今回の閑話はザビルの女士爵であるユリア視点となります。
話は彼女がザビル騎士団に入団する前の18才頃(8年前)まで遡ります。
※その頃はまだ士爵位を得ていません。
ブルーノ兄様の葬儀が終わって三日が経ち、父様に呼び出された。
傍らに父様の腹心のゴードンもいる。
嫡男である兄様を
迷宮でのモンスターとの戦闘を務めとする貴族の身内が死ぬことは、よくあることだ。
だけど、それが自分の家族に降りかかるなんて想像もできなかった。
しかも、強く優しかった兄様が我が家からいなくなるなんて・・・・・・この三日間は地に足のつかないフワフワとした気持ちで、混乱しながら過ごしてきた。
剣技ではザビル騎士団で五指に入ると言われた兄様が死んだなどと今でも信じられない。
迷宮討伐戦で敗れ、インテリジェンスカードも回収できなかったと聞かされた。
全く実感の湧かないまま葬儀に参列し、遺体もなかったものだから、そのうちひょっこり戻ってくるのではないかと思えてしまう。
「ユリア。これからのお前の身の振り方についての話だ。
グラフ家はブルーノを失い、私の代で貴族家としては終わりだと思っている。
お前は今後好きに生きて構わない」
「と、父様・・・・・・好きに生きろって、どういう意味ですか?
私は兄様を支えるために、騎士を目指すと言ってたではありませんか」
横にいるゴードンは沈痛な面持ちをしている。
私は一体何を言われているのだろうか。
父様は疲れた顔をしながら、私を諭すように話を続けた。
「騎士になってはダメだなどとは言っていない。
お前が騎士になりたいのなら、当初の希望通り騎士を目指しても全く問題ない。
だが、ブルーノならまだしも、
お前では騎士になれても、迷宮討伐を成し遂げ、士爵位を得るのは難しかろう。
騎士を諦め、別の商家に嫁いでも構わぬと私は思っている。
先ほど言ったように、今まで通り騎士を目指しても構わぬ。
お前の好きに生きよと言っておるのだ」
「私には見込みが無いから、どうでもいいということなのですか?」
父様は苦し気に首を横に振った。
「そういうことではない。
今まではブルーノが士爵になることを前提に、お前の人生を決めていたであろう?
その前提が無くなったのだから、
お前はお前で自分にとって一番良いと思う道を歩んで構わぬと言っておるのだ」
「そんなことを言われても、今は何も考えられません」
兄様がいないことを改めて突きつけられ、目から涙が零れ落ちる。
そうか、兄様はやっぱり迷宮に飲まれて死んでしまったのか。
あの兄様が・・・・・・。
「その気持ちは私にも理解できるつもりだ。
だが、これから半年も経たず、騎士団の入団式の日が迫っているであろう?
騎士団に一度入ってしまえば、簡単には退団できない。
今までの目標を見失ったまま騎士団に入っても、碌な結果にならないと私は思っている。
覚悟の決まらぬまま迷宮に挑めば、命を失うことだってあり得るのだぞ。
私はこれ以上、家族を失いたくないのだ」
「そんなことを言われても・・・・・・」
今まで、兄様がいない人生なんて考えたこともなかった。
あの強かった兄様が、どうして迷宮で死んでしまうなんてことが起きたのか。
何も考えられない・・・・・・何も考えたくない。
「ユリア。もう一度言うぞ。
騎士団の入会儀礼を受ける前に、よく考えるんだ。
まだ考える時間が暫くはあるのだから。
お願いだから、自分のためにどうしたらいいのか、それまでに考えてみておくれ」
「・・・・・・分かりました」
その一言を絞り出すのが精一杯だった。
何をどうしていいのかも分からないまま、父様の執務室を後にした。
・・・・・・
父に身の振り方を考えろと言われてから数日が経った。
毎日欠かさなかった剣や槍の訓練を止め、自室に閉じこもって庭を見つめる日々が続いている。
士爵家の嫡男でありながら、豪放
