感想、誤字脱字指摘、ココスキの記載を多くいただき、いつも励みなっております。
今回の話は主人公視点ではないので、閑話の扱いにしておりますが、戦乱パートに向けた実験的な投稿の扱いとなっております。複数話(4~5話)の構成となります。
戦乱パートでは同一の話の中で、次々に登場人物の視点に切り替わることがあるため、今回の閑話でもそのような表現形態を取らせていただきます。少し引き気味の三人称視点の導入等も使っています。
原作の記載表現とかなり異なるため、違和感を持たれる読者様が多いと思われますが、お付き合いいただければと思います。
主な変更点は以下の通りです。
・多人数の視点を混在させた記載の導入(全ての話に導入される訳ではありません)
・文章の始まりの字下げを廃止※
・会話文の句点、読点の改行位置の変更※
※多少、スマホでも読みやすくするための工夫と、pixivとの共通書式にするためです
(登場人物紹介)※必要と感じた際に記載することにしています
・レーガン :セルマー伯の爵位簒奪を目論む元子爵。エルフ族侯爵家の傍流の血筋
・ハウザー :レーガンの片腕となる狼人族の探索者。今回の作戦の幹部の一人
・セドリク :レーガンの部下でエルフ族のベテラン騎士。今回の作戦の幹部の一人
・カスパル :レーガンの部下でエルフ族のベテラン冒険者。今回の作戦の幹部の一人
・ヒルデ :侯爵家暗部のベテラン暗殺者。一時的にレーガンの部下(幹部)に
・グスタフ :侯爵家の家宰。侯爵家暗部の総指揮者
・グランフェルト:セルマー伯の寄子貴族で子爵位を持つエストグリュン家の統主
・カーラ :エストグリュン家嫡子。『
・シーナ :カーラの妹。未成年だが剣士ジョブを持つ
・ノエル :シーナの弟。未成年だが剣士ジョブを持つ
・リオン :エストグリュン家の若手騎士で、シーナの護衛
・ルイ :リオンの弟。未成年だが剣士ジョブを持つ
・リヒト :シーナ達の迷宮探索に同行する探索者
・グラジオラス:『
・グラシア :カーラと同様、グラジオラスから剣の教えを受けた愛弟子
話は、セ二号作戦発動の数カ月前に遡ります。
侯爵家の本城にある小部屋に、三人の男が集まっていた。
正式な謁見室ではなく、非公式な使者などを迎えるために使われる部屋。
部屋の奥に置かれた豪華な椅子には、この領地の当主であり、父でもある侯爵がゆったりと座り、やや右後方には、侯爵家の家宰を務めるグスタフが控えている。
侯爵の前には、レーガンが
「レーガン、本日より、其方は侯爵家とは何の関わりもない者となった。子爵位を譲り、シュルツ子爵領は其方の弟が継いだ。これより、居城への立ち入りのみならず、侯爵領内へ足を踏み入れることを固く禁ずる。
だが、其方がセルマー伯となり、全エルフ最高代表者会議メンバーの一員となれば、再び、貴族として
「はっ。これまで数々のご厚誼を賜り、感謝しております。必ずやセルマー伯となり、全エルフ最高代表者会議にて、お目にかかりたく存じます」
自分で言っておきながら、厚誼などとは笑わせる。
父上がこれまで、俺に温かい言葉をかけてくれたことなどあっただろうか。
幼い頃、父上に褒められたくて剣の稽古や勉学に励んだことがある。領内の政務を学び、少しでも侯爵家の役に立とうとしたこともあった。
だが、父上が俺に向ける視線は、いつも同じだった。侯爵家の駒として使えるか、使えないか。それだけだった。
実家には嫡子である兄弟がいた。傍系の俺に期待されたのは、迷宮討伐で戦果を挙げることくらいだった。
おかげで、馬鹿息子どもと比べれば戦闘技術は向上したが、それも父上にとっては都合の良い結果に過ぎなかったのだろう。
「レーガン、成功を祈っておるが、へたな野心を持たぬことだぞ。私に全エルフ最高代表者会議で、其方の討伐令を出させるようなまねをさせるなよ」
「・・・・・・決して、そのようなことにはなりませぬ」
それが、傍系とはいえ実の息子にかける言葉なのか。
このままシュルツ子爵として、侯爵家の一翼を担っても、その先はたかが知れている。父上が退いた後に、あの馬鹿息子共に顎で使われるなど真っ平だ。
ハルツ公が全エルフ最高代表者会議を巻き込んで進めている、セルマー伯の退位に乗じて、伯爵位を簒奪する。父上の謀略の手駒となるのは業腹だが、子爵位より上を求めるのなら、このタイミングしかない。伯爵位を得れば、侯爵家から独立して領地経営ができるからな。
