるかもしれん、と思った子もおった。」

 

「そうなんだ」

 

「…………ほんっとに興味なさそうやな!?ええ!?なんやねんホンマ…傷ついてたら癒したろ思ったんに…人の心とかないんか?」

 

「その気持ちだけで俺は嬉しいけどね」

 

異端児(ゼノス)の処遇やらが無事に終わってよかったな、とは思うが……話を聞くに、フィン団長はすでに話し合いを終えていたのだとか。

その上で、俺が医務室でくたばっている間に話し合いを終え、フィン団長の示した異端児(ゼノス)との協調路線に舵が決まったらしい。

 

「んで…アエたん、まだ悩んどることあるやろ。言うてみ?」

 

ニヤリと笑いながら俺の背中の筋をなぞるロキ。うおっなんか悪寒がする。ファンタジーだと思っていたが、実際にあるんだこういうの。

 

「んっ…悩みごとかぁ……強いて言うなら、考えることが多すぎて太刀筋がブレまくってるなって。」

 

「御座います……アエたんが剣に集中できる場、御座います──────」

 

何やら勿体ぶって語るロキ。何のつもりだ……?

 

「参加したい……です?」

 

「よう言うた!それでこそ女や!てことで…じゃーん!これなーんだ」

 

ロキが飛び出したのは、一枚の封筒。

開けて読んでみると、それはフレイヤ様からの…正確には、オッタル師匠からの招待状だった。

 

「なんて書いてあったんだ?」

 

リヴェリアさんが聞く。俺は、ゆっくりと読み上げる。

 

「……『今のお前は、腑抜けている。【戦いの野(フォールクヴァング)】にて待つ。師より』…ですって」

 

「おお」

 

リヴェリアさんも思わずこの反応だ。これは「おお」だろ。

ロキがデートに誘って来たのは、これが原因か。俺が暫くオッタル師匠のもとに幽閉されるから、だから一緒の時間を過ごそうってことか。

 

全ての点と線が繋がった。

記載し終わったステイタスシートを確認して、俺はこぼす。

 

「死ねというのですか」

 

──────────────────

【アエルテス・ヘリオドーン】

Lv.4

《基礎アビリティ》

力:E471 耐久:C617 器用:F388 敏捷:F302 魔力:D556

《発展アビリティ》

不屈:G 解放:H 狩人:I

《魔法》

【リュクシオン】

付与魔法(エンチャント)

・自身を含めた周囲に延焼する。

・詠唱式『我は光、我は終。汝が炎抱く限り、全てを灰に帰さん。我を包め、光封の鎧』

・解放式【エン・リヴィオ】

【フォルネス・イグニオン】

・侵食魔法

・命を削る黒焔を纏い、射出する。

・詠唱式『我は闇、我は始。星なき夜の底より来たりて、黄昏を齎さん。全てを呑み込め、終末の黒焔』

【】

《スキル》

逆境奮起(アグニ・コロナ)

・逆境時、全能力の超高補正

・精神汚染軽減

・死への恐怖無効

・刻印顕現中、成長補正

完全燃焼(オルド・イリウス)

・炎に対する高耐性

・火炎誘引

──────────────────

 

噂に聞く『戦いの野(フォールクヴァング)』は、毎日のように同派閥同士で殺し合いをしているという。それも、Lv.4以上の団員がぞろぞろ集まっている中で。

 

「もう一度言います。死ねというのですか」

 

「【猛者(おうじゃ)】は言うとったで?一度死ぬ思いをせんと人は変わらんって。口だけ言ってもしゃーないやろ、行っといで。」

 

「なっ………なっ、いや…ウン……確かに…」

 

正直言って、俺もそう思う。いくら決意を固めたところで、根本が揺らいでいる現状では、またすぐにバキバキに折られてしまう。

俺が俺でいるために、理想を形にするために、俺は逆境に身を投じ、それを乗り越える必要がある。

 

それに、戦っていた方が気が楽だからな。

しばらくの間は理想も運命も忘れて、戦いに没頭することにしよう。




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