異世界迷宮と戦乱と   作:HMI

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 いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

 今回の閑話もザビルの女士爵であるユリア視点となります。
 前話の続きです。

(登場人物紹介)※必要と感じた際に記載することにしています

ユリア  :後に士爵位を得て、ザビル騎士団では姉御と呼ばれるようになる
ブルーノ :ユリアの兄。迷宮討伐に失敗して死亡
ワグナー :商隊の護衛任務でユリアを雇用した店主
ノルマン :ワグナーの商隊のお抱え護衛。手練れの剣技を持つ
ジェラルド:ノルマンの同僚。軽薄な雰囲気に似合わない剣技の持ち主
ダニエル :ユリアと同じ護衛任務についた探索者ジョブの男
ヘレン  :ユリアと同じ護衛任務についた僧侶ジョブの女性
ゴードン :ユリアの実家であるグラフ家の指南役

ガルシア :後のザビル子爵。本話では継承前
リカルド :後のザビル騎士団長。本話では男爵位継承前で騎士の一人
エミリオ :後に士爵位を得るが、本話では無位の文官


閑話019 ユリア(その3)

 翌朝、胸に溜まったざらつきを抑え込むように、無理やりベッドから起き出した。

 昨日は気持ち悪くなって吐き、その後は食事もしていないのに朝食を食べる気にはならない。

 食欲も、窓の外の庭を覗き込む気力も全く湧いてこない。

 

 剣を振るう従士達の声や剣戟の音だけが小さく聞こえてきた。

 だけど、今朝は訓練する気にはとてもなれない。

 槍にも剣にも触りたくない。

 

 諦めてベッドに戻り、大きく息を吐いて横たわった。

 こんな調子で騎士になるなど・・・・・・昨日からの自問自答で何度も胸を抉られる気分になる。

 

 鬱々とした時間を過ごしたが、午後から雇い主のワグナー氏の所に行かなければならないことを思い出した。

 背景も理由も分からないが、木材運搬の護衛というのは、きっと何かの偽装なのだろう。

 昨日、盗賊討伐が終わったのだから、きっと護衛任務も終了のはずだ。

 

 結局、何も分からないまま振り回され、この最悪な気分を経験させられた。

 雇い主のせいで盗賊が現れた訳ではないのだろうが、彼に文句の一つも言ってやりたくなる。

 それに、あの雇い主は私を小馬鹿にしているように思えた。

 労いの言葉の一つでも、あの口から引き出したい。

 

 装備を着け、剣を腰に下げ、自室を出ることにした。

 午後からと言われていたが、少し早く行っても構わないだろう。

 

・・・・・・

 

 ワグナー氏の商店のドアの前に立ち、ノックをした。

 ドアを開けて出てきたのはジェラルドか。

 

「あれっ、午後からじゃなかったっけ?」

「少し早いが、拙かったか?」

「まあ、大丈夫っしょ」

 相変わらず軽薄な男だ。

 

 だが、この男は態度と裏腹に剣の腕は立つ。

 少なくとも私よりは上のはず。

 そして私と違い、盗賊討伐の経験も豊富そうだった。

 それが何よりも悔しい。

 

 彼に先導され、先日も案内された食堂へと入った。

 

 うん?ワグナー氏がいない。

 というか、見知らぬ者が何名かいる・・・・・・えっ、ここに何故、兄様が?

 やはり兄様は死んでいなかったのか。

 

 

 兄様と私の視線が交錯する・・・・・・いや、この男は兄様ではない。

 顔も雰囲気も似ているが、よく見ると別人だ。

 

「随分、早かったな。もう体調は大丈夫なのか?」

「えっ、あ、はい。大丈夫です」

 分かった。この男はワグナー氏だ。

 

 声を聞けば、雇い主であることが理解できる。

 それにしても、髭を剃ったのか。本当に別人のようだ。

 まさか、亡くなった兄様と似ているとは思わなかった。

 

「後で、今回の顛末の説明をするから、裏庭で待っていてくれないか?」

「あ、はい。分かりました」

 どうも、兄様のような顔で話しかけられると、調子が狂う。

 

 廊下を通り抜け、先日模擬戦を行なった裏庭に繋がるドアから外に出た。

 裏庭には誰もおらず、木材を運んでいた荷車が空荷の状態で放置されている。

 

 この前、私はここでノルマンに、模擬戦で手酷く打ちのめされたのだったな。

 剣はおろか、槍でも全く歯が立たなかった。

 