恐らく、伯爵位を得られる可能性など、十に一つ程度の儚い賭けにすぎない。それでも、ハルツ公に打撃を与え、手土産を持っていけば、王国に亡命して別の道が開けるはずだ。
侯爵家の一員であったことなど、もう過去のことだ。
これからは、俺自身の力で地位を手に入れる。たとえ、そのために血を流すことになろうとも構わない。そのために子爵の地位を捨てたのだ。
――失敗すれば、もはや俺には帰る場所すら残されていないのだから。
俺は立ち上がって一礼し、部屋を後にした。
薄暗い廊下を歩きながら、俺は一度だけ振り返った。
子供の頃から見慣れた景色。かつては、いつか自分もこの城の中心に立つのだと夢見ていた場所だ。だが、今となっては何の未練もない。
ここに残るものは、俺を利用しようとする者達と、俺を見下してきた者達だけだ。ならば、もう振り返る必要はない。
侯爵家や子爵家を離れ、己の力で伯爵領を切り取る。迷宮で鍛えた部下達や、使い捨ての手駒を集めるための資金や、スキル融合装備品も潤沢に確保した。
部下の一部は既にセルマー伯領やハルツ公の領内に放ってあり、各城の内部に入り込んだ者達もいる。その者達から逐次情報を得ている。後は俺が指揮を執るのみ。
ドアを開け、自分にあてがわれた一室に入った。
部屋には、腹心のハウザーと、その部下たち数人がいた。
そして、壁際にはグスタフから借り受けた暗部の女暗殺者、ヒルデが静かに立っている。
「親父さんへの挨拶は終えたのか?」
ハウザーが気軽に声をかけてくる。
長年、迷宮探索を共にしてきた仲だ。幾度となく命の危険を潜り抜けてきたこともあり、こいつは俺に遠慮することなく接してくる。狼人族でありながら、エルフ族の貴族であった俺を相手にしても、態度を変えることはなかった。
「ああ。相変わらず表情を変えずに『今後は俺が侯爵領に入ることを許さん』とさ」
ハウザーは獰猛な笑みを浮かべた。
一方、ヒルデは何も言わず、こちらを見つめている。
彼女も狼人族だが、ハウザーとは立場が違う。侯爵家の暗部を長年支えてきた手練れの暗殺者であり、今回はグスタフから一時的に貸し出されている。
戦力としては頼もしい。
だが、同時にこちらの監視役でもある。
何かあれば、俺を躊躇なく切り捨て、侯爵家にとって最も利益のある選択をするはずだ。グスタフから、そのように命じられているだろうからな。
そのことを忘れてはならない。
彼女はセルマー伯の城内で数年働き、カシアとハルツ公の婚姻を契機に、今はカシアの侍女としてハルツ公の領内へ潜り込んでいる。今日は非番でセルマー伯領内にある実家に帰ると称して、秘密裏に、ここへ立ち寄った。
無論、彼女の実家はセルマー伯領内などにはない。全てはカシア達を欺くための作りごとだ。
「計画通り、まずはセルマー伯領内へ潜伏するぞ。先行した部隊と合流する」
「分かっている。伯爵領内の奴等に目にもの見せてやるぜ」
ハウザーはセルマー伯領の騎士達に因縁があり、今回の簒奪作戦には当初から乗り気だった。今回は、こいつの働きに期待したい。
これから、長くて短い戦いが始まる。
・・・・・・
セルマー伯領の領都に潜伏して、20日ほどが経過した。
配下を一箇所に集めれば怪しまれるため、部隊は複数の宿や隠れ家に分散させている。今日は、その中でも作戦の中心を担う幹部三人を隠れ家に集めた。
ハウザー、セドリク、カスパル。いずれも子爵時代から俺に仕えてきた腹心であり、今回の作戦に賛同し、爵位を捨てた俺についてきた者達だ。
狼人族の探索者ハウザー、エルフ族のベテラン騎士セドリク、同じくエルフ族のベテラン冒険者カスパル。
この三人に、侯爵家の暗部から一時的に借り受けた暗殺者ヒルデを加えた四人が、今回の作戦の中核となる。
元子爵の俺は顔を知られている可能性があるため、極力外出を控えている。情報収集や連絡は、すべて部下に任せていた。
「レーガン様。セルマー伯の城に潜入しているエレーニャからは、まだ新しい情報はありません」
「そうか、カスパル。エレーニャほどの手練れでも情報を掴めないのか。これは長期戦になるかもしれぬな」
先行してセルマー伯領に送り込んだ者の中には、城内で侍女として働いている者が数名いる。グスタフの率いる暗部から借り受けた者もいれば、自分の配下から出した者もいる。残念ながら、暗部のエレーニャ程の手練れはいない。
