自分を英雄だと勘違いしている元男がダンジョンに潜るのは間違っている 作:札幌53位
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朝だ。目の前には見慣れない天井。
フレイヤ様に貸し与えられた豪勢な部屋で目覚め、手元にあるポットから綺麗なグラスに水を注いで飲み干す。
「水まで美味い……これは革命だろ」
カーテンを開け、朝日が昇るのを見遣る。
昨日は、洗濯物を干した後に疲れですぐに眠ってしまったのだ。当然ながらステイタス更新はしていない。
ロキがここにいないからな。仕方ない。
「俺だ、ヘグニだ……アエルテス、起きているか?」
コンコン、とノックされ、ヘグニ殿が戸の外から声をかけてくる。
ふむ。衣擦れや金属音からして、装備を固めているな。それに、気配からして少しピリッとしている。哨戒任務でもあるのかな?
「起きている。入ってくれ」
「失礼す─────うわぁっ!?」
部屋に入ってくるなり仰け反って顔を隠すヘグニ殿。ああ、なるほど。誠実なヘグニ殿のことだ、何の感情もないとはいえ男に素肌を見られたことを慮ってくれたのだろう。
「すまない、見苦しいものを見せた。」
「ああ。気をつけてくれ……本題だが、アエルテス。今日君が戦うのは俺じゃない。」
装備を装着しつつ、武器を手に取る。びりびりとした殺意が廊下から迫っているのが分かる。
おそらくヘグニ殿がここまで緊張している理由もそれだろう。
「一体────ぬおおっ!!?」
雷が一瞬目の前に現れたかと思うと、俺の身体は部屋の壁を突き破り、訓練所まで転がり落ちていた。慌てて見上げる。視線の先には柄の長い剣を持った
「聞くところによれば──────」
訓練所に響くような声で
「貴様は魔法使いとの戦闘経験が乏しいらしいな。喜べ、私が相手をしてやる。」
その言葉と同時に、無数の雷の鏃が展開され、俺の元に降り注ぐ。その後ろでヘグニ殿が少し慌てている様子から、おそらくは独断……ということはないだろうが、加減はないようだ。
「う、おっ、まずっ……!『我は光、我は終。汝が炎抱く限り、全てを灰に帰さん。我を包め、光封の鎧』……【リュクシオン】ッ!」
炎の外套を纏い、近づく魔法を延焼させんと燃え盛るが─────その前に雷の雨が俺を打ち据える。
当然、すでに【
(近寄れない……これがLv.6の魔法使いの実力!)
高所からずっと撃ち込まれる砲撃を斬って捌いて、なんとか命脈を繋ぎながら走り回る。
そもそもとしてレベルが1違えば勝ち目はほぼゼロ。そんな世界で、レベル差は2もある。俺がいくら強くともアリとカマキリぐらいの差だ。
「勝ちの目は薄い─────が、勝てないわけじゃない。」
「……『永伐せよ、不滅の雷将』。【ヴァリアン・ビルド】!」
大技が来る。
「こうやって、突っ込むんだよぉおおっ!!」
飛び上がり、雷撃に真正面からぶつかる。全身を駆け巡る電撃の熱と痛み。危うく意識が飛びかけるが、【リュクシオン】の影響で多少威力は軽減されている。
対魔法であれば、俺の魔法は特効レベルで刺さると言っていい。
「馬鹿な──────」
「バカなぐらいが……可愛いってもんだろッ!」
そのままの勢いで、若干の動揺を見せたヘディンに斬りかかり……その攻撃は、大斧と大剣に止められた。
瞬時に相手が自身よりも格上であると判断し、バックステップで距離を取る。
「読んでいた。」「詰めが甘い。」
背後から二名の強襲。槍と大槌が振るわれ、致命傷になりうる槍を避け大槌を防御姿勢で受ける。
「がッ……ぐ、くそ………」
「名乗りは必要か?」「不要だろう。」「俺たちを知らない者は少ない。」「だが名乗りを上げさせてやろう。」
息がぴったりと合った四人の
なるほど、俺の回復を待ってくれるのか。お優しいことだ。
「………我が名、ヘリオドーンのアエルテス。格下相手に多対一とは……恥を知れ。」
「元気いっぱいだな。」「しばき足りないらしい。」「悪く思うな。」「フレイヤ様のご意志だ。」
