夏の終わりに、君と手をつないで   作:time passage

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2話

それ以来、僕は夏休み中、伊地知さんと一緒に遊ぶようになった。

 

待ち合わせはいつも、雑木林の東屋。

 

伊地知さんは、活発な女の子で、僕をいろんなところに連れて行ってくれた。

 

僕はこの街に来て間もなかったから何を見ても新鮮だったし、伊地知さんはそんな僕の反応が面白かったみたいだ。

 

大きな犬を軒先で買っている家に案内してくれたり、隣町の公園を教えてくれたり。

 

100円握りしめて、駄菓子屋さんでいくつお菓子を買えるか競争したり、駅前の本屋さんで立ち読みをして怒られたり。

 

知らない街なので、僕が迷わないようにという気遣いだと思うけど、伊地知さんは時々、僕の手を握ってくれた。

 

 

 

「ほら、深沢君いこ?」

 

「う、うん」

 

 

 

伊地知さんの手のひらは、柔らかくて、暖かくて、なめらかで、僕は心の奥底に熱いものを感じた。

 

その瞬間だけ、僕は誰かとつながり、独りぼっちじゃなかった。

 

僕は、いつまでも伊地知さんと手をつないでいたいと思うけど、目的地に着くと、その手は離されてしまう。

 

その瞬間、言いようのない寂しさや悲しさを感じた。

 

でも、そのことを口に出せなかった。

 

僕は、女の子にそんなことを言う勇気なんて持っていなかった。

 

 

 

ある時、僕は伊地知さんと雑木林の中を探検していて、不意に足がふらついてしまった。

 

 

 

「深沢君、大丈夫?」

 

 

 

伊地知さんが心配そうに僕をのぞき込む。

 

どうやら、軽い熱中症だったらしい。

 

その日は、この夏で一番暑い日だった。

 

朝のテレビ番組は、日本各地で記録的な猛暑と予報していた。

 

でも、それだけじゃなかったかも知れない。

 

この街にやってきて、もう2週間が過ぎていた。

 

母さんの仕事は決まらず、家では愚痴と、祖父の叱責の声が増えていた。

 

そんな状況に、どこか僕もやられていたのかもしれない。

 

 

 

「東屋が木陰になってるから、そこで休も?」

 

 

 

伊地知さんの優しい声が聞こえる。

 

彼女の柔らかい小さな身体が、僕の身体を支えてくれた。

 

僕は、少しぼんやりとしながら、守られているような安心感を感じていた。

 

伊地知さんは、僕を東屋の木陰のベンチに座らせてくれた。

 

木陰の涼しさを感じると、かなり気分が楽になった。

 

 

 

「もう大丈夫だよ、伊地知さん。ありがとう」

 

 

 

僕が言うと、伊地知さんはめっというようなしぐさで言った。

 

 

 

「ダメ、そのまま少し休まなきゃ」

 

 

 

同い年なのに、なんだか頼りになるお姉ちゃんみたいで、僕は少し笑った。

 

 

 

「冷えてるお茶、飲んで?」

 

 

 

伊地知さんが、いつも肩にかけていた子供用水筒を開けて、麦茶を注ぎ、僕に手渡してくれる。

 

すごくうれしい。

 

僕はそれを飲み干してから、ふと気が付いた。

 

この水筒って、確か、少し前に伊地知さんも飲んでいたよね? 

 

そ、それって、間接キスなんじゃ? 

 

一気にぼんやりしていた頭が冴えてきた! 

 

って、ていうか、確実に間接キスだ。

 

僕、今、伊地知さんと同じコップの口をつけちゃったよ! 

 

心臓の高鳴りを感じながら、伊地知さんを見る。

 

思わず、目線が唇に行ってしまう。

 

 

 

「どうしたの? ……あっ///」

 

 

 

僕の目線の意味に気づいたみたいだ。

 

伊地知さんが、頬を赤くした。

 

 

 

「さ、さっきのは緊急事態っていうか、そ、そういうの気にしてる場合じゃなかったからっ」

 

 

 

恥ずかしがりながら、早口で言う。

 

 

 

「っていうか、深沢君のエッチっ、そういうこと考えるの禁止っ!」

 

 

 

ぺちっと叩かれた。

 

全然痛くなかったけど。

 

 

 

 

 

その日は、伊地知さんが僕の体調を心配するので、どこへも行かず東屋でおしゃべりすることになった。

 