 それにしても、先ほどの食堂にいた二人の男は誰なのだろうか。

 一人は商人風の男で私よりは年上だろうが、ワグナー氏よりは全然若そうだった。

 その横にいた護衛風の男は、ノルマンと同じぐらいの年齢だろうか。

 かなり雰囲気のある者で、武技に秀でていそうに思えた。

 

 ノルマンもだが、市井のベテラン護衛には、あのような猛者達がいるのだろうか。

 これでは騎士団どころか、商隊の護衛すら私には荷が重いのだと感じてしまう。

 

 昨日は酷い目に遭ったと思ったが、これで踏ん切りがついたかもしれない。

 先ほどの食堂に集まった連中の目には、私は何者にも映ってなかったように思えた。

 成人を迎えて、もう少しで騎士団に入団できると考えてたが、世間知らずの未熟な小娘であったのだろうな。

 

 どこにぶつけられるでもない怒りが湧いてきては、胸の奥底に消えていく。

 溜息を吐くと、今まで我慢していた気持ちが途切れ、涙が滲み出てきた。

 

「おいっ・・・・・・」

「あっ」

 

 不意に肩に触れられ、振り向くとワグナー氏の顔が見えた。

 そんな兄さんのような顔で私に話し掛けないでほしかった。

 

 涙腺が決壊して、声を押し殺せず号泣していた。

 

「おいおい、なんでこんなに泣いてるんだよ」

 

 声は似てないけど、兄様の顔をしたワグナー氏・・・・・・私を小馬鹿にしていた、この男を慌てさせたので、泣きながら少し痛快な気分になった。

 

 その後は彼に連れられ、食堂へと戻った。

 そこには、もう誰もおらず、ワグナー氏と私だけになってしまった。

 

 彼は昨日のことや、護衛任務の背景を少しだけ話し始めた。

 だが、全貌は明らかにせず『商人ギルドに依頼され、盗賊の(ねぐら)を探していた』とだけしか説明してくれなかった。

 商売をするためにも必要だったので、商人ギルドからの依頼に乗ったのだと。

 

 そんな曖昧な話で、命のかかった盗賊討伐を引き受ける者などいないはずだ。

 やはり、私は相手にされていないのだと分かり、更に涙が零れてきた。

 彼を更に慌てさせたので、いい気味だなとも感じる。

 自分が子供っぽいことをしてるのは分かっているが、どうにも抑えきれなかった。

 

 顔を伏せ、目の前であたふたしている男を懲らしめていると、別の者の気配を感じた。

 

「ノルマン・・・・・・」

「ワグナー様、今晩、酒場で打ち上げでしたよね?ユリウスも呼びましょう」

 二人は何を言ってるのだ?

 

 顔を上げると、ワグナー氏は何とも言えない苦い表情をしていた。

 私の両頬に涙が伝うと、彼は慌てたように口を開いた。

 

「そ、そうだな。ユリウスも来い。

 あと、これは盗賊を倒した時の懸賞金と護衛任務の報酬だ。少し、色を付けたから」

「・・・・・・」

 突きだされた彼の右手には、ジャラジャラと音をさせた小袋が握られていた。

 

 こちらも右手を差し出して受け取る。

 今更、報酬など・・・・・・と思ったが、市井での仕事で受け取った初めての報酬なのだから、有難くいただこう。

 

 彼はテーブルの上で何やら紙に書き込んでいる。

 振り向くと、もうノルマンはいなくなっていた。

 

「報酬は渡したから、任務はこれで終わりだ。この後、ダニエルとヘレンにも渡す予定だ。

 気が向いたら、この紙に書かれている店に今晩来てくれ。

 用事があるなら、無理にとは言わない」

「・・・・・・」

 差し出された紙には、店の名前と住所が書かれていた。

 

・・・・・・

 

 ワグナー氏に誤魔化された気分になりながらも、商店を去り、家路についた。

 帰り道、ノルマンに言われたことを思い出す。

 酒場で打ち上げ?

 何かを祝うのだろうか。盗賊を討伐したこと?

