今回の閑話はローザの弟であるロベルト観点の話となります。
ローザ姉弟がザビル拠点の所属になり、迷宮探索のパーティーに加わった頃に遡ります。
「ロウ姉、枝が来るよ!」
「分かってるよ!」
予想してるはずとは思っても、一応警告しておかないとね。
枝を振り回すラブシュラブの前に立つニケさんは、下から斬り上げるようにエストックを突き刺し、素早く左に避けた。
動きが俊敏過ぎて、見とれてしまう。
その瞬間、短い音と共に枝が射出された。
「クッ・・・・・・」
ロウ姉が低い声を上げ、枝の直撃した鎧の部分を手で撫でている。
忌々しそうな顔をしながら、ロウ姉は槍を構え直した。
予め遠距離攻撃が来ると分かっていても、それを回避できるかどうかは別問題だ。
いつ攻撃されるか分からないから、あとは回避技術と身体能力任せになる。
自分もロウ姉も、まだ回避技術が未熟でモンスターの攻撃を受けることが多い。
特に今回のように、ラブシュラブの攻撃目標がニケさんの場合、ロウ姉の回避は遅れがちだ。
直接攻撃目標とされた時は、回避できることが多いのだと言っていた。
モンスターの悪意を感じて、回避行動を取るタイミングが取り易いのだとか。
ゾフィさんが、すかさず『全体手当』の詠唱を開始した。
詠唱一回でパーティー全体の回復ができる巫女の治療魔法だ。
ただ、全員に恩恵があるだけあって、僧侶の『手当』よりも疲労が貯まり易い。
そのため、通常のパーティーなら、数人ダメージが出た時点で使われることも多い。
そのセオリーはタケダ家では適用されないのだと、マテウスさんに言われた。
ゾフィさんが手にしている槍には『MP吸収』のスキルが付与されているらしい。
その槍を使うことで、効率的にMPが回復できるので『全体手当』の使用頻度を上げられる。
ニケさんは暗殺者ジョブなので、彼女の硬直のエストックでモンスターを石化させやすい。
無力化した後にゾフィさんは、石化したモンスターを攻撃して、安全にMP回復ができる。
戦闘のたびに必ず石化できる訳ではないけど、MP回復には十分だと彼女は言っていた。
ニクラスさんのスラッシュに続いて、マテウスさんのダブルスラッシュが決まり、戦っていたモンスター三匹を全て殲滅した。
「少し休憩しようか」
パーティーリーダーのマテウスさんが小休止の号令をかけた。
ロウ姉は通路の前を警戒し、自分は後方を警戒する。
後方は滅多にモンスターから追いつかれることはないので、気休め程度だ。
前方を警戒するのは、ロウ姉の癖だ。
母さんと三人で迷宮探索していた時は、ロウ姉はいつも前方の警戒役だったから。
家族だけなので、モンスターの攻撃を事前に検知できる力をいつも頼りにしていた。
今は他のメンバーに、その能力のことは伝えず、こっそりと警戒している。
今日はザビル第一迷宮の15階層で、訓練がてら6人パーティーで探索だ。
前衛は剣聖のマテウスさん、暗殺者のニケさん、剣匠のニクラスさん。
後衛は巫女のゾフィさん、探索者のロウ姉と自分。
後衛で回復職を務めるのは、ゾフィさんとヒューゴさんで交代で行なっている。
今日はヒューゴさんがザビル拠点に残って、販売奴隷の人達の訓練に付き合ってるので、ゾフィさんが帯同している。
タケダ家に加わって、初めて剣聖や暗殺者のジョブの人と一緒にパーティーを組んだ。
母さんからジョブの存在は聞いてたけど、一緒に戦ってみて、そのジョブの凄さを実感。
