ラファとユキムラが初めて出会った頃に遡ります。
私がユキムラ様に初めてかけられた言葉が思い出される。
「俺はお前達の状況を理解していない。
お前達がこの盗賊っぽい奴の敵なのか味方なのかも知らないし、
お前達が俺の味方なのかも分からないということだ。
つまり、お前達を信用できないってことだ。分かるか?」
あの時はユキムラ様が二人の盗賊を瞬時に制圧して、小屋の中に押し入ってきた。
その迫力に気圧され、このまま殺されるかもしれないと震え上がった。
後でヘルミーネにも確認したけど、同じ気持ちだったらしい。
そのぐらいユキムラ様は敵対する者に苛烈な反応を示す。
正直なところ、生まれてから一番命の危険を感じた瞬間だったかもしれない。
その後、我が家に仇をなしたラルゴとギエロの二人を躊躇なく抹殺した。
私達を苦してめていた二人の手練れの首を一撃で刎ねてしまった。
特になんの感慨もなさそうに、アッサリと。
こんなに強い者が世の中にはいるのかと心底驚いた。
まさか、目の前の残虐な男に私達が保護されるのだとは、その時は思いもしなかった。
ユキムラ様は、その場で私達に2つの選択肢を提示された。
騎士団の詰所に行って保護を求めるか、ユキムラ様の所有奴隷になるかの二択。
私とヘルミーネは王国の出身で貴族の家系だったが、誘拐されて奴隷落ちした。
帝国に入国する際には無理やり連れてこられたから密入国している。
奴隷身分で密入国した者が騎士団でどのように扱われるかは想像に難くない。
王国と帝国は今でこそ停戦状態だが、友好関係にはなく、むしろ敵対関係に近い。
そんな状態で密入国した奴隷が出頭したら、犯罪奴隷として扱われることは間違いない。
元の貴族身分を証明する物も無ければ、身代金を支払ってくれるアテもない。
与えられた選択肢から選べるのは一つしかなかった。
「お前達二人は、もう貴族として生きてはいけないことになる。
俺は迷宮探索者で商売もやってるから、
配下の者は迷宮探索をしたり、商売を手伝ったりしてもらっている。
家事を主にやっている者もいる。
お前達は何ができるのだ?」
「えっ・・・・・・」
ユキムラ様は元貴族の私達に甘い言葉をかけるような方ではなかった。
元貴族だろうが、奴隷となった私達にできることはなんなのか?・・・・・・と。
「我が家で身請けする以上は、我が家の役に立ってもらうぞ。
自分達が何ができるのかを考えて行動しろ。
我が家に居る者はみな、そうしている。例外は認められない。
どのようなジョブについて、どのようなことをするのかちゃんと考えてもらう」
今まで貴族として迷宮討伐を目指すことを一番に考えてきた。
領地の経営、領民からの信頼を勝ち得る事・・・・・・それらの事はもう遠い過去の話だ。
タケダ家がどのような所かは分からないが、今までの私達を変えない限りは生きていけない。
生き延びた先に迷宮討伐への道があるのかは分からないが、簡単には諦め切れない。
「これが最終確認だ。本当に我が家の奴隷になることで良いのか?
