・エステル :男爵位の貴族。帝国解放会会長。クーラタル迷宮で襲撃された
・ヘンドリクス:エステルの家臣で百獣王。ユキムラの帝国解放会試験に参加
・クヌート :エステルの家臣で魔道士。苦労人枠?
・ラパン :エステルの家臣で禰宜。クーラタル迷宮で襲撃され、一時重傷を負った
・ラルフ :エステルの家臣で冒険者。ユキムラの帝国解放会試験に参加
・ミライ :エステルの家臣で剣匠。情に厚い狼人族の女性
・エーギル :ラルフの弟。クーラタル迷宮での襲撃事件で死亡
マトリョーシカ貴族と会った翌日、手紙に返事をしたため、ザビルの領主館へとやってきた。
手紙を渡したいとだけ用件を伝えると、いつもより立派な待合室で待たされることに。
ただ手紙を受け取ってほしかっただけなのだが、相手が貴族だとそうもいかないのか。
暫くすると、なんとエミリオ士爵がやってきた。
「ファビオに手紙だそうですね。
彼に渡すことは引き受けますが、内容を伺ってもよろしいですか?」
「さすがにファビオ様に見ていただく前に内容をお知らせする訳にはいきません。
ですが、まあ、エミリオ様がご想像されている通りではないかと思われます」
俺の返事が気に入ったのか、彼はニッコリと微笑んだ。
手紙にはモンスターカード500枚とギルド神殿の交換に応じること、50、51階層限定で迷宮討伐を引き受けること等を記載した。
もちろん、希望するカードの一覧も添付してある。
あとは、ファビオ士爵の調達能力がどれほどのものか、お手並み拝見だ。
「ありがたいですね。これで、ザビル領もまだまだ発展していけるでしょう」
「さすがに、この手紙一枚にそんな効果はありませんよ」
「それぞれの分野で力のある者達が、
それに見合った場所で全力を尽くせば案外急速に変化が起きるものですよ」
そんなものだろうか。
タケダ家が迷宮の一つや二つ、早めに討伐したとしても変わりはしないと思うが。
レイモンド達が早期に迷宮討伐した村は復興ルートに乗るのだろうか。
それなら、少しはザビルの発展に寄与するのかもしれない。
ただ、一度放棄された村を元の状態に戻すのは、並大抵の努力ではできないだろう。
それを考えるのは貴族の役目だから、俺がとやかく言うことではないが。
それはともかく、今回はタケダ家にも利があると思ったからこそ、ギルド神殿の取引や迷宮討伐を引き受けることにした。
手紙の仲介をしてくれるのだから、素直に感謝するべきだよな。
「では、ファビオから返事が来ましたら、ザビルの屋敷へ渡すようにしますね」
「はい。お願いいたします」
今一つ、捉えどころのないエミリオ士爵に深々と頭を下げた。
彼はザビル子爵家内ではコーディネーター役なのだろうか。
領主はともかく、他の貴族達は個性派ぞろいだから苦労人枠とも言えるかもな。
貴族のみならず、平民の俺達にまで気配りしてくれるのは貴重な存在だ。
退出していくエミリオ士爵に、もう一度頭を下げ、騎士団員にエスコートされて館を後にした。
・・・・・・
ファビオ士爵からの返事がザビルの拠点に来る予定だとカラダンに伝え、俺は玄関へと移動。
クーラタルの自宅を経由して、ロッジのロビーへとワープ。
そして、今回も瞬時に俺を見つけたセバスチャンが優雅に小走りで近づいてくる。
『優雅』と『小走り』が共存できる総書記のスキルは凄いと思う。
総書記というジョブは存在しないのだが。
「ああ、エステルから、ここに来るように伝言を受けたのだが」
「はい。伺っております」
男爵位貴族から手紙をもらっても、ここでは帝国解放会の会員だからエステルは呼び捨てだ。
「ご案内いたしますので、暫くここでお待ちください」
「分かった。店舗の方にいても大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
それにしても『ご案内』が必要な案件なのか?ちょっと怖いな。
案内した先に、皇帝と帝国解放会の会長と副会長と特別会員達が待ってたりしないよね?
