「じゃあ、俺の考えている方針をまずは説明するな」
「アミルは鍛冶師として、成長してもらいたいと思っている」
「俺とアミルは迷宮探索に集中したいので、
エネドラとチクルスには迷宮探索の後方支援をお願いしたいと思っている」
「後方支援というのは家事を行うことに留まらず、
商人や薬草採取士の知識や経験等を積むことが肝要だと思っている」
俺とアミルの二人と、エネドラとチクルスでは求めるものが違うことを理解してほしい。
チクルスは若干、疑問の表情。エネドラは表情を変えずに頷いてはくれている。
「二人は迷宮探索そのものには参加しないが、俺のパーティに入ってもらい、
商人と薬草採取士のジョブで迷宮探索の経験を共有したいと思っている」
「二人の商人ギルドと薬師ギルドへの復帰を考えているので、意見があれば聞かせてほしい」
「ただ、商人や薬草採取士はあくまで俺の希望だから、
二人の希望が他にあれば、それは相談の上で決めたいと思っている」
エネドラは今度は頷かないが、俺の説明を吟味してる感じだろうか。
チクルスは少し気持ちの揺らぎが見えるようだ。
「今はベイルで家を借りてるが、近い将来、クーラタルあたりに家を借りたいと思っている。
家について、何か意見があれば積極的に提案してほしい」
「今、商人の伝手として、ルーク・アシッド、ビッカー、アンナの3名とのパイプがある。
迷宮探索の効率を上げるために、他のパイプも作りたいと思っている」
「モンスターカードは今、ルークを経由して複数枚、オークションで注文を出している。
何かルーク以外で良いルートがあれば、考えてほしい」
「探索者にも伝手があり、不定期でコボルトを入手できるが過大な期待はできないと思ってる」
迷宮探索には、モンスターカードを融合した装備が必要な事はエネドラなら知ってるだろう。
「二人には家事はしてほしいが、特別豪華な料理を作ってほしいと思ってはいない」
チクルスはちょっと、ホッとした感じか。エネドラは相変わらず表情を変えないな。
「アミル、エネドラ、チクルスは場合により、様々な街に行ったり、ギルドに出向いたりする。
そこで有力者に会ったとしても、恥ずかしくない程度の服装をするように心がけてほしい」
「今回はベイルの古着屋で服を購入したが、
そのうちクーラタルか帝都あたりでもう少し良い服を3人に買ってもらいたいと思っている」
少し、エネドラの表情が動いたか。ただ、何を考えてるのかまでは分からないな。
「奴隷であっても必要以上にかしこまることはなく、
会話を多くするためにも、食事は極力全員一緒に食べることをルールにしたいと思っている」
「迷宮探索のパーティメンバは今後も追加する予定だが、
それによってエネドラとチクルスを手放すことは全く考えていない」
チクルスはあからさまにホッとした表情で分かりやすいな。
エネドラは相変わらず俺の言葉を吟味している感じだろうか。
「俺は遠くの外国の出身なので、この国の世事や常識に疎いところがある。
俺が非常識なことを言ってるようだったら、ハッキリと指摘してもらって構わない。
人前ではなるべく差しさわりのないフォローをしてもらえると助かる」
「俺のパーティには、ちょっと特殊な事情で他人には言えない内緒ごとが多いので、
それを意識して振る舞ってほしい。詳細はこの後、説明するつもりだ」
「まずは、こんなところかな。疑問点がたくさんあると思うので、遠慮なく質問してほしい」
一通り、俺の話を聞くと、エネドラが発言を求めてきたので、了承した。
「ご主人様のご要望すべてが理解できた訳ではないかと思いますが、
ご主人様は我々に相談するのではなく、ただ命じれば良いのだと思います」
「エネドラの言いたいことは分かる。
奴隷と主人の関係では命令するのが普通で、相談することに違和感があるということだな?」
エネドラは黙って頷きながらも俺の次の言葉を待つ。
「だが、全てを命令する訳にもいかないし、
命令を受けるだけになると、自分で考える力がドンドン衰えていくと思っている」
「それに、俺としては自分の希望や方針と皆の希望する方向性を合わせたいと思っているんだ」
俺の言葉に今度は三人とも怪訝そうな顔になった。まあ、よく分からない話をしているよな。
「例えば、エネドラは元商人だと聞いたので、
我が家に来てもらって、商人として活躍してくれると良いなと思っている」
「だが、エネドラの希望が商人ではなく、別のジョブであっても、
それが我が家に対する貢献になるのなら、それでも良いと思っている。
商人になりそうな奴隷はまた探してくれば良い...とまあ、そんな感じだ」
「アミルについても同じだ。アミルを選んだのは鍛冶師になってもらいたいからだった。
アミルは今日、鍛冶師になれたけど、やっぱり鍛冶師が嫌で他のジョブになりたいのなら、
それでも別に良いと思っている」
「いえ、私は鍛冶師としてやっていきたいです」
アミルが不服そうな顔で俺を見てきた。いや、もののたとえだからさ。
「えっ、アミルさんはこの前まで、探索者のレベル3だったのでは?