剣士から剣匠のジョブになったニクラスさんは、剣による攻撃力が上がったと言っている。
だが、それを上回るのが剣聖のマテウスさんの攻撃だ。
二刀流によるダブルスラッシュが決まると、早くモンスターを倒せる。
硬直のエストックの二刀流なので、石化させることもたまにあるし、攻撃力も凄いと感じた。
暗殺者のジョブを持つニケさんも前衛に並んでいるので、それなりの頻度でモンスターを石化させている。
中央にマテウスさんが立ち、左右にニケさん、ニクラスさんが位置する前衛は本当に頼もしい。
後衛にいる僕ら三人は、それぞれが槍を持っているので、飛行系モンスターの対応と、たまに前衛陣の戦線が縦に伸びた時の支援をしている。
安定した戦いをしているようなのだけど、ロウ姉は若干不機嫌そうだ。
他人から見たら、なんてことない普通の顔をしていると思われるだろうが、長い付き合いだから分かってしまう。
何故、不機嫌なのかは、ちょっと分からない。
探索や戦闘に問題があるようなら何か言うはずだから、大した問題ではないのだろうけど。
・・・・・・
探索を切り上げて、ザビルの拠点に戻ってきた。
これから夕食までの間は休憩時間。
だけど、着替え終わったロウ姉は、リュックを背負っている。
「ロビー、これからクーラタルの拠点に行くから、付き合ってくれない?」
「クーラタルの屋敷に行くの?理由は?」
ロウ姉は首を横に振った。
「うーん、多分、説明しても理解できないだろうから、行ってから説明する」
「なんか、変なこと考えてるでしょ?」
「ちょっと試したいことがあるんだ。
できるかどうかは分からないけど。
だから、協力してよ」
まあ仕方ないか。
「マテウスさんには、一応、許可はもらったよ。ロビーも含めて」
「そうなんだ」
一緒に行くことは決定事項なのか。
「じゃあ、付いてきて。ロビーも自分のリュック持ってきてよ」
「リュックが必要なの?」
仕方なく、自分のリュックを持って部屋を出た。
玄関から拠点間移動のスキルでクーラタルの玄関に移動。
そのまま、修練場にでも行くのかと思ったら、靴を履き替えて二階に上がり始めた。
「に、二階って、僕達が行っても大丈夫なの?
ご主人様が暮らしてる場所じゃなかったっけ?
用事の相手って、ご主人様なの?」
「そんな訳ないでしょ。いいから付いてきてよ」
腕を掴まれて、そのまま階段を上らされる。
「確か、一番奥の突き当りの左側の部屋だって聞いたけど・・・・・・ここかな」
「本当に大丈夫なの?」
不安を感じながらも、ロウ姉は迷うことなく、ドアをノックした。
ドアを開けて出てきたのは、小柄なドワーフの女性・・・・・・この人誰だっけ?
まだ、タケダ家の全員を覚えていないんだよなぁ。
「あれっ、ローザさん?」
「はい。少し、ミラさんに相談がありまして」
「私に?」
そうだ。この人は確か、鍛冶師のミラさんだ。
「なんでしょうか?」
「できれば、ミラさんのお部屋でお願いしたいのですけど」
ロ、ロウ姉、それはちょっと失礼なのでは?
「分かりました。では、一階に降りますので、このまま待っていてもらえますか?
ちょっと片づけますので」
「はい。お願いします」
ドアはいったん閉められ、彼女は自分の作業を中断させるようだ。
鍛冶師の作業を中断させるなんて、恐れ多い気がする。
ロウ姉の腕を引っ張って、ドアから少し離れ、小声で話しかけた。
「ミラさんの作業を中断させちゃって拙くない?
