外から聞こえる剣戟の音で目が覚めた。
アミルはベッドに・・・・・・居ないな。
かすかな彼女の残り香を惜しみながら、ベッドから抜け出した。
窓を開けると、いつもにも増して激しい訓練の光景。
ヴィルマとイレーネ、ラファとフラウス、それにレドリックとモニカまで模擬戦をしている。
昨日のオッサンとの戦いのせいか、イレーネの剣が一際鋭く感じる。
ケガするなよ、させるなよ。
二人からすぐ離れた場所で見ている双子が何か真剣に話をしているように見える。
双子も将来、あの二人のようになるのだろうか。
それはそれとして、俺だけグータラな主人に思えてきた。
今から参加するのもアレだから、窓の外を眺めながら日課のストレッチに励もう。
巫女のレベルはラファの方が高いが、対人戦の経験の差なのかフラウスが圧倒しているな。
奴隷になる契機となった迷宮の事件以外に彼女の事はほとんど知らない。
レドリック経由で確認しておくか。
レドリックとモニカの戦いも同じか。
同一ジョブの剣匠でレベルもほぼ同じだが、剣の技量はレドリックの方が明らかに上だ。
子供扱いという程ではないが、レドリックが随分と余裕で彼女の攻撃を躱しているようだ。
迷宮に行く日と迷宮に行かずにミッチリと訓練する日を作った方が良いのかな。
その訓練の日に外部の者と模擬戦をするために遠征するのも良いか。
レイモンドが冒険者になったから人員輸送も円滑にできるだろうし。
剣術指南所での訓練の対価に装備品を渡すというのもアリだろうか。
オッサンにあまり良い武器を与えると、万が一、敵方になった時に怖いから加減が必要だが。
・・・・・・
食事が終わり、ターヘラ出発組が集合。
俺、エネドラ、カラダン、レイモンドの四人。
レイモンドはターヘラに行ったことがないので、今回、俺のパーティに入って移動してもらう。
子供達を移送するだけなら、パーティに出し入れしながら移動させれば俺一人でもできる。
だが、今後のことも考えてレイモンドを連れていくことにした。
俺抜きでも、各種作業が回るようになってもらいたいからね。
「カラダン、今日の午前中にベイルの方に行ってもらう女性は誰になったのだ?」
「チクルスさんとモニカさんだそうです。
モニカさんは午前中だけで、チクルスさんは一日ベイルで手助けしてもらえるそうです」
そうか、一日滞在してくれる者がいれば安心だな。ちょっと手厚過ぎる気もするが。
「旦那様、チクルスはこの前までベイルの家に住んでいたので、
家の使い勝手も分かっていますから派遣することにしました」
「そうか、確かにそうだな。適任だな」
ベイルの家の厨房も使っていたから、エネドラ以外でこれ以上の適任者はいないか。
「では、出発するか」
クーラタルの玄関からベイルの玄関にワープで移動した。
ベイルの玄関には、今日は絨毯がかけてある。
「ベイルに戻る時は、この絨毯から戻るからよろしくな、レイモンド」
「はい。まだフィールドウォークは慣れないので、不安ですが頑張ります」
こればっかりは慣れてもらうしかない。
そして、今日はこの玄関に大量の皮の靴が置いてある。
ベイルでも上履き履き替えルールは健在なのだ。
今日は戻ってくる時は、この玄関は大混雑になるだろう。
子供達が7人も増えて戻ってくるのだから。
ベイルの玄関からターヘラの冒険者ギルドにゲートを繋げた。
ギルドの壁のゲートを抜けて、四人で外に出た。
エネドラはレイモンドとカラダンを連れて、剣術指南所に向かった。
俺は一人でアルマーを迎えに行くことに。
・・・・・・
アルマーの商館のドアをノックすると、昨日購入した探索者候補の奴隷の男が出てきた。
さっそく、働いているようだ。
「アルマーを迎えに来たのだが、在宅だろうか?」
「はい。今、呼んできますので」
いやいや、呼んできたら拙いだろう。
『確認して参ります』とか、『こちらへどうぞ』と言って応接室に案内するべきなのでは?