いくらなんでも鍛冶師にはすぐにはなれないと思いますが」
さっき鍛冶師として成長してほしいという方針を説明したが、将来的な話と理解したのか。
エネドラの疑問に対して、アミルが俺に左腕を出してきた。ええぇ、今、ここでやるの?
俺は騎士のジョブをつけて、アミルに無詠唱でインテリジェンスカードオープンと唱えた。
アミルの左腕からインテリジェンスカードが出てきたので、アミルは二人に左腕を見せた。
「本当に鍛冶師になっています...でも、何故?
いや、そもそも何故インテリジェンスカードが出てくる??」
「ご主人様のおかげです...えへへ」
なんか、アミルに全て持っていかれたような気がするぞ。
分かりやすいと言えば分かりやすいが、カオスな状況になってしまった。
この後、どう説明したものか。
「アミルさんは、経験を向上させるための薬を飲まれたのでしょうか?」
うん?あっ、原作でサボーが使ったとかいうドープ薬のことか?
「ひょっとして、ドープ薬のことか?アミルは特にドープ薬は飲んではいないぞ」
アミルも俺の言葉に頷きながら、エネドラの指摘を否定してくれた。
「先日の面談で、家事に関する質問がほとんどされずに、
商人や薬草採取士の話とか、所属ギルド関連の質問ばかりだったのは、
こういう背景があったからなのですね」
俺は、エネドラの言葉に頷いた。
「迷宮探索で得た経験はパーティメンバの人数で按分されるので、
私達二人をパーティに加えると迷宮探索メンバの成長が阻害されると思います」
混乱していたエネドラは再起動したようだ。その上で、俺の方針の問題点を指摘してくれた。
アミルが鍛冶師になった理屈は分かるはずもないなかで、この冷静な指摘。
分からないことを思考から切り離したのだろうか?エネドラの順応性、地味にスゴイな。
「元々の私の実家では、亡くなった主人と奴隷メンバ達が迷宮に挑み、
私はパーティに参加していただけでした。
私は商人としてのジョブの経験を積めましたが、
その分、主人や奴隷たちの成長は遅くなっていたと理解しています」
「あと、主人が武器商人だったので聞いた話ですが、
鍛冶師にモンスターカードの融合をさせて、装備の強化を行うことはよく行われてますが、
うまく行くことは少なく、規模の大きな商会でない限りはお勧めできないと思います」
方針変更をした方が良いのではないかと、割とハッキリ指摘してくれた。
ちゃんと意見してくれるのは有難いな。命令から助言にちゃんと切り替えてくれた。
「俺の説明に対して、ダメだと思うことをハッキリと指摘してくれて、ありがとう」
「エネドラの指摘されていることが、迷宮探索や装備品の融合に対する一般的な原則だったり、
定石であることは俺も理解しているつもりだ」
「ただ、それを知った上でも、俺には勝ち筋が見えているので、
あえて、俺の言ったやり方でいきたいと思ってるんだ」
「まず、迷宮探索での成長は、後方支援メンバを入れても、恐らく問題ない程度には速いはず。
アミルが1日程度で探索者のLv10になったことで、ある程度は証明されている」
「エネドラとチクルスを加えることで、成長が鈍るのは事実だが、
それを加味しても後方支援メンバを成長させることが、今後の迷宮探索に役立つと考えてる」
アミルが大きく頷き、
「うまく言えないのですが、それは大丈夫だと思います。うまく言えませんが..」
何故、「うまく言えない」と二回言うのか?俺の代わりに説明してくれても良いのだが。
「モンスターカードの融合がうまくいかないことについては、効率化する方法を考えていて、
説明するより結果で示すので、今は飲み込んでおいてほしい」
「それは、昨晩、私に説明して頂けなかった件ですよね?是非、教えてほしいです」
アミルはモンスターカード融合について、不安に思っているらしく、俺の考えに興味津々だ。
エネドラは何かを察したように、いったん首肯して
「分かりました。まずはご主人様の方針通りにやってみたいと考えます」
当面は方針に従い、問題があれば指摘や変更を促すという感じか。
でも、具体的に何に従うかも、今後はキッチリと詰めたいな。
概ね、方針の擦り合わせが完了したので、更に必要なものを改めて市で購入したいと伝えた。
「ご主人様から、この屋敷の中にある、外国で使われていた設備について、
二人に説明して頂いた方が良いのはないかと思います」
ああ、アミルには俺の元居た国では一般的なものとか説明したからか。まあ、仕方ないか。
確かに、説明した後に買物に行った方が良いのかな。そうなると次は...
