異世界迷宮と戦乱と   作:HMI

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032.家紋

 八つ当たりが過ぎたのか、起きたら俺一人だった。最近はいつも一人か。

 ヴィルマは比較的、逃げ遅れるパターンが多かったのだが昨晩やりすぎたか。

 

 窓を開けると、ヴィルマが剣を熱心に振るっている姿が見えた。

 昨晩、剣を新しく渡したから慣らしをしているのかな。木刀じゃなくて実剣っぽい。

 

 俺の頭をカチ割ることを想像しながら、剣を振るっているのではないと思いたい。

 あいつのことだから難しいことは考えず、無心で剣を振るってる気もするが。

 いずれにしても、朝から大したものだ。こと迷宮や戦闘に関しては真摯な態度だよな。

 

 俺も、ヴィルマを見習ってストレッチを始めた。日課なので自然と体が動く。

 朝の日課も夜の日課も欠かさずに行う。これが精神を健康に保つ秘訣だろう。

 昨晩のエネドラとの会話を思い出すと、ストレッチの姿勢が乱れそうになるが我慢だ。

 明鏡止水...空手をやっていた時によく師範から言われたセリフだ。

 

 エネドラとの会話を思い出し、師範の明鏡止水のセリフを思い出し...交互にやっているとメンタルトレーニングしているみたいだ。

 本当に鍛えられているのかは謎だが。

 

 ドアがノックされ出てみると、そこにはイレーネが。

 無言だが...朝食が出来たのかと確認すると頷いてる。

 別に催促されても睨みつけられてもいないのだが、慌てて身支度を整えて階下に降りた。

 食堂に行くとイレーネはもちろん、ヴィルマも既に座っていた。素早いな、お前ら。

 

 俺が席に着くと、朝食が始まる。

 イレーネはいつも通りのペースで肉をドンドンと口に入れていく。

 エネドラは俺が視線を向けると、あからさまにアタフタしている。珍しい光景。

 隣にいるチクルスに黒いオーラが出てるような笑み。いや別に俺は何もしていないから。

 極めてポーカーフェイスのまま、目の前の食事を頂く俺。

 

 なんだろう?エネドラから戦場...じゃない、洗浄の話をみな聞いて理解したのだろうか。

 でも、さすがに朝食のこのタイミングで質問できる話でもない。今考えるのは止めておこう。

 明鏡止水...別の事を考えて、心を落ち着けよう。

 

 目の前にある朝食は、この世界基準(平民)ではかなり豪華な食事だ。

 この世界の朝食は、かなりボリュームがあって、朝からガッツリ肉を食べたりする。

 裕福な家だと、元居た世界の日本人のつつましい和食のような朝食はないのだろうな。

 鬼人族として転生し、ベイルの街に来て以降、特に朝ごはんが多くてつらい等はない。

 更にこの家では、迷宮食材の肉や調味料をケチることなく使ってるので味もかなりのものだ。

 

 昼食は軽めという話だったが、イレーネに引っ張られて夕食と差がなくなってきた。

 エネドラ達が作るのが大変でなければ良いのだが。

 二人は楽しそうに料理をしているようなので、今のところブレーキをかけるつもりはない。

 まあ、それでも家事奴隷はもう少し増やそう。護衛もだ。

 料理も好きなのかもしれないが、別の事をやりたくなった時のために余裕を作ってあげたい。

 商売人としても成功したいと言ってたしな。

 昨日のエネドラの迷いは、今後もコミュニケーションを取りながらケアしていこう。

 

 食事を終えて、俺達はエネドラ達に見送られてクーラタルの迷宮17階層に向かった。

 

 

 クーラタルの17階層の新規モンスターはマーブリームだ。

 既にザビルでも戦っている相手。特に苦手意識もない。

 白身が通常ドロップで、尾頭付きがレアドロップなので相手によっては料理人をつけるか。

 マーブリーム、ビッチバタフライ、グラスビーが多いが2種類のモンスターの弱点属性が風。

 

 マーブリーム等はアミル達三人に任せて、飛行系は俺がとる。

 戦ったことのないモンスターはいないので、やはり危険は全く感じない。

 

 

