異世界迷宮と戦乱と   作:HMI

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 いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

 今回の話はベイルの女性騎士であるゴッゼル士爵観点の閑話です。
 本当は一章の終わり辺りに挿入したかった話でした。
 ですが、なかなか話をまとめられず、ようやく投稿できるようになりました。

 話はベイルの16階層の魔物部屋で、彼女のパーティーを救出する直前に遡ります。

(登場人物紹介)※必要と感じた際に記載することにしています
・ラディア :ベイル騎士団所属。ゴッゼル士爵。カミーユを『爺ぃ』と呼んでいる
・カミーユ :ラディアの傅役を務め、腹心となった今も『姫様』と呼ぶことも
・ドーガ  :ラディアの部下。ベイルの騎士団詰所の門番をよくしている
・セレナ  :ラディアの妹。小柄でお人形さんのようだが巫女のジョブを所有
・ジーク  :モラード家の嫡男。セレナの婚約者で戦士のジョブを所有
・ロータス :モラード家の庶子。ジークの兄貴的存在で探索者のジョブを所有
 ※ジークはアイリス士爵の嫡男だが、士爵位は世襲不可
 ※なお、アイリス士爵の家名はモラードとなっています


閑話015 凋落

 グラスビーがドーガと爺ぃの間を縫って、後方に飛翔してきた。

 槍を空中に突き出したが、わずかにかすったものの、グラスビーは左に逸れてヤニクへと攻撃の矛先を変えた。

 

「ヤニク!」

「大丈夫です」

 迷宮に慣れたベテランらしく、冷静な声が返ってくる。

 

 探索者の彼は両手に持った槍を器用に短めに持ち直し、グラスビーの腹を突く。

 胴体にまともに当たったグラスビーは回転しながら、地面に落下した。

 

 間近に転がったことに驚いた僧侶のマチスが、右手に持った剣でグラスビーに斬りつける。

 だが、マチスの剣の腕は未熟だ。

 焦りのせいか、通路の床を何度か叩いてしまい、有効打が与えられない。

 グラスビーが体を捩り、再び空中に浮かび上がった。

 

 そこをヤニクが槍の穂先で叩いて、床へ逆戻り。

 

 ヤニクに任せて大丈夫か。

 後衛まで辿り着いたグラスビーも気になるが、前衛での戦いも気になる。

 爺ぃは中央でマーブリームと対峙しているが、堅実な戦いをしていて問題ない。

 

 ドーガは16階層のモンスターにグラスビーが多いため、手にした槍で活躍している。

 今もグラスビーに対して、ラッシュのスキルを叩き込み、空中にいたグラスビーを地面に引きずり降ろした。

 

 問題は戦士のレオだ。

 ドーガと違って槍を使いこなせない彼は、片手剣を使ってグラスビーと戦っているが、武器のリーチ差と剣の技量の低さでグラスビーから結構なダメージを受けている。

 

 後衛までグラスビーが来たせいで、ヤニクの援護も受けられない。

 私も更に後方に抜けてきたグラスビーの対応で手一杯だ。

 16階層で出現頻度の多いグラスビーが四匹以上もいると、我が家のパーティーでは思いのほか苦戦してしまう。

 

 レオを迷宮で習熟させるために前衛に出しているものの、被弾が多く疲労も蓄積するので、私と前衛を交代しながら戦っている。

 

 ヤニクを前衛に出せば、爺ぃ、ドーガ、ヤニクと前衛での戦いはかなり安定するが、後方にグラスビーが流れてくると厳しい展開になる。

 

 僧侶のマチスを守るのは私の役目だが、グラスビーが二匹抜けてくると対応が間に合わない。

 レオと私が交代で前衛を務めざるを得ないのだ。

 

 グラスビーを一匹ずつ確実に仕留め、爺ぃのレイピアが最後のマーブリームに止めを刺して、ようやく戦闘が終了した。

 

 

「終わったな。皆の者、負傷の加減はどうか?」

「手当の必要な方はいらっしゃいますか?」

 私とマチスの問いかけに、レオが右手を上げて近づいてきた。

 