 

 昨日の盗賊を殺した感触が甦り、苦い気分になる。

 ただ、その酒場に行けば何かが分かるのだろうか。

 自分は何も知らないまま、いいように使われただけだ。

 何も知らないまま、報酬をもらって終わりにされてしまうのは、釈然としない。

 

 それに、ワグナー氏は打ち上げに私が来ることは歓迎してなさそうだった。

 そう思うと、逆に酒場に乗り込みたくなってしまう。

 先ほど、号泣したことといい、我ながら子供っぽい。

 

 館に戻ると、二階に上がろうとして、侍女頭のマリーナに見咎められてしまった。

 

「ユリアお嬢様、なんですか、そのお顔は!」

「あ、いや、その・・・・・・これは」

 拙い。泣きはらした顔を見られてしまった。

 

 目元を拭ったのだが、目が腫れぼったくなってたかも。

 

「ちょっと、こちらにいらして下さい」

「い、いや。この後、また外出するから。そういう訳には・・・・・・」

「そういう訳もへったくれもありません。外出するなら、余計、そんなお顔では外出させられません!」

 しまった。藪蛇だった。

 

 彼女に手を取られて、亡くなった母様の部屋へと連れていかれた。

 母様の部屋は、この世を去った後もマリーナと他の侍女達が丁寧に管理し、母様が生きていた頃と同じ状態で維持していたものだ。

 

 私が母様の部屋に行くことは滅多にないが、外出する際に着飾らなければならない時などは、化粧台の前に座らされてマリーナの施術に身を任せることが多い。

 彼女は我が家で数少ない、私が反抗できない人物だ。

 我が家では古株で、礼儀作法に厳しく、子供の頃からの躾もあり、苦手とする者。

 

 今も、化粧台の前の椅子に座らされ、冷やした布と温めた布を交互に目元に押し当てられながら、延々とお小言をもらっている状態だ。

 

「お嬢様、剣や槍を振り回すだけでなく、少しはこういった淑女の嗜みを身に着けて下さいませ。

 外出するなら、ちゃんとした格好をしなければ、グラフ家としての面目が立ちませぬ」

「今日の相手はそんな大層な者ではないんだ。ただの雇い主と宴の席を共にするだけだから」

 マリーナの私の肩にかけた手に力が籠った。

 

「何をおっしゃいます。雇い主にお会いするなら、なおさら身なりに気を使わなければ。

 お嬢様はグラフ家の貴女なのですから」

「そんな大袈裟な・・・・・・」

 私のような者が、貴女な訳がない。

 

「大袈裟ではございません。そもそもユリアお嬢様は・・・・・・」

 

 ああぁ、拙い。彼女の逆鱗に触れてしまった。

 これは長くなりそうだ。意識を逸らそう。

 

 なるべく、マリーナのお小言に耳を傾けないように、別の事を考える。

 そのうち、諦めてくれるだろう。いつものことだ。

 

「・・・・・・という訳で、今晩の宴のために私がお嬢様に相応しいドレスを選んで差し上げます」

「えっ、ちょっと待って、マリーナ。今日の場所はドレスで行くような店ではないのだから!」

「では、ユリア様のお母様が、旦那様とお忍びで街の店でお会いしていた時の服にしましょう。

 譲歩できるのは、そこまででございます」

 そんな大袈裟な。

 

 でも、母様が父様と逢引きしていた時の服というのは、私も少し興味があるな。

 あの堅物の父様に母様が、どんな服を着て迫ったのか。

 マリーナの話では、母様が父様に積極的に交際を申し込んでいたと聞いたから。

 

 目元の処置が終わり、マリーナが母様の衣装箪笥から、服を引っ張り出してきた。

 思っていたよりも、普通の服だ。装飾も最低限に抑えてある。

 とはいえ、さすがに小奇麗なスカートではあるな。

 母様がこれを選ぶということは、父様はこういうのが好みだったのだろうか。

 ちょっと可笑しな気分になってきた。

 

 あのワグナー氏は、既に私が女であることは知っている。

 初めの顔合わせの時に素顔を見せたからな。

 今晩、これを着て店に行ったら、さぞかし驚くかもしれない。

 

「お嬢様、良い笑顔をしてらっしゃいます。

 貴方のお母さまも、そのような顔をして旦那様とお会いしておりましたのですよ」

「・・・・・・」

 いやいや、母様は父様に迫ってたのだろうけど、私はワグナー氏に迫る気はない。

 

 ただの悪戯だ。でも、悪戯なら、この服を着ていくのは面白いかもしれない。

 あの私を小馬鹿にした男を、私の方が揶揄ってみたい。

 

 その後、結局、マリーナに延々と施術され、服装だけでなく、顔や手などの手入れまでされてしまった。

 失敗した。悪戯なら、最後に服だけ着ればよかった。

 

「これで、どこに出しても恥ずかしくない淑女になりました」

「・・・・・・」

 

 お腹が空いた。昨日の朝から、まともに食事を摂ってないので、とっても空腹だ。

 マリーナの気合にあてられ、昨晩の盗賊の件もどこかに行ってしまったようだ。

 

 でも、もう何かを口にしている時間は無さそうだ。

 陽がかなり傾いている。

 

 急いで二階の自室に戻って、最低限の身の回りの物を小さな鞄に入れた。

 さすがに、この格好では剣を下げる訳にはいかない。

 でも、驚かすのだから構わない。剣は不要だ。

 

 部屋を出て、一階に降り、マリーナに見つからないようにコッソリと館を出た。

 もらったメモを見ながら、約束の店へと向かった。

 自分にも馴染みのある店だから、間違うはずがない。

 

 向かった先の店は・・・・・・閉店していた。何故?