私はこんなにも兄様に依存していたのだと思い知らされた。
士爵になった兄様を武技と政治で支える・・・・・・そのために貴族学院に入り、努力を続けてきた。
領地経営や取引の座学は苦手だったけど、兄様のためにと思えば苦では無かった。
今は、過去のその努力が全て虚しく感じる。
庭を見つめていたら、我が家の従士に稽古をつけていたゴードンと目が合った。
こちらに向かって手招きをしている。
今更、私に稽古をつけて何になるというのだろうか。
彼から目を外して、ベッドの上に横になった。
今では全ての風景が色褪せ、外で鳴く鳥の声さえ耳障りに響く。
それでも、この先の事を考えなければならないのか。
家の中ではやることがないので部屋に閉じこもり、無為に時間が過ぎていく。
欝々とした気分で、たまに窓から庭を見ると、ゴードンと視線が合う度に彼は私に手招きを繰り返した。
庭に出て、体を動かして気分転換でもしろということなのか。
こんな気分を変えられる訳がない。
剣や槍を振り回しても、兄様はもう戻ってこないのだ。
真剣な眼差しで鮮やかな剣筋を突きつけてきた兄様の木刀が記憶から甦る。
騎士団に兄様が入ってからは、剣で一度も勝ったことはなかった。
だから、私は槍の技を磨こうと思ったのだ。
槍なら、前で戦う兄様の支援ができる。
全てのことが兄様がいて決めてきたことなのだと思うと、自分を情けなく感じて涙が滲む。
ああ、私は成人を迎えても、こんなにも子供だったのか。
部屋を出て階段を降り、フラリと裏庭へと歩み出した。
私を見つけたゴードンがゆっくりと近づいてきた。
「お嬢様、館の外に出てみて下さい」
「外に?どうして?」
彼はいつも通りの穏やかな表情だ。
私は兄様が亡くなって以降、とても平静を保っていられないのに、この目の前の男は平然と日々、従士達に稽古をつけている。
それがとても腹立たしく思えた。
「同じ場所にいても答えが出ない時は、
外に出て歩き回ることをお勧めします」
「外に出れば、答えが出るのですか?」
自分でも子供じみていると思うが、感情を抑えられない。
「少なくとも、ここに居続けるよりはマシでしょう」
「分かりました!」
今は、ゴードンと話を続けたくない。
彼に背を向けて、館の門を出た。
感情を抑えきれないまま、真っすぐに歩く。
ああ、そういえば何も持ってきてない。
お金も剣も防具も・・・・・・でも、構うものか。
今更それがなんだというのか。
館のある中心街から、あてどもなく歩いた。
道行く人達は楽しそうな顔のものもいれば、ムッツリとした顔の者もいる。
剣や槍を持つ迷宮探索者風の者達もいれば、騎士団員のような重そうな鎧を装備した者もいる。
今まで私が何度も見てきたザビルの街中の風景だ。
でも、今の私には寂れた廃屋の風景のように流れていく。
街の中を歩いたからといって、何が変わる訳でもない。
急ぐこともなく、立ち止まることもなく、ただ歩き続けた。
歩いても歩いても、胸の中は重く冷えたものが入り込んでしまったような感覚だ。
やがて、街門の所まで辿り着いてしまった。
何も起きるはずがない。
いつものザビルの街なのだ。
ここから引き返すか。
街門の傍には珍しく、騎士団員の姿があった。
ザビルの騎士団は、特に街の門を守ったりはしていない。
門は出入り自由だし、インテリジェンスカードを確認することもないのだから。
私の方に視線を向けてきた騎士団員から顔を背けて、門の外へと歩き出した。
ところどころに馬車の轍のある街道をトボトボと歩く。
顔を上げると、北側にいつもの山々が目に入った。
ザビルの山には多くの木が一面生え、豊かな緑の色を
鳥の群れが東から西へと空を渡っていくのが見えた。
西日が山の一面を赤く染め、その陽に照らされた木々が時折、光っている。
街中は色褪せて見えたが、ザビルの山は変わらずに美しい。