「サディストめ……」
どこかにいるであろうフレイヤ様に悪態を吐きつつ、冷静に状況を考える。Lv.5が4人。Lv.6が1人。対するはLv.4が1人。
能力がいくら上がっているとはいえ、俺一人ではガリバー兄弟全員と数分斬り結ぶだけで精一杯だろう。
「つまり、工夫が必要ってこった……」
こうなりゃヤケだ。めちゃくちゃやってやる。
「フレイヤ様は、貴様に尽きることなき闘争をお求めだ。ギリギリ死ぬぐらいに手加減はしてやる。あの方を満足させて見せろ!」
再び雷撃が飛ぶ。ガリバー兄弟はヘディンの周りに立ち、彼を護衛する姿勢だ。なるほど、手加減されているのが分かる。
「はぁ……回復魔法があればなァ───っと!危ない危ない……」
間一髪で雷の鏃を避け、再び接近する。
「グレール。」
「通さん!」
大剣使いの
一人で止められると思わないでほしい。
「どけ!」
「重い……それにこの炎、油断すれば燃え移りそうだ。ならばっ!」
弾けるような金属音と共に俺は押し返され、距離を造られる。
「ヘディン!」
その隙を逃すまいと雷の鏃が飛ぶ。絶体絶命────ならば、試していなかったことを試す良い機会だ。
「『我は光、我は終。汝が炎抱く限り、全てを灰に帰さん。我を包め、光封の鎧』…【リュクシオン】!」
「馬鹿な。
「ご明察ッ!」
炎が膨れ上がる。俺の魔法には、
膨れ上がり、勢いを増した炎は雷撃を呑み込み、魔力を喰らい延焼させていく。
「……だが、それが何だと言うのだ。お前を蝕む炎が増しただけではないか?」
「へへ……一度目に掛けた
今までは全身に炎を纏い、フレイモスか全身かのどちらかだった。だが今は、その比重は1:1。100%を分割するのではなく、200%を分割している。
つまるところ、それが齎すのは──────。
「っ、避けろ!」
「もう遅い。」
水平にフレイモスを薙ぎ、黄金の炎刃を連続で放つ。常に燃えるのだ、当然チャージ速度はこれまでの二倍以上!
ガリバー兄弟のうち、槍使いは指示を出していたせいかほんの僅かに反応が遅れた。その隙を逃す俺ではない。
「
槍使いにマウントを取り、そのまま撃破しようと剣を構えた、その瞬間。四方向から、同時に攻撃を受け、俺はなす術もなく意識を刈り取られた。
……が、俺には『不屈』がある。
「ぐ……がぁあああっ!!!」
全身に激しい痛みを感じながら、剣を振り回して振り払って跳躍する。
30mは離れたかという場所で、俺は自分を睨みつけてくる強敵たちを見る。どうやら、舐めプしてくれるのはこれで終わりらしい。
「そろそろ躾の時間だ。」「ああ、地獄だな。」「辞世の句を詠め。」「命までは取らん。」
「私が砲撃で潰す。侮るなよ、Lv.5を相手にしていると思え!」
「………光栄だね。【エン・リヴィオ】ッ!」
ガリバー兄弟が爆発する。わずかに付着した炎を爆発させ、わずかな隙を作る。
だが、俺の足はすでに前進を始めている。
「『我は闇、我は始。星なき夜の底より来たりて、黄昏を齎さん。全てを呑み込め、終末の黒焔』……」
「黒炎が来るッ…何だと!?」
俺は近づき、
再度、破裂させれば──────勝ちの目が生まれる。
「【エン・リヴィ──────ぐおっ!!?」
俺の脇腹に雷槍が突き刺さり、俺の体内を焼き尽くしていく。
あまりの苦痛に、悶絶する暇もなく……俺の意識は消し飛んだのだった。
*
目が覚めると、頬杖をついたロキとフレイヤ様。ヘイズさんがゲンナリした様子で座っていた。
すでに治療は終わっているのか、俺は服を着せられ、身体も自由に動くようになっていた。
「……あ、起きられたんですね。おはようございます。」
「ヘイズさんが治療してくれたのか。ありがとう。」
頭を下げて礼を言うと、ヘイズさんは手を頭に当ててため息をつく。今回の治療は相当難航したらしく、疲労はさることながら精神的にもだいぶクるものがあったらしい。
「私は5分だけ休みます。では、お大事に……」
「あっはい。」