覚悟は本当に決まったのか?」
「はい。大丈夫です。ヘルミーネ、あなたもよろしくって?」
「はい。ラファ様、大丈夫です」
奴隷落ちしたのだから自死するという選択肢もあったが、それは選びたくなかった。
貴族の家に生まれ、迷宮を討伐するように教育を受け、その目標を果たさずに死ぬことは絶対にしたくなかったから。
たとえ、奴隷の身分であっても。
ユキムラ様の発した『俺は迷宮探索者』という言葉・・・・・・これに一縷の望みをかけて縋りたかっただけかもしれない。
それに命懸けで迷宮討伐をしていた父様のためにも・・・・・・。
ヘルミーネはまだ揺れているはず。
貴族の家で育ちながら、いきなり奴隷身分になるなど絶望的な状況だ。
今はそんな心に蓋をして、私を守るためだけに、彼女は私の選択に従っているだけだ。
でも、今の私には彼女しか仲間がいない。
彼女と二人だけになってしまったが、目標を共有できる仲間がいるのだから、諦めるのはまだ早い。
奴隷の身分になってしまったが、ここからが本当の闘いだ。
・・・・・・
ユキムラ様は迷宮でモンスターと戦う冒険者という一面と、商家の当主という一面の二つの顔を持っていらっしゃる。
それだけに、迷宮だけではなく貴族に関する情報収集も行なっているようだが、貴族制度や貴族の価値観は平民の者から聞いても理解ができるはずがない。
結果として、私やヘルミーネのような元貴族家の者から情報収集することになる。
今日は定例会議の後で貴族制度に関する勉強会が開かれ、ユキムラ様始め幹部の方々の前で、私とヘルミーネが講師役を務めて説明した。
ユキムラ様が貴族制度に関して興味を持っていただくのは非常に喜ばしいことだと思う。
強い者が貴族を目指すのは当然のことなのだから。
会議が終わった後に、ユキムラ様の気持ちを確認する機会が訪れた。
「ユキムラ様は貴族になることをお考えですか?」
「いや、考えていないな。
主立った者には伝えているのだが、迷宮を討伐する実力は身に付けたいとは思っていても、
貴族になることを目標にはしていない。
もし、貴族になることがあったとしても何か別の目的のための手段として考える程度だ。
恐らく、ラファやヘルミーネのような貴族の子息達が学んできたような
貴族としての心構えとはかなり一線を画する考え方だと思うな」
ユキムラ様は分かっておられない。
迷宮討伐は生半可な気持ちではできない命懸けの偉業だと思っている。
貴族であれば目標として掲げるのは当然だが、貴族を目指す者であっても口に出すのは相当な覚悟が必要だ。
貴族を目指さずに迷宮討伐を目指すというのは、世迷言に他ならない。
それとも、領地を得る貴族以上のことを望んでおられるのだろうか。
「迷宮を討伐できるのに、貴族にならないという考え方は私には理解できません。
何かもっと別な崇高な考えに基づくものなのでしょうか?
例えば・・・・・・一国の王になりたいとか」
「いや、王になりたいなどとは全く思ってないぞ」
さすがに平民の一商家で王を目指すほど自惚れてはいらっしゃらないか。
それでも、迷宮討伐を目標の一つに掲げているということは、迷宮討伐のことを甘く考えていらっしゃるようだ。
ユキムラ様に期待していた迷宮討伐と、貴族へ返り咲くという野心が急速に色褪せていく。
いや、諦めてはいけない。
ユキムラ様は自由民なのだから、貴族の子息と同じ教育を受けてきた訳ではない。
それなら、今から徐々に教育するだけのことだと思い直す。
「ユキムラ様が貴族になる気持ちがあるのでしたら、
私もラファ様も全力でお手伝いいたしますが・・・・・・」
「いやいや、だから貴族になるつもりは俺はないから」
彼女が私の内心を代弁するような言葉を発したが、ユキムラ様は言質を取らせてくれない。
今はこれぐらいで止めておきましょう。
・・・・・・
ユキムラ様が迷宮討伐を行う予定とした日、迷宮組の方達が戻ってきたが、その中にユキムラ様はいなかった。
「ターレ迷宮の討伐は完遂しました。今はボーデの城にご主人様が説明に行っております」
「アミルの言ってることは本当だぞ。
主は二匹の迷宮ボスを瞬時に石化させてしまった。あたしらの出番はほとんどなかったな」
その場にいたタケダ家の皆から、どよめきと喜びの声が湧きあがった。
護衛で待機していたメンバーも、朝から迷宮討伐の話題で気もそぞろな状態だったのだから。
ユキムラ様が迷宮討伐を目標の一つにしていると聞いた日から、数十日しか経っていない。
