クーラタルに主人公が引っ越してきた直後あたりからのルーク視点のお話です。
「旦那様、ただいま戻りました」
「ああ、ご苦労様。伝言は直接、渡せましたか?」
タケダ殿との取引について、打合せをしたいとサリムに伝言をさせました。
サリムは我が家の中では目端の利く若手です。彼の目にはどのように映ったのでしょうか。
「いえ、タケダ様は不在でしたのでエネドラ様に伝言をお渡ししました。
エネドラ様はその場では内容を確認せずに、
タケダ様にお伝えしますとだけおっしゃられました」
「そうですか。では、相手の反応待ちですね」
サリムの目を通して、タケダ殿の反応を見たかったのですが不在であれば仕方ないです。
「あの、それで旦那様にお伝えしたいことがあります」
「なんでしょうか?」
今回の伝言の件とは別件でしょうか。
「伝言をお渡ししたタケダ様のお住まいですが、旦那様のお住まいと同じくらいの広さでした」
「ほう、そうですか」
ただの迷宮探索者ではないと思っていましたが、それほどとは。
先日の取引では商人のエネドラ殿を連れてきたし、やはり普通の取引客ではないようですね。
加えてこの前の取引方法の提案。
突拍子もない提案で素人考えと言えなくもないですが、実現できる実力があるのでしょうか。
「少し気になったので、タケダ様の近所に住む者にそれとなく話を聞いてまいりました」
「何か、おもしろい話がありましたか?」
こういう余計なことをしたがるのが、サリムの良いところでもあり悪いところでもあります。
今回は面白い話が聞ければよいのですが。
「昔から住んでいる者に聞いたのですが、新しく引っ越してきたタケダ様の家人は、
ご近所づきあいが殆どないようですね」
「まあ引っ越してきたばかりだから、そういうこともあるでしょうね」
ビッカー殿の話では外国の出身という話もあったので、この国に馴染んでいないということもあるのでしょうか。
「普通なら奴隷の者が、他の家の奴隷の者と外で雑用をしながら話をすることがあるのですが、
そういったことが全くないそうです。家人の姿も外でほとんど見かけないそうです」
「ふむ...」
意外に奴隷の人数が少ないのか、それとも別の理由が何かあるのでしょうか。
「他にも、タケダ様が引っ越してきてから下水に温かい水が流れるようになったとか
申しておりました」
「温かい水?」
お湯を下水に流せば、湯気くらいは出るでしょう。それがどうしたというのでしょうか?
「前に住んでいた人もお金持ちだったそうですが、この季節にその者の家の近くの下水道まで、
温かい水が流れてくることはなかったそうです。
今年に入ってから、かなりの量の水とお湯が流れてくるようになったと申してました。
それで気になったので、タケダ様の家から下水の流れを少し追ってみたのですが...」
サリムも変わったことをしますね。ちょっと笑いをこらえるのが苦しいです。
「湯気自体は確認出来ませんでしたが、その、妙に白い泡が多くあったように見受けました」
「その泡が石鹸だと言いたいのですか?」
サリムは黙って頷きました。
他の家の近くまで流れた下水がまだ湯気が出たままでいるとなると、お湯を大量に消費するほどには裕福ということでしょうか。
加えて石鹸を大量に使っているとなると、やはりそれも裕福な証拠でしょうか。
その下水がタケダ殿の家のものとも限りません。限りませんが...何か気になります。
思えば、この前の妨害の剣の取引の際にも金銭にはあまり興味を示さず、モンスターカードや素材に関心があるようでしたね。
迷宮探索者というよりは、商人に近い感覚を持っているようにも見えました。
さらに先日の外国から持ち込んだと話のあった、あの鏡。
ペルマスク製の標準的な鏡と比べると小さいですが、ペルマスク製よりも品質は上でしたね。
意匠は簡素でしたが貧相ではなかったですし。
それに、ペルマスクで見た同じサイズの鏡と比べれば圧倒的な軽さ。
確かにタケダ殿が主張していた通り、持ち運びという点ではあの軽さと品質なら価値が高いと言えるでしょう。
あの鏡を贈った令嬢からも、かなりお褒めの言葉を頂きました。
あの鏡を持ち歩いて何をするのかまでは想像できませんでしたが。
残念なのは、その外国とやらから輸入できる伝手がないことですね。
「あの、旦那様...」
「ああ、ご苦労様でした。もう報告が終わりでしたら仕事に戻ってください」
サリムは深々と頭を下げて、退出していきました。
ビッカー殿から紹介をしてもらったタケダ殿は出自や実力含め、不明な点が多すぎですね。
紹介状だけでは想像がつきませんでしたが、取引の対象物とやり方含めて、この近辺の商会とは全く雰囲気が違うようですし。
後ろに控えていた二人、エネドラ殿とドワーフの...恐らく鍛冶師と思われる者。
二人とも悪くない身なりをしていて、特にエネドラ殿は実家が買い付けの旅程で、盗賊の襲撃を受け没落して奴隷落ちをしたと噂を聞いていましたが...