セバスチャンは係の者に指示をしながら、いったん俺の前から立ち去っていった。
仕方なく、俺も売店へと移動。
店舗に入ると、店員が会釈してきたので、こちらも返す。
鑑定で確認すると、店員は家名はあるが爵位持ち貴族という訳では無さそうだ。
まあ、爵位持ってる者が店番なんてする訳ないか。
貴族家の子弟といったところなのだろう。
そのままゆったりと、陳列されている装備品を鑑定スキルで確認して回る。
ミセリコルデ、オリハルコンの剣と槍、激情のダマスカス鋼剣か。
あまり購買意欲を駆り立てるものはない。
残念な気分に浸っていると、セバスチャンがやってきた。
思っていたよりも早かったな。
「準備が整いましたので、来ていただけないでしょうか?」
「それは構わないが、身代わりのミサンガを買い取ってほしいのだが、
そちらの店員に伝えれば?」
「はい」
彼が店員に目配せすると、店員の方も無言で頷いている。
アイテムボックス操作を唱えながら店員に近づき、身代わりのミサンガを3つ取り出した。
「3つも・・・・・・よろしいのですか?」
「ああ。最近、スキル融合が上手くいってるので、予備がそれなりにできたのでな」
「全部で3万ナールとなります。それと3ポイントがタケダ様に付与されます」
「それなら買い取りを頼みたい」
「かしこまりました。お預かりいたします」
この場では『預かる』だけか。それはそうだろうな。
セバスチャンが追加の補足をしてくる。
「タケダ様、後ほど、防具鑑定をして確認された後、3万ナールをお渡しします。
それまでは、預かり証をお渡ししますので、後ほど売店にお持ちください。
本日、お帰りになるまでには防具鑑定を終えて代金をお渡しすることができると思います」
「なるほど。了解した」
了解したけど、それって、この後の話が長くなるってこと?
預かり証を受け取り、セバスチャンの後に付いて会議室へ。
・・・・・・
会議室に入ると・・・・・・誰もいない。
いや、書記っぽい者が一名いるだけ。
帝国解放会の幹部連中がいるかと予想していたので肩透かしを食らった感じだ。
席に着くと、セバスチャンがおもむろに話を始めた。
「まずはこちらを・・・・・・」
「ん?これは?」
彼が渡してきたのは、昨日受け取った手紙と同じぐらいのサイズの目録・・・・・・というか手紙か。
「中身を確認しても?」
「もちろんでございます」
まあ、渡すぐらいだから見ろってことだよな。なんだか怖いのだけど。
今回の手紙は回りくどい内容はほとんど存在しなかった。
要約すると、
・俺とパーティーメンバーをエステル男爵家に招待したい
・エーギルを悼む宴を催すので参加してほしい
・亡くなったエーギルの件で、ラルフが感謝の言葉を伝えたい
・候補日を2つ提示するので選択してほしい(なお、候補日は2日とも宴を開催)
あまりに真っ当な誘いに参加する選択しか思いつかない。
「セバスチャンは、手紙の内容を知ってるのか?」
「エステル様から概要は伺っております。
タケダ様に都合の良い日を確認してほしいと依頼されております」
普通の話だよな。なんの裏表も無さそうだ。
「昨日、手紙を受け取ったが、そこには詳細が無かったのは、やはり・・・・・・?」
「はい。ご賢察の通り、先日の襲撃事件で情報の漏洩を懸念されてるのだと思われます。
宴自体は公にされておりますので、襲撃者にも伝わる可能性がございますが、
タケダ様が襲撃時の当事者であることを漏らしたくないのでしょう。
通常の列席者として扱うのだと思います」
ふーん、気を使ってくれているのだな。
候補日は明日と明後日で急と言えば急だが、外部への漏洩を極力避けるために伝達日と開催日の間を短くしてるのだろうか。
やはり断る選択ってないよな。
「では、初日の方に参加したいと思う。
午後から出向く予定だと伝えてもらえるだろうか?」
「承知しました。エステル様にお伝えいたします」
弔事だから、こちらの都合よりも相手の都合を優先したい。