 

 メモをもう一度見ると・・・・・・この場所ではない!

 隣だ・・・・・・そこは、私の思っていた富裕層向けの料理店ではなく、酒場だった。

 

 この格好で、私は酒場に入るのか?

 しかも、この酒場は普通の冒険者などが出入りするような店だ。要するに上品な店ではない。

 

 やっぱり帰るか・・・・・・いや、ここまで来て帰るのも。

 覚悟を決めて、酒場へと歩み出した。

 

 扉を開けて、中に入ると周囲の視線が私に集中した。

 場違いな人間が入ってきたと思われて・・・・・・と、とても恥ずかしい。

 ワグナー氏を驚かすつもりが、私の方がやり込められている気分になる。

 

 顔を上げ、見渡すとワグナー氏がいるテーブルが見えた。

 毅然とした態度で、彼のいるテーブルまで歩を進めた。

 私が近づいていくと、彼は目を見開いて、口をあんぐり開けていた。

 

 そうだ。この顔を見たかったんだ。

 初対面の時に素顔を晒した時も、こんな感じで彼は驚いていた。

 残念ながら、ワグナー氏以外に誰もいなかったが、この顔を見れてとても満足だ。

 

「座っても、よろしいかしら?」

「ああ・・・・・・どうぞ・・・・・・」

 まだ、立ち直れてないようだ。いい気味だ。

 

 次の依頼があるかは分からないが、次の契約の際には、少しは私を小馬鹿にする態度も改まるかもしれない。

 

「お前、本当にユリウスと同一人物なのか?全く別人みたいじゃないか」

「さあ。どうでしょうね。貴方も髭を剃って別人みたいに見えてよ」

 初対面の時とは印象が異なるのは、お互い様だ。

 

 :

 :

 :

 

 その後は、他の参加者が来るのを待てずに、料理とお酒を頂くことに。

 お腹が空いていたので、いくらでも入っていく。

 こんなに恥ずかしい思いをするのなら、いっそドレスで来てやれば良かったと思い始めていた。

 

 今回の護衛依頼の背景をしつこく聞き出そうとしたけど、彼はなかなか乗ってこなかった。

 

 それにしても、ノルマンやジェラルドは遅いな。

 店に姿を現さない・・・・・・何をしているのだろうか。

 

 既にお互い、何度もコップにお酒を注ぎ合った。

 途中から、料理がなかなか出てこないまま、今回の任務について、文句の言い合いをする。

 だが、私の言葉を彼は受け流してばかりで、怒りが徐々に込み上げてくる。

 

 気を落ち着かせようと、席を立とうとすると少しふらついてしまった。

 

「おいおい、大丈夫か?」

「・・・・・・」

 少し酔ってしまったかもしれない。お酒を飲むのも久しぶりだったかな。

 

 気が付くと、ワグナー氏の顔が直ぐ近くにあった。

 本当に兄様に似ている・・・・・・ようで似ていない。

 

 顔をジッと見つめていたら、いきなり腰に手を回されて、抱きかかえ上げられた。

 とたんに、周囲から囃し立てるような声や口笛が吹き鳴らされた。

 

「ちょっと・・・・・・大丈夫だから」

「大丈夫じゃないだろう」

 

 お酒臭い息が鼻についた。

 でも、それはお互い様か。

 私も結構、今晩は飲んだような気がする。

 

 脱力すると、彼は私を抱えたまま歩き始めた。

 私は女としては、結構、大柄な方だが、ワグナー氏は力持ちなのだな。

 

 ふと気付くと、彼は二階への階段を上がり始めた。

 周囲の口笛が更に大きくなり、中には怒声を上げてる者もいる。

 

 彼の腕の中でゆらゆらと揺られると、なんだか気持ちが良くなってきた。

 兄様に、こんなことをしてもらったことって、あっただろうか?

