夏の終わりに、君と手をつないで   作:time passage

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4話(最終話)

千葉での生活は、あまり楽しいものではなかった。

 

母さんの就職先は、食品の工場で、千葉と言ってもかなり田舎にあった。

 

周囲には何もないような場所だ。

 

最近建ったばかりという社宅のようなアパートは、どこか無機質で、祖父の家の古いけれども人が暮らした温かみのある和室は全然違っていた。

 

僕は、今度こそ本当に孤独になったような気がした。

 

父を失い、家を失い、鉱石ラジオを失い、虹夏ちゃんを失った。

 

僕は、まるで自分自身が世界の果てにいるような気持ちになった。

 

僕がかつて空想した冷たい世界の果てが、今は僕が暮らすこの狭いアパートの部屋と重なっていく。

 

会いたかった。

 

僕は誰よりも、虹夏ちゃんに会いたかった。

 

そして、伝えたかった。

 

僕も、これからも君と遊びたかったよ、って。

 

でも、ここはあまりにも遠い。

 

僕は、ラジオのDJの真似をして、何もない空間に語りかけてみた。

 

世界の果ての孤独なDJのように。

 

 

 

「虹夏ちゃん 虹夏ちゃん 聞こえますか? 僕は、君に、会いたいです」

 

 

 

だけどもちろん、返事なんてない。

 

僕は、泣きそうになった。

 

母さんは新しく始まった仕事に忙しくて、僕の事なんてほとんど気にかけやしない。

 

僕は、夏休みの残りの数日を、この冷たい部屋で一人っきりで過ごすんだ……。

 

と、その時。

 

玄関のベルが鳴った。

 

僕は時計を見る。

 

まだ午後の早い時間。

 

母さんが忘れ物でもして帰ってきたのだろうか?

 

無気力に立ち上がり、ドアフォンの通話ボタンを押した。

 

すると。

 

 

 

「あの、こ、こんにちは」

 

「え?」

 

 

 

聴き覚えのある可愛らしい声。

 

この声って……。

 

 

 

「智也くんのおうちですか?」

 

 

 

に、虹夏ちゃん!?

 

虹夏ちゃんの声だ。

 

僕は驚き、思わず無言になる。

 

 

 

「あれ? インターフォン、聞こえてないのかなぁ?」

 

「留守かもしれないぞ?」

 

 

 

星歌さんの声も聞こえた。

 

 

 

「えー? せっかく来たんだし、もうちょっと呼んでみるっ」

 

 

 

そう言ってから、虹夏ちゃんが、もう一度ベルを押した。

 

 

 

「もしもし、聞こえますか? 智也くん? 伊地知虹夏です。会いに来たよ」

 

 

 

その声は、インターフォン越しに少し加工されて、まるで世界の果てにいる僕へと投げかけられるメッセージのようだ。

 

僕は、涙で少し目の前がかすみそうになるのをこらえながら、返事をした。

 

 

 

「き、聞こえるよ。虹夏ちゃん。聞こえて、ます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドアを開けると、本当に虹夏ちゃんと星歌さんがいた。

 

夏の終わりの日差しを浴びて、どこか幻想的にすら見えた。

 

けれど、本物だ。

 

 

 

「もう、ひどいよ。何も言わずにいなくなっちゃうなんて」

 

 

 

虹夏ちゃんが頬を膨らませる。

 

 

 

「よ、よぉ、少年」

 

 

 

星歌さんがなんだかバツが悪そうに頭を下げた。

 

 

 

「お姉ちゃんから聞いたよー。お姉ちゃん、勝手にお母さんの事をしゃべっちゃったって」

 

「ご、ごめんって。少年には言ってると思ってたんだよ」

 

「もー」

 

 

 

星歌さん、平謝りだ。

 

 

 

「だ、だからな、ほら、こうやって車も出したろ? な?」

 

「ふーんだ」

 

「え、えっと。下北沢からわざわざ、会いに来てくれたの?」

 

「うん」

 

「で、でも、どうやって? 僕、引っ越し先の住所言ってなかったのに」

 

「それはお姉ちゃんが頑張ってくれたから」

 

「ったく、村川のじいさん、こっぴどく叱りやがって」

 

 

 

村川?

 

あ、そ、そうか、うちの爺ちゃん。

 

 

 

「え、知り合いだったの?」

 

「まぁ、ちょっと離れてるけど同じ町内だしな」

 

 

 

驚く僕に、星歌さんが言う。

 

 

 

「あの爺さん、智也がグレたのはおまえがいらんこと言ったからだろ!とかあたしに言うんだぜ」

 

 

 

やれやれというポーズ。

 

 

 

「でもね、私がお願いしたら、ちゃーんとここの住所教えてくれたんだよっ。おじいちゃんやさしいっ」

 

 

 

虹夏ちゃんがキラキラと笑った。

 

 

 

「ね? 言ったでしょ。どこにいたって直接会いに行っちゃうって」

 

「う、うん、そうだ、そうだったね!」

 

 

 

僕も笑った。

 

いつの間にか、自然に、笑顔がこぼれていた。

 

僕の世界の果ては、虹夏ちゃんに破壊されて、素敵な日常に生まれ変わっていく。

 

 

 

「ね、今からあそぼ?」

 

「なにして?」

 

「今度は智也くんがこの町を案内してほしいな」

 

「うん!」

 

 

 

さぁ行こう、というように、虹夏ちゃんが小さな手を差し出してくる。

 

僕はその手を、強く握った。

 

柔らかくて、暖かい虹夏ちゃんの手。

 

僕たちは、夏の終わりの町を駆けだした。

 

孤独は色彩を失って消えていき、世界が虹のような色になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(終わり)





これで完結です。いかがでしたでしょうか。

ご意見、ご 咤など頂けましたら、次回に活かしてまいります。
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