 マチスが詠唱を始める。

 爺ぃとドーガ、ヤニクはドロップ品を拾いながら、ヤニクの所に集合している。

 この階層で大量にドロップする蜜蝋と白身は、ヤニクのアイテムボックスに収納させている。

 彼はいつも通りに、アイテムボックス操作の詠唱を始めた。

 

 

 マチスは負傷したレオに何度も『手当』の治療魔法をかけている。

 この階層では、レオだけでなく、マチスの負担も大きい。

 

 レオもマチスも、私のパーティーに入ってまだ一年も経っていない。

 前任者がいきなり二人共、別の街に配属になったので、二人を加えたのは同じ時期だ。

 二人が加入した時にはベイルに迷宮は無かったが、迷宮が急に出現したため、ここ最近はそれなりの頻度で戦闘をこなすことになった。

 

 レオの剣技は爺ぃが鍛えているが、あまり向上しているとは言い難い。

 性格が少し臆病であることが原因だと思っている。

 それでも、彼の実家が我々の住居を提供しているので、おいそれと入れ替えはできない。

 彼の実家は息子が騎士になるのを期待しているようだが、そこまで辿り着けるか怪しいかも。

 

 マチスの方は僧侶ということで契約したが、治療魔法以外はほとんど期待できない。

 槍の適性が無かったので剣を持たせたが、他に扱えそうな武器が無かったからだ。

 『手当』の魔法を的確に詠唱してくれれば、それ以外は眼を瞑ることにしている。

 

 二人とも初心者の域から抜け出せていないが、他に適任者が見つからないのが現状だ。

 

 

「ふうぅ・・・・・・」

「ご苦労、少し休憩しようか」

 手当を結構な頻度で使っているせいか、マチスの疲労もそれなりだ。

 

 私の言葉に安心したのか、少し気が抜けた顔になっている。

 爺ぃとドーガは私の言葉を聞いても、周囲の警戒を怠らない。

 ベテランとそれ以外の違いは、こういうところで出てくる。

 

 爺ぃはともかく、ドーガは普段のだらけた雰囲気とは違い、迷宮に入ると隙を見せない。

 だから、小言の多い爺ぃもドーガをパーティーから外したいと言い出すことはなかった。

 

 

「・・・・・・っと」

「マチス、大丈夫か?・・・・・・あっ」

 突然、傍にいたマチスに右腕を掴まれた。

 

 二人して、もつれるように転倒・・・・・・彼は、そこまで疲れていたのか。

 

 立ち上がろうとして、周囲の異変に気づいた。

 ここは通路ではない・・・・・・顔を上げると、一斉に周囲にいたグラスビーが飛翔を始めた。

 

「ま、魔物部屋だ・・・・・・な、何故?」

 

 考えるより早く、体が反応していた。

 近くのグラスビーを両手に持った槍で突き刺した。

 

「マチス、立つんだ!」

 

 床に転がった彼は、呆けた表情で空中に舞うグラスビーを見上げている。

 突然、左側からマーブリームの攻撃を受けて、彼は突き飛ばされた。

 

「立て、マチス!剣を拾って戦うんだ」

 

 彼は剣を床に落として、丸腰の状態だ。

 

「あ、ああぁ・・・・・・そんな」

 マチスの情けない事が聞こえた。

 

 後姿しか見えない彼がどんな表情をしているのか分からない。

 彼の所に駆けつけようとしたが、左右からグラスビーに割って入られ、姿が見えなくなった。

 

 こんな所で死ねない。

 左側から殺到するグラスビーを石突で防ぎつつ、まだ手薄な右側の方へと急いで移動する。

 とにかく、部屋の角の場所を占めないと、包囲されて攻撃され放題になってしまう。

 

 右側からサラセニアが近寄ってきた。

 挟撃されてしまう・・・・・・どうしたら。

 

 その時、右のグラスビー二匹が弾かれたように飛んでいくのが見えた。

 

「姫、無事ですか?とにかく、包囲されないように左右で分担を!」

「爺ぃ・・・・・・」

 見慣れたレイピアと鎧を装備した爺の姿が見えた。

 