それに相談なら、部屋じゃなくて食堂の方でしたら?」
「うーん、作業を中断させてしまったのは申し訳なかったと思うけど、
相談する場所は食堂じゃダメなんだよね」
本当に大丈夫なのだろうか。
(ガチャ)
ミラさんが、にこやかな表情で出てきた。
なんで作業を中断させたのに、機嫌が良いのだろうか。
「じゃあ、行きましょうか?」
「はい。お願いします」
ロウ姉が頭を下げたので、慌てて自分も頭を下げた。
一階に降りて廊下を通り、ミラさんの自室と思われる前まできた。
「では、入って下さい」
「はい。お邪魔します」
本当に入るんだ。でも、これは・・・・・・。
「あ、あの、僕は外で待っています」
「えっ、ロビー、何言ってるの?あんたも入らないとダメよ」
「そ、そんなこと言っても・・・・・・」
タケダ家では、兄弟姉妹や夫婦でもない限り、男女別室が基本だ。
女性の部屋に入るのは、すごく抵抗があるのだけど。
「入っても大丈夫ですよ。男の人も私の部屋にはよく来ますから」
「は、はあぁ・・・・・・」
ミラさんって大人しそうに見えて、結構、大胆なのだろうか。
ミラさんが中に入ると、躊躇する間もなくロウ姉に腕を掴まれ、強引に部屋に入らされた。
「えっ、これは・・・・・・?」
部屋に入ると、ベッド以外のスペースには棚がたくさん置かれて、そこには何やら木彫りの人形のようなものが多数置かれている。
こんな多くの人形なんて、お店でも見たことがない。
棚だけでなく、テーブルの上や、床の上の木箱の中にも多くの人形があるみたいだ。
「最近、これ目当てで、ここに来る人が増えてるのですよね」
「ヘルミーネさんも、そんなことを言ってましたよ」
ロウ姉、ヘルミーネさんとも話をしたの?
ヘルミーネさんって、確かクーラタル拠点の偉い人じゃなかった?
「遊戯盤と人形と、欲しいだけ持っていっても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。遊戯盤は一つで大丈夫です。
人形は、ちょっと選ばせてもらいますけど・・・・・・」
「今日、全部選ばなくても、後から追加で持っていっても構いませんから」
「はい。ありがとうございます」
話についていけない・・・・・・遊戯盤って?
そもそも、この人形は何をするものなんだ?
「ロビーは私から受け取る人形を、この布に包んでね」
「布なんてどうしたの?」
「ナナさんに頼んで借りてきたんだよ」
そこまでして?・・・・・・結構、前から準備していたのだろうか。
ロウ姉は自分が背負ってきたリュックの口を開けて、大量の布を渡してきた。
小さめな手拭いのような布だから、人形を包むには具合の良い大きさ。
その後は、渡された遊戯盤と呼ばれる板と人形をひたすら布に包み、リュックに入れていく。
手に取って間近で見る人形は、かなり精巧に作られていてビックリした。
ラブシュラブ、ピッグホッグ、ビッチバタフライ、ケトルマーメイド、ミノ・・・・・・どれも迷宮で戦ったモンスターとそっくりだ。
鍛冶師って、装備品を生成するだけでなく、こんな事もできるんだ。
ちょっと、ミラさんのことを尊敬してしまう。
モンスターだけでなく、人間型の人形まである。
剣を持ってる人形、槍を持っている人形、男性の戦士っぽい物や女性の獣人系の人形まで。
よくもまあ、これだけの量の人形を作れるものだ。
しかもかなり精巧な作りだから、作るのも結構大変じゃないだろうか。
スキルで作る訳じゃなさそうで、テーブルの上には何種類かのナイフとやすりも置かれていた。
集中力を要する作業なのかもしれない。
:
:
:
「では、本日はありがとうございました」
「また、欲しいものがあったら来て下さいね」
ロウ姉と一緒にミラさんに頭を下げた。