ヘイズさんが退室し、残されたのは俺とロキ、そしてフレイヤ様の三人だけになった。
「……とりま、この二日間のステイタスを出しといたから確認しときや。」
──────────────────
【アエルテス・ヘリオドーン】
Lv.4
《基礎アビリティ》
力:B703 耐久:S922 器用:D583 敏捷:D540 魔力:A886
《発展アビリティ》
不屈:G 解放:H 狩人:I
《魔法》
【リュクシオン】
・
・自身を含めた周囲に延焼する。
・詠唱式『我は光、我は終。汝が炎抱く限り、全てを灰に帰さん。我を包め、光封の鎧』
・解放式【エン・リヴィオ】
【フォルネス・イグニオン】
・侵食魔法
・命を削る黒焔を纏い、射出する。
・詠唱式『我は闇、我は始。星なき夜の底より来たりて、黄昏を齎さん。全てを呑み込め、終末の黒焔』
【】
《スキル》
【
・逆境時、全能力の超高補正
・精神汚染軽減
・死への恐怖無効
・刻印顕現中、成長補正
【
・炎に対する高耐性
・火炎誘引
──────────────────
「おお」
アビリティの成長値が凄まじいことになっている。内臓ごと焼かれたのがそんなに凄かったということだろうか?
いやまあ確かにそうだな。内臓は鍛えてなかったし。妥当かも知れない。
「あら、ランクアップはしなかったのね。」
「させてへんのや。格上集団にボコられつつも一矢報いた……それは確かに偉業かもしれへんけどな、やり過ぎなんとちゃうん?これは。」
責め立てるように睨むロキ。フレイヤ様はどこ吹く風と言ったふうだ。むしろ、俺に向けて熱い視線を送っているようにも感じる。
だが、俺は完全に理解した。フレイヤ様はサディストだ。気に入った相手に試練を与えるタイプの神様だ。
どうせこの視線も、「次はどんな試練を与えようかしら」の視線だ。そうに違いない。
「少なくとも、手加減はされていたわ。だって、そうでなかったらこの子はいまここに居ないもの。」
「アエたん、辛かったら正直に言うんやで。」
「あ……いや。なんだかんだで楽しいから辛くはないよ。いやマジで。」
実際のところ。戦闘のことだけを考えていられるのは気が楽で良い。
俺の中にある「英雄になる」という理想と、「勇者になる」という運命。これらは似通っているようで、相反する目標だ。
この世界の人間としてのおれと、転生者としての俺の意志で、俺の剣は揺れていた─────この、【
「なんか……純粋な力の前には理想も運命も、不純物に過ぎないのかなと思ったよ。強いやつは強い。」
「ええ、その通りよアエルテス。オッタルが危惧していたのは、貴女のその剣の輝きが下らない価値観によって鈍ること。貴女は間違っていないわ。」
そういうもんか、と思いつつも俺はこれまで読んできたマンガやアニメのキャラたちを思い返す。
皆、何かしらの理想を掲げていたような気もするし、そうでなかったようにも思える。ジャンプとかは特にそうだった。
「……でも、ですよ。フレイヤ様。」
「何かしら?」
「迷ってる方がカッコよくないですか?」
呆気に取られたような表情をするフレイヤ様。しかし、何かおかしかったのか、くつくつと笑いはじめる。
「で?フレイヤ。アエたんの悩み事は解決出来そうなん?」
「ええ。聞いて、アエルテス……貴女には戦いが必要よ。知略も策謀も、貴女には必要がない。貴女が英雄に、勇者になりたいのなら──────。」
ごくり、と息を呑む。おそらくは神威を解放しているのだろう、重々しいオーラがフレイヤ様から溢れ出す。
無論。俺には効きにくいが。
「魔物を殺しなさい。人類の敵の悉くを討ち滅ぼして、『黒龍』を……ゼウスやヘラが失敗した、あの大偉業を成し遂げなさい。」
「勿論、いきなりLv.10の冒険者軍団が全滅するような怪物に挑め言うとる訳ちゃうで。ウチらで話し合うてな、決めとったんよ。ヘルメスの献策に乗るか、乗らんかをな。」
聞くところによれば、ヘルメスは俺を魔物絶対殺すマンに仕立て上げようとしていたらしく、俺が揺れていた原因──────