 ビッチバタフライ2匹とマーブリーム1匹を片づけて、アミル達の対峙しているマーブリームとの戦いを見ている。

 アミルがマーブリームの足を叩いて隙を作り、イレーネが連打して...あ、石化したな。

 あれだけ鋭く硬直のエストックで刺突を繰り返せば、流石に石化の可能性は高まるか。

 あとはヴィルマがビーストアタックを交えながら、淡々と両手剣を叩きつけている。

 MPに気を付けろよ。まあ、尽きる前に煙になるだろうけど。

 イレーネもアミルもいつもよりタメを多くして攻撃力を増やしているな...終わったか。

 

 博徒で状態異常耐性ダウンのスキルを使わずとも、攻撃時間が延びれば石化は発生するようだ。

 イレーネは手数が多いし、アミルがうまく隙を作りだすことで石化の発生頻度が上がっている。

 

「硬直のエストックの調子は良さそうだな」

「御館様、この武器スゴイ。モンスターが動かなくなる」

 俺が使っていた頃も石化はさせていたけど、デュランダルを使うと直ぐに終わってしまう。

 イレーネの方が長く石化状態でいるため、硬直のエストックの利便性が実感できるのだろう。

 

「そうだな。イレーネの暗殺者ジョブとその武器の相性は良いようだな。

 ヴィルマの方は、両手剣になったけど、問題ないか?」

「問題ないぞ、主。タイミングさえ間違えなければ、強い攻撃が出来るようになった」

 片手剣に比べればカウンターが難しくなったけど、その代わりに威力が増したということ?

 ヴィルマは意外と武器の扱いが上手いから、使いこなせそうかな。

 もう少し様子見するけど。

 

 二人に渡したスキルつきの武器は、ジョブの適性と合ってそうだな。

 アミルの槍の詠唱中断は今のところ出番はなかったけど、そのうち機会があるだろう。

 

 ヴィルマがビーストアタックの発生回数をもっと増やしたいのなら、ヴィルマの武器にMP吸収を付けるのもアリなのかな。

 俺の方もデュランダルをフラガラッハに変更したいから、MP吸収が欲しいのだけど。

 ただMP吸収付けるなら、攻撃力2倍も付けたい。

 セットで運用する方がMP吸収効率が上がる。

 俺は複数武器を使いこなすから、可能なら複数の武器でMP吸収値を増やしたい。

 

 攻撃力を増やすことでMP吸収値が増えるなら、片手剣よりも両手剣の方が良いか。

 だが、今の俺の腕力ではパーティ効果を含めても両手武器4つを持つのは無理だ。

 ボーナス武器の方は制限がついてるだけあって、片手剣相当の重さみたいだけど。

 なんせ、村人Lv1でも普通に使いこなせたのだから。

 デュランダルもフラガラッハも攻撃力5倍に防御無視が付いてるから、相当強化した劣化版にしないと同じダメージを与えるのは無理だろうな。

 複数武器の合計でようやく同じダメージ値くらいかもしれない。

 それすらもカードをもっと集めないと実現できない。遠いな。

 ルークとの新しい取引がうまく纏まると良いのだが。

 

 途中、魔物部屋を殲滅したが全滅したパーティはいなかったようだ。

 別に全滅していてほしい訳ではないけど、クーラタルは騎士団がちゃんと一定周期でつぶしているのか、探索者が用心深いのかどうなのだろうか。

 クーラタルの地図は一応は買ったけど、階層によっては魔物部屋の位置が特に明示されていなかった。

 中間部屋のだいたいの位置とボス部屋の位置は記載されていた。

 位置というか、そこを目指す道順の記載があるだけというか。

 

 もちろん、俺の索敵で表示されるマップの方が精度は圧倒的に上だ。

 でも行ったことがないエリアは表示されないから、初めて挑む階層の場合には参考になる。

 クーラタルで更に上位の階層を挑む際には、有効な情報となるだろう。

 上位階層の方が、フロアの面積が大きいようだからな。

 だいたいの行き方が書いてあるだけでも、階層攻略の時間短縮にはなりそうだ。

 買った地図では広さはよく分からない。別に測量して記載した訳でもなさそうだし。

 

 今は、エリアを全てクリアするようにしているけど、上位階層に行ったら階層突破時間の短縮を優先させた方が良いかもしれない。

 接敵回数を増やして戦闘に慣れるために今は全クリアにしているが、上位の階層に行けばどうせ面積が広い分だけ、それなりに戦闘回数は増えるだろう。

 23階層以降の迷宮攻略の進捗で考えていけば良い。

 まずは目先の20階層でLv50への到達、その先は23階層での難易度確認だ。

 