グスタフの率いる暗部には、古くからエルフ領内の各貴族の領内に派遣されている者達が多数いて、エレーニャは伯爵領に派遣された手練れの一人だ。
「引き続き、エレーニャとの連絡を密にいたします。何か分かりましたら、即座にお知らせします。それとこちらから潜入させた侍女の一人がセルマー伯の不興を買ったようです」
「なに!その侍女から、こちらの計画が漏れるようなことはないだろうな?」
「それは大丈夫ですが、ほとぼりを冷ますために、彼女はいったん引き揚げさせた方が良いかもしれませぬ」
こちらの計画が露見すれば、何もできないうちに計画が潰えてしまう。それだけは避けねば。
「その侍女をエレーニャの紹介ということで、ハルツ公の所に送りましょうか。あそこならヒルデが上手く使うでしょう」
「確かにそれがいいかもしれん。手配を頼めるか?」
「承知しました」
ヒルデなら、うまい使い道を考えるだろう。その者にとって、それが幸せかどうかは分からぬが。
「あまりエレーニャたちを焦らせるなよ?エレーニャぐらいになれば、その心配は無用だろうが、こちらの計画が事前に露見することが一番まずい。時間をかけても構わぬから、慎重に事を運べ。
それと、いざ動くとなった際に直ぐに動ける準備を怠らぬようにな。それまでは緊張感を切らさぬようにせよ。体もなまらせぬように、配下にも伝えておくように」
「分かりました」
実際には、それほど時間に余裕があるわけでもない。ハルツ公がセルマー伯領に攻め込んでくるまでに、計画を発動しなければならないからな。
三人が頷くのを確認し、テーブルをトントンと叩いてから、話を続けた。
「セルマー伯領の騎士団は大したことないのだろう?なら、力ずくでやってしまう手もあるんじゃないか?」
「最後は武力に訴えることもあるだろうが、今はまだ早い。相手の弱点を効果的に突いた後で、武力に訴えることになるだろう」
「分かったよ。ちっ、面倒くせぇな」
「ハウザー、レーガン様の命令を守れよ」
「だから、分かってるって言ってるだろうが」
ハウザーが不満そうに鼻を鳴らすと、セドリクは小さく息を吐いた。その表情には、また始まったかと言わんばかりの呆れが浮かんでいる。
この二人は昔からこうだ。
互いの実力は認めているものの、性格はまるで合わない。
もっとも、任務に支障が出るほどではない。互いの役割を理解している以上、今さら仲良くする必要もなかった。
「止めろ、二人とも。ここで我らが争っても意味がない」
二人を制し、俺は改めて今後の作戦について話を続けた。
「ハウザー、念押ししておくが、セルマー伯の城に乗り込むまでは、なるべく殺すなよ。まだ正式に戦端が開かれていないのだから、殺しをすると盗賊落ちだぞ。最悪、盗賊に落ちても、弟の騎士団に頼めばジョブは戻せるが、手続きが面倒だ」
「分かってるよ。だが、必要なら殺すのを俺は躊躇わねえぞ。その時は諦めてくれ」
今回の作戦でギルド神殿を手に入れたら、子爵位を譲った弟にも渡すことになっている。さすがに、何の見返りもなしに、こちらの支援をしてくれるわけないからな。
「セルマー領を片づけたら、次の攻略対象はエストグリュン家だ。奴らの方が剣技に長けた集団だから、セルマー領よりも数倍やっかいなはずだ。
当主であり、迷宮討伐を次々に成し遂げているグランフェルト、剣聖のグラジオラス、剣姫のカーラの三人の他にも、一流の剣士が何人もいるからな」
「レーガン、無理にエストグリュン家に手を出す必要はないんじゃないか?」
ハウザーの指摘にカスパルも頷いている。
「そうあってほしいが、グランフェルトをはじめ、エストグリュン家はセルマー伯に忠誠を誓っている。我々の動きが知れたら、全力で我々を討伐しにかかってくるだろう。だから放置はできないぞ」
「ほう。それは確かに、おっかないな」
言葉と裏腹に、ハウザーは獰猛な表情になった。
「いくらエストグリュン家とはいえ、個別に襲えばなんとでもなるだろう。剣聖が現れたら話は別だが」
ハウザーの言葉に、カスパルが手を挙げた。
「レーガン様、その剣聖のグラジオラスですが、エストグリュン家を出たようです」
「ん?カスパル、剣聖がエストグリュン家を出たとは、どういう意味だ?出奔したのか?」
「いえ、出奔したのではありません。治療のために子爵領を離れ、長期にわたって不在となるようです」
剣聖が不在だと?