奴隷の教育は難しいから、誰か教師役が居ないと厳しいのじゃないかな。
原作でも、ヒロインが世話になったおばちゃんとか居たよな。
しばらくすると、本当にアルマーがやってきた。
そして、そのまま外出するとのこと。
先程の探索者候補の彼だけでなく他の二人の奴隷も一緒に来るようだ。
五人で剣術指南所に向かった。
奴隷の教育はかなり大変なようで、アルマーも頭を抱えている感じだった。
一朝一夕では改善しないから、地道にやっていくしかないだろう。
資金に余裕があれば、外部から一時的に雇うとか、それ向きの奴隷を購入するのだろうけど。
・・・・・・
剣術指南所に着くと、食堂でナナイに修正した契約書を確認してもらっているようだ。
エネドラとカラダンも居るテーブルの席に俺とアルマーも座った。
「ナナイ、この者がベイルの家で子供達の作業や生活の面倒を見る責任者のカラダンだ」
「カラダンと申します。何かご不明な点があれば、遠慮なく御指摘下さい」
「ナナイと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
ナナイがカラダンに頭を下げた。
あっ、アルマーがあからさまに面白くなさそうな顔をしている。
大丈夫だよ。こいつはナナイの事を単なる取引相手としか見てないから。
挨拶が終わり、契約書の確認作業が再開された。
エネドラとナナイの会話に昨日同様、アルマーがチェックを入れる展開。
「初めの7日間は慣れてもらう期間なので、
その先の15日間の作業期間よりは短く設定してあります。
一組目が7日間の習熟期間をこなして、二組目と入れ替わりますが
一組目を戻した翌日に二組目と入れ替わりますので、
戻った日に一組目の子達からナナイさんの方でベイルでの事をよく聞いておいてください。
次の7日間の作業に参加する二組目の子達に何か参考になることがあるかもしれません」
「分かりました」
「ナナイ、その日は僕もここに来るから、一緒に聞くようにするよ」
うーん、なんだかこそばゆいのだが。
「次の二組目の習熟期間が終わると、その次は本格的な作業期間になりますが、
一日休みの日を挟んでから開始となります。
その一日を使って、次から始まる期間の組分けの変更を考える等してみて下さい。
相性が合わない子達がいるかもしれませんので。
そして、どうしてもベイルでの生活に馴染めない子もいるかもしれません。
その場合には無理に作業をさせるのではなく、扱いをどうするか一緒に考えましょう。
7人でなければ絶対に作業ができない訳ではありませんから、無理は禁物です」
「そうですね。分かりました」
こちらでもカラダンが目を光らせているが、ナナイ達の方でも確認すべきだろう。
契約書の確認が終わり、双方でサインが交わされた。
「では、一組目の子供達を呼んできますね」
ナナイは子供達を呼びに去っていった。
「アルマー、ニムラルに三人の奴隷を預けて鍛えてもらう話は既にしてあるのか?」
「一応、ナナイ経由でしてあります」
ナナイ経由でというのが、とっても不安だな。
オッサンが暴走しないと良いのだが。
迷宮から戻ってきたら、オッサン以外は死んでましたとなったら困るよな。
まずは訓練からだろうだけど、初心者相手にどう教えるのか興味があるぞ。
「鍛えるにしても、先に探索者や剣士、僧侶のジョブを得てからにするのか?」
「そう考えています。僧侶の手当も使えた方が良いと思うので」
「そうだな。だが経験の浅いうちは手当を何度も使えないから気を付けろよ」
「はい。分かりました」
ナナイが子供達を連れて戻ってきた。双子も一緒だ。
この子達に混じると、不思議と双子がお姉さんに見えてしまう。
子供達は小さな布袋みたいなものを手に持っている。最低限の私物だろうか。
全員、ツギハギのある使い古した服装だ。体の大きさもバラバラだな。
ベイルの方では服を用意してあると聞いてるが、体格がマチマチでも大丈夫なのだろうか。
「こちらが本日、お預けする子達です」
ナナイが一人ずつ紹介していく。さすがに自分で自己紹介はできないのか。
少し落ち着かない子が多いけど、大勢の大人に見られていると仕方ないよな。
男の子一人、女の子一人を年長者として小さい子達の面倒が見られる者と紹介してくれた。
男の子4人、女の子3人。男の子の一人は探索者Lv3だ。他は全員村人で農夫はいない。
農夫は農夫ギルドに加入しないとジョブを取得できないのだったか?
それ以前に未成年だと加入できないとかあるのだろうか。
年齢は一番下の子が10才で、一番上が14才か。来年、成人でここを出ていくのだろうか。
10才の子を働かせるのかと思うと心が痛むけど、将来のためだ。
種族は人間族4人、狼人族3人。
この前の奴隷オークションの記憶が甦る。この二つの種族が多かったよな。
「ナナイは、ベイルの我が家を見に一緒に行くか?
子供達の作業環境や生活環境を見たいのではないか?」
「そうですね。できることなら見たいです」
送り出す側としては当然だよな。
「あの、僕・・・・・・私もよろしいでしょうか?」
「アルマー君は、ここの子達の面倒を見てもらわないと・・・・・・」
ナナイの言う通りだな。そのために、ここに来たのだろう?