成人する前に、時々兄に連れられて、山に分け入ったこともあった。
山から木材を運び出して生業にする者達がいて、その護衛に行くこともあるのだと教わった。
あの山の向こうには、共和国があるのだと兄様は言っていた。
そして、東側の山の先には海があり、更に海を渡るとペルマスクがあるのだと。
私はザビルの街からあまり遠く離れた所に行ったことがなかった。
貴族学院に行く時に、初めてザビルを遠く離れ、帝都やクーラタルの街を訪れた。
帝都には学院があって主に座学と訓練を、クーラタルでは迷宮探索の実戦訓練を行なった。
私は学院に入学する15歳の直前に怪我をしたり、病弱だった母様が急に亡くなったりと、不幸な出来事が続き、普通の貴族の子弟よりも三年遅く入学した。
初めは年下の同期と一緒に学ぶのは不思議な気分だった。
だけど、先に卒業した兄様の後に続くと思えば、そんなことは気にならなかった。
嫌だったのは、同期が皆、ザビルのことを知らないことだった。
帝都やクーラタル、各領の領都の話を皆はよくするのだが、ザビル出身の者は少なく、話題に上がることはほとんど無かった。
ザビルの先のペルマスクのことは知っていても、他の子達は皆、ザビル自体には興味が無い。
ペルマスクへの経由地でしかないのだと思っているようだった。
ドブローのような絨毯の産地でもないし、クーラタルのように有名な迷宮がある訳でもない。
ザビルの山はこんなにも壮大で綺麗なのに。
その時は、そんな言葉を口に出すことができなかった。
ただでさえ辺境の地と思われているのに、山の話題をすると田舎者と言われると思ったからだ。
確かにザビルは辺境かもしれないけど、自分はザビルの自然や美しい山々が好きだ。
兄様もザビルが好きだと言い、一緒にザビルの街や周辺の村を守るのだと誓いあった。
騎士になって、それを果たしたかったのに。
父様の言う通り、兄様がいなければ私では無理かもしれない。
ザビルの山が涙で霞む。
「小僧、どけっ!道の真ん中に突っ立ってたら危ねぇだろうが!」
不意に馬車が視界に入り、慌てて街道の脇の草地に飛び退いた。
頻繁ではないが、ここはザビルの街へ出入りする馬車が通る道だ。
ザビルに向けて移動していく馬車には、護衛の者が付き添っていて、私を胡散臭気な視線で見つめ、去っていった。
髪を短く切り、普段から男物の上着を羽織り、ズボンを履いてるから、私は女性と見られないことも多い。
騎士になるのだから、それでも構わないとずっと思っていた。
こんな私にどこかの商家に嫁ぐ選択肢もあるなどと、父様はおっしゃっていたな。
私には全く考えられないことだ。
手にできた剣ダゴや訓練で汗まみれになっても気にしない私を娶りたいと思う物好きな男などいないだろう。
騎士になる以上は、平凡な人生が歩めるなどと思ったことは一度もなかった。
だが、今のような宙ぶらりんになった自分など、想定外だった。
陽が沈みゆくザビルの山を背にして、街に戻るために街道を歩き始めた。
騎士にならなくても、私ができることなんてあるのだろうか。
・・・・・・
数日後、朝食を終えて、館を後にした。
向かった先は探索者ギルド。
革の鎧に、革の帽子とグローブ、手には鉄の剣を持っている。
ゴードンに言われたからではないが、朝の訓練を再開した。
体を動かしてないと気が滅入ってしまうというのは確かにある。
それ以前に自分にできることなんて、武器を持って戦うことしか思い浮かばなかったからだ。
迷宮に行って戦うか、迷宮に行かないで戦うか・・・・・・選択肢を増やそうとしても、それぐらいの違いしか考えられない。
誰かに娶ってもらうことなど、想像もつかない。
自立するために商家で雇ってもらい、今更商人になるなんて私には考えられなかったし、薬草採取士になったり、店で給仕の仕事をすることもピンとこなかった。