食堂の天井を指さして、
「あれは俺の国の特別な技術というかスキルで作成した明かりだ」
拠点メンバに、二人は登録済。壁のスイッチを入れると、ほんのりと明るくなった。
今は昼間だから、その明るさはよく分からないか。エネドラ達の部屋に移動して、
「二人の部屋にも、設置しているので、夜が近づいて暗くなったら、遠慮なく使ってほしい。
油を使っている訳ではないから、長時間使ったところで何の問題もない。
寝る時は明るいと眠りにくいから切った方が良いぞ。朝起きて暗かったら使ってくれ」
で、今度はトイレの方に行く。
「さっき説明した明かりは、この屋敷の部屋のすべてに設置しているし、
廊下やトイレにも設置している。暗いと危ないので、遠慮なく使ってくれ。
で、昼間だと明るさが分かりにくいので、このトイレだと暗くて分かりやすいだろう」
俺は、トイレの壁のスイッチを入れて、扉を少し閉め気味にして、中を覗くように伝えた。
「こ、これは明るいですね。こんな高価なものを使わせて頂いても良いのですか?」
「うーん、スキルで作っているから元手はかかってないし、
使い続けてもお金を消費する訳ではないので、遠慮なく使ってくれ。
その分、夜も効率的に活動できるしな」
「ただ、明るいからと言って、眠る時間を削って働けという意味ではない。
しっかりと睡眠は取ってくれ」
次は水汲みと倉庫のことかな?
トイレから離れて、廊下の先の階段をあがる手前の納戸に3人を連れていった。
この納戸の中に倉庫2を設置してある。
「ここの納戸の中に、迷宮でのドロップ品が収納されている。
触ってみれば分かると思うけど、このように、「糸」や「ウサギの肉」とかが取り出せる」
「ほ、本当に探索者でもないのに取り出せますね。な、何で?」
二人とも一時は探索者であったので、アイテムボックス操作を使ったことがあるのだろう。
それと同じ感覚でアイテムが取り出せることに驚いている。
あれっ、アミルも驚いている。アミルにも伝えてなかったっけ?ハハ。
「で、ここのドロップ品の食材とかは料理に好きに使ってよいぞ。
肉とかコボルトスクロースとかコボルトソルトも収納されているので」
「あの、ドロップ品はギルドでお売りにはならないのですか?」
「そうだな。食材や鍛冶素材や薬の材料になるものも多いので、
今のところ、売却は考えていない。お金を稼ぐ手段は別にあるので」
「は、はい。分かりました。後で何があるのか確認しておきます。
これが秘密にした方が良い内容ということですね」
俺は黙って頷いた。次は風呂場か。
再び、廊下を歩いて、風呂場に入る扉を開けて、4人で中に入る。
「ここが風呂場だな。風呂場というだけでなく、水をためておくタライもここにある。
左側が風呂で右側が生活用水を貯めておくタライだ」
「え、風呂...ということは、ご主人様は貴族なのでしょうか?」
今まで黙っていたチクルスから珍しく発言が。このまま普通に俺にしゃべりかけてほしい。
「いや、ただの平民だ。その件については、また後で説明する。
とにかくだ。この風呂は毎日使うので、慣れてほしい。
使うというのは、この4人全員だ。風呂の入り方は今晩、アミルから教えてもらってくれ」
二人が呆然としながら、アミルの方に向き直ると、アミルが苦笑しながら、頷いていた。
なんか、無言で会話出来ている三人がうらやましい気がするのは何故だろうか?