私がタケダ家に加わった日から数えても百日も経ってないはずだ。
まさか、こんな短期間で迷宮討伐を成し遂げてしまうとは思いもしなかった。
しかも、一人で二匹の迷宮ボスを瞬殺するなんて。
護衛部隊の私はユキムラ様に同行していただいて、ターレ迷宮で一緒に戦ったことがある。
その時もとんでもなく強い方だとは思ったけど、今回の迷宮討伐はその理解を超えていた。
強者への憧れと同時に、嫉妬と怒りの気持ちが湧きあがってしまう。
こんなにも強いのに貴族を目指さないなんて・・・・・・私にも、それ程の力があれば。
その力で領地持ちの貴族となり、迷宮討伐に尽力してもらえれば領民が安心した生活が送れるのに。
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ユキムラ様が戻ってくるのを玄関で待っているけど、どうにも落ち着かない。
迷宮討伐した際にはギルド神殿がドロップするのだと父様から教えてもらった。
ギルド神殿は伯爵以上の爵位では領地経営に欠かせないもの。
父様が討伐した迷宮のギルド神殿は、直ぐに献上してしまったから、私は見る機会がなかった。
ユキムラ様なら見せてもらえるだろうか。
やがて玄関の壁にゲートが現れ、ユキムラ様が戻ってこられた。
ダメかもしれないが、お願いするだけお願いしてみよう。
「ユキムラ様、お待ちしておりました!」
「お、おう・・・・・・」
興奮し過ぎて、声が裏返ってしまった。
ギルド神殿を・・・・・・いや、まずは祝福するのが先だ。
「あの、その・・・・・・」
「ん?」
迷宮討伐をした人に声をかけた事なんてないので、なんて言えばいいのか。
「迷宮討伐を成し遂げたと伺いました。素晴らしい・・・・・・偉業だと思います」
「あ、ああぁ・・・・・・そうなのかな」
そう、偉業だ。こんなに素晴らしいことは世の中にない。
それから・・・・・・。
「それで、あの・・・・・・」
「ん?」
ユキムラ様なら、きっと大丈夫なはず。
「ギ、ギルド神殿を見せてほしいのですけど・・・・・・」
「えっ?」
もう、公爵に献上してしまったのだろうか。
ユキムラ様はリュックから球状のものを取り出した。
そして、私の前に差出したのだけど・・・・・・これがギルド神殿なのかしら?
アイテムボックスではなく、リュックの中に無造作に入れてるなんてユキムラ様らしいけど。
「これがギルド神殿・・・・・・」
「・・・・・・そうらしいな」
こんな小さなボールが、迷宮ボスがドロップするギルド神殿なのか。
掌に取ってみると、綺麗な球状で傷一つない。
これを得るために、貴族は命を懸けて、迷宮に挑む。
父様も迷宮討伐した際には、これと同じものを手にしたのだろうな。
こうして見ていても、自分で討伐したものではないけど、なんだか嬉しくなってしまう。
いつか、私も自分の手でこれを・・・・・・。
「ありがとうございました。とっても感動しました」
「そ、そうか。良かったな」
ユキムラ様は、また無造作にリュックにギルド神殿を放り入れた。
もっと大事にするべきものだと思うのだけど。
お礼を言って自室へ急いだ。
後でヘルミーネに自慢しよう。
『私はギルド神殿をこの目で見て、触ったのよ』って言ったら、彼女はなんて言うだろうか。
そして、いつか自分の手で迷宮討伐を成し遂げて、ギルド神殿を得てみせる。
・・・・・・
目の前のアバロニシェルの石像が煙に変わった。
これで、クーラタルの55階層のボス戦は五度目。
ユキムラ様が『ボス周回をする』と宣言して、ボス戦を何度も繰り返している。
55階層の探索が終わったら、暫くは目標とするものが無くなってしまう。
「もう終わりの時間だ。帰るぞ」
「了解!」
「了解!」
「了解!」
「了解」
「・・・・・・」
終わってしまった・・・・・・明日から何を目標に・・・・・・いえ、諦めることはできない。
今日の迷宮探索は終了だから、アミルさん達がユキムラ様が開けたゲートに次々と入っていく。
でも、私は終わりたくない。
アミルさんが、こちらをチラリと見てゲートに入ると、私とユキムラ様だけになった。
言うなら今しかない。
私の顔を怪訝そうに見つめているようだけど・・・・・・。
「ユキムラ様、私を迷宮組の六人目に加えてもらえないでしょうか?」
「それはダメだな」
今まで何度も断られた。でも諦めたくなかった。