こういう時は初日に参加するのが良いだろう。
朝一という訳にもいかないだろうから午後にしてみた。
セバスチャンも何も指摘してこないから、非常識な振る舞いではないだろう。
そして、ヴィルマやイレーネ達も参加にNoとは言わないはずだ。
一緒にダンスバトルをした仲だしな。迷宮には行けなくなるけど。
説明を終え、会議室から出ると先ほどの売店の店員が待ち受けていた。
リュックから預かり証を取り出して提示すると、金貨3枚が入ってると思しき紙の袋を差し出してきたので受領。
「確かに身代わりのミサンガ3つでした。タケダ様には3ポイントが付与されました。
そちらにその旨を記載した受領証が入っております」
「なるほど」
チラッと紙の袋を開けて、金貨と受領証を確認。
「世話になった」
「いえ。またのお越しをお待ちしております」
会釈すると店員は去っていった。
次にロッジの売店に行くのはいつになるかな。
最近、身代わりのスキルはダマスカス鋼の腕輪の方に付与している。
腕輪の方には、対人強化のスキルも付与してあるので使い勝手が良い。
身代わりのミサンガの方は訓練時や予備の方へと回ってしまい、だぶついてきた。
後方支援部隊全員にミサンガを配備しても、倉庫には十数個の予備が眠っている。
だからといって、短期間でロッジにバンバン持ってくるのも怪し過ぎるよな。
本当はローザやアミルを連れて、資料室の方に行くべきなのだろうけど。
まだ一回しか使ってないのだよな。
まあ、そのうちまた来よう。
係の者に見送られて、ロッジを後にした。
セバスチャンって、本当に出迎え専用キャラなのかな。別にいいけどさ。
・・・・・・
午前中は訓練の時間だから、のんびりしている暇はない。
自宅に戻ると、短くなってしまった訓練時間を取り戻すように、集中しながら鍛錬に勤しむ。
貴族との駆け引きの煩わしさから解放され、目の前のことに没頭できる大切な時間。
自分より技術も経験も遥か先にいる者達の背中を追いかけたい。
:
:
:
グラ爺に型稽古の指摘を受けながらの素振りをし、マヤやルイとの模擬戦を終えて一息ついた。
少し前よりは技量が上がったような、変わっていないような、あやふやな感じ。
あと、何日繰り返せば自信が持てるようになるのだろうか。
「ほれっ、そろそろ昼餉の時間だ。その前に仕上げに入ろう」
「はい」
訓練の終わり際には、グラ爺と模擬戦だ。
中央で対峙するが、グラ爺は半目で静かな佇まいだ。
こちらから掛かっていくしかない。
右手から横薙ぎに斬りかかりながら、左手で木刀で斬り上げる。
横一閃した木刀は半歩下がって躱され、跳ね上げた剣筋は軽く木刀で受け流された。
右腕の返しで更に逆側に水平に斬りかかっても、前に出られて躱される。
身長が低く的が絞りにくいってのもあるけど、前に出てくるかね。
左手の木刀で刺突をかますが、紙一重で躱されて空振りに終わる。
そのままグラ爺の上段の木刀が俺に襲いかかってきた。
右腕の木刀で受けようとすると、寸前のところで軌道を変えて、切っ先が俺の胸に迫ってきた。
(トン・・・・・・)
胸を軽く小突かれた。
構わず、左手の木刀を斬り上げるが、更に踏み込まれて剣先が空を切った。
右腕の木刀で突こうとすると、かいくぐるように右側に回り込まれる。
(ドンッ)
足でケツを蹴られた。
「ほれっ、そんな亀のようなトロさではわしを捉え切れんぞ」
振り向きざまに両腕の木刀をクロスするように横薙ぎで高さに差をつけて斬りつけるも、既に更に後方へと跳ばれていた。
「遅い、遅いぞ」
グラ爺を追うため、前へ踏み出して間を詰める。
左腕で刺突を数回繰り出し、タイミングを見て上段から袈裟懸けで斬りかかる。
下がっても躱されないように、木刀の握りの末端を持って長めのリーチで叩きつけた。
木刀を斜めに立てられて流され、その剣先がそのまま刺突で襲ってくる。
間一髪、左腕の木刀で受け流したと思ったのに、掻い潜られた間近に迫られた。
(トン・・・・・・)
今度は腹を小突かれたか。