大丈夫だよ、カラダンはナナイに手を出さないから。
悔しそうな顔をして引き下がるアルマー。
さすがに奴隷三人に残りの7人の子供達の面倒を見てもらう訳にはいかないだろう。
この前の打合せの時に、ナナイが居ない間は面倒見るって啖呵を切ってたものね。
子供達7人と双子とナナイを連れて建物の外に出た。
遮蔽セメントを使ってない食料庫の壁にゲートを開いて、まずはカラダンとエネドラをベイルの自宅に送り出した。
二人にはベイルの玄関で発生する、子供達の靴の履き替え等の交通整理をしてもらわなければならない。
子供達と双子を俺とレイモンドで手分けしてパーティに入れた。
パーティへの加入などやったことのない子供達は、それだけで盛り上がっていて可愛い。
先に消えていった大人の真似をしておっかなびっくりゲートをくぐりぬけていく。
移動した先で渋滞が発生しないように、ゆっくりと少人数ずつゲートをくぐってもらった。
年長の子が年下の子供の手を引きながら、ゲートに入っていく姿もなんだか微笑ましい。
「アルマー、じゃあ、戻ってきたら奴隷の育成計画の話をしよう」
「はい。ナナイのことをよろしくお願いします」
そこは『子供達のことを・・・・・・』と言うべきなのでは?別に良いけどさ。
小言を飲み込んで、俺もゲートをくぐった。
玄関には子供が三人ほど居て、靴の履き替えルールをモニカが教えている。
他の子やナナイは食堂に・・・・・・はおらず、奥の作業部屋の方に居るようだ。
残っていた三人の子供達と一緒に向かうと、皆立ったままで部屋の中にすし詰め状態だ。
この家にはデカい会議室なんてないから仕方ない。
レイモンドはここに居ても邪魔になるだけだからと言って、クーラタルに戻ったらしい。
双子もその時に戻ったとのこと。
お姉さん風を吹かすのは、ここまでだったようだ。退屈だったのかもしれないが。
エネドラは受け入れの状況確認のため残っている。
俺やモニカは今回主役じゃないから部屋の外の廊下に居るが、中の声はほとんど聞こえない。
よく聞こえないが、ピコ達の紹介や作業部屋の説明をした後は、まずは7人の部屋割りを決めているようだ。
三人部屋の三部屋だから、女の子部屋一つに男の子4人が二人部屋で二つ使う感じだろう。
四人の部屋割りを決める感じだな。
子供達の希望とナナイの意見を取り入れて、部屋割りが決まったようだ。
皆が出てくる様子だったので、急いで食堂の方に退避した。
ピコ達の姿が見えたけど、お揃いの青っぽい作業服を着ていた。
チクルスが用意したのだろうな。なんか工場の制服のように思えた。
これから、子供達をそれぞれの部屋に案内するのだろう。
案内役のモニカも二階に上がっていった。俺は手持ち無沙汰だ。
階段を皆で上がっていった後にキャーキャー騒いでいるのが聞こえた。
自分達の部屋に連れていかれて盛り上がっているのだろう。
別に部屋の中にオモチャが置いてある訳ではないのだが、いろいろと新鮮なのだろう。
二階のトイレの説明とかもしているようだ。そんな声が聞こえた。
初めのうちは、いろいろと説明が大変だな。
暫くすると、チクルスとモニカが女の子3人を連れて降りてきた。
どうやら、これから風呂に入れるらしい。
新しい服を着せるにしても、まずは綺麗になってからか。
ナナイも風呂に入れて綺麗にしてやってアルマーを驚かせるのも面白いと思ったが、そんな余裕はないか。
男の子4人はカラダンとピコ達が何か説明しているようで、ナナイとエネドラも一緒に聞いているのだろう。
一階に居ても暇だから、二階に上がって廊下でカラダン達の説明を聞くことにした。
と言っても、部屋の使い方や掃除道具の場所の説明等だ。
掃除の仕方はピコ達が後で教えるといった簡単なものだった。
言葉での説明などで伝わるか怪しいので、やらせてみてからだろうな。
孤児院でも多少はやってるのだろうか、こちらとはやり方が違うかもしれないし。
まあ、そもそもカラダンもピコ達もベイルの家は初めてだから、手探りで進めるのだろう。
この家が初めての人間が10人以上も集まって、集団生活をするのって面白いな。
いろいろトラブルも起きるだろうけど、楽しく過ごせると良いのだが。
やがて、説明が一通り終わったので、カラダンとナナイ、エネドラが部屋から出てきた。
男の子4人とピコ達はお互い慣れるために残されて話をするようだ。
四人で一階に降りて食堂に向かった。
まったりと座っていると、カラダンがハーブティーを淹れたコップを4つ置いてくれた。