それらを効率よくぶつけることで俺を英雄として『完成』させるという計画があったそうだ。
「ウチとしても、
「要するに、ヘルメスのやり方では効率が悪いのよ。」
「どうしてです?俺が魔物を問答無用で引き裂きまくれば手っ取り早そうじゃないですか。」
「んな訳あるかいな。ええか、英雄だの勇者だのっちゅうんは所謂アイドル的なアレや。人気商売っちゅうわけやな。」
つまるところ。俺が目指すべきは万人受けする英雄ということか。
求められているのは、魔物や敵をバッサバッサ薙ぎ倒す戦士ではなく、弱者の盾になり、正義を説く救世主というわけだ。
「俺そんな器用じゃないですよ。」
思わず苦言が出る。
第一、俺は家族や大切な人たちのために世界を救わんとしているのだ。それ以外にまで手を回すとなれば……いや、ここで泣き言を言うべきじゃないな。
「でも、貴女は人々に希望を与えているわ。見てご覧なさい。」
フレイヤ様がいくらか手紙を渡してくる。その殆どが、兄弟子との戦いを見て勇気づけられた人たちからの応援メッセージだった。
なるほど。なんとなく分かってきたぞ……。
「ええっと……つまり、ヤバい奴といっぱい戦えば周りがついてくるってことで合ってます?」
「ええ、そういうことよ。回りくどくてごめんなさいね。」
勝てば周りがついてくる。勝利すれば全てが手に入る。そこに感情など不要。単純で分かりやすい話だ。思わず心の中のピエロが語り始めるところだった。
「んで、次が本題やな。アエたん、ドチビんとこの子気に入っとったろ?あの子らが『遠征』に行くらしいんやけど、アエたん着いて行ったれや。」
「あ、いいですよ。」
「いいんかい。断られる思てわざわざ正義だのなんだのとこねくり回したんに……」
「だから言ったじゃない。アエルテスには妙な策略より直接何かさせた方が手っ取り早いって。」
どうやら俺は神の手の上でずっとウロウロさせられていたらしい。こういうのは分かりにくいし、俺も別に賢い訳じゃないからやめて欲しいんだけどな。
「てなわけや!さっそく
「なりません。神ロキ。」
ロキの快活な声を遮り、重厚な男の声が響く。
医務室の扉が開け放たれ、オッタル師匠が険しい目つきで俺を見る。
「アエルテス。今し方、ヘディン、ヘグニ、ガリバー兄弟からお前を認めると言う言質を取った。すぐに支度を整えろ。」
「はいっ、今すぐに!」
かたわらに置いてあった装備を身につけ、フレイモスを握りしめる。すでにチャージは完了。いつでも全力全開で戦える。
やっぱり、難しいことは俺には分からない。だが、当面の目的──────戦いによる自身の浄化は、俺に合っていると思う。
「しゃあっ 決闘!」
◆◆◆◆◆◆
オッタルは、月明かりに照らされる弟子を見て感嘆の声をあげる。
ついこの前見た弟子の姿とはまるで違う。何かに迷っている姿ではなく、純粋な闘争心を見せる姿だ。だが、オッタルは思う。
まだ足りない、と。
「全力で来い。
「言っときますけど」
ごう、と黒炎がアエルテスの剣に纏われる。
「死ぬほど痛いらしいっすよ。それ」
続けざまに、炎の外套が纏われ、不適な笑みがアエルテスに浮かぶ。だが、師であるオッタルには理解出来ていた。
英雄然とした弟子は、万に一つも勝てるとは思っていないということを。
「問題ない。」
「そうですか……なら、後悔しても知りませんからね!」
爆炎と共に吶喊するアエルテス。オッタルは冷静にそれを躱し、大剣でカウンターを入れる。当然のように大剣に黒焔が巻き付くが、お構いなしに連撃を加える。
「ぬっ、くっ……どわぁっ!?ば、バケモンか…!」
辛うじて直撃は防ぐも、一気に防戦に持ち込まれてしまうアエルテス。だが、守りこそ最大の弱点とでも言うような蹴りがアエルテスの細い腹を打ち据える。
「ぐほっ……」
地面をバウンドし、転がるも、直後に立て直して再突撃してくるアエルテスにオッタルは内心で笑みを浮かべる。