本当に巧くて強いな。
小柄な90歳の爺さんのはずなのに。
「粗いぞ。もっと集中せい」
「まだ、まだっ・・・・・・」
両手に持った木刀を短く鋭く斬りつけ、突き出して距離を取ろうとする。
(カン、トン、カン、トン、カン、カン・・・・・・)
今度は間を詰められて、刺突は木刀で流され、逆にカウンターを胸や腹に入れられまくった。
ダメか・・・・・・木刀を下して、ギブアップだ。
「参りました」
「最初はマシだったのに。最後が雑過ぎじゃ。何を焦っておるのやら」
焦りか。そうか俺は焦っているのか。
「最後に少し素振りをしてから終わろうと思います」
「それが良い。頭を冷やして、剣と向き合えば己を知ることができよう」
また的確なことをおっしゃる。
明日はエステルやヘンドリクス達と会うことになる。
先日、剣技の拙さを指摘されたのを思い出してしまったから、焦りが出たのかもしれない。
それにしても化け物だな。
体力は絶対に俺の方のがあると思うのだが、こちらが息を切らせながら全力で挑んでいるのに、グラ爺は汗一つかいてるようには見えない。
ああ、そんなことよりも反省とクールダウンだ。体も
・・・・・・
翌日、午前中は訓練に励み、午後からエステルの所に行く予定。
早めの昼食を終わらせ、迷宮組の6人は準備を整えて食堂で待機中。
一応、装備品一式は俺のアイテムボックスへ収納してある。
戦う予定はないが、万一に備えて。
それにしても、こんな時こちらの世界のドレスコードがよく分からない。
葬儀ではないらしいが、お別れの儀?故人を悼む宴?・・・・・・そんな時はどんな格好をしていけばいいのかと。
元貴族のカーラに訊いたら『我が家では完全武装で、その者の魂を労っていたぞ』と言われた。
エストグリュンは武家だから参考にならんな。
さすがに完全武装で行く気にはなれんぞ。
ああ、でもエステル達もそっち寄りなのかもしれないのかなぁ。
うーん、どうなのだろう。
琥珀のネックレスや瑪瑙のブレスレットを身に着けていくのも違うよな。
結局、悩んだ末に一周回って、帝都に行くような普通の恰好に。
ただし、女性陣はドレスではなく、護衛用のパンツスタイルにしてもらった。
それでも十分ドキドキしてしまうのは何故だろう。
胸の高鳴りが抑えきれなくなる前に、迎えがきたようだ。
今日の護衛当番のヴェロニカから来客だと告げられた。
玄関に向かうと、迎えにきていたのは、先日、ロッジで襲撃の報告をした際にも来ていたラルフと冒険者の男の二人だ。
というか、亡くなったエーギルの兄であるラルフが直接来たのか。
ちょっとビックリだ。
拙いな。気の利いた台詞が全く口にできない。
「タケダ殿、先日はお世話になりました。本日の会場までご案内いたします」
「わざわざすまないな。よろしく頼む」
事務的な言葉で応対してしまった。
まあ、イロイロ言うとしても、会場に着いてからで問題ないか。
二人の冒険者のパーティーに分散して加えてもらい、会場へと移動した。
・・・・・・
到着した先は・・・・・・これがエステル男爵領の本拠地なのか?
見えたのは砦というには大きいし、城だと思うが、小奇麗な古城というより武骨な雰囲気だ。
やっぱり、これは城だろうな。
どちらかというと最前線の城?
ザビルのような街中にある館という雰囲気ではなく、戦うための城って気がする。
ラルフの先導で付いていくと、本丸の入口から入ってホールのような広間に案内された。
そこには大勢の騎士団員と思われる者達に混じって、見知った顔の面々が見えた。
手前にいたのは襲撃時に一緒に脱出した狼人族の女性で、剣匠のジョブを持つミライか。
一番奥に当主のエステル男爵、それを取り囲むように帝国解放会の入会試験に立ち会った百獣王のヘンドリクス、禰宜のラパン、魔道士のクヌートだ。
この面子がエステル家の最精鋭パーティーなのだろうか。
天井の上の方で音がしたので見上げると、これ凄いな。
ホールだけど、天井は吹き抜けで、かなり高く4、5階ぐらいの高さじゃないか?