 ヴィルマとイレーネは新しい武器の慣らしを終えて、今はその武器を使うのが楽しくて仕方がないって感じだ。

 渡した甲斐があったと言えばあったのだが、こんなに喜んでくれるとは...戦闘民族共め。

 

 ノリノリの二人は放っておいて、俺とアミルは雑談をしながら歩みを進める。

 

「ご主人様、今、竜革の防具を作っておりまして、

 我が家の家紋を装備品に刻印したいと思うのですが、どう思われますか?」

「家紋?工房の印ではなく、タケダ家としての家紋ってこと?」

 ドブローのダマスカス鋼の工房には確か工房の印があったよな。

 貴族でもないのに、家紋とか装備品に刻印するってこと?

 

「はい。工房ではなく、ご主人様...タケダ家としての家紋です。

 ご主人様は貴族ではないとおっしゃられてましたが、

 タケダ家には家紋などはありますでしょうか?」

「家紋か...」

 戦国大名の武田家と言えば、武田菱が家紋だよな。

 俺が戦国シミュレーションゲームをやっていた頃には見慣れた家紋だ。

 地味なマークだから、こちらの世界の人がアレ見て家紋と思うかというと微妙だ。

 あのマーク...菱形を4つ隣接させた家紋、でも俺は好きなんだよなぁ...地味だけど。

 

 風林火山とか入れると、こっちの人には読めないし。

 それだと外国人が意味が分からず入れてるタトゥーというか、田舎の暴走族みたいで嫌だし。

 そもそも四文字は長すぎるよな。マークでもなんでもないし。

 何かを希望を述べろと言われれば、俺なら武田菱の一択だよな。

 

「一応、家紋というか俺の好きなマークがあるので昼食の時に描いたものを見せるよ。

 エネドラ達の意見も聞いてみたいし」

「はい。ありがとうございます。是非、入れてみたいのでよろしくお願いします」

 アミルは家紋を入れるのに積極的なのか。何故なのだろう?

 お揃いのロゴの入ったTシャツを着ると、一体感が生まれるというアレだろうか。

 

 途中、魔物部屋も殲滅したが全滅パーティもなく淡々とドロップアイテムを拾うのみ。

 

 残ったボス部屋の討伐もブラックダイヤツナは俺が、お供を3人に任せてアッサリと終了。

 元々問題なかったけど、22階層まではスキルつきの武器の効果もあって楽勝かもな。

 

 この階層でも、もちろんモンスターカードはドロップせずに攻略完了。ちくせう。

 昨日ドロップしたばかりだから仕方ないか。

 18階層に抜けたので午前中の迷宮攻略は終了にして、玄関先にワープした。

 

 二階に上がって汗を拭い、武田菱をサラッと描いて食堂に向かった。

 イレーネは臨戦態勢。迷宮に向かう時よりも気合が入ってる気すらする。

 

 食事が始まり、イレーネに負けじとステーキにナイフを入れる。でも勝てる気がしない。

 なんか、パンに肉と野菜をはさんでソースをかけていただけの頃が妙に懐かしい。

 いや、二人の作ってくれた昼食が美味いので何の文句もないのだけど。

 

 食事をしながら、二階で描いた武田菱をアミルに見せた。

 

「これが、ご主人様がおっしゃっていた『タケダビシ』というものですか。

 たしかに菱形が4つ隣り合っているシンプルな模様ですね。

 何か特別な由来とかあるのでしょうか?」

「うーん、どうだったろう。気づけば使っていたので由来はよく分からないな」

 確か、菱模様は高貴な者が使っていたとか...俺は平民出身という話なのでちょっと黙っておこう。

 実際、元の世界でも高貴な血筋でもなんでもなかったしな。

 

「アミルさん、これをタケダ家の家紋として使っていこうということですか?」

「はい。これから作る防具などに家紋を刻印しておこうかと思いまして」

 エネドラも家紋に興味があるのだろうか?ただ、この模様が受け入れられるものか?

 

「菱形の部分だけ色を変えて刻印してしまえば、それほど難しいものではないですね」

「旦那様の装備品だけでなく、他のメンバの装備品にも刻印を付けたらよいかと」

 あれっ、エネドラは武田菱で問題ないの?結構、地味だけど。

 

 なんか、ヴィルマとイレーネも興味津々という感じで見ている。

 お前らは自分の着る洋服のデザインとか、あまり興味なさそうなのに何故?