休憩時間や手の空いてる夜の時間で作ってると彼女は言っていたが、それにしても凄い。
タケダ家では奴隷であっても、決められた仕事の時間以外はかなり自由に行動ができる。
休憩もちゃんと取れるし、与えられた部屋や食事の質も高いから、ゆとりがあるように思う。
ロウ姉と玄関に行き、ザビル拠点へと移動。
二階の自室に戻りながら、改めて疑問を口にした。
「遊戯盤と人形はいいけど、これで遊びたかったの?」
「まあ、それも全然無い訳じゃないけど、目的は別にあるの。
晩御飯食べて、お風呂が終わったら説明するわ。
ロビーに手伝ってほしいのは、それからだから」
「人形を運ぶのを手伝うだけじゃなかったんだ?」
なんだか、変な事に巻き込まれそうな予感がする。
・・・・・・
食事と風呂を終え、テーブルの上の遊戯盤と人形を前に、ロウ姉と向かい合って座っている。
「遊び方のルールを知らないのだけど、ロウ姉は知ってるの?」
「ロビー、遊ぶためにミラさんから借りた訳じゃないのよ」
目的を説明されてないのだけど。
「これを使って、迷宮探索の戦闘を再現するの。
ヘルミーネさんにも聞いたけど、これで戦ったことのない階層の戦闘の事前確認や、
その日の戦闘の反省会をしたりするんだって」
「そ、そうなんだ。人形使って遊ぶ訳じゃないんだ」
まあ、こんなモンスターの木彫り人形で遊ぶなんて、変だと思っていたんだ。
「例えば、この前の戦闘でラブシュラブがいた時に、
枝の攻撃を防ごうとしたら、どうすればいいかと考えたり」
「前衛であればやりようがあるけど、後衛だとひたすら回避するしかないんじゃない?」
ロウ姉の不機嫌だった理由ってこれだったのかな。
「だから、それがダメだって思うのよ。
ラブシュラブに枝を撃たせない方法って、母さんから習ったじゃない」
「そうだけど、それは前衛にいればできるけど、後衛からじゃ無理だよね。
前衛の人に教えてあげるってこと?」
「やり方をパーティー全体で共有するのは大事だと思う。
でも、それだけでは不十分だと思うの」
まあ、教えないより教えた方がいいと思うけど、それだけで防げるかと言えば難しいかも。
「私は後衛にいる者、今のパーティーなら私やロビーが
前衛の人達や他の後衛の人に指示を出した方がいいと思うの」
「えっ、僕達がマテウスさんやニケさんに指示を出すの?
それはいくらなんでも無理じゃない?
僕達よりも迷宮での戦闘経験が全然、上の人達だよ」
ロウ姉は口を真一文字にしている・・・・・・これは絶対に譲歩してくれない時のサインだ。
「そうね。確かにロビーの言う通りよ。
私達の戦闘の技量は今のパーティーの中では最低の部類でしょうね。
でも、だからと言って、何もしないのはおかしいと思ったの。
だから、ヘルミーネさんに相談してみたのよ」
「えっ、ヘルミーネさんに相談したの?」
ザビルの護衛部隊のリーダーのマテウスさんやニケさんじゃなくて、別の拠点の偉い人に?
そういえば、今回のミラさんの所に行く時もヘルミーネさんと話をしたとか言ってたか。
「だって、ヘルミーネさんは迷宮での戦闘では探索者をやってることもあるから。
そしたら、迷宮組のアミルさんを呼んできて、一緒に相談に乗ってくれたのよ」
「ええぇ・・・・・・迷宮組の人まで巻き込んだの?」
無茶するなぁ。
アミルさんて、迷宮組に一番最初の頃から参加していて、タケダ家のスキル融合装備品を大量に作ってる凄い人じゃなかったっけ?
「お二人が言ってたのは『探索者はパーティーのリーダーになるべき』なんだって。
そして、その方針って、タケダ家の当主であるユキムラ様も勧めているらしいわ」
「探索者がリーダーに?
でも、探索者のジョブって、迷宮に入るだけでギルドに行けば誰でもなれるよね?