最上部の天井近くには、何やら意匠を凝らしたエンブレムが音を立てて揺れてるのが見えた。
窓も開いてるようで、揺れるエンブレムに太陽の光が当たってキラキラ輝いている。
「来たか、ユキムラ。遠い所をすまんな」
「いや、問題ない」
いくら遠くても、フィールドウォークが使えれば一瞬だ。
飛行機や新幹線の移動と違い、ドア・ツー・ドアで一瞬で移動できるのが素晴らしい。
エステルに手招きされ、俺達も彼の近くに立つことに。
外様の俺達がこんな場所にいても大丈夫なのだろうか?
「ユキムラも来たようだし、始めるとするか」
「全員、静聴!」
ヘンドリクスがデカい声で周囲へ響き渡る声で叫んだ。
吹き抜けの割には、声がよく響くな。どういう仕組みなのだろうか?
エステルに注目が集まり、静かになった。
「勇敢なる戦士エーギルの魂は、これから戦士の丘で、
先に逝った戦士達に歓迎されることであろう。
エーギルの魂の旅立ちに際し、鯨波を三声せよ!」
「「「「「ウラァー、ウラァー、ウラァー・・・・・・」」」」」
おっと、エストグリュン家並にエステルの家も武家だった。
ちょっとロシア風な気もするけど、異世界言語スキルの翻訳のせいなのか。
異世界に来て、こんな機会に出くわしたことないから、少しキョドッてしまう。
後方支援メンバーには、そぐわない言葉だけど、騎士団員なら心に響くのかも。
エーギルの兄のラルフも涙を浮かべながら叫んでいた。
俺はエーギルという男の事をほとんど知らないのだけど、こういう雰囲気で聞くとグッとくるものがあるな。
「大いに飲み食いして、戦士の魂に恥じぬよう英気を養ってくれ」
「「「「「ウラァー、ウラァー、ウラァー・・・・・・」」」」」
なんか、戦闘集団の飲み会って感じだな。
侍女や執事風の者達が現れ、飲み物や料理の入った大皿が次々に置かれていく。
ここでも、ザビルと同じく大皿料理か。
まあ、俺や迷宮組のメンバーにはその方がありがたい。
エステルと目が合った瞬間、クーラタル迷宮で彼等が襲撃された光景が思い浮かんだ。
泣き叫ぶミライの声や、悔し気なエステルやヘンドリクスの表情を思い出した。
あっ・・・・・・不意に眼から涙が零れ落ちた。
(グシャ、ワシャ、ワシャ・・・・・・)
急に右側から、俺の頭の髪を乱暴に触ってくる者が・・・・・・こういうことするのはオリビアだな。
抗議の声を上げようと涙を拭って振り向くと、俺の頭を撫でていたのはヘンドリクスだった。
男に頭を撫でられて喜ぶ趣味はない!
「意外に涙脆い奴なんだな?」
「こういう場に慣れてないんだよ。取り乱してすまんな」
照れ隠しをしたいが、ここでも気の利いた言葉が出てこない。
「いや、俺はそういうの嫌いではないぞ」
「ソウデスカ・・・・・・」
男に好かれても嬉しくない!
「おじちゃん、泣いてるの?」
「ん?」
ゲッ、なんだ、これ?
(鑑定)
エスピノラ・エステルリッツ(狼人族 ♀ 8才)
村人Lv4
装備 身代わりのミサンガ
目の前にチッコイ女の子がいる・・・・・・エステルの娘?
娘にも『エス』で始まる名前を付けなければならないのか。
セントバーナード系の父親とは違い、小動物系でメッチャ可愛いじゃないか。
一応、帝国解放会副会長の某伯爵とは嗜好が違うので、お持ち帰りしたいとまでは思わない。
だけど、別の意味で胸にグッとくるものが・・・・・・お、おじちゃん?俺はまだ17才だ!
見た目の可愛さと、その娘から発せられた言葉の衝撃と、エステルと似ても似つかない風体に何重ものショックを受けた。
「エスピナから『おじちゃん』呼ばわりされてやんの」
「ヘンドリクス、お前なぁ」
この娘の愛称は『エスピナ』なのか。
そんなことより、この百獣王の奴も俺から見れば立派なおじちゃんだ。
エスピナ、こいつも是非『おじちゃん』呼びしてやってくれ。
「どうしたのぉ~?ユキムラ君♪」
「あっ、デッカイおばっ・・・・・・きゃっ・・・・・・」
俺の左隣からやってきたオリビアがエスピナをむんずと掴んで、空中に放り投げた。
オ、オリビア、無理やり『おばちゃん』呼びを防いだな・・・・・・大人げない!