 爺ぃが盾をかざしながら、私の中央の敵を斬撃で叩きのめしている。

 私は右側に血路を開かないと。

 被弾を覚悟で、サラセニアに連続で突きを浴びせかけ、後退させた。

 

「爺ぃ、右へ。右の角が近い」

「ちぃぃ・・・・・・ドーガ達は何をしておるのだ。合流するのを待ちたかったが仕方ない。

 右へ移動しましょう」

 サラセニアに槍でダメージを与えながら、右の角へと二人でジリジリと移動。

 

 その時、マチスの気配が不意に消失した。

 やられてしまったのか。

 彼の剣の腕では、単独で合流することは無理だったろう。

 こちらも助けるだけの余力がなかった。

 苦い気持ちになりながらも、目の前の敵の攻撃を防ぎ、ひたすらダメージを与える。

 

 これは・・・・・・体力が持たないかもしれない。

 

 角を占めたことで、爺ぃと私はかろうじて集中攻撃を受けるのは避けられている。

 だが、モンスターの数が目に見えて減っていない。

 一匹ずつ確実に倒そうとしているが、討伐したのは爺ぃと合わせても三匹ぐらいだ。

 

 攻撃もそれなりに受けているのに、治療魔法が使えるマチスはもういない。

 心が折れそうになるのを叱咤していると、レオの気配が遠ざかっていくのが分かった。

 レオ、どこに行くんだ・・・・・・ああ、逃げたのか。

 16階層で逃げてもどうしようもないだろうに。

 

 その時、室内に別の声が響いた。

 

「士爵、爺さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫な訳がないじゃろうが。さっさと、こっちに来んか!」

 ドーガの呼びかけに、爺ぃが怒声を上げた。

 

 さっきから、右側に気配は感じていたが、ようやく魔物部屋に侵入したのか。

 何故もっと早く・・・・・・と声が出かかるのを我慢し、槍でとにかく目の前のサラセニアとグラスビーを攻撃する。

 

「今、ヤニクとそっちに行きますから、耐えて下さい」

「早くしろ・・・・・・長くは持たん」

 爺ぃの声が苦しそう・・・・・・というか息が上がってきたのだろう。

 

 

(グッ・・・・・・)

 

 胸が締め付けられるような痛みに襲われた。

 気力を振り絞って槍を突き出して、急いで右のポケットに入れておいた毒消し丸を口に含んだ。

 

 グラスビーの毒だ。

 これだけ攻撃を受ければ、毒を受けてしまうのはどうしようもない。

 徐々に胸の痛みが治まってきた。

 休んでいる余裕もなく、槍を振り続ける。

 

 左のポケットに入れてある滋養丸も飲みたいが、グラスビーの対応で手一杯だ。

 マチスが生きていれば・・・・・・考えても無駄なのに、どうしても考えてしまう。

 

 ドーガ達はまだか?

 左から気配はするが、左側にはモンスターの分厚い壁があり、爺ぃがなんとか防いでいる。

 挟撃するまでの距離には至ってないのか。

 

 無理をして、目の前のサラセニアに連続突きを叩き込み、そのまま空中に浮かぶグラスビーに槍を突き上げて、体を捻って上から槍を叩きつけた。

 

 少しだけ遠ざかった僅かな隙に、左ポケットの滋養丸を掌に乗せて口に含んだ。

 一息吐く間もなく、グラスビーとサラセニアに槍を突き出した。

 

 このままでは、体力が先に尽きるか、生薬が尽きてしまう。

 

 ドーガ達が合流するのを信じて、なんとか槍を振り回す。

 

 息が上がり、汗が飛び散り、少しの余裕を見て生薬を口にする。

 そして、たまに襲ってくる胸の痛みに毒消し丸を飲み込むということの繰り返し。

 爺ぃも似たような状態になりながら、なんとか耐えている。

 

 何故だ、何故、こんなことに・・・・・・?