俺はすぐには返事をしなかった。
グラジオラスが治療のためにエストグリュン領を離れたという情報は、作戦を進めるうえでは好都合だ。だが、あまりにもこちらに都合が良すぎる。
「カスパル。その話は、どこから得た?」
「城に潜入している者からです。弟子達の剣の稽古に立ち会えないと、本人から連絡があったようです」
「本人から、か・・・・・・」
それならば、少なくとも周囲に不在を隠すつもりはないらしい。だが、だからといって安心はできない。
「こちらの意図に気づき、偽装している可能性はないか?」
「まさか、さすがにないでしょう。理由は腰の治療のためらしいです」
ハウザーがテーブルを強く叩いた。
「爺は爺らしく、大人しく隠居していれば、いいものを」
「カスパル。剣聖がいつ戻ってくるか分かってるのか?」
「いえ、未定のようです」
「そうか。では、戻ってきたら速やかに報告してくれ」
「承知しました」
剣聖が不在であることは好都合だ。この作戦が終わるまで、戻ってこないことを望みたいが、こればかりは運任せだ。
それにしても、時期が良すぎる。
偶然か。それとも、何者かが仕組んだことなのか。まさか、父上がこちらの情報を漏らし、何かを企んでいるのではないだろうな。父上は侯爵家のためなら、平気でそれぐらいのことはやりかねないからな。
考えすぎだと切り捨てるのは簡単だ。だが、もし罠ならば、こちらが踏み込んだ瞬間に相手は牙を剥くはず。
「・・・・・・念のため、剣聖の動向だけは引き続き調べさせろ。帰還の兆候があれば、どんな些細な情報でも報告するように」
「はっ、承知しました」
そう命じておけば、少なくとも不意を突かれる危険は減る。
剣聖の動きは運任せであっても、作戦の遂行を運には委ねられない。
運ではなく、己の力で伯爵位を手に入れたいのだ。
・・・・・・
それから数日後、セドリクから報告が届いた。
ハウザーとセドリクの部隊を派遣し、俺は慎重を期して隠れ家で吉報を待つことになった。特にセルマー伯の領都は、エルフ族の者が多いので、どこで自分の顔を知っている者に出会うのか分からない。
昼過ぎになると、セドリクの配下の者が連絡に訪れた。
「ルティナは計画通り、捕縛しました。今は、ハウザー様の
「何?他の弟妹も合わせてか?それは僥倖だった。そうか、夜が更けたら、そちらへ行くと伝えておいてくれ」
報告を聞き、俺は小さく息を吐いた。
今回の簒奪作戦の要となるのは、セルマー伯の長女であるルティナの捕縛だ。城に潜入している暗部の者の情報では、セルマー伯は彼女を溺愛しているらしい。
ルティナを確保できれば、伯爵との交渉において大きな価値を持つ。さらに、その弟と妹まで手中に収められたのなら、こちらにとっては予想以上の成果だ。
継承権の有無にかかわらず、三人ともセルマー伯の子供であり、伯爵家にとって大切な存在であることに変わりはない。人質として十分な価値があるはずだ。
だが、喜んでばかりもいられない。
誘拐が露見すれば、セルマー伯がすぐに動き出す可能性がある。
「カスパルに連絡を取れ。城に潜入している暗部の者を通じて、セルマー伯にこちらの要求を伝えさせる。騎士団を動かさないよう、できる限り時間を稼がせろ」
交渉に長けた暗部の者なら、セルマー伯の動きをしばらく牽制できるだろう。その間に、エストグリュン家を抑えて、その後、自らセルマー伯の城に乗り込む。
ここが一つ目の大きな山となるはず。
ここを乗り切れないようでは、伯爵位など夢のまた夢だ。
その後、カスパルから報告が届いた。
セルマー伯にルティナ達が誘拐されたことが伝わり、騎士団には知らせず、城内で待機しているという。
どこまで伯爵の動きを封じられたのかは分からない。だが、少なくとも今のところ、騎士団が大規模に動き出した様子はない。
この機を逃すわけにはいかない。
夜になり、セドリクもハウザーの