「キャハハ、高い~」
「おいおい、オリビア落とすなよ!」
「大丈夫、大丈夫~♪」
3階ぐらいの高さまで放り上げられて、エスピナが喜んでいる。
普段からケリーやマリーなんかも高い高いをして放り投げてるから、チッコイ子供なんて楽勝でかなり上空まで到達している。
ここが吹き抜けの構造じゃなければ、天井にめり込んで事件になるところだ。
それなら口を塞いでサバ折してるか?・・・・・・子供相手にそれはないか。
でも、この状況、俺が子供の頃なら間違いなくギャン泣きしているぞ。
顔は似てないけど、さすがエステル男爵の娘ということか?
こんな雰囲気でエーギルの魂をちゃんと送れているのだろうか?
魔道士のクヌートを見ると苦笑いしている。
「まあ、エーギルも賑やかなのが好きだったから、きっと喜んでいるでしょう」
「そうなのか」
クヌートの言葉を聞き、また涙腺が緩みそうになった。
・・・・・・
一しきり騒いだ後、エステル達と別室に移動することになった。
別室と言っても、小ホールのような部屋で椅子もテーブルもない。
代わりに絨毯が敷いてあって、土間のような所で履き物を脱ぐらしい。
タケダ家の玄関での履き替えルールに通じるものがあって、ちょっと嬉しくなった。
そして壁に絨毯?・・・・・・いや、タペストリーのようなものが掛かっている。
「ユキムラ達も履き物脱いで、ここに腰を下ろしてくれ」
「ああ、分かった」
どうやら、ここは床座方式で寛ぐ場所のようだ。
日本と違い、ザブトン等ないから座る場所も適当だが、なんとなく車座で腰を下ろした。
カーラやイレーネは慣れているのか、なんとあぐらをかいている。俺もだけど。
逆にアミルやヴィルマ、オリビアは座りにくそう。
オリビアは俺の背後に回ってもたれかかってくるし・・・・・・恥ずかしいから止めて!
しばらくすると、また侍女服、執事服の人達が来て、大皿料理を床に置き始めた。
こういうスタイルに合わせるために大皿料理なのかね。
飲み物は各自の手に渡るように配って回ってくれている。
俺は当然、ハーブティー。
見た感じ、うちの他の迷宮組メンバーもハーブティーをチョイスしたようだ。
アミルも、そんなに酒は強くなかった気がするから、それがいいだろう。
サンドラみたいなのはともかく、迷宮組にそんなに酒が強い奴はいなかったよな。
ヘンドリクスの近くで料理に舌鼓を打っていると、ミライがやってきた。
「なんだい、あんた、ハーブティーなんか飲んでるのかい?
この前の戦いぶりからして、酒をガバガバ飲んでるタイプだと思ってたのに」
「・・・・・・」
この前のエステル達との共闘は黒歴史なので、触れないでいただきたい。
ミライは既に酔っていて顔が少し赤いようだ。
右手に酒の入ったコップと左手に酒瓶っぽいものを持っている。
「仕方ないね。お子ちゃまなあんたには、あたしが口移しで・・・・・・グゲェッ・・・・・・」
「・・・・・・」
彼女はオリビアに首根っこを掴まえられ、引き摺られて退場していった。
隣でヘンドリクスが床を叩きながら、爆笑している。
お前ん家のメンバーなのだから、首に縄をつけて、ちゃんとしつけておけよ。
「くっ、くっ、くっ・・・・・・お前、かなりミライに気に入られたようだな。
まあ、あいつに気に入られると面倒だから気を付けな」
「・・・・・・」
そんな地雷系女を放置しないでほしい。
心なしか周りの
でも、俺は悪くない。
雰囲気が悪くなってきたところで、ホールのドアが開き、女性達が入室してきた。
隣にエスピナもいる・・・・・・これって、エステル男爵の親族?
(鑑定)
イライザ・エステルリッツ・アンプリマ(狼人族 ♀ 35才)
百獣王Lv27
装備 身代わりのミサンガ
これはエステルの奥さんか?
なんだろう・・・・・・背もすらっと高く、清楚に見え、凛としていて・・・・・・それなのに百獣王?