この手際は食糧庫から出したのだろうか。
ハーブティーを淹れる音はしなかったように思えたが。
ハーブティーを頂きながら、ナナイから感想を聞いた。
「かなり立派な家で作業するので、ビックリしました。
もっと、いかにも作業をしますといった大きな小屋みたいな場所を想像していたので」
「そうか、まあ生活するのに酷い環境ではないのが分かってもらえて良かった」
ナナイも安心してくれたみたいで良かった。
「あと、教えてくれる人や手伝ってくれる人もたくさん居て安心しました」
「初めのうちは慣れないから仕方ないだろう。
慣れてきたら、カラダンとピコ達三人だけにしていくし、
子供達だけで結構できるようになったら、
ピコ達三人も何か他の事をやらせながら子供達の面倒見ることにすると思う」
「早く、ここに馴染んでくれると良いのですけど・・・・・・」
まあ、やりながら考えていくしかないだろう。
「カラダン、それでこの後はどうするのだ?」
「女の子達が出てきたら、男の子達を風呂場に連れていきます。
今日の昼食はチクルスさんとモニカさんが作るので、
その時に女の子に教えられるようなら教えますけど、基本は二人で用意してもらう予定です。
掃除と夕食の準備ぐらいから徐々に教えていくつもりですが、
夕食の準備はピコ達がメインになると思います」
やったことがなければ、急にできる訳ないのだから仕方ないよな。
「ナナイの方は何か気になることがあるか?」
「いえ、ここの生活に慣れてしまうと孤児院に戻った時のことが心配なくらいですかね」
それはあるかもな。
「ナナイ、子供達が孤児院以外の世界を知ることは重要な事だと思うぞ。
言い方が少しアレだが、孤児院の生活から抜け出すために
努力することは悪いことじゃないと思う。
ここの生活で何か得ることがあれば、
孤児院の生活だって良くしていこうと子供達自身が思うかもしれないし」
「そうですね」
そして、それはナナイ自身についても言えることだ。
今はそれを言う気もないし、それを告げるのはアルマーだろうから。
「この後、ナナイはどうする?まだ暫く、ここを見ていくか?」
「いえ、3人が出てきたら、皆に声をかけて私は戻ります。
私が居ない方が、早くここに慣れてくれるかもしれないので」
居なくなる時にギャン泣きされなければ良いのだが、そこまで子供じゃないか。
やがて女の子達が風呂場から出てきて作業服に着替えたのだが、あまりに小奇麗になっていてナナイが愕然としていた。
うちの石鹸はかなりの優れモノだし、お湯を使うと効果が高まるからな。
今度、チクルスにでも頼んで、ナナイも風呂に入れてやるか。今日は時間的に無理だけど。
ナナイは子供達に戻ることを告げたが、ギャン泣きされることはなかったようだ。
今は子供達は慣れない環境に興奮気味なのかもしれないが、そのうちホームシックにかかる子が出てくるかもな。
7日間という短い間だから、そのような事が起きる前に戻れると良いのだが。
エネドラはもう少し確認したら、クーラタルへ戻るそうだ。
ここなら、拠点間移動が使えるので、カラダンの部屋からなら秘密裡に戻れる。
この場所が石鹸の量産体制に移行できるのは、本格的な作業開始が半月後からだから、一カ月後か一月半後くらいからか。
石鹸が量産された後の販路の開拓もしておかないとな。
いくつかの候補もあるが、ターヘラのおばちゃんとの交渉も進めておかないと。
ナナイをパーティに入れて、孤児院の食糧庫の壁にゲートを繋げて戻ることにした。
食糧庫の壁に出たので、中に入って残りの食材アイテムを出して彼女に渡した。
後で留守番組の探索者の子供を呼んで収納させるようだ。
「この後、アルマー達と話をしたいのだけど、食堂のテーブル席を借りても良いか?」
「はい、大丈夫ですよ。今日は本当にありがとうございました」
「まだ始まったばかりだからな。お互いに注意しながらやっていこう」
「はい。よろしくお願いします」
ナナイと別れて、食堂の方に向かった。
食堂にはアルマーだけが座っていた。
彼の奴隷たちはどこに行ったのだろうか?
「今、ナナイと一緒に戻ったところだ。
後でナナイに確認してもらっても良いが、
ベイルの我が家は彼女の目から見て特別問題はなかったようだ」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
詳細はナナイに確認してみてくれ。
まだ昼食までに時間があるから、アルマー所有の奴隷の育成の件を片づけるか。