着てる服はそれほど高価なものではなさそうですが、表情に落ち着きが見られ、主であるタケダ殿からも信頼されている様子。
普通であれば、商談の場に鍛冶師を連れてくることはないのですが、それはタケダ殿が素人だからなのか、その程度のことは大した問題ではないと思っていらっしゃるのか。
タケダ殿の取引の話が始まった際に、二人の表情に特に変化が見られなかったことからも、事前に二人とも取引内容については知らされていたようでしたね。
通常は大量のモンスターカード融合の話をされれば、鍛冶師としてはあまり楽しくない話にもかかわらず、あのドワーフの女性は全く気にかけていないようでした。
それともタケダ家お抱えの鍛冶師は別にいるのでしょうか。
そして、タケダ殿はモンスターカードの融合についても全く失敗を恐れていない。
たくさん融合しても、ほとんど失敗する訳だから失敗するのが当たり前。
その姿勢は大商会のそれに通じるものがあります。
これが外国の出身だからということなのか、他に何かあるのか...情報が少なすぎて判断に困りますね。
ビッカー殿に探りを入れてみますか。
彼が何か情報を持っているとも限りませんが。
明日以降のタケダ殿との取引を想像していると、ドアがノックされました。
「旦那様、ヌートでございます」
「ああ、入ってください。どうかしましたか?」
我が家のNo.3にあたるヌートが入室してきました。
タケダ殿との取引に使うモンスターカードや素材の収集、在庫確認を依頼していたので、その話ですかね。
「素材の方の準備は完了しました。
モンスターカードの方は、昨日お話ししたいくつかの組み合わせのものが用意出来ました。
明日の午前中まで頂けるのなら、もう少し他の組み合わせが作れるかもしれません」
「カードの方は、防具寄りのものが集まりそうですか?」
ヌートは頷きながら、手元のメモを確認してます。
「はい。2つの商会と話をしていますが、蟻とスライムが複数入手できるかもしれません」
「その2種類なら、今回の取引に使えなくても使い道はありますね。
入手する方向で進めてください」
商会同士で少数なら、カードのやり取りを融通しあうのは珍しいことではありません。
迷宮の討伐を視野に入れている騎士家からは、スキルつきの防具の需要は高い。
中層階までは武器、高層階になるとスキルつきの防具の需要が徐々に増えてきます。
そして、防具の方が総合的に見て、高額の取引が行えます。
防具の方が装備品として身に着ける数が多い。融合するカードの回数が増えるのも必然。
この話はタケダ殿も話をしてましたね。彼は大商会との付き合いがあるのかもしれません。
「では、私はこれで...」
「あっ、ちょっと待ってください。一つ頼まれてほしいのですが。
ヌートの配下で交渉の巧みな者に、
ベイルのビッカー殿の所に行き、聞き出してほしいことがあります」
ヌートは怪訝そうな顔で私の方を見ている。
まあ、そうですよね。クーラタルでも帝都でもなくベイルの小さな商家の話ですから。
「どのような事を聞き出してくれば良いのでしょうか?」
「今回の取引相手のタケダ殿に関する情報ですね。
私への紹介状はビッカー殿から出されたものです。
鏡の件の報告がてらビッカー殿を訪ねて、それとなく聞き出してください。
相手の情報が少なすぎるので、入手できる情報があればなんでも構いません。
些細なことでも構わないので私に報告して下さい。内容の軽重はこちらで判断します」
正直、そこまでする必要があるのかという気もしますが何故か気になります。
「では、私が...と言いたいところですが、私が動くと目立ちますね。
目立たないように、若手の有望そうなのを見繕ってさっそく派遣するようにします」
「はい。それで良いです。くれぐれも目立たないようにお願いしますよ」
話をした限りでは、貴族身分を隠して平民を装っているようではありませんでしたが、相手の心証を悪くして万が一があってはいけません。
私に代替わりしてから古参の者が引退してしまったので、人手不足で若手も早急に育てなければなりません。頭の痛いことです。