迷宮で戦うのは、騎士団員と迷宮探索者ぐらいだ。
迷宮に行かないで戦うのなら、護衛ぐらいだろうか。
先日街道で見た者達のように商家を護衛するのは何となくイメージできる。
とにかく探索者ギルドか冒険者ギルドに行けば、その答えが見つかるかもしれない。
口元は布で多い、顔を分かりにくくした。
私のことを知っている者は多くはないだろうが、あまり身分を明かしたくない。
それに女だと分かると、舐められてしまう。
探索者ギルドに入り、カウンターへは向かわず、ギルド内を見渡した。
テーブルで雑談をしているパーティーらしき者が数名ほどいる。
あまり品の良く無さそうな男達が四人だ。
相手にしたくないので、掲示板の方に移動した。
貼られた紙を見てみると、迷宮のドロップアイテムの収集依頼がある。
だけど、貼られてからかなりの日数が経っているようで、依頼内容の書かれた紙は結構ボロボロになっていた。
依頼の対象が麻黄だから、それなりの高階層でしかドロップしない。
私には縁が無さそうな依頼だ。
比較的新しい紙で貼られている依頼は・・・・・・商隊の護衛か。
だが『詳細は応相談』としか記載されておらず、依頼内容がよく分からない。
他の依頼は、どれも一人で受けられそうなものではないな。
仕方ないか・・・・・・この護衛の依頼を受けてみよう。
今ままで護衛の依頼なんてやったことがない。
貴族学院では、同期と迷宮を探索したことはあったが、護衛の依頼をやることはなかった。
座学で講師から要人の護衛の心得や陣形を聞いた程度だ。
私にできるだろうか。
でも、誰かを守る仕事をしてみれば、何かが分かるかもしれない。
掲示板から商隊の護衛依頼の紙を剥がして、カウンターまで持っていく。
誰も並んでいないから、すぐに相談ができそうだ。
少し気合を入れ直し、貴族学院で会話していたような男性の口調で話しかけよう。
その方が、相手に安心感を与えられるはず。
口元を布で覆ってあるから、くぐもった声に聞こえるだろう。
少し声を低めに抑えながら、受付の者に話しかけた。
「この依頼を受けたいのだが」
「あなた一人ですか?」
受付の女性は訝し気な顔でこちらを見ている。
「そうだが、一人だと拙いのか?」
「いえ、一人でも大丈夫ですよ。
ただ、依頼内容は依頼者に直接会って話を聞く必要があります」
依頼票には商人の名前しか書いてなかった。
「そうなのか。ギルドの方で把握しているのかと思ったのだが」
「いえ、ギルドの方では詳細は分かりませんので、ご案内するだけとなります」
ギルドで詳しく依頼内容を確認するつもりだったのだが。
「私は戦士のジョブなのだが、問題ないのだろうか?」
「それも依頼者の方に確認するしかありませんね」
直談判か。私を雇ってくれるのだろうか。
「こちらに依頼元の住所を記載しましたので、直接確認をお願いします。
依頼を受領した場合には、速やかにギルドへ報告して下さい。
ギルドでは仲介までを請け負ってるだけなので、依頼の成否の報告は不要です」
「そうか、それは助かる。ありがとう」
受付の者からメモを受け取り、カウンターを後にした。
メモを見ると、馴染みのある通りの一角に目的地があるのが分かった。
探索者ギルドからも、自分の家からも離れているが、大した距離ではなさそうだ。
顔も素性も分からない相手から仕事を受けるというのは不思議な気分だ。
相手に騙されるようなこともあるのだろうか。
我が家も最下級の爵位とはいえ、士爵位を拝命して、それなりに長くザビルで活動してきた。
平民相手に騙されるということは、ほとんどありえない。
この街で貴族を騙すと、周りに敵を多く作ることになるから。
今回は貴族の子弟の身分を隠して、護衛任務を引き受けるし、偽名を使おうかと思っている。
万が一のことがあっても、実家に迷惑をかけたくないから。