僕はリュックサックに入れてきた、鉱石ラジオをつける。

 

 

 

「もー、それを持ってくるんだったらお水も持ってきなよー」

 

 

 

伊地知さんが苦笑いした。

 

でも、彼女は僕の隣で、一緒にラジオに耳を傾けてくれる。

 

ラジオは、今日も、知らない国の知らない音楽を流してくれた。

 

 

 

「まるで宇宙から届いている音みたいだね」

 

 

 

伊地知さんがつぶやく。

 

雑木林の、人があまり立ち入らない奥にあるからだろう。

 

夕暮れ時の東屋の周辺には誰もいない。

 

僕と伊地知さんの二人きり。

 

まるで世界から断絶されていて、僕は目を閉じると、彼女と二人きりで宇宙に浮かんでいるような気持ちになる。

 

僕たちは、大きな孤独の中で互いに一人ぼっちで、でも、なぜか繋がっている。

 

そんな気がする。

 

音楽が終わり、またディスクジョッキーが意味の分からない言語で話を始めた。

 

僕は言った。

 

 

 

「時々、この言葉を聞いているとさ。宇宙っていうか、どこか、世界の果てで話しているような気がするんだ」

 

「世界の果て?」

 

「うん。それがどんな場所かわからないけど、すごく遠くて、寂しくて、暗い場所。きっと、冷たい氷の壁に閉ざされているんじゃないかな。そこに、通信機が一つだけあって、その人が、僕だけにメッセージを送っているんだ」

 

「深沢君だけに?」

 

「うん。だって、僕はきっと、世界で一番孤独な存在だから。世界の果てにいる人は、その人も孤独だから、僕にメッセージを送っているんだ。でも、残念だけど、その言語は僕には伝わらないんだ」

 

 

 

僕は首を振った。

 

熱中症の余韻で頭がまだぼんやりとしていたのだろうか。

 

僕は、言うつもりのなかった言葉、心の中の空想を語っていた。

 

 

 

「僕は、誰からも愛されていなくて、独りぼっちなんだ。親を失って、家を追い出されて。どこにも居場所がなくて、独りぼっちなんだ。だから、そんな僕にきっと、このラジオは……伊地知さん?」

 

「あ、えと、その」

 

 

 

伊地知さんの様子が、少しおかしい。

 

しまった、一人語りが過ぎただろうか? 

 

き、キモがられちゃった? 

 

僕は内心、わたわたと焦った。

 

でも、想像と違う言葉を、伊地知さんは問いかけてきた。

 

 

 

「深沢君、その。ご両親が、亡くなってるの?」

 

「え?」

 

 

 

伊地知さんの顔が、どこか青ざめている。

 

 

 

「だ、だって。その、失ったって……」

 

「あ、そ、そっか、ごめん」

 

 

 

僕は慌てて訂正した。

 

 

 

「失ったってのは、その、死んだってわけじゃなくて。離婚したんだ。それで、母さんの実家に引っ越してきたんだ」

 

「な、なんだそういうことかぁ」

 

 

 

ホッとしたように伊地知さんがため息をついた。

 

 

 

「あ、で、でもなんだぁってことじゃないよね、ごめんっ!」

 

 

 

いつものフランクな感じで頭を下げる。

 

 

 

「だ、大丈夫だよ。別に気にしてないから」

 

「よかったぁ」

 

 

 

伊地知さんが、つぶやいた。

 

 

 

「ほんとによかった。死んじゃったんじゃなくて」

 

「あ、でも、離婚ってのも結構大変なんだよ? 母さん、家で愚痴ばっかりだしさぁ」

 

 

 

僕が冗談っぽく言うと、伊地知さんもちょっと笑ってくれた。

 

 

 

「ね、深沢君」

 

「ん?」

 

「さっきの世界の果てのお話」

 

「うん」

 

「きっと、生きていたらさ、どんな果てからでも、いつか、会いに来ることができるよ。わたしだったら、どこにいたって直接会いに行っちゃうな。会えたら、言葉が違っていてもきっと伝わると思う」

 

 

 

だから、いつか君は孤独じゃなくなるよ、きっと。

 

そう言いたげな瞳で、伊地知さんが、僕の手をそっと優しく握った。

 

僕は、今でも、その時の手のぬくもりを、鮮明に思い出すことができる。

 

 

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