 さきほどから、頭の中に繰り返し浮かんでくる疑問。

 

 自分の見えないところで、無残に死んだであろうマチスのことが頭によぎる。

 こんな所で死にたくない。

 士爵位のまま、迷宮討伐もせずに死ぬ訳にはいかない。

 ひたすら槍で突き、グラスビーに穂先で斬りつける。

 

 

 まだか?・・・・・・ドーガ・・・・・・ヤニクは・・・・・・。

 

 

 左に目をやると、グラスビー二匹とサラセニアが見える。

 まだ合流できないのか。

 

 その時、私の左前方にいた爺ぃがよろめいて右へと倒れそうになっている。

 

「爺ぃ、どうした!」

 

 私の問いかけに反応はなく、爺ぃはそのまま横倒しになった。

 

 そこへグラスビーが殺到しようとするのが目に映る。

 槍を無茶苦茶に振り回して、追い立てるが、何匹かは倒れて無抵抗の爺ぃに攻撃を加えている。

 

 

「爺ぃ、起きろ!立って・・・・・・お願いだから!」

 

 爺ぃの気配は消えてない。

 だから、まだ死んでないはずなのに・・・・・・。

 

 先ほど、マチスの気配が急に消えた瞬間の事が思い出され、背筋がゾッとする。

 

「あっ・・・・・・」

 

 側面からのグラスビーの攻撃を受けて、槍が左前方に飛んでいった。

 呆然と見つめながら・・・・・・視界が霞む。

 ここまでなのか・・・・・・ここで終わるのか。

 

 もつれる足取りで、爺ぃに近づき、そのまま覆いかぶさる。

 爺ぃは子供の時から傅役として、常に傍にいてくれた・・・・・・。

 男爵だったお爺様と共に戦い、私の頼れる忠臣だった・・・・・・。

 爺ぃ、死ぬときは一緒だ・・・・・・。

 

 背中に攻撃を受けているが、もうどうでもいい・・・・・・。

 このまま毒を受け、爺ぃと一緒に迷宮に消えていくのだろう。

 

 でも最期に声を・・・・・・。

 

「爺ぃ、爺ぃ、しっかりしろ・・・・・・」

 

 死ぬにしても、最期に声を聞いてから死にたい・・・・・・。

 でも、私の言葉に反応がない。

 

 周りの音が消え、体が少し温かくなった気がした。

 死ぬときは、こんな状態になるものなのか。

 

 

「おい、大丈夫か?この辺りのモンスターはあらかた倒したぞ」

 

 ドーガ、それともヤニク?・・・・・・まだ間に合う!・・・・・・爺ぃに生薬を・・・・・・。

 

 涙に霞んだ目をこすり、顔を上げると、二人のどちらでもない・・・・・・この男は・・・・・・?

 

「爺ぃが毒を受けて、意識がない・・・・・・」

 

 今は誰でもいいから、爺ぃを助けてほしい。

 

 

「どけっ」

 怪訝そうな顔をした男が近づいてきて、私を爺ぃから引き離した。

 

 その後、目の前の男は爺ぃに覆いかぶさっている。

 もう、周りにモンスターは見えないのに、何故?

 

 男は顔を上げると、険しい顔で私を睨みつけてきた。

 でも、そんなことより、爺ぃを助けないと。

 

 倒れた爺ぃを見捨てて、男は別の場所へ歩き出した・・・・・・なんてことを。

 

 爺ぃに目をやると、瞬きをして、覚醒しようとしているのが目に入った。

 

「爺ぃ、爺ぃ・・・・・・大丈夫か?」

 掠れる声で抱きつき、子供のように泣くことしかできない。

 

「姫、お怪我は・・・・・・?」

「私は大丈夫だ。それより、爺ぃ、この滋養丸を飲んで」

 左のポケットに入れてあった滋養丸を全て掌に乗せ、爺ぃの口に押し込んだ。

 

 何かしゃべりたさそうな爺ぃの口を掌で塞ぎ、嚥下するまで口を押さえ続ける。

 生薬を飲み終わったのか、爺ぃの左手が私の右手を強く掴み、口元から下げられた。

 そして、ゆっくりと上体を起こそうとしている。

 

 もう大丈夫だろうか。

 

 それにしても、あれだけいたグラスビー共は一体どこに?