ルティナたち三人と対面したが、全員怯えており、まともに話ができる状態ではなかった。まあ、それはどうでもいい。ルティナを利用するのは、まだ先のことになるのだから。
「ハウザー、数日間はルティナ達を監禁しておける程度の最低限の戦力を残しておけ。俺とお前とセドリクの部隊でエストグリュン家の領内に潜伏するぞ」
「おう。既に選んで、部下どもに伝えてある。こちらは、明日にでも出発できるぞ」
「そうか、セドリクの方はどうだ?」
「こちらも明日には出発できます」
これで、部隊の派遣は可能になったか。
「前に伝えた通り、バラバラにエストグリュン領に入り、個別の宿と隠れ家に潜伏するぞ。先に潜入したカスパルの部隊から情報を集め次第、速やかに行動に移る」
「ああ、次は今回のように簡単じゃないんだろう?ルティナはセルマー伯が呼んでると侍女を使って伝えたら、まんまと俺達の馬車に乗るほどの迂闊なガキだったしな」
「そうだな。戦いになるのは覚悟しろよ。だが、戦うことが目的じゃない。そこは間違えるなよ」
「分かってる。だが、戦うなら、俺の部隊に任せろ。今回はそのために部下を集めてあるからな」
ハウザーとセドリクの顔を見ながら頷いた。
ルティナ達を押さえたことで、セルマー伯に対する交渉材料は確保できた。だが、それだけでは十分とは言えない。
セルマー伯に忠誠を誓うエストグリュン家が動けば、こちらの計画は一気に崩れる。あの家にはグランフェルトだけでなく、剣聖のグラジオラスや剣姫のカーラもいる。
特に、カーラはエストグリュン家の嫡子だ。その妹と弟であるシーナとノエルを押さえることができれば、エストグリュン家も迂闊には動けなくなるはずだ。
セルマー伯にはその子供を、エストグリュン家にはその後継者の妹弟を。それぞれを人質として確保することで、両者の動きを封じる。
だからこそ、次はエストグリュン家の子供たちを押さえる必要がある。
・・・・・・
エストグリュン家の領内に分散して入り、俺はカスパルの調達した隠れ家に作戦本部を構えた。
ハウザーとセドリクの部隊も無事に潜入を果たし、カスパルの連絡で、俺の隠れ家に幹部三人が集合した。夜半なので、ランタンの明かりの下でテーブルを囲み、まずはカスパルの集めた情報の共有から始まった。
「目標であるシーナとノエルは、一緒に行動していることが多いようです。街中でも頻繁に見かけています。だから、襲撃の機会も作りやすいはずなのですが、この二人は領民にも人気があり、街の多くの人々に顔を知られているのが厄介です」
「つまりは、ルティナのように、お忍びで来ている訳ではないので、引っ掛けにくいと?」
カスパルは無言で頷いた。
「となると、街以外で襲うしかないのか?」
「はい、レーガン様。ここ最近の二人の行動を、潜入させた暗部の者に探らせたところ、城から出て迷宮に向かうタイミングが襲撃するのに最も適していると考えます」
「カスパル、ガキのくせに、迷宮に入ってるのか?」
「ハウザー、エストグリュン家は剣技に重きを置いてるので、低階層だが、迷宮に入らせて鍛えているらしい。ただ、迷宮に行く際は、五人でパーティーを組んでいる。探索している階層は3階層や4階層らしいな」
カスパルの言葉にハウザーはニヤリと笑う。
パーティーを組んでいる5人か。これは簡単ではないな。
もう少し、情報が欲しい。
俺はカスパルに気になる点を確認した。
「パーティーを組んでいるメンバーは分かっているのか?」
「若手の女性騎士が一人と、大人の男性探索者が一人。あとは未成年三人のようです。三人のうち二人が今回の目標の子供で、もう一人は女性騎士の弟らしいです」
「なら、迷宮で殺っちまうのが、手っ取り早いんじゃないか?いや、迷宮に向かう道中の方が囲みやすいか?」
そうだな、確かにハウザーの言う通りだ。襲うなら迷宮に入る前の方が都合が良い。