55階層で私が戦えることを示した今なら、認めてもらえるかもしれないと、わずかなチャンスに賭けたのに。
本当は私が今、選ばれないことは分かっていた。
迷宮組の人達はユキムラ様へ夜伽を行う女性達だ。
未成年の私は相手にされない。
貴族なら未成年でも政略結婚や婚約などは当たり前で、年上の男性に嫁ぐことなどザラだが・・・・・・そんな理屈はユキムラ様には通じないらしい。
エネドラさんにも確認したけど、『貴方には、まだ早い』と断られてしまった。
ユキムラ様がダメでも、エネドラさんを説得できれば、私にもチャンスがあると思ったのに。
ユキムラ様より少し遅く生まれただけ・・・・・・あと一年・・・・・・たった一年早く生まれていれば、あの六人目のメンバーに私が入れたはず。
「ラファ、君にはレドリックやヘルミーネのように、
主力のパーティーを任せられるようなリーダーになってほしいと思っている。
まだ14才で、これからもドンドン成長の期待できる君なら、それが可能だと思っている。
そのパーティーでいつか迷宮討伐を成し遂げられると俺は確信している」
「・・・・・・何か別の理由があるのを誤魔化された気がしますが、
期待されているということは理解しました。
今後も精進いたします」
ユキムラ様は、時々見え透いた嘘を吐かれる。
本当の事をハッキリ言ってもらった方が、私はスッキリするのに。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい・・・・・・」
でも、私は諦めない。
15歳になるまで、あと半年と少し・・・・・・その間も努力して実力をつけ、ユキムラ様に認めてもらえさえすれば。
・・・・・・
早朝の修練場で信じられない光景と出くわすことになった。
つい最近、タケダ家に加入した隻眼の女性が模擬戦でレドリックさんに完勝した。
レドリックさんの斬撃は一つとして当たらず、彼女の攻撃だけが一方的に当たっていた。
こんなことは初めてだ。
攻防のバランスに長けた護衛部隊のエースが一方的に負けるなんて。
もちろん木刀で攻撃されたのだから、ダメージなんて殆ど無いはず。
剣聖のジョブを持ち、剣技に優れた猛者に一方的に勝利するのは見ていて信じられなかった。
その隻眼の女性はカーラという名前らしい。
レドリックさんの前に戦ったフラウスが教えてくれた。
フラウスもそのカーラという女性に負けてしまった。
リーチの長い槍を持つ彼女の攻撃を全て躱して、木刀で斬撃を数回当てたのだ。
それだけでも衝撃的だったのに、まさかレドリックさんにも勝つとは。
まぐれで無かったことは、その次の模擬戦が証明した。
カーラという女性は、続く、モニカさんにも勝利した。
剣聖二人に連勝・・・・・・それも一撃も受けることのない完勝。
何故、あんなことができるのか。
どうしたら、あの境地に辿り着けるのか。
ユキムラ様の話では、二人とも剣の技量だけなら、子爵家、男爵家の騎士団長クラスだとおっしゃっていた。
事実、二人ともザビル子爵の騎士団長に模擬戦で勝利したらしい。
その二人に連勝するなんて。
同じ女性でありながら、カーラさんの回避と攻撃の技量が卓越していることは私でも分かる。
あの女性が前衛に入り、私が後衛で魔法を放てば、迷宮組の助けを借りずとも、護衛部隊だけで上の階層の攻略が可能になるはず。
是非、私と同じパーティーに入ってもらえるように、ユキムラ様を説得しなければ。
ユキムラ様を探すと、ヘルミーネの近くで何か話をされているようだ。
ちょうど良いから、ヘルミーネにもユキムラ様の説得に力を貸してもらおう。
二人の所に急ぎ足で向かう。
ヘルミーネからの話が終わったら、一緒に説得してもらおう。
きっと彼女も賛成してくれるはずだ。
「なんというか、頼もしいな・・・・・・」
「ユキムラ様、新しく加わった五人は全員が戦闘部隊の希望です」
新しく加わったというと、先ほどのカーラという女性の話のようだ。
彼女の他に四人も加わるのか。
他の者は知らないが、今はカーラさんをパーティーに加えたい。
「後ほど、五人の希望するジョブのリストを提出しますので、確認をお願いします。
五人とも迷宮探索に積極的で、カーラは迷宮組のパーティーへの参加を希望しています」
「ああ、それは本人の口から聞いたよ」
「なんですって・・・・・・?」
護衛部隊に入るのではなく、迷宮組に入る・・・・・・それは空いてる六番目のメンバーに加わるということなの?