それに、私一人の力で何ができるのか、何をしたいのかを確認するためだ。
「ここか・・・・・・」
メモに記載された住所の示した先には、古びた家のような建物があった。
これが商店なのだろうか。
それとも店主の住居なのかもしれない。
ドアを強めにノックすると、髭面で髪もボサボサの大柄な男が現れた。
「なんだ?お前は?」
「探索者ギルドから紹介を受けました。
商家の護衛を募集していると伺いましたが、店主はご在宅でしょうか?」
「お前がか?店主は俺だが」
なんと使用人かと思った男は、依頼した店主のようだ。
「中に入りな」
「はい」
剣の握りを確認して、店主の後に続いた。
食堂のような部屋に通されて、椅子を勧められた。
店主の男はおもむろに話し始めた。
「俺の名はワグナーだ。
ザビルで最近、商売を始めた。
山で切り出した木材を街まで運んで金にしている。
俺が探しているのは、山とザビルの間を荷馬車で往復する際の護衛だ。
最近、荷馬車が盗賊に襲われる被害が出ていると聞いた。
まだ俺の荷馬車は被害に遭ってないが、このままではいつか襲われるだろう。
あんたは盗賊と戦って勝てる自信があるか?」
「私の名は・・・・・・ユリウスといいます。
盗賊に勝てるかどうかは、相手の人数に依ります。
一人、二人なら勝てます。でも相手が十人なら勝てないでしょう」
随分と大雑把な依頼のようだ。
「私の他に護衛はいないのでしょうか?」
「既に二人の契約が決まっている。あんたも決まれば、後から紹介しよう」
良かった。私の他にも護衛がいるのか。
それにしても、ザビルの山に盗賊が出るなんて話は初めて聞いた。
いつの間に、そんなことに。
迷宮討伐に失敗して、騎士団員が減ってしまったことが原因なのだろうか。
「その決まった二人の剣の腕前はどの程度なのでしょうか?」
「契約が決まる前のあんたには教えられんな。
その前に、あんたの腕前はどうなんだ?
護衛の経験は?剣はどこで習った?」
ここは正直に話をするしかないか。
「護衛の経験は・・・・・・ありません。剣は父と兄に習いました」
「護衛の経験がない?それで複数の盗賊を相手にして勝てるつもりなのか?」
ワグナーという店主の表情が鋭くなった。
「それは大丈夫です」
「大丈夫って。それを俺に信用しろと?」
値踏みするような目で見られても、ただ頷くことしかできない。
父と兄、ゴードンからも厳しい訓練を受けてきた。
貴族の学院でも同期と模擬戦をやった時には、かなり戦績は良かった方だ。
クーラタル迷宮でモンスターと戦う実戦訓練を行なった時も、危ないと感じたことはなかった。
だが、それをここで説明する訳にはいかない。
「試してもらえれば分かるはずです」
「試すか。そうだな。試した方が早いか。ちょっと付いて来い」
彼は立ち上がると、部屋を出て、向かいの部屋のドアをノックした。
「おい。ノルマン、ちょっといいか?」
「なんでしょうか?」
ドアから出てきた男は、店主と同じぐらいの背格好の目つきの鋭い男だった。
「こいつの剣の腕前を試すから、付き合ってくれないか。
準備ができたら裏庭に来てくれ」
「分かりました」
ノルマンと呼ばれた男は私を鋭い目つきで睨むと、部屋の中へと消えていった。
・・・・・・
連れてこられた裏庭は、意外に広く、周りを高い塀で囲まれていた。
我が家の訓練する庭ほどの広さではないが、一対一で模擬戦をやるには十分だ。
初めての場所なので、周囲を見渡し、地面を踏みしめて踏ん張りが効きそうかも確かめた。
特に木材が置かれているような訳でもないようだ。
塀の一箇所に木製の大きな扉があるから、そこから荷車で運び入れるのだろうか。
建物に隣接する形で納屋のようなものも見える。
店主が納屋の扉を開け、こちらに向かって手招きをした。
「ここから好きなものを選んでくれ」