「その男は冒険者ではなく、間違いなく探索者なのだな?冒険者だと、万が一逃げられた時に面倒になる」
「はい。探索者で間違いないようです。探索者のLv18だと判明していますから」
「Lv18ぐらいなら、大した実力じゃねぇな」
ハウザーはLv67だからな。相手を子供扱いも無理はない。
「まず、探索者の男を仕留めるぞ。探索者を殺れば、戦力が大幅に下がる。大人の男なら狙い易いだろう?今回は一人ぐらい殺しても構わんだろう?」
「ハウザーの言う通りだな。後は子供二人も三人も大差ないだろう。騎士を殺して、三人とも攫うかは成り行きだ。子供を押さえれば、騎士もまとめて攫って構わない。時間が惜しいからな。抵抗したら殺すだけだ。迷宮の方は人の出入りは多いのか?道中も人が多いと襲撃するのは面倒だが」
「人の出入りはそこそこありますが、その五人が移動する時間帯は、それほど人通りが多くありません。何日かかければ襲撃のタイミングは作れると思います」
「では、先にカスパルの部隊で、襲撃地点の目星をつけてくれ。三つの部隊が隠れられそうな場所も探してくれ」
「承知しました」
あとは時間との戦いか。とにかく早く二人の身柄を押さえ、伯爵領に戻らなければ。
・・・・・・
襲撃決行の当日、作戦部隊は大きく二つに分かれて行動することにした。
一つは、目標のパーティーを尾行するカスパルの部隊。
もう一つは、襲撃地点で待ち伏せする俺とハウザー、セドリクの部隊だ。
後者の部隊は、さらに二手に分かれる。
まず、セドリクの部隊が正面から目標に接近して足止めを行う。その隙に、俺とハウザーの部隊が背後から襲撃する手筈になっている。
一方、カスパルの部隊は二つの小隊に分かれ、細心の注意を払いながら目標を見失わないように尾行する。目標の一行が予定の地点に差しかかったことを確認したら、フィールドウォークを使って待ち伏せ部隊と合流する。
カスパル達が襲撃地点の周囲に他の人間がいないことを確認した後、セドリクの部隊が動き出す。
あとは盗賊に扮して、時間差をつけながら目標を捕縛するだけだ。
エストグリュン家の城に潜入している暗部の侍女から、連絡役を通じて、目標のパーティーが出発準備に入ったとの連絡がカスパルに入った。
「始めるぞ」
目標地点に向けて、全員に移動を指示した。
現地では、それぞれの役割に応じて部隊が展開し、俺とハウザーの部隊はカスパル達の部隊からの知らせを待ち続けた。
やがて、カスパル達の部隊が合流し、目標が近づいてきていることを全員に伝えた。
事前に伝えた作戦通りに各部隊が配置についた。
目標のパーティーが近づいてきた。遠目には、何の警戒もなく、楽しげに会話をしながら歩いているように見える。
待ち伏せされてることなど、少しも気づいていないようだ。
・・・・・・
一方、その頃。
シーナ達は、いつも通り迷宮へ向かう街道を歩いていた。
ここ最近、何度も通っている見慣れた道だ。
穏やかな季節の中、街道の周囲には、のどかな風景が広がっている。
今日も普段通りに探索を終えたら、帰りには何か甘いものでも買ってやろう。
シーナは、そんなことを考えていた。
「姉上、今日はどのくらいまで潜るんですか?」
「いつも通りよ。無理はしないこと。ノエルもルイも、勝手に先へ行ったりしないでね」
「分かってるよ、姉上。僕だって、いつまでも子供じゃないんだから」
ノエルが少し不満そうに口を尖らせると、ルイが隣で小さく笑った。
「そう言って、前にシーナ様に助けられたのは誰だったかな?」
「ルイだって、あのときは慌てていたじゃないか!」
「二人とも、そこまでにしなさい。迷宮に入る前から気を抜いてどうするの」
リオンがたしなめると、二人は顔を見合わせて口をつぐんだ。
一方、リオンはシーナたちの少し前を歩きながら、会話に加わることなく周囲に目を配っていた。
護衛としての役目は、迷宮に入ってからだけではない。