それなのにリーダーになるべきなの?」
ロウ姉は真剣な顔で頷いた。
「探索者ジョブだからリーダーになれるとは言ってないわ。
でも、パーティーを組んだ探索者が死ぬと、そのパーティーは窮地に陥るよね。
探索者はパーティーを崩壊させないために自分自身とパーティー全体に目を配るべきだって。
できれば、前に出過ぎないようにパーティー全体を俯瞰して、
戦闘の指示を出した方が効率的に探索ができるのだってアミルさんは言ってたわ。
探索者が死ぬとどうなってしまうのか、私達は嫌と言うほど知らされたよね?」
「・・・・・・」
母さんを失った時の事が思い浮かび、頭が自然と下がってしまった。
「ロウ姉の言いたいことは分かったけど、その理想通りにするのは簡単ではないよね?」
「そうよ。アミルさんもそれは言ってたわ。
迷宮組でユキムラ様からパーティーの指示役を指名された時は、
周りの熟練者の人が指示に従ってくれなくて苦労したんだって」
偉い人でも、そんな苦労をしているんだ。
「アミルさんがそういう苦労した時から、まだ半年も経ってないって言ってたわ。
だから、私が今から始めても全然問題ないと思うの」
「は、半年も経ってない?・・・・・・それって、めちゃめちゃ最近の話ってこと?」
そういえば、タケダ家が作られたのって、そんなに昔じゃないとか聞いたような。
なんだか、訳が分からなくなってきたぞ。
「アミルさんが言ってたのは、
戦闘の技量が足りなくても指示が的確でさえあれば、
いつかその指示を信じてもらえるはずだって。
何も探索者は、すごい攻撃能力が必ずしも必要じゃないとも言ってたわ。
だって、探索者のジョブには剣聖や獣戦士のような強力な攻撃スキルなんて無いじゃない?
戦闘の指示を的確に出す専門家になればいいのよ」
「う、うーん。なんだから、ロウ姉に言いくるめられている気がするけど。
間違ったことは言ってないのかなぁ。
でも、ロウ姉はこのことを納得させる方法を、夜通し考えていたでしょ?」
ニヤニヤ笑ってるから図星だな。
「だからさ、ロビーもこれを使って、
パーティー全体のためになる戦闘の指示内容を私と一緒に考えるのよ。
そのためにミラさんから借りてきたのだから。
モンスターやパーティーメンバーの動き方や戦い方を、
少しずつ人形を動かしながら考えてみようよ。
今の私達のパーティーを並べてみてさ。
明日の迷宮で戦うモンスターも想定しながら、いろいろと組み合わせて想像するの」
「まあ、試しにやってみるだけなら。
でも、明日からいきなり指示を出すのは無茶だと思うよ」
ロウ姉はニッコリ笑っている。これは思惑通りになったと思ってる時の顔だ。
「直ぐには無理なんて私でも分かってるわ。
今日、想定した戦い方を明日の戦いで当てはめてみて、
上手くできなさそうだなと思ったら、また明日の晩にでも考え直そう。
そうやっていくうちに、自信がついたと思ったら、マテウスさんに頼んでやらせてもらおうよ」
「それって、ロウ姉だけじゃなくて?」
ニッコリと笑われてしまった・・・・・・やっぱり変な事に巻き込まれた。
「初めは上手くいかないって、アミルさんも言ってたわ。
アミルさんの経験だと、実際に指示を出しても、
指示通りに動いてくれる人と、そうじゃない人が出てくるんだって。
それはそうよね、人間だもの。
全員が私達の指示通りになんて動いてくれないわ。
だから、それも見越して、これを使って事前にいろいろと考えるのよ」
「まあ、試すだけなら・・・・・・」
でも、本当に大丈夫だろうか・・・・・・そして、指示を出す人が完全に『私達』になっている。
ロウ姉は身内だけなら、こうやって半ば強引に進めたり、我を通すことはよくある。
でも、他人に対して積極的に関わったりするのは、凄く苦手だったはず。
実際に指示を出せるのか、その指示通りにならなかった時にどうなるかは要注意だな。