 

 左に目を向けると、先ほどの男と思しき男と、ドーガの姿が薄っすらと見えた。

 ヤニクの姿が見えない・・・・・・いや、倒れている者がいる。

 というか、ヤニクの気配がしないし、爺やドーガが見えているのに、パーティーメンバーの気配がしない。

 

 ヤニクは死んだ・・・・・・のか?

 

 部屋の中央に目を向けると、倒れている者が見えた。

 あれは、マチス?

 

 レオは魔物部屋から遠ざかっていったのを感じたが、探索者ジョブのヤニクが死んだ今となっては、どの方角にいるのかすら感じ取れない。

 

 

 目の前に広がる惨状に、とても気持ちが追いつかなくなった。

 生き残りはいるが、我々のパーティーは、これで終わりなのかも・・・・・・。

 

「姫、しっかりしなされ」

「爺ぃ・・・・・・だけど・・・・・・」

 昨日まで溢れていた迷宮探索に対する気持ちが、露と消えていったのを感じる。

 

 これからどうしたらいいのか・・・・・・。

 

 ドーガが槍を右手に持ち、左手に二本の腕を抱えているのが見えた。

 そうか・・・・・・二人のインテリジェンスカードを・・・・・・。

 

「姫、立って下さい。ここは、まだ迷宮です。

 迷宮から出るまでは、呆けている場合ではありません」

「あ、ああぁ・・・・・・」

 ふらつきながら、石突を床に突いて立ち上がった。

 

 顔を上げようとするが、眩暈がして一瞬ふらついてしまう。

 気持ちを強く持つために大きく深呼吸をして、改めて魔物部屋の中を見渡す。

 

 先ほどの男の傍には、同じパーティーのメンバーらしき小柄の女性の姿が見えた。

 あの耳はドワーフ族か?

 爺ぃを助けた時にはいなかったように思えたが、彼女と二人でモンスターを倒し、支援してくれたのだろうか。

 

 あの男は確か、盗賊のインテリジェンスカードを三十枚程持ってきた者だったか。

 二人で魔物部屋に侵入してくるとは、やはり戦闘に長けた者なのだろう。

 

 こちらに気づいたのか、ドーガと救出にきてくれた二人が揃って近づいてきた。

 ドーガは何かを口に入れているのが見えたが、生薬かもしれない。

 

 近づいてきた男は何故か背を向けて、水を飲んでいる。

 何をしてるのか分からないが、この後の相談をしなければ・・・・・・でも考えが全然まとまらない。

 

 口を拭いながら、男が横にいたドーガに話しかけてきた。

 

「この後はどうするんだ?逃げちまったメンバーを探すのか?」

「俺の死んだ相棒は探索者だったので、パーティーが組めていない。

 逃げた奴を探すのは不可能だ」

 そうだ。ヤニクが死んだのだから、パーティーを組めていない状況だ。

 

「その娘は探索者なのか?もし可能なら俺達をパーティーに入れてほしい」

 そういえば、この男は戦士か何かだったか。

 

 二人で来たのなら、もう一方の娘は探索者かもしれない。

 

 この男は相当の手練れだろうが、戦士の熟練者は賞金稼ぎになれると聞いたことがある。

 あれだけの盗賊のインテリジェンスカードを持ってきたのだから、賞金稼ぎを目指しているのかもしれない。

 

「俺が冒険者だから、俺のパーティーに入ってくれ」

「はぁ?お前は戦士だったのではないのか?」

 確かに私もドーガの言う通り、この男のジョブは戦士だった記憶がある。

 

「戦士だったのは一時的な措置だ。

 本当は冒険者だったのだが、柵( しがらみ)があって戦士になっていただけだ」

「そうだったのか。パーティーに入れてもらえるのなら助かる」

 頭に全然入ってこないが、迷宮から脱出できるのなら些末な話だ。

 

 