こうして街道を歩いている間も、周囲への警戒を怠るわけにはいかなかった。グランフェルト様から、この子たちの護衛騎士に選ばれた以上、迷宮に行き、城まで無事に戻るのが自分の務めだ。
普段と変わらない道だ。
人影もなく、特に怪しい様子はない。
それでも、リオンは警戒を解かなかった。
「リオン、どうかしたの?」
シーナに声をかけられ、リオンは小さく首を振った。
「いえ。何でもありません。少し周囲を確認していただけです」
そのとき、街道の先に数人のエルフ族が姿を現した。
街道の先に現れたエルフ族の一団が、こちらへ近づいてくる。
リオンは歩調をわずかに緩めた。
人数は複数。全員が武装している。冒険者の一団だろうか。
だが、街道を歩く彼らの位置取りが、どうにも不自然に思えた。まるで、こちらの進路を塞ぐように広がっている。
リオンはシーナたちを背後にかばうように、さりげなく立ち位置を変えた。
「すみません。少しお尋ねしたいことがあるのですが」
先頭に立つ男が、穏やかな口調で声をかけてきた。
「何でしょうか?」
リオンが応じようとした、その瞬間だった。
背後の茂みが揺れた。
「なっ!」
振り返るより早く、複数の男たちが一斉に飛び出してくる。
しまった。正面の男たちは囮だったのか!
リオンが剣の柄に手をかけるより早く、シーナ、ノエル、ルイの三人が、それぞれ別の男に取り押さえられた。
「何をする。エストグリュン家の者と知っての狼藉か!」
リオンは声を張り上げた。
だが、男たちは何も答えない。子供たちを羽交い締めにしたまま、ゆっくりと後退していく。その隣では、探索者のリヒトが剣を構えていた。
「シーナ、ノエル、ルイから離れなさい!」
リオンは剣を抜いた。
今日は浅い階層だからと、槍ではなく剣を持ってきた。槍を持ってくるべきだったか。そんな後悔が頭をよぎった。
この場には、グランフェルト様もグラジオラス様もカーラ様もいない。私がやらなければならない。たとえ勝ち目がなくとも、ここで退くわけにはいかない。
リオンは子供たちを拘束している男へと踏み込んだ。
だが、横合いから別の男が立ちはだかった。
「邪魔をするな!」
リオンは相手の剣を受け流し、その脇をすり抜けようとする。だが、敵は一人ではない。別の男が退路を塞ぎ、彼女の剣筋を押さえ込んだ。
「くっ・・・・・・!」
相手の腕を弾き、もう一度、シーナ達の方に近づこうとする。あと一歩。せめて、子供達だけでも助けなければ。
しかし、その願いが届く前に、別の男が立ちはだかった。
「いい加減にしろ。大人しくしていれば、少しは長生きできたものを」
狼人族の男だった。
男の一撃を受け、リオンは後退を余儀なくされた。
この男は強い。
エストグリュン家の剣士達のような洗練された動きではないが、力強い剣さばきを見せている。
複数の敵に囲まれ、子供たちを人質に取られている以上、思うように剣を振るうこともできない。
それでも、引き下がるわけにはいかない。
リオンは剣を構え直した。
自分は当主から護衛騎士として選ばれたのだ。
たとえ、自分が倒れても、護衛を任された子供たちだけは、絶対に守らなければならない。
「その子たちには、手を出させない!」
リオンは男たちを睨みつけた。
そのとき、狼人族の男が別の部下に合図を送った。
子供たちを確保した男たちが、リオンの動きを封じ、その隙を突いて、別の部隊がリヒトへと襲いかかった。
「リヒト!」
リヒトは応戦しようとしたが、複数の敵に囲まれてはどうにもならなかった。剣を弾かれ、地面へと倒される。
「待て!降伏する。だから、その子たちには手を出さないでくれ!」
リオンは叫び、剣を地面に置いて両手を上げた。
これ以上抵抗すれば、子供たちに危害が及ぶ。
自分が捕らえられることなど、どうでもいい。
せめて、シーナ様たちだけでも助かるのなら。