「ロビー、よく聞いて。
母さんが迷宮やモンスターの事を調べてたのって、
自分達が楽して探索できるようになるためじゃないと思うの。
自分達が調べて分かったことを他の人に伝えていかないと」
「それも説得する言葉を、夜通し考えていたでしょ?」
もう、今日はこの笑顔ばっかりだな。
「まあ、いいや。まずは試してからにしようか。
そう簡単にはいかないだろうから」
「そうよ。そんなに簡単にはきっといかないわ。
迷宮組の人達だって苦労したって言ってたもの」
それだけじゃなくて、ロウ姉が他人に指示を出している姿が思い浮かばないんだよ。
「まあ、この天井にある明かりのおかげで、時間はたくさん作れそうだし」
「そうね。この不思議な明かりは私達、エマーロ族には有利に働くかもしれないわ。
頑張りましょうね、ロビー」
何か、ロウ姉の意識を逸らすものってないかな。
「そういえば、この明かりって、迷宮のボス部屋の明かりに似ている気がしない?」
「言われてみれば確かに。
ボス部屋って広さの割には、結構明るいのよね。
特に松明なんかで照らされる訳でもないのに。
迷宮が討伐されるとギルド神殿がドロップして、
ギルド神殿を動かすには魔力が必要で、
そのためにギルドは魔結晶を集めていると母さんが言ってたっけ。
カラダンさんから、拠点の照明や給水設備を動かすためには魔力が必要になるから、
各自で適宜魔力を補充せよと言われたよね・・・・・・その共通点は・・・・・・」
ああ、ロウ姉はこうなったらもうダメだ・・・・・・話しかけても上の空になるから放っておこう。
遊戯盤を使うのは明日の夜からになりそうだな。
・・・・・・
(数日後)
ザビルの修練場で、ロウ姉は他の人の訓練をジッと見つめている。
あれは、多分、個々人の動きの癖や得意な動きを把握しているのだろう。
夜になると遊戯盤で戦闘の模擬戦を机上でやっている。
それでも、まだ自信がつかないから、指示を出す相談をマテウスさんにはしていない。
観察して、分析し、それを戦闘に生かせるのはロウ姉の強味だ。
あそこまで集中して観察し、深く分析しようとする人を母さん以外には知らない。
迷宮探索や護衛任務で出会った人達の中には、探索経験の長い人や戦闘技術に長けた人はいたけど、皆なんというか感覚的にやってる人が多かった気がする。
母さんはロウ姉と違って、観察や分析、実験の対象は迷宮に偏っていたよな。
いつだったか、母さんは迷宮に木製の角材を持っていくと言い出した。
迷宮に行ってから、使い道を伝えられたのだけど、コボルトに角材を攻撃させるためだった。
コボルトがよく出現する階層に行って、コボルトの武器で角材を攻撃させるように誘導しながら戦うという、ヘンテコなことをやらされたっけ。
理由を訊いたら『モンスターの数と種類によって、攻撃力に違いがあるのか確認するため』と言われた。
迷宮を探索する人間は、パーティーに所属するメンバーによって、その者が持つジョブの効果を他のメンバーに共有できると教わった。
鍛冶師がパーティーメンバーにいると、メンバーの攻撃力が上がったりする。
それは昔からよく言われていることだそうで、事実として広く認識されていると。
母さんは、モンスター同士であっても、パーティー効果のように良い影響を与えられるのかを実験して確認したかったらしい。
ニードルウッドとコボルトと戦った時と、コボルト単独で戦った時とで、コボルトが角材を攻撃する威力に違いがあるのかを確認するのだと。
低階層とはいえ、相手はこちらの都合を考えてくれないモンスターだ。
攻撃を受けないように、上手くコボルトに角材を攻撃させるのは面倒だった。
しかも何度も実験したいということで、迷宮を出たり入ったりしながら角材を運ぶ羽目に。
アイテムボックスに収納できないので、壊されたら外に取りにいくしかない。