あそこは、ずっと私が望み続けて、手に入らなかった場所。
それを・・・・・・つい最近来た者が・・・・・・それだけは絶対に許せない。
怒りで顔が熱くなるのが自分でも分かる。
冷静でなくなった自分がいる・・・・・・でも、譲れない・・・・・・絶対に譲れない。
修練場の中央に佇むカーラさんの所に歩を進める。
あの場所は私のもの、あなたには譲らない。
無礼を承知で、木の剣先を彼女に向けた。
「カーラさん、私は迷宮組の6番目のメンバーの座を賭けて、貴方に決闘を申し込みます」
「誰だ?」
私の名前はラファ、迷宮組の6番目のメンバーになるはずだった者だ。
「私はユキムラ様の一番弟子のラファと申します。貴方に決闘を申込みます!」
「おいおい、俺のパーティーメンバーを決めるのに決闘はないだろう?」
私は先日断られてしまいましたが、半年後に再度挑戦するつもりでした。
カーラさんは未成年には、とても見えない。
このままでは、6番目のメンバーが奪われてしまう。
それだけは絶対に嫌だ。
「そうなのか?ユキムラ殿のパーティーメンバーは実力制で決まると言ったではないか?
ここにいる者を全員倒せば、ユキムラ殿のパーティーに加えてもらえるのではないのか?
このラファという者とは、まだ戦っていない。
いずれは戦う必要があるのなら問題ないだろう?」
この場の全員に勝つですって?・・・・・・なんという傲慢な。
自分の誇りと護衛部隊の威信にかけて、この勝負は絶対に負けられない。
「模擬戦だということを忘れるなよ。
命のやり取りではないぞ!
二人とも相手に大怪我をさせるのはダメだからな!」
「大丈夫だ!」
「木製の武器ですから、きっと問題ないです!」
手を抜いて勝てる相手ではないことは、見ていて分かりました。全力で戦うのみです。
まずは獣戦士のジョブの利点を生かして、スピード勝負に持ち込む。
速く動くのなら、槍よりも剣の方が生かせるかも。
レドリックさんが通じなかった相手に自分が勝てる保証など全くないけど、それでも全力で一太刀浴びせれば・・・・・・。
獣戦士のジョブになり、ユキムラ様に経験を共有してもらってからは体のキレが良くなった。
この勢いでどこまで通じるか・・・・・・まずは先手を取らせてもらおう。
修練場の中央で対峙した。
大丈夫だ。私は落ち着いている。
相手が構えた瞬間・・・・・・真っすぐに彼女の所へ!
ここから右へ!・・・・・・そして彼女の左腕へ全力で剣を振る。
(ビシッ・・・・・・)
左の肩口にカウンターを入れられた。
ダメージはないけど・・・・・・私の剣技では、彼女の立ち位置さえ動かせないのか。
そして、正確に狙いすまして、斬撃を放ってくる。
止まっていたら不利になる・・・・・・左右に体を動かして・・・・・・右のフェイントで誘い・・・・・・左に抜ける時に剣を・・・・・・ダメだ・・・・・・全然当たらない。
何度も剣を振るったが、その全てを回避される・・・・・・こんなにも差があるものなのか。
彼女の攻撃は、こちらが回避できないタイミングで、的確にカウンターを入れてくる。
痛みはない、痛みはないけど・・・・・・悔しい。
「どうした?息が切れたか?もう止めるか?」
「はあ、はあ・・・・・・」
怒りと屈辱で顔が熱い・・・・・・だけど、こんな状態では勝てるはずがない。
レドリックさんから一本取った時は、こんな状態ではなかった。
もっと冷静に・・・・・・そして、一点に集中しないと。
「止めません・・・・・・けど、仕切り直させて下さい」
「別に構わないぞ」
目の前の彼女は、私を侮る訳でもなく、真っすぐに見つめてくる。
後ろを振り返って、ヘルミーネを手招きする。
原点に戻ろう・・・・・・元々は槍の方が得意だった・・・・・・相手に合わせる必要はない。
ヘルミーネが木の槍を手に近づいてきた。
「その槍を貸してちょうだい。槍で勝負します。こちらの剣は返します」
「ラファ様、心置きなく戦って下さい」
彼女には、ひょっとしたら、この後の勝敗が見えているのかもしれない。
それでも、私は今のまま終わりたくない。
槍を手に取ると、先ほどまでの怒りがスッと消えていく。
汗に濡れた竜革の匂い・・・・・・手に馴染んだ槍の感触。
額金の位置を調整して、気を落ち着かせる。
大丈夫、私はまだやれる。