この戦いはフレイヤ様が観ている。であるならば、それを歓ばせるは従者の務め。
「【フォルネス・イグニオン】ッ!!」
「無駄だ。」
黒炎を受け、それを即座に握りつぶす。オッタルが【
そして3も離れたレベル差。これらが、アエルテスとオッタルの隔絶を示していた。
「どうした。手札の一つが潰されて動揺しているのか?まだ青いな。」
「……文字通りの必殺技、なんですけどねえ───ッ!」
黄金の炎刃が飛ぶ。だが、オッタルはそれを軽く弾いて一蹴する。アエルテスは、これほどまでに「手も足も出ない」という言葉が適切な状況はないと舌打ちを吐く。
「小手先の技に頼るな。」
剣の柄で殴り、よろけた所をオッタルの膝が強襲する。
「壁を超えろ。己の中の不可能という感情を追い出せ。」
手加減に手加減を重ねられた攻撃で、アエルテスは背後に一歩、また一歩と後退させられていく。例えるとすれば、死にかけのハムスターと狂乱したドラゴンが戦うようなものだ。
万に一つも勝ち目はない。
「う、うぐ……」
後退するたびに、アエルテスの中にあった自信、自負、強さの担保とも呼べるものが剥がれていく。その表情は、先ほどまで浮かべていた英雄然としたものではない。
強大な敵を前に、怯え、震えることしか出来ない、か弱い少女のそれであった。
「さて────もう、逃げ場はないぞ。」
「っ、ぐ……!」
オッタルの視線がアエルテスを射抜く。
このまま、アエルテスはオッタルに殺される。この戦いを見ていた誰もがそう感じた。彼の主神である、フレイヤでさえも。
ヘディンたち幹部たちも、まさかとは思いつつも疑念の目を向けている。
それ程までに、この構図は一方的であった。
ミスリルの大剣が振り上げられる。フレイヤの静止は間に合わない。他の団員たちも、静止に入ろうと動くも、もはや間に合う余地はない。
大剣は振り下ろされる。フレイヤは目を瞑る。
だが待て、夜よ聞くがいい!
肉が潰れ、グロテスク音を鳴らすはずの訓練所に、一筋の金属音が流れている。それはまさしく、オッタルの必殺の一撃をアエルテスが耐えていることの証左に他ならない。
「………それで良い。」
直後、フレイヤの耳に飛び込んで来たのは、ごうごうと燃える炎の音。おお、見よ!光輝の鎧に包まれていた筈のアエルテスには、今や光をも呑み込む漆黒の鎧が纏われている。
「でぇ、りゃあああああああッ!!!!!」
弾けるような金属音が鳴る。オッタルの握る大剣が弾き飛ばされる。すかさず、オッタルは黒剣に持ち替え、愚直に吶喊してくるアエルテスの姿を認める。
「戦いとは、とどのつまり──────命の削り合いだ。お前も理解出来たようだな、アエルテス。」
「そこ。」
「惜しいな。」
オッタルに対し、一転猛攻をかけるアエルテス。その顔に怯えはなく、ただの一点。
ようやく、オッタルは歯を見せ、獰猛に、戦う者の笑みを浮かべる。
「魔法を使う。悪く思え。『
「させるかよ。」
黒き炎を纏った三連撃を軽く受け流し、オッタルは詠唱を続ける。
「させてもらう。『この身は戦の
最適化された、回転を加えた斬撃でオッタルに攻撃が加わる。それまで使っていた剛剣ではなく、柔剣とも言うべき滑らかな剣術。
極限状態にあるアエルテスの意識の中で、自然と行き着いた形。
「『駆け抜けよ、女神の神意を乗せて。』……待たせたな。【ヒルディス・ヴィーニ】。」
オッタルが使用したのは、シンプルな強化魔法。だが、それ故に最強を最強足らしめている。
「この一撃─────正面から受けてみろ。」
「……勝負だ。」
都市最強冒険者による、絶死絶命。渾身の一撃。アエルテスは目を瞑り、剣を構え──────開眼し、向かってくる「死」へと突撃する。
「【エン・リヴィオ】ッ!!!」
黒炎を伴った爆発。少しでも攻撃の威力を相殺するための苦肉の策。オッタルは、わずかに押される感覚を受けながらも迷いなく振り下ろす。
刃と刃が触れ合う感触。だが、振り下ろす。そのまま、オッタルは思い切り振り抜く!