 その後、彼等は部屋の中に転がったドロップ品や亡くなった者の装備品を拾い集めた。

 二人の遺体は迷宮に飲み込まれて、跡形も無くなっている。

 初めて同じパーティーの者が目の前で迷宮に飲み込まれるのを見て、悄然としてしまう。

 

 また、目に涙がこみ上げてきた。

 ダメだ。しっかりしないと・・・・・・こんなことでは。

 

 ドロップ品や装備品を回収し終えたのか、こちらに近づいてきた男が、我々の顔を見て驚いたような表情になった。

 今になって、我々がベイルの騎士団員だと気づいたのだろうか。

 まあ、それはどうでもいい。

 

 男がパーティー編成の詠唱を始めた。

 私達三人が彼のパーティーに入ると、彼は何事もなかったように切り出した。

 

「俺が先頭を歩くので、付いてきてくれ。アミルは最後尾を頼む」

「はい。承知しました」

 このドワーフの娘はアミルというのか。

 

 そして、この口ぶりだと対等の仲間ではなく、この男の従者か何かなのかもしれない。

 

 

 魔物部屋を出ると、こちらを少し確認した後、男は歩き始めた。

 周囲をそれほど警戒しているようには見えず、至極自然体な歩き方だ。

 

 前方を見ながら、やや顔を上に向けて、こちらのペースに合わせて歩いている。

 後ろに位置するドワーフの娘は槍を構えながら、時々、後方に視線を向けている。

 彼女の方が、慎重に思える。

 

 だが、前を進む男は一切の躊躇なく道を選択しながら歩いていった。

 

 彼の直ぐ後ろには、爺ぃが歩き、私とドーガが並んで、その後に続いている。

 ドーガに小声で話しかけた。

 

「レオの走っていった方向は分かるか?」

「こっちじゃなくて、逆方向に行きました。

 魔物部屋に入ることに怖気づいて、焦って逃げてしまいました」

 話を聞いて、無言で頷くしかなかった。

 

 今、我々は階層の開始地点に向けて、歩いているはずだ。

 レオは戦士のジョブだから、ダンジョンウォークが使えないので、この階層から脱出するならボスを倒すか、階層の開始地点まで戻るしかない。

 

 ドーガの見立てでは、開始地点とは逆だから、ボス部屋の方向に逃げたのかもしれない・・・・・・意識しての行動なのかは分からないが。

 今日の探索では、階層の開始地点から相当歩いて魔物部屋の近辺まで辿り着いた。

 開始地点に戻るにしろ、ボス部屋に行くにしろ、かなりの距離だろう。

 

 レオの実力では、とても独りで戻れるとは思えない。

 だが、パーティーを組んでない状況では、彼がどこにいるのか分からないから救出不可能だ。

 そして、恐らくはもう・・・・・・。

 

 

「モンスターだ。ゆっくり来てくれ。一人で問題ない」

 

 言うだけ言うと、男は前に走り始めた。

 我々が前に進み、男の所に辿り着く頃にはモンスターの姿はなく、アイテムボックスにドロップ品を収納しているところだった。

 

 この男は強い・・・・・・。

 

 ドーガの話では、ドーガ達が魔物部屋に入るのを見て、後から侵入してきたらしい。

 魔物部屋に躊躇なく入るのは豪胆極まりないが、実力に裏付けされているのだろう。

 

 

 結局、その後は数回、モンスターと遭遇したが、協力して戦い、ようやく開始地点の小部屋に辿り着いた。

 思っていたほど、モンスターに遭遇しなかったのは、幸運としか言いようがない。

 

 それはともかく、やっと迷宮から脱出できる。

 短い時間の惨劇だったのだが、長く迷宮に滞在したかのように早く迷宮から抜け出したい。

 命を落としたマチス、ヤニク、・・・・・・そして、恐らくレオ・・・・・・彼等の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 爺ぃが近づいてきて、私の肩に手を置いた。

 

「姫、帰りましょう」

「ああ・・・・・・」

 彼等を死なせてしまった情けなさと、迷宮から出られる喜びが複雑に混じり合う。

 