 

「なあ、この模様、結構地味なのに本当に我が家の家紋にして良いのか?

 俺は気に入ってるのだけど、あまり万人に受けるものでない気もするのだけど」

「旦那様が気に入ってるのなら、何の問題もないではありませんか」

 何故かヴィルマもイレーネも頷いている。エネドラに命じられてるんじゃないよね?

 お前ら本当に分かって、頷いているの?

 

「まあ...みんなが良いと言うのなら、これを使おうか」

「はい。ではこれから作る装備品には、この模様を入れてみたいと思います」

 決まってしまった...俺は気に入ってるのだから嬉しいのだが本当に良かったのだろうか。

 それにしても異世界に来て、鎧や剣に武田菱か。

 俺の名前や種族もそうだけど、徐々に戦国テイストになってきた?

 今のところ、戦争に巻き込まれる雰囲気はないのだけど。

 

 昼食を終えて、午後の迷宮攻略を再開。次はベイルの17階層だ。

 

 ベイルの17階層の新規モンスターはフライトラップだ。

 既にクーラタルでもザビルでも戦っている相手だ。

 白身が通常ドロップで、尾頭付きがレアドロップなので、相手によって料理人をつけるか。

 フライトラップ、グラスビー、マーブリームが多い。

 水に耐性がある2種類が弱点属性はバラバラだから風魔法を主体に使うか。

 

 グラスビーは槍持ちのアミルがいるので、三人に任せて残りは俺が相手をする。

 

 ヤバいな。午前中のヴィルマやイレーネではないが、ちょっと俺もノリノリかもしれない。

 今更だけど、これは武田菱が余程嬉しかったようだ。いや、本当に嬉しいのだが。

 ちょっとテンションが上がりすぎなので、引き締めないと。

 そうだ、アミルに頼んで、鎧も赤備え風とかに装飾してもらおうか。

 ...いや、ダメだダメだ。浮ついた気持ちは事故の元だ。今は考えまい。

 

 

 途中、魔物部屋を殲滅したが全滅パーティが1パーティいたようだ。

 うん、浮ついていた気持ちに冷水をかけられたようだ。

 床に転がった血の付いたしょぼい装備品が油断大敵と語りかけてきてるみたいだ。

 

 気を引き締めて、残ったボス部屋の攻略。

 アニマルトラップは俺が、お供を3人に任せた。これもアッサリと終了。

 

 午後も、モンスターカードはドロップせずにテンションを落とすのに役立った。

 18階層に抜けたので、今日の迷宮攻略は終了にして、玄関先にワープした。

 時間はまだ少しあるが、程々のところで切り上げるのが事故防止になるはず。

 この後、奴隷商館巡りをする予定だしな。

 

ユキムラ タケダ(鬼人族 ♂ 17才 自由民)

探索者Lv47 英雄Lv47 鬼武者Lv47 遊び人Lv47 剣匠Lv47 魔法使いLv47

装備 デュランダル エストック ダマスカス鋼の剣 ひもろぎのスタッフ

    アルフレイル ダマスカス鋼の額金 硬革のグローブ 竜革の靴 身代わりのミサンガ

102万2700ナール

 

アミル(ドワーフ族 ♀ 16才 奴隷)

探索者Lv34

装備 強権のダマスカス鋼槍 ダマスカス鋼のプレートメイル ダマスカス鋼の額金 革のグローブ 硬革の靴 身代わりのミサンガ

 

ヴィルマ(虎人族 ♀ 17才 奴隷)

獣戦士Lv44

装備 激情のダマスカス鋼剣 竜革のジャケット 硬革の帽子 革のグローブ 硬革の靴 身代わりのミサンガ

 

イレーネ(豹人族 ♀ 17才 奴隷)

暗殺者Lv37

装備 硬直のエストック 鋼鉄の盾 竜革のジャケット 硬革の帽子 革のグローブ 硬革の靴 身代わりのミサンガ

 

エネドラ(人間族 女 27才 奴隷)

武器商人Lv27

装備 ダガー 皮のグローブ 皮の靴

 

チクルス(人間族 女 18才 奴隷)

薬草採取士Lv43

装備 ダガー 皮のグローブ 革の靴

 