「?」
近づいて納屋の中を確認すると、そこには木刀や木の盾、木製の槍等が収納されていた。
木刀を取り出し、手に馴染みやすそうなものを選んだ。
一応、木の盾も使おう。
大して、数もないので直ぐに選び終えた。
木刀で何回か素振りをして感触を確かめていると、ノルマンという男が姿を現した。
鎧は硬革製だろうか。
少し薄くなった黒い色をした使い込まれた鎧のようだ。
胴装備と靴を履いてるだけで、グローブも頭装備も着けてない。
手には既に木製の武器を握り、盾は持っていなかった。
「じゃあ、ノルマン、始めてくれ」
「分かりました」
彼は特に素振りをする訳でもなく、庭の中央で無造作に構えた。
こちらも合わせる形で、木刀を構える。
彼は右手に木刀、左手には何も持ってない。
これは・・・・・・格下扱いにされているということか。
怒りがこみ上げてきたが、冷静にならなければならない。
目の前の男は、かなりの強敵だ。
今まで、何度も兄様と模擬戦をしてきた私には分かる。
この男は確実に私よりも強い。
「手合わせしてくれないと、確認できないのだけど」
対峙したまま剣を振らない私達に店主がちゃちゃを入れてきた。
簡単に戦える相手ではない。
「では、私から」
「!」
ノルマンは瞬時に間を詰めてきた。
(カーン・・・・・・ゴン)
剣を短く鋭く突き出そうとした瞬間、木刀を弾き飛ばされて塀が鈍い音を立てた。
次の剣戟に備えて、木の盾を構えた。
攻撃する手段が私にはないので、防御しかできない。
「終わりだ。残念ながら、不合格だ」
店主は私にダメ出しをしてきた。
模擬戦の相手をしたノルマンは無表情で私を見つめていた。
「も、もう一度。今度は槍でやらせて下さい。私は剣よりも槍の方が得意なので」
「はあ?さっきは、そんな事を言ってなかっただろう?」
「もう一度、お願いします」
店主のワグナーとノルマンと呼ばれた男に頭を下げた。
「分かった。これが最後だぞ」
「はい」
急いで納屋に行き、木刀を置いて、木の槍を取り出す。
槍は二本しか無かったので、いつも使ってる槍に近いものを選択した。
これで負けるにしても、一矢は報いたい。
再び、庭の真ん中に対峙。
槍はいつも通り、中段に構え、相手に突きだすように向けた。
兄様と訓練していた時の、自然体の構えだ。
力を抜き、軽く右にフェイントを入れて、鋭く突きだした。
だが、木刀で軽くいなされ、相手は間を詰めてくる。
石突で相手の胸を狙い、体を捻りながら再度、木の槍の穂先を突きだした。
だが、二度の攻撃はいずれも空を切り、鋭い木刀の一撃で木の槍は弾き飛ばされて宙に舞った。
私の手を離れた槍は、軽い音を響かせて地面に転がった。
槍を使っても、全く手も足も出ないなんて。
何も握ってない掌を呆然と見つめるしかなかった。
ノルマンは店主に近づき、静かに告げた。
「剣よりは槍の方が戦えそうでした」
「そうか。じゃあユリウス、あんたは合格でいいや。明日から頼むな」
合格だと言われても惨めな気分でしかない。
地面に落ちた槍を見つめ、店主の方に振り返ると、ノルマンが店主に何やら耳打ちしていた。
「合格でいいのだけど、その前に、その口を覆った布を外して、顔を見せてくれないか?
これから仕事をするのに、顔も碌に分からないようじゃ困るからな」
「はい」
そうか、口元を覆ったままだった。
あまり素顔を見せたくないのだが、さすがに雇い主に見せない訳にはいかない。
少し躊躇いながら、口元の布を外して、二人に向き直った。
ノルマンは無表情のままだったが、店主のワグナーは私の顔を穴の開くほど見つめて驚いた顔をしていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
次も閑話になると思います。
次回投稿日は2026/9/19(土)の予定です。