原作の狼人族の娘に対する主人公とドワーフ娘の無言の会話のようだ。
(『今までこういう、ご主人様と一緒に暮らしていたのですよ』)
(『大変でしたね』)
「で、風呂もそうだし、この生活用水もだが、我が家では井戸を使った水汲みは不要だ。
こんな風に水を俺が出して溜めるので、井戸は使ったことがない」
俺は無詠唱でウオーターウォールを出してみせる。
二人の顔が再び驚愕となり、アミルが再び苦笑しながら、二人に視線を向けて頷いている。
「この生活用水を使って、炊事やトイレの水の補充、洗濯や掃除の時の水桶に利用してくれ。
洗濯には、前日に入った風呂の残り湯を使うとよく汚れが落ちるので、それも使ってくれ」
「は、はい。
あの、私の常識では、魔法使いのジョブは貴族の方しかなれないと言われていますが...」
エネドラから常識的な指摘が飛んできた。
「そうらしいな。でも、俺の国ではそうでもないらしい。
貴族しかなれないというのは、この国に来て俺も初めて知ったな」
説明が面倒になってきたので、なんだか自分でも適当なことを言ってるような気がする。
いつかボロが出そうだ。
衝撃が冷めやらぬまま、いったん元の食堂に戻ることにした。
「...とまあ、我が家には、他には漏らせないような秘密がたくさんあるので、
『内密』ということで、気を付けてほしい」
無言で三人がコクコクと頷いている。
アミル、お前は慣れたのではなかったのか?我が家の先輩奴隷だったはずだが。
なんか、良い感じに麻痺したみたいだから、いったん俺の方針で行かせてもらおう。
「で、話を戻すが、エネドラやチクルスの今後やりたいことやジョブを考えておいてくれ。
何か決まったら...まあ、決まる前でも良いけど、遠慮なく俺に相談してくれ」
「それが決まるまでは、いったんは今のジョブのまま、
商人や薬草採取士のジョブで迷宮探索時の経験を共有していきたいと思っている」
「はい。分かりました」
「それと、我が家の設備等はだいたい見せたけど、
家事...特に料理とかで何か不足しているものがあれば、教えてほしい。
この後、クーラタルにでも行って、買い物をしてきたいと思っている」
「ちょっとアミルさんをお借りして、厨房に行ってきても良いでしょうか?」
「ああ、構わないぞ」
エネドラとチクルスにアミルが連れていかれた。
そこで食糧庫の件で、ひと悶着。アイテムボックスっぽい何か...だものな。
俺は居ない方が良い気もするので、二階の自室に逃げ...戻ることにした。
石鹸の作り方の改良法とかないか探してみよう。
向こうの世界から持ち込んだ本を読んでいると、俺の部屋のドアがノックされた。
三人の話が終わったようだ。俺は、ドアを開けて、食堂に降りることを告げた。
食堂の席に着くと、エネドラがハーブティーを淹れてくれていたので、遠慮なく頂く。
「それで、買うものはだいたい決まったかな?
食事を作るのは直ぐではなく、明日からでも、明後日からでも良い。
今日明日は、最近アミルと一緒に行ってるベイルの旅亭で4人で食べに行っても構わない」
「はい。だいたい決まりました。では、食事に関しては明日のお昼からとさせてください。
まだ、ご主人様にお出しできるほど、食材の確認や調理器具の準備も出来ていないので」
「分かった。そうしようか。
じゃあ、この後、すぐクーラタルに行くことで構わないかな?」
三人が頷く。
「あと、言い忘れていたけど、毎晩、全員で簡単な会議をしようかと思っているんだ」
「会議ですか?」
三人して怪訝そうな顔をしているが、なんか可愛いな。
「ああ、毎日の迷宮探索の進捗状況の共有や、作業結果の確認や、
問題点や相談事項の確認とかを簡単にする感じだな」
「あまり難しく構えなくても良いので、今晩は気楽に参加してくれ。
どんな形で進められるのかも確認していきたい」
「はい。分かりました」
ほとんど、エネドラが返事しているけど、二人は大丈夫なのかな?
まあ、徐々に慣れてもらえば良いか。
絨毯もかかっていない玄関の壁からクーラタルの冒険者ギルドにワープで、またひと悶着。
もう、慣れてもらうしかないんだよなぁ...