 自宅に戻り、この後、奴隷商館巡りに外出することをエネドラ達に告げた。

 ヴィルマとイレーネは、裏庭で訓練をするようだ。

 アミルは装備品の作成をすると言って、二階に上がっていった。

 

 ドロップ品を倉庫に仕舞って、俺も二階に上がった。

 汗を拭って水分補給をした後、着替えて一息つく。

 求める護衛となる者のイメージを再度確認。と言っても昨晩作成したメモを見返しただけだ。

 階下に降りて、玄関先からドホナの冒険者ギルドにワープした。

 

 ドホナの奴隷商館には行ったことなかったよな。まずはギルドで場所の確認からだ。

 

 ドホナの奴隷商館は思っていたよりも奴隷の数が多かったが、契約したい者はいなかった。

 年の割にレベルが低いとかがほとんど。あとはコミュニケーションが取りにくそうな者等。

 若い子をパワーレベリングで育てても良いのだけど、護衛は対人戦闘が出来ないと困るから。

 対人戦闘の経験がある奴隷をスカウトしたかった。

 

 ただ強いだけだと、護衛が生き残って護衛対象は死にましたとか起きそう。

 有望そうなのがいたら、ヴィルマではないが契約前に模擬戦でもやってみるか。

 でも、今日は候補がいないのだから諦めよう。

 商館を出て自宅の玄関にワープ。

 

 エネドラ達に帰宅を告げて、急いで二階に上がった。既にイレーネが臨戦態勢だったよ。

 

 食卓について夕飯が始まった。

 ドホナの商館には候補となる奴隷は居なかったことを伝えた。

 後は迷宮の攻略状況の共有。

 大した話はなかったので、話題は何故かヴィルマとイレーネの訓練の話に。

 

 なんかヴィルマが一生懸命説明して、イレーネは頷きながら肉を頬張っている。

 イレーネ、本当にお前はヴィルマの話を理解して頷いているのか?

 俺はヴィルマの話がよく理解できないのだが。

 咀嚼するついでに、頷いているように見せかけているだけではないか?

 ヴィルマは機嫌良さそうだし、別に良いけど。

 

 初めてここに来た時より二人の仲は良くなった気もする。

 会話はあまりないけど、意思疎通は出来ているのだろうか。

 迷宮での戦闘ではアミルも含めて三人の息は合ってるように見える。

 もっと、たくさんの種類のモンスターと戦いながら連携の度合いを高める必要はあるのだろうが、迷宮での戦闘と庭での訓練以外に何か方法はないだろうか。

 

「ご主人様、タケダビシの刻印をした試作品が出来ました。

 夜の会議でお見せしたいと思います」

「分かった。ありがとう」

 俺としても是非見たい。結構、楽しみだ。

 

 食事と風呂を終えて、みなが会議のために二階の談話室に集まってきた。

 今日から談話室で会議をすることに正式に決めた。

 昨日、試しに談話室を使ってみて好評だったから。

 掃除する部屋が増えてしまうが、チクルスの提案でもあったので採用した。

 

 初めにアミルの作成した竜革の装備品がテーブルに置かれた。

 竜革のグローブの手の甲の部分に武田菱がある。

 刻印というか、色の違う菱形4つが綺麗に並んでいる。

 へこんでもないし、出っ張ってもいない。

 俺のチンケなイラストをアミルの想像力で作成してくれた防具だ。

 

 武田菱の模様がボンヤリと...見えなくなった。

 

 

 俺は...泣いているのか。

 

 

 異世界に来て、泣いたのは初めてかもしれない。

 

「あ...りがとう。アミル」

 その言葉を紡ぐのが精一杯だった。なんで、こんなに感動するのだろう。

 異世界に来て、自分の好きなものを異世界の人間が作ってくれたからだろうか?