槍は小さい頃に父様に教わり、それからヘルミーネに鍛えられた。
タケダ家に来てから、フラウスにもしごかれ、オリビアさんにも教わった。
今までやってきたことが無駄であるはずがない。
「お待たせしました」
「ああ、再開しよう・・・・・・」
彼女は先程と全く同じ構えで自然体に見える。
こちらが武器を換えようと関係ないということか。
その余裕を崩したい。
槍を鋭く突き出しながら、逆側の石突で胴払いを行うが、剣を軽く当てられ、逆に彼女が鋭い出だしで距離を詰めてくる。
得意の槍でも・・・・・・それでも当てられないのか。
他には・・・・・・もう、スキル攻撃しか残されていない。
この決闘・・・・・・模擬戦ではスキル攻撃に対する事前の取り決めはしていない。
そのスキル攻撃も、簡単に詠唱をさせてはもらえないだろう・・・・・・詠唱隠蔽を使うしかない。
私は完全に使いこなせている訳ではないが、奇襲で用いるなら、もうそれしかない。
ビーストアタックのスキルなら必中攻撃だから、回避がどれ程上手くても避けられないはず。
詠唱隠蔽・・・・・・およそ貴族らしい戦い方ではない。
初めにレドリックさんから説明を受けた時は、邪道な戦い方だと思った。
言われたことは、『相手に詠唱を悟らせないために、ありとあらゆることをやれ!』だった。
『喉元、口元を隠せ』
『詠唱は低音で行え』
『剣先や石突で石や土を飛ばせ』
『風があれば、風の音を利用しろ』
『太陽があれば、相手が逆光になる位置を占めろ』
『武器で鎧をこすったり、叩いたりして気を引け』
『周りに人がいるのなら、その声に合わせて詠唱しろ』
相手に詠唱を悟らせないように、その場にある全てのモノを使って、相手の注意を反らし、詠唱を隠せということ。
そして、詠唱を中断しないように、顔や喉元への攻撃は避けろと。
レドリックさんに詠唱隠蔽を教えたニムラルという達人は、呼吸をするように自然にそのような動作をするのだそうだ。
不自然なことをして、相手にこちらの意図を感づかれないように。
レドリックさんが聞いた話だと、詠唱隠蔽はその達人の方が戦場での経験から生み出したのだそうだ。
戦場では相手の装備品の方が良い事も、自分達よりも人数の多い敵と戦うこともある。
そんな時は敵の嫌がる事を、どんなことでもやるのが有効で、それで生き延びてきたのだと。
少しでも相手が嫌だと思えば、攻撃が緩み、戦わずに引いてくれることだってある・・・・・・僅かな可能性であるにしても。
その少しの積み重ねの中で、スキルの詠唱してみたら効果的だったので、それを繰り返しやって身に付けたのだとか。
詠唱共鳴が発生しそうなジョブの者と戦う時には、それを使わせないように隠す。
そうでないジョブの相手でも、こちらの意図を悟らせないように自然に振舞い、奇襲に使う。
私はまだ、そこまで自然に詠唱隠蔽が使えない。
それでも、自分の持つもの全てを懸けて・・・・・・。
左前方にある石ころ・・・・・・槍の石突を使って、彼女の前に転がす・・・・・・私と彼女の間に石ころが転がり停止した。
その石ころを中心にして、私は左に回り込む。
彼女の視線が少しだけ石ころに向けられる。
(
両手で持った木の槍の柄を右脇腹の竜革の鎧に当てて、小さく擦る。
(もののふの、・・・・・・)
槍の石突を土の地面に強く刺す。
(
石突に付着した土を彼女に向けて飛ばす。
彼女は一瞥したのものの、興味が無さそうに視線を戻した。
呼吸が苦しい・・・・・・詠唱隠蔽は余分な力を使い、詠唱を乱さないように呼吸を浅くしながら実践するのだが、胸が破裂しそうな苦しさだ。
攻撃のタイミングを作らなければ無駄になる。
焦らずに・・・・・・それでも時間的余裕はほとんどない。
彼女の死角、右眼の眼帯の方から石突を振るう・・・・・・が軽くスウェーされて躱される。
(奪命、・・・・・・)
石突を彼女の胴体に向けて連続して突き出す・・・・・・それも、ことごとく回避された。
もう少し・・・・・・。
地面に転がった石ころを今度は、彼女の足下に向けて転がす。
彼女の注意が一瞬だけ、下に向けられた・・・・・・もう、ここしかない。
父様、私に力を・・・・・・。
最後の力を振り絞って、彼女の左横に向けて跳ぶ。
(ビーストアタック!)