 いや、今はそんな事を考えてる場合じゃないわ。

 

「貴方、馬鹿じゃないの?」

「そうだ。俺は馬鹿だな。それに付いてきた、お前も大馬鹿者だ」

 

 唇を奪われ、体から力が抜けた。

 

・・・・・・

 

 ・・・・・・やらかしてしまった。

 見たことのないベッドの上で起きると、頭と下腹部に鈍い痛みがある。

 ベッドには私だけが寝ていて、ワグナー氏の姿はない。

 だが、下腹部の痛みと共に、記憶に薄っすらと、彼と過ごした昨晩の営みが残っている。

 

 まさか、こんなことになるなんて。

 酔っていたのと、兄様の面影で私はおかしくなってしまったのか。

 彼はどんな気持ちで私を抱いたのか・・・・・・頭が痛くて考えられない。

 

 ああ・・・・・・服が・・・・・・これはマリーナに怒られる。

 いや、皺になった服だけでなく、朝帰りの方が問題だ。

 昨晩戻らなかったから、実家は大騒ぎになってるかも。

 

 お酒も、まだ残っていて頭も痛い。最悪の気分だ。

 

 テーブルの上を見ると、ワグナー氏からの伝言が。

 『料金は全て支払済』って、何それ?

 なんだか、拍子抜けしてしまった。

 

 男の人ってそんなものなの?

 彼はやっぱり、外面は兄様と似ているかもしれないけど、内面は全く似てない!

 

 とにかく帰ろう。ここにずっといる訳にはいかない。

 身支度を急いで整え、鍵を持って部屋を出た。

 

 一階に降りると、酒場に客の姿はほとんどない。

 今のうちに出てしまおう。

 冷静を装い、受付の者に鍵を返却してサッと外に出た。

 

 とても恥ずかしくて、顔が熱い。

 残ったお酒のせいで頭も痛いし、これから館に帰ると思うと、更に頭痛がする。

 適当な言い訳が全く思いつかない。

 

 裏庭に回ると、従士達の目に触れるから、正面玄関から戻るしかないのか。

 はあぁ・・・・・・嫌だ嫌だ。

 

 それでも、暫く歩いていると自宅が見えてきた。

 どうしよう・・・・・・もないから、玄関から入ろう。

 

(・・・・・・!)

 

 マリーナが玄関の傍にいる。私を待っていたの?

 彼女は私を見つけ、涼し気な顔でジッとこちらを見つめている。

 ・・・・・・とっても、怖い。

 

「ただいま、戻りました」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

 マリーナは昨日、私の服を全て見繕ってくれた。

 今の私の服の状態を見れば、何が起きたのか彼女は全て理解しているはずだ。

 顔が熱い。頭が痛い。逃げ出したい。

 

「旦那様には、昨晩、お嬢様がお友達の所に泊まることになったと、私から伝えてあります」

「えっ?」

 意外にもマリーナは怒った表情ではない。

 

「貴方のお母様も、そうやって旦那様を射止めたのでございます」

「・・・・・・」

 違う、違う、マリーナ。私のはそんなのではない。

 

 でも、ここで反論すると、怒られるから止めておこう。

 

「ちょっと、お酒を飲み過ぎたみたいだから、自室で休んでおきます」

「そうなさいませ。後で、お湯とお水をお持ちいたします」

 今はマリーナの厚意に甘えよう。

 

 誰にも会わないことを祈りながら、二階の自室へと戻った。

 

・・・・・・

 

 翌日、少し気恥ずかしく思いながら、ワグナー氏の商店を訪ねた。

 だが、その建物は無人の家屋となっていて、隣人に訊いても、どこに行ったのか知らないとのことだ。

 

 ワグナー氏はおろか、ノルマン、ジェラルドの姿もない。

 探索者ギルドにも確認したが、依頼主の所在は把握してないと言われた。

 

 私は、遊ばれたのか・・・・・・。

 苦い想いと共に、何か吹っ切れたような気分になった。

 

 会ったからといって何かが変わっただろうか。

 ワグナー氏に迫って、商店主の妻にしてほしいと懇願しただろうか。

 今となっては無意味な問いだが、考えられないことだ。

 

 槍や剣を握っている自分の姿と異なる未来が、私には全く想像つかないから。

 平凡な人生など無縁だと思っていたのではなかったのか?やはり、自分にはこれしかないのだ。

 

 

 それから、また朝と昼の修練に参加し始めた。

 ゴードンは何も言わずに、黙々と私の相手をしてくれた。

 槍だけではなく、剣の扱いも今まで以上に力を入れた。

 