 自分でもよく分からない。

 

「ご主人様に喜んで頂いて、良かったです」

 アミルが満面の笑みで応えてくれる。泣いてる自分がひどく恥ずかしい。

 

「まあ...全部にこの家紋を入れなくても良いので、

 他の者の希望も聞いて...いろいろ作ってもらって良いので」

 自分で言っていて、照れ隠し以外の何物でもない。

 

 そのあと、他の四人が家紋の入った装備品をアミルに要望していた。

 こんな地味な家紋のどこが気に入ったのだろうか。よく分からないよ。嬉しかったけど。

 

 俺の涙が止まるのを待ってもらってから、定例の報告と共有だ。

 気持ちを切り替えるのに苦労する。

 

 明日は迷宮組はザビルの迷宮17階層の攻略から。午後からはクーラタルの迷宮の18階層。

 クーラタルの18階層が突破出来たら、また奴隷商館を回ってみる予定。

 商館巡りは俺一人なので、迷宮組の残り三人は自由行動。今日と同じだ。

 

 アミルからは竜革製の防具を一通り作成し終わったことが報告された。

 ペースが早いな。ただ、竜革の在庫が半分になってしまったらしい。

 鎧系は結構素材を使うからなぁ。また調達してこないと。

 明日からはダマスカス鋼の装備品に挑戦するらしい。

 

 ダマスカス鋼の装備品を作り上げたら、鍛冶師で出来る装備品はほとんど網羅してしまうことになるらしい。

 オリハルコンや聖銀は隻眼の領分とのこと。

 隻眼が取得できないと、暫くはダマスカス鋼や竜革の装備品を量産することになるのか。

 

 この世界の武器や防具の装備品は見た目はバリエーションに富むように見えても、実際の種類は少ない印象だ。

 バスタードソードもロングソードもショートソードも片手剣や両手剣のどちらかって位置づけみたい。

 スペックという意味では面白味がないというかシンプルというか。

 攻撃力は一定なので、使い勝手や見た目で差をつけるとアミルが言っていた。

 どれほどの意味があるのかという話はあるが。

 ただ、今日見た武田菱のデザインを早速反映出来てしまうのは、それはそれで便利かも。

 

 チクルスは前回報告通り、強壮丸の作成を実施。淡々と数を積み上げてる模様。

 エネドラからは石鹸に香りづけを行なった試作品をいくつか作っているとのこと。

 他の試作品も含めて、使用感を後日報告予定と。

 

「これで会議は終了にする。明日もよろしくな」

 

 皆におやすみの挨拶をして、各自、自室に戻っていく。

 

 

明日の予定

(午前)

・俺    :ザビルの迷宮(17階層)

・アミル  :ザビルの迷宮(17階層)、(朝:装備品作成)

・ヴィルマ:ザビルの迷宮(17階層)

・イレーネ:ザビルの迷宮(17階層)

・エネドラ :朝食、昼食の準備、洗濯、石鹸試作

・チクルス:朝食、昼食の準備、洗濯、生薬生成

(午後)

・俺    :クーラタルの迷宮(18階層)、時間があれば奴隷商館新規開拓

・アミル  :クーラタルの迷宮(18階層)、時間があれば訓練 or 装備品作成

・ヴィルマ:クーラタルの迷宮(18階層)、時間があれば訓練

・イレーネ:クーラタルの迷宮(18階層)、時間があれば訓練、(ブラヒム語勉強)

・エネドラ :夕食・朝食の準備、(掃除)、石鹸試作

・チクルス:夕食・朝食の準備、(掃除)、生薬生成

※夜は定例会議

 

 

 武田菱の刻印された防具は良かった。

 思い出す度に顔がにやけるけど、五人の前で泣いた自分も思い出して羞恥に身悶える。

 最近、身悶える状況が多い気がする。

 

 ウニウニとベッドの上で転がってると、ドアをノックする音が...

 

 ドアを開けると、そこにはエネドラがいた。

 

 昨晩から気まずい想いがあるがポーカーフェイスを装い、エネドラをベッドに...そしてマッサージの施術。

 ちょっと、ふくらはぎや肩が張っているような気がする。

 片腕がないとバランスが取りにくかったり、体に余計な負担がかかるのだろうか。

 いつかなんとかしてあげたいが、今の実力では期待を持たせるのは禁物だろう。

 でも、エネドラとチクルスの治療(完治)は俺(我が家)の隠れた目標だ。

 

 丁寧に解しながら、マッサージを入念に続ける。

 少し、緊張が解けたような気がする。

 でも、やっぱりエネドラの臀部を見ていると昨晩説明した記憶が蘇ってくる。

 

 エネドラが真っ赤な顔をしながら、インチキウォシュレットを使っている姿も想像されて...

 

 明鏡止水、明鏡止水...




お読みいただき、ありがとうございました。

主人公を泣かしてみようという回でした。
男の涙は感動を誘わない...私の表現力の問題かもしれませんが。
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