迷宮の入口や通路で会う他のパーティーから奇異な目で見られながら・・・・・・。
何度も実験してみた結果、母さんが出した結論は『モンスター同士にパーティーの効果があるのかは分からない』ということだった。
正直、それを聞いた時にはドッと疲れた。
確かに、コボルト一匹の時でも、木材の壊れ方にはバラつきがあった。
木材の硬さや形に、そもそものバラつきがあった気もしたけど。
やった意味が本当にあったのだろうかと思い、その文句をそのまま母さんにぶつけた。
でも、母さんは『分からないと知ることが重要だ』と言い放っていた。
横で聞いていたロウ姉もうんうんと頷いていたよな。
やっぱり、母さんとロウ姉は似た者同士で、変わり者であると強く実感した瞬間だ。
その話を迷宮探索の休憩の合間に他のメンバーに披露したら、マテウスさんだけが反応した。
遠い目をしながら『そういえば、ご主人様もそんな感じだな』と言っていた。
ロウ姉や母さんとタケダ家の当主であるユキムラ様に、そんな共通点があるのだろうか。
ロウ姉の突拍子もない振る舞いを見る度に、そんな母さんとの思い出が甦る。
母さんを亡くしてから、まだそれほど日が経ってない。
夜ベッドに潜り込むと、ふっと喪失感が襲ってくることがある。
きっとロウ姉も同じはずだ。
時々、ベッドの中で鼻をすする音が聞こえてくるから。
母さんのいない寂しさは、このザビルでの目新しく刺激的な生活でも埋めることはできない。
ロウ姉と自分を守ることを選択した母さん。
それを振り返る度に足りなかった自分の力への後悔が、頭をもたげてくる。
母さんの実力と経験なら、自分だけの身を守るのは容易だったはずだ。
雇い主の商人や子供、店員や僕達二人を守ろうとしたため、盗賊に命を奪われてしまった。
まだ、母さんには訊いてみたいこと、教えてもらいたいことが山ほどあったのに。
そして、母さんが求めていた迷宮の謎・・・・・・その答えに辿り着く前に逝ってしまった。
その迷宮への思いはロウ姉が引き継ぐだろうけど、逆に母さんとロウ姉の姿が重なり、ロウ姉を守れるぐらい強くならなければならないと感じる。
ロウ姉は本当は内気な癖に危なかっしいんだよ。
昔は他人を避けていたのに、今は積極的に話をすることが増えた。
ずっと一緒に暮らしてきたから、元来内気で臆病であることも弟である自分はよく知っている。
無理しているのではないだろうかと、本当に心配だ。
じっと、訓練の様子を見ながら、たまに手元のメモに何かを記しているロウ姉。
それを少し離れた場所から、ジッと見ている人がいる。
僕達と同じエマーロ族のカラダンさんだ。
奴隷商人のジョブで、この拠点の責任者であるので、滅多に修練場に来ることはない。
でも、修練場に来ると、真剣な目でロウ姉を観察していた。
初めはロウ姉が何か失敗したのかと、ちょっと冷や冷やしていた時期もあった。
でも、それが別の意味であることは直ぐに分かった。
カラダンさんは、ロウ姉のことが気になるようだ。男女の仲という意味で。
初めて会った時のカラダンさんは優しそうな顔の割に、怖くて偉い人というイメージだったけど、今は少し違った印象に思える。
ご主人様への面談を設けてくれたり、ロウ姉が迷宮の謎を解くことを認めてくれたり。
ロウ姉の内気な性格についても、多分気づいているっぽい気がする。
一方でカラダンさんの気持ちにロウ姉は気づいているのだろうか。
モンスターや盗賊の敵意を敏感に察知するのに、他人の好意には鈍感な気がするんだよなぁ。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回投稿日は2026/8/19(水)の予定です。
次も閑話の投稿になる予定です。
閑話が続いて、メインストーリーが進まなくて申し訳ないです。
次の閑話が終わると、メインストーリーに戻る予定です。