そう考えての決断だった。
だが、狼人族の男はリオンの言葉に答えなかった。
男は、リオンが地面に置いた剣を拾い上げると、倒れているリヒトへ歩み寄った。
「やめろ!」
リオンが叫ぶより早く、男が手にした剣が、リヒトの首元に突き立った。
「あああっ、リヒト、リヒト・・・・・・!」
ノエルの悲鳴が森に響いた。
地面に倒れたリヒトから、赤い血が広がっていく。
「む、無体な・・・・・・」
リオンは目の前の光景に言葉を失った。
降伏したはずなのに。
武器を捨てたはずなのに。
それでも、彼らはリヒトを殺した。
自分が剣を捨てれば、子供たちは助かるかもしれない。
そう考えて降伏した。
だが、その判断は何の意味もなさなかった。
怒りが込み上げ、奥歯を強く噛みしめる。
今すぐ目の前の男たちを斬り伏せたい。
しかし、子供たちの背後には、まだ複数の男たちがいる。
自分が動けば、次に誰が犠牲になるか分からない。
リオンは、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
背後から男が近づき、自分の両手を後ろ手に縛り上げた。
続いて、シーナ、ノエル、ルイの三人も拘束される。
「姉上・・・・・・」
ルイが不安そうにリオンを見た。
その視線に、リオンは何も答えることができなかった。
男たちは子供たちの両手を後ろ手に縛り、逃げられないように両足にも縄をかけていく。
「この男と同じ末路を辿りたくなければ、こちらのパーティーに入れ。すぐにだ」
男の一人が、ルイに向かって告げた。
「ルイ。言われたことに従いなさい」
リオンは苦渋の思いで告げた。
今は、少しでも子供たちを生かすことが先決だ。
男の一人がパーティー編成を詠唱し、まずルイを加入させた。続いてシーナとノエル、最後にリオンも、男たちのパーティーへと加入させられた。
「移動するぞ」
男たちの一人が告げる。
冒険者らしき男が、フィールドウォークを詠唱し始めた。
やがて木陰にゲートが開くと、男たちは人質の前後を取り囲み、縄を握ったままゲートへと誘導していく。
このまま連れ去られるのは拙い。
リオンは何度も周囲を見回した。
誰かに気づいてほしい。
誰か、助けを呼んで!
だが、街道には誰の姿もなかった。
リオンたちは、抵抗することもできないまま、ゲートの向こうへと連れ去られていった。
・・・・・・
最後の人質がゲートをくぐった。
その様子を見届けたレーガンは、ようやく周囲を見回した。
目撃者はいない。
これで、俺たちが襲撃したことがすぐに知られる心配はないはずだ。
「人員を確認しろ。負傷者はいるか?」
「こちらは問題ありません」
部下からの報告を聞き、俺は小さく頷いた。
ふと、地面に倒れた男の死体へ目を向けた。
リヒトとかいう探索者だったか。
死体が発見されれば、当主のグランフェルトは血眼になって、俺たちを探すであろうな。ひょっとしたら、これを契機に剣聖が戻ってくるかもしれない。
だが、それでも構わない。
こちらには人質がいる。今さら後戻りするつもりはない。
「全員、移動するぞ」
俺は部下たちに告げ、最後にゲートをくぐった。
これで、次の段階に進むことができる。
伯爵位を手に入れるための道は、まだ始まったばかりだ。
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今回の記載手法は戦乱に移行した後、章単位もしくは、特定の話にだけ部分適用しようかと考えています。
原作の表現方法に近い主人公視点の記載は残したいと思ってはいますが、戦乱パートの記載を試しに数話書いてみて、従来の主人公視点だけでは難しいと痛感いたしました。
戦乱に移行する前には表現方法を固めたいと思ってます。
引き続き拙作にお付き合いいただければと思います。
次回投稿日は2026/11/4(水)の予定です。