 あれから、父様は私に将来のことを何も訊いてこなくなった。

 私が騎士団への入団を諦めてないことを悟ったのだろう。

 好きにしろと言われたのだから、自分の望む道を歩むだけだ。

 

 マリーナも、あれから何も言ってこなかったのはホッとした。

 きっと、勝手に私の恋が実らなかったのだと思い込んでいるのだろう。それは勘違いしたままにさせておこう。

 

 ホッとしたことといえば、もう一つある。

 一時の気の迷いとはいえ、男と同衾して朝帰りしてしまった。幸い、その後、妊娠してなかったことだ。

 

 万が一、腹に子を宿すようなことになっていたら、グラフ家は大騒動になっていただろう。

 さすがの父様も、これは『好きにしてよい』の範疇を超えているはずだ。

 へたすれば、勘当されていたかもしれない。

 

 だが、あの盗賊討伐の件以来、グラフ家を離れてみるのも面白いかもしれないと思っている自分がいる。

 まだまだ未熟なのは理解しているが、身一つで、槍一本で騎士団に入りたいという気分になってきた。

 別に兄様がいなくても、ザビルを守ることは私にだってできるはずだ。

 迷宮で戦い、盗賊と戦い、ザビルを守る・・・・・・そのために騎士団に入る。

 士爵位を得るとか、得られないとかは、この際忘れよう。

 

・・・・・・

 

 訓練に明け暮れ、気付けばザビル騎士団への入団式の当日となっていた。

 

 父様は、この日のために私にスキル融合武器を用意してくれていた。

 『激情の鋼鉄槍』だ。槍使いの私にふさわしい武器。

 まさか父様から、こんな贈り物をもらえるとは思わなかった。

 

 その槍は入団式の前日に渡された。

 そして『お前はブルーノの代りではない。自分のやりたいようにやるのだ』と言われ、涙が零れ落ちた。

 

 心の中で、グラフ家は私の代でも、絶対に士爵位を得てやると誓った瞬間だ。

 だが、口に出して言うには、今の私は未熟過ぎる。

 いつか、結果でそれを示したい。

 

 父様やゴードン、マリーナ達に見送られ、ザビル子爵の館へと向かった。

 

 

 入団式は、予想していたよりも退屈な儀式だった。

 ザビル子爵が、かなりお年を召していて、話してる言葉もよく聞き取れない。

 末端の士爵家の子弟で、列の後ろにいたからというのもある。

 やはり、噂通り、近々嫡男への譲位が行なわれるのかもしれない。

 

 嫡男のガルシア様は、今の子爵様とは対照的で、迷宮討伐に積極的だと噂で聞いたことがある。

 そのうちザビル領も風向きが変わるかもしれない。

 

 入団時の騎士団員の誓いの儀で、私が呼ばれる番となった。

 ザビル子爵、騎士団長及び先輩騎士団員の前で、宣誓を行うだけだ。

 簡単な言葉を覚えてきて、その通りに宣誓するだけ。

 ただ、言い間違うと恥ずかしい思いをするので、事前に何度も練習してきた。

 

 それをそのまま、騎士団長の前で宣誓して、私は晴れて騎士団の一員となった。

 間違えずに宣誓できてホッとしたところで、居並ぶ騎士団員を見渡すと、そこに驚くべき人物がいた。

 ワグナー氏が何故、この場に?・・・・・・ということは、彼は騎士団員なのか。

 彼も私の顔を見るなり、驚いた表情のようだ。

 

 そしてよく見ると、ノルマンとジェラルドの顔もあった。

 あの二人も騎士団員だったということ?・・・・・・私は騙されていたのか。

 恥ずかしさと怒りで、顔が紅潮していくのを感じる。

 

 ワグナー・・・・・・あの男を一度、鋭く睨みつけて、自分の元いた列へと戻った。

 ふざけてる・・・・・・馬鹿な小娘だと思われていたのだろう。胸が早鐘を打つようだ。

 

 儀式はその後、つつがなく終了し、解散となった。

 昼から新入団員向けの説明会が行われるので、それまでは自由時間だと言われた。

 知人が騎士団内にいる者は、挨拶なり、報告なりするのだろうが、兄を喪った私には知人などいない。

 ゴードンは、既に騎士団を退団しているので、この場にいないし、父様は別件で忙しく、入団式には立ち会えないと言われた。

 

 

 怒りが抑えきれず、中庭の修練場へと向かった。

 ここは、昔、兄様に連れてきてもらったことがある場所だ。

 そんな場所に、こんな気持ちで訪れることになるなんて・・・・・・情けない。

 

 修練場に出ると、意外なことに人けがなく、誰もいない。

 ああ、先ほどまで入団式をしていたから、皆、そちらに出向いてるのか。

 今の私には丁度良い。怒りで自分の気持ちが整理できない状況なのだから。

 

 だが、誰もいないと思っていたら、先客がいたようだ。

 一人の男がキョロキョロしながら、歩いている。

 その男はどう見ても騎士団員っぽくない格好の者だ。

 革の鎧に剣を佩いている・・・・・・いや、この男、どこかで?