よく分からないな。
分かったのは、エスピナはお母さん似ということだ。
父親似でなくて良かったね。
二人はエステルのいる方に歩いてきて、こちらにも挨拶をしてくれた。
一緒に挨拶していたエスピナが可愛い。
本当にマジで可愛いな。
思わず目尻が下がりそうな・・・・・・いやいや、先ほど痛い目に遭いそうになったばかりだ。
先ほどのミライ乱入の時と違って、俺の周りの温度に変化がないからセーフ?
二人はそのままエステル達の所に座るのではなく、料理や飲み物を配ったりしている。
こういうところは、ハルツ公に招かれた宴とは、かなり趣きが違うな。
俺はこちらの方が好きだけど。
なんなら、俺が四本の腕を駆使して、大皿料理を持って配っても構わないとすら思う。
エネドラから自重するように言われてるから、やりませんけど。
その後も宴は大いに盛り上がった・・・・・・というか乱痴気騒ぎ?
ヘンドリクスは酔ってヴィルマにちょっかいかけようとして、ブッ飛ばされていたし。
エステルも結構、酔っぱらって持ちネタを披露していた。
その持ちネタというのが、
「いいか、ユキムラ。
これは代々、帝国解放会の会長に伝わってきた機密事項なのだが、特別に教えてやろう。
初代の帝国解放会会長というのはだな・・・・・・なんと色魔のジョブの持ち主だったのだ!
どうだ。驚いただろう?」
「エステル様、そのネタ、耳タコですよ」
迷宮で重傷を負って復活した禰宜のラパンがゲンナリしながらツッコミを入れている。
俺には子供の落書きにしか見えないような壁にかかったタペストリーをエステルが指差して、しきりに熱弁を振るっている。
あのタペストリーのどの男が色魔のジョブの持ち主だったとか、どうでもええっちゅうねん。
初代皇帝が色魔だったら驚いたけど、帝国解放会会長ぐらいじゃあねぇ。
原作によると初代皇帝は英雄ジョブだったっけ。
「いいか、ユキムラ。
「はいはい」
誰か、この酔っ払いをなんとかしてくれ~。
エルフ好きぐらいじゃ驚きはしないっての。
こちとら、各種族の綺麗処をそろえてますから(ふんす)。
それから、皇帝のご先祖様の恥部を暴露するんじゃないよ!
帝国解放会の入会時には種族の差別禁止とか言ってた気もするが、色魔やエルフ好きの暴露とか、エステル会長、人間族に何か含むところがあるのじゃないか?
でも、こんな宴も悪くない。
元いた世界の気安い飲み会みたいで、とても懐かしく居心地が良い。
しかし、こんな馬鹿騒ぎしている場所に未成年がいてもいいのだろうか?
「おじちゃんもこれ飲む?」
「ん?」
なにやらエスピナが両手に持ったコップに薄い茶色の液体が入ってる。
もう『おじちゃん』呼びはスルーすることにした。
右手のコップに入ってる飲み物を可愛らしい口でクピクピと飲んでいる。
お酒の飲めないお子様用ドリンク?
「それ何?」
「お手伝いしたら、もらえるの。とっても美味しいの」
満面の笑みを浮かべた幼女が天使のように見える。
左手に持ったもう一つのコップを渡されたので、ご相伴にあずかった。
(!!!!!)
こ、これって、コーヒー牛乳?
少しだけ感じる苦みとまろやかなコクとやさしい甘み・・・・・・スンゴイ美味しいのだけど。
というか久しぶりで涙が出そう。今日は泣いてばかりな気がするな。
可愛い小動物系の女の子を見ながら、コーヒー牛乳を飲む貴重な体験。
これが猫カフェに入り浸る者の気分?
いや、猫じゃなくて、うさぎカフェか?・・・・・・鑑定スキル上は狼だけど。
「ユキムラ、それは子供用の飲み物だぞ!」
「煩い、ヘンドリクス。お子様で結構だ」
美味い飲み物に大人も子供もない。
気を利かせたエルテル婦人が、大き目のポットに入ったコーヒー牛乳を持ってきてくれた。
それにしても、このコーヒー牛乳、滅茶苦茶美味しいから何杯でもいけそうだぜ!
甘露、甘露・・・・・・。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回投稿日は2026/9/5(土)の予定です。