彼女の側面から木の槍を全力で薙ぎ払う・・・・・・勝った・・・・・・これは回避不能だ。
槍が凄い速度で彼女の左脚に向かい・・・・・・激しく叩いた。
油断せず、ここから追い打ちをかけなければ。
「グッ・・・・・・」
彼女が初めて攻撃を受けて苦痛の声を上げた・・・・・・はずなのに、左手で持つ木刀を地面に刺して体を支え、右手に持つ木刀を私に向けて鋭く突き放たれた。
突き出された木刀は私の左脚の膝頭を打ち、私はバランスを崩して地面に転がった。
彼女は更に私の右手を木刀で打ち据え・・・・・・木の槍は私の手を離れて飛んでいった。
何が起きたかは全て分かったはずなのに・・・・・・転がった私は天を仰いで呆然としていた。
その視界に隻眼の女性の顔が映る。
「父上や師匠から、スラッシュのスキル攻撃を受ける訓練をしてもらってなければ危なかった。
今の攻撃はどうやってやったのだ?
急にスキル攻撃を受けたように思うのだが・・・・・・」
「・・・・・・」
当てる場所を誘導されたのか・・・・・・その上でカウンターで返された・・・・・・のだろうか?
彼女の私を見る目は一点の濁りもない。
勝ち誇るのでもなく、私の技・・・・・・詠唱隠蔽に対する純粋な興味の視線。
負けた悔しさよりも、自分の足りなさに胸を衝かれた。
足音が聞こえ、ヘルミーネの顔が見えた。
私に対する同情の視線だ。
ああ、私は負けたのか。
無様な・・・・・大見得を切って、決闘を申し込み、完全に負けた。
ユキムラ様に顔向けできない。
その時、ヘルミーネの後ろからユキムラ様の顔が見えた。
今は会いたくない、言葉も交わしたくない。
「ラファ、大丈・・・・・・」
「ユキムラ様はここまでで・・・・・・」
二人が何か言ってるが、聞きたくない。
急いで立ち上がり、ユキムラ様の方に目を向けず、勝ったカーラさんにも声をかけずに私はその場を逃げ出した。
背中の土も落とさず、顔についた汗も泥も拭わず、ただひたすら逃げたかった。
取り囲んでいた護衛部隊のみんなの横をすり抜けて、誰もいない木陰に向かう。
熱くなった頬を涙が伝う・・・・・・悔しい、悔しい、悔しい。
全力を尽くして戦ったのに・・・・・・迷宮討伐を成し遂げた迷宮組に私も入りたい・・・・・・あの6番目の場所が欲しかった。
魔道士と斎王のジョブも得て、近接戦闘もこなせる私なら6番目になれたはずなのに。
私の後ろから誰かがやってきた。
「ラファさん、今、手当をかけます。こちらを振り向かなくても大丈夫ですよ」
「・・・・・・」
この声は・・・・・・僧侶のゼナさんか。訓練の時に時々、手当をかけてくれる竜人族の女性だ。
今は誰とも話をしたくない。私の事は放っておいてほしい。
「・・・・・・、手当。それでは失礼します」
彼女が遠ざかる足音がした。
代わりに誰かが近づいてきた。
「ラファ様、お怪我はありませんか?」
「今、治療を受けました。私は大丈夫です」
ヘルミーネ・・・・・・今は一人にして下さい。
「迷宮組に入れなければ、迷宮討伐は諦めますか?」
「そんなことは・・・・・・」
そんなことはない。
子供の時に父様と約束したのだ・・・・・・いつか一緒に迷宮に入って、迷宮討伐をしようと。
その父様はもう、この世にいないけど。
父様が繰り返し話されていたことを思い出した。
貴族の矜持、領民からの期待。
全ての領民が、私達のこと、貴族のことを理解してはいないことは知っていると。
誰が領主であっても構わないとも。
それでも、貴族は
「ヘルミーネ、私は大丈夫です。こんなことで迷宮討伐を諦めたりはしません。
貴族に戻ることも諦めません」
「はい。それでこそ、ラファ様です。迷宮討伐の際には私も全力でお供します」
私はまだまだ弱い。もっと
お読みいただき、ありがとうございました。
次回投稿日は2026/6/1(月)の予定です。