 そうだ、あの時の男だ。

 

 父様にもらった槍を強く握りしめ、足音を立てずに、その男の背後から近づいた。

 私に気づいて男は振り返り、怪訝そうな顔をしている。

 

「半年前に、お前は山の麓を歩いてたな?そして、山小屋に向かっていただろう?」

「はあ?何言ってんだ?いや、そういえば歩いてたか?えっ、なんでそんなこと、知って・・・・・・というか、(あね)さん何故ここに?」

 

 やはり、この男、先日の盗賊か!一人だけ逃がした、あの男だ。

 それに、何が『(あね)さん』だ。私は盗賊に知り合いなどいない!

 

 一瞬の逡巡の後、槍の石突を男の腹に打ち込み、足を払って俯せに倒して、頭も槍の柄で思いっ切り打ち据え、後ろ手を掴んで取り押さえた。

 

「盗賊め!大人しくしなさい!」

「い、痛ってぇ・・・・・・なにしやがるんだ」

 

 盗賊男は大声で喚きながら身を捩るが、後ろ手を強く掴んで捻り上げてるので、起き上がることはできない。

 あれから、ゴードンに頼んで、盗賊の捕縛術も教わったのだ。

 それが、直ぐに生きることになるとは。

 

 騒ぎを聞きつけた、騎士団員が何人も集まってきた。

 

「どうしたんだ。ガリア、こんな所で・・・・・・」

 

 顔を上げると、ワグナー氏が私を見てニヤニヤしている。

 

「私の名前はガリアではありません。ユリアです。お間違えのないように」

 

 彼に初めて名乗った際はユリウスの偽名を使ったが、騎士団の宣誓はユリアの名前で行なった。

 ふざけた呼び名で呼ばれても、一応、先輩の騎士団員だから、礼を失しない程度に抗議だけはしておかなければ。

 

「いや、お前の尻の下に敷かれてる奴が、ガリアって名前なんだよ。一応、俺の部下だけどな」

「えっ?」

 この盗賊男が部下?ノルマンやジェラルドとも全然、雰囲気が違うけど。

 

(あね)さん、手を放して下せぇ」

「・・・・・・」

 呼ばれ方に不満はあるが、いったん解放することに。

 

「リカルド、何を騒いでるんですか?入団式で、新人達にとっては記念すべき日なのですよ」

「ああ、エミリオ。ちょっとした手違いがあったようだ」

 ワグナー氏の横から、商店の食堂にいた、あの商人風の男が顔を出してきた。

 

 そして、ワグナー氏はリカルド、商人はエミリオというのが本名なのか。

 エミリオ、エミリオ・・・・・・どこかで・・・・・・!

 このエミリオと呼ばれた優男は『ザビルの麒麟児』だったのか!

 

 確か、戦闘に長けた魔法使いで若手の優秀な文官がいて、『ザビルの麒麟児』と呼ばれる者がいると兄様に聞いたことがある。

 ブルーム家の嫡男でエミリオという名前だったはずだ。

 

 兄様は冗談半分に、その『ザビルの麒麟児』に婚約を申し込んでこいって私に言っていた。

 そうすれば、グラフ家は安泰だとも・・・・・・兄様がお酒に酔っていた時の話だけど覚えている。

 このエミリオという者も、私を騙していたのだろうか。

 

 リカルドと呼ばれた男は、周囲の騎士団員達に問題ないから散るように言って下がらせた。

 急に周囲が閑散となってしまった。

 

「それで、ガリア。お前はなんで、この娘の尻に敷かれていたんだ?」

「いえ、それが、いきなり(あね)さんに盗賊呼ばわりされたんで、あっしにもよく分からなくて」

「この男は、先日の盗賊騒ぎの際に、私が見つけた盗賊達の中で唯一逃げ出した男だったのです」

 私が説明した途端、彼は大笑いをし始めた。

 

「ああ、確かにガリアにも盗賊の捜索を命じていたのだったな。

 だから、見られた時に盗賊と勘違いされたのかもしれんな。

 まあ、見てくれは盗賊そのまんまだからなぁ。くっくっく・・・・・・」

「そんなことって」

 このガリアという者は盗賊ではなくて、捜索していた騎士団員?この盗賊のような風体で?