爆炎が晴れ、後に残されたのは──────。
剣を振り抜いた姿勢のまま立って、気絶しているアエルテスと、少々火傷の痕があるが、健在のオッタルの姿であった。
◆◆◆◆◆◆
「レベル5……ですか。」
オッタル師匠との死闘のあと、目覚めた俺は、【ロキ・ファミリア】の
あの戦いで、俺は何かしらの壁を越え、ランクアップを果たしたらしい。
その代償として、三週間の特大
精神面では主に、俺が戦闘マシーンに近づいたのだとか。自覚はないが、まあ精神デバフなんてそんなもんだろと思っている。
自覚があれば治せるものだからな。
むしろ、酷いのは肉体面だ。【ディアヒケント・ファミリア】の治療でも、完治に三週間ほどかかる
一定期間は魔法を使うたびに全身に火傷痛が走るらしい。
「ま、これに懲りたらもう無茶はせんことやな。ええか?リヴェリアたんが卒倒したんやで。こないな事は中々無いんやからな。」
「そんなに酷かったのかよ。」
「せやで?全身に酷い火傷痕、全身の切傷、打撲、骨折、そんでもってエグい深い斬撃痕。なんで生きとったんか判らんぐらいにはボコボコやったで。」
フレイヤのやつ、青ざめとったもん。とごちるロキを尻目に、ステイタスシートを眺める。
──────────────────
【アエルテス・ヘリオドーン】
Lv.5
《基礎アビリティ》
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
《発展アビリティ》
不屈:F 解放:G 狩人:H 対異常:I
《魔法》
【リュクシオン】
・
・自身を含めた周囲に延焼する。
・詠唱式『我は光、我は終。汝が炎抱く限り、全てを灰に帰さん。我を包め、光封の鎧』
・解放式【エン・リヴィオ】
【フォルネス・イグニオン】
・侵食魔法
・命を削る黒焔を纏い、射出する。
・詠唱式『我は闇、我は始。星なき夜の底より来たりて、黄昏を齎さん。全てを呑み込め、終末の黒焔』
【】
《スキル》
【
・逆境時、全能力の超高補正
・精神汚染軽減
・死への恐怖無効
・刻印顕現中、成長補正
【
・炎に対する高耐性
・火炎誘引
・状態異常「火傷」時、『治癒』の発展アビリティを発現させる。
──────────────────
新規スキル、新魔法の追加はなし。【
発展アビリティは対異常と、なかなかに炎に対して強くなってきたように思える。
「魔法覚えたかったな……」
「無茶言わんでや。ああ言うんは然るべきタイミングっちゅうもんがあんねん。」
「そういうもんかね。」
「そういうもんやで。」
なるほど。そういうものらしい。ともかくこれで、アイズ先輩に一歩近づけたな。そして俺も────第一級冒険者の仲間入り、と言うわけだ。
とは言っても、深層に潜ったわけでもないし、オッタル師匠ブートキャンプがあったのがデカい。
つまるところ、俺は地に足ついてない第一級冒険者だ。
であれば、俺がすることは決まっている。
「……深層行、だな。」
「だな。じゃないねん。しばらくは大人しくしときや。せや、折角やし休暇を楽しんだらええやんか!ウチとデート行こ。」
「明日ね。俺は今日寝るから……」
だが、ロキの言うこともまた真実だろう。
俺に暫くの休みが必要なのは確かだ。三日ぐらい地上にいたら、あとはダンジョンに潜るとしよう。