 横を見ると、ドーガはいつもの惚けた表情ではなく、沈痛な表情をしている。

 ヤニクはドーガが我が家に加入した時からの同僚だ。

 彼の死に対して、断腸の思いなのだろう。

 

 ドーガと爺ぃをこれ以上見ることができず、ゲートをくぐり抜けた。

 

 

・・・・・・

 

 騎士団の詰所に戻ると、今日の迷宮での失態を報告書にまとめなければならない。

 騎士団に所属する以上は魔物部屋を殲滅するのは通常任務の一環だ。

 通常任務では低階層を十分な準備の上で殲滅していたが、今回のような突発的でパーティーが分断された状態は想定外だった。

 

 それでも、迷宮で起きることは結果が全てだ。

 メンバーの技量や経験が不十分のまま、上の階層に向かってしまった私の責任に他ならない。

 

 まだ、ひょっとしたらレオが戻ってくるかもしれない・・・・・・自分でも信じていないことを思い描いて、報告書の作成が時々止まってしまう。

 だが、あり得ないことだと分かっている。

 

 今日の仕事が終われば、自宅に戻ることになる。

 今の我々の住まいは、レオの両親の厚意で貸してもらっている家だ。

 

 レオの死を両親に報告することを思うと胸が痛む。

 だが、それは責任者たる私の仕事だ。

 爺ぃにもドーガに命じることはできないし、何よりそんなことはさせたくない。

 

 そして、レオが死んだ以上は、長くあの家を借り続けることはできないだろう。

 山積する課題に溜息が漏れる。

 

 

「姫、お疲れの御様子。報告書は明日にした方が・・・・・・」

「ああ、大丈夫だ・・・・・・だが、少し休憩しようか」

 先ほどから、手が止まってばかりだ。

 

 我ながら情けない。

 爺ぃは席を立って、お茶の準備を始めた。

 二人だけの時は、爺ぃの淹れてくれるハーブティーで、とても落ち着いた気分になれる。

 

 だが、目を閉じると亡くなった三人の顔や、もう少しで同じ末路を辿りそうだった爺ぃの倒れた姿が思い浮かんでくる。

 

 自然と頭が下がり、陰鬱な気分になっていく。

 

 男爵だった祖父の時代から、父の代で士爵になり、祖父が残したギルド神殿で自分もかろうじて士爵に留まっている。

 

 自分の代で終わらせてしまう訳にはいかない。

 妹のセレナも含めて、次代に引き継がなければ・・・・・・そして、引き継ぐだけでなく、男爵位に返り咲き、領地を守る貴族に。

 

 

 我が家の迷宮探索パーティーの人数は半減した。

 迷宮で部下を三人も失う失態を演じるようでは、返り咲くどころか、更なる没落へ向かっているも同然だろう。

 

 人員を補充しなければ、探索する階層を落とさざるを得ないし、魔物部屋の殲滅業務にも支障が出てしまう。

 

 妹のセレナが成人したので呼び寄せるか。

 他には・・・・・・業腹だが、ゴッゼル家の寄子から抜け出したアイリス士爵を誘うか。

 

 アイリス士爵の息子達は迷宮探索できる戦力だと聞いた気がする。

 確かモラード家のジークとロータスで、戦士と探索者だった記憶がある。

 まだ彼等が幼い頃に何度か会っていたな。

 

 だが、妹を呼ぶにしろ、モラード家の者達を頼るにしろ、足りないものだらけだ。

 

 装備品を購入する資金も、我々の住む家も用意できない状況。

 亡くなった三人の補償金も必要になる。

 

 爺ぃの淹れてくれたハーブティーの湯気を見ながら、涙で視界が滲んだ。




お読みいただき、ありがとうございました。

ユキムラ視点で見えてるメインストーリーとのギャップが酷いですね。

次回投稿日は2026/9/12(土)の予定です。
次も閑話になると思います。

余談ですが、pixivにも投稿を始めました。
※pixivに移籍するためではありません

投稿様式が異なるため、手直ししながらの投稿になり、ハーメルン側に追いつくのは数カ月先になると思います。
当面はハーメルン側が先行投稿になると思います。
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