 

「まあ、そういうことなんすよ。(あね)さん」

「あなたは、先ほどから(あね)さん、(あね)さんってなんなのですか?

 私はあなたのような知り合いはおりません」

「あれっ、大将。この方は(あね)さんの血縁か何かじゃないのですか?」

「誰の血縁だと言ってるのですか?」

「だから、(あね)さん・・・・・・大将の奥さんの血縁」

 はあぁ?

 

 盗賊男が大将と呼んでいるのが、リカルドという男・・・・・・ワグナー氏で・・・・・・この男の奥さん?

 奥さんってことは、リカルドと呼ばれている男は妻帯者?

 妻帯者のくせに、私とあの夜、同衾したということ?・・・・・・私の純潔を奪ったのが妻帯者?

 

 

 盗賊男の言葉が理解できた瞬間、頭が沸騰した。

 

「この、不埒ものーーー!」

 

 言うなり、リカルドという騎士団員の頬を思いっ切り、張り倒した。

 

 彼が地面に転がるのを見届け、槍を抱えて、その場から駆け出した。

 

 どの男共も、みんな私を馬鹿にして・・・・・・許せない。

 館の庭を走り回り、ようやく人けのない納戸の傍の陰に隠れた。

 悔しい、悔しい、悔しい・・・・・・涙が溢れでてくる。

 

 せっかくの晴れの入団式に、こんな気分になるなんて最低だ!

 どうして、みんな私を騙して・・・・・・私が何も知らない小娘で、女だから・・・・・・?

 生まれた時から、女なのだから変えようがないじゃないか。

 

 兄様のように、グラフ家を継ぐことを期待されてた訳でもなく、それを支えることを目指していたのだから。

 その兄様も亡くなり、これから独りで身を立てていこうと決意した矢先だったのに。

 

「あの、ちょっと失礼しやして・・・・・・」

「・・・・・・」

 顔を上げると、あの盗賊男が目に入った。

 

 今は誰とも、何も話したくないのに。

 

「先ほどは失礼しやした。

 (あね)さんが亡くなった大将の(あね)さんにそっくりだったもんで、勘違いしやした。」

「・・・・・・」

 さっきから、この男は(あね)さん、(あね)さんって・・・・・・。

 

 リカルドと呼ばれた男の奥さんは、亡くなってるの?

 そして、その奥さんに私がそっくり?それで血縁と勘違いしたの?

 だから何?・・・・・・彼は、その奥さんの代わりに私と寝たってことなの?・・・・・・馬鹿にしている!

 この盗賊男は、あの男と私が同衾したことは知らないのだろうけど、だからって。

 

「いえ、あっしも盗賊上がりで、頭が悪いもんで、よく分かってなくてでしてね。

 (あね)さんと勘違いしたことに、詫びを入れたくて。

 では、これで失礼いたしやす・・・・・・」

「・・・・・・」

 盗賊上がりって、盗賊だったけど、今は改心して騎士団員になったってこと?

 

 そんなことはどうでもいいけど、あのリカルドという男は許せない!

 

「ちょっと、あなた。待ちなさい」

「えっ、へぇ。なんでしょうか?」

「あなた、さっきのリカルドという男の部下なの?」

「へぇ。大将は騎士団の今は副長でしたっけ?あっしはその大将の手下だと思いやす」

 あの男は、騎士団長の次に偉いのか。あの若さで。

 

 いずれは、あの男が騎士団長になるの?・・・・・・私はあんな男に負けたくない。

 

「今から、あなたはリカルドという男の部下を辞めなさい!」

「えっ?あの、それはどういう意味で?」

 今の私には、誰も頼る者がいない。

 

「今日から、あなたは私の部下になりなさい。その代わり、私のことは(あね)さんと呼んでもいいわ」

「ええぇー、そんな無茶な」

 この際、元盗賊でも、山賊でもなんでもいいわ。




お読みいただき、ありがとうございました。

おかしいですね。当初の構想では、ユリアの閑話はベルばら風に仕上げる予定でしたのに、どうしてこうなった?
私の能力の限界を超えたいただけでしょうけど。

ザビル騎士団の面々は、戦乱モードに入ってからも活躍してもらう予定だったりします(多分)。
かなりの後続の話になるとは思いますけど。

次からメインストーリーに復帰します。
次回投稿日は2026/9/26(土)の予定です。
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