「旦那様がそれほど気にするようなことが、タケダ殿にはあるということでしょうか?」
「さて、それはどうでしょうか。
ただ、友好な取引相手として接しておいた方が良いということだけは確かな気がします」
ヌートは一礼して、退出していきました。
私もこの取引だけやっていれば良いという訳ではないので頭を切り替えなければ。
・・・・・・・
(翌日のお昼頃、商人ギルドのアシッド家の事務室にて)
ドアがノックされ、ヌートとヌートの息子が入室してきた。昨日の依頼の件でしょうね。
「旦那様、昨日のご依頼の件で少し情報が入りましたので、お伝えしたいと思います」
「早速ですか。聞きましょう」
さすがにヌートは仕事が早い。だからこそNo.3の位置にいる訳ですが。
「ビッカー殿から聞き出した情報によると、タケダ殿は滞在した村で盗賊の討伐をしたとの事。
村を襲撃した盗賊の数は20名以上だったらしいです。
その盗賊のほとんどをタケダ殿一人が討ち果たしたようです」
「ほう、20名以上ですか。それをビッカー殿はどのようにして知ったのですか?」
20名というのは、いくらなんでも多過ぎです。
討伐数を誇張しているのではないでしょうか。
「ビッカー殿はその襲撃された村の商人のアンナ殿から伺ったそうです。
アンナ殿はタケダ殿とベイルを訪れ、盗賊共の装備品を武器屋、防具屋に売却したそうです。
騎士団の詰所にも行って、懸賞金を受け取ってからビッカー殿の商家に訪れたそうです」
「なるほど、タケダ殿はアンナ殿と二人だけで訪れたのですか?他に随行者などは?」
盗賊討伐を一人でやってのけたとは限らない。支援するパーティがいる可能性もあるはず。
「ビッカー殿がアンナ殿から聞いた話では、タケダ殿は一人で村を訪れたそうです。
その村で二泊したそうですが、随行者は誰もいなかったようです」
「そうですか。では、本当にほとんど一人で討伐をやってのけたのですね」
20名を一人で討伐するなど、尋常な話ではないでしょう。
盗賊集団が村を襲撃することなど滅多にないですが、襲撃の際には一斉に突撃してくるから勝敗は短い時間に決まってしまいます。
自警団等の防衛力があれば撃退することもあるが、20名なら大きな被害が出るのが普通。
「村人達の中には軽いケガを負った者はいたようですが
死者や大けがを負った者はいなかったとアンナ殿が話されていたそうです」
「そうですか。となると、かなりの強者ということになりますね」
確かに弱そうには見えませんでしたが、武辺者というようにも見えなかったのですがね。
「それとビッカー殿から聞いた話では、タケダ殿はベイルに家を借りたそうです。
クーラタルの家ほどではないですが、一人で住むには広すぎる大きさの家のようです。
ビッカー殿はベイルの住所をタケダ殿から伺って、その家というのは...
過去に染め物屋の商家が夜逃げしてしまったということで有名だった家とのことです」
「染め物ですか、何か石鹸と関わり合いがあるのでしょうかね。
それよりも、単身でベイルで乗り込んできたのに
ベイルとクーラタルの2つの街に広い家を借りるというのは、不思議な行動ですね」
情報を得れば、少しはその人となりが把握できるかと思ったのですが、ますます分からなくなってきました。
ただ、少なくとも商家と見た際の武力はあるということですかね。
背後の協力者や家人の中にどれほどの実力者が居るのかは掴めていませんが。
「ビッカー殿の所にタケダ殿が訪れたのは初めの顔合わせとやらの一回だけなのでしょうか?」
「いえ、そういえば何回か取引をしているとビッカー殿から聞きました。
何を取引しているかまではお茶を濁されて教えてもらえませんでしたが」
むう。ヌートの息子とはいえ、まだまだ脇が甘いですね。
軽重を問わず報告しろと命じたのに。まだまだ若手の育成には時間がかかりそうです。
お茶を濁したということは、タケダ殿の故国である外国由来の商品でしょうか。
鏡の取引はビッカー殿の手に余るということで我が家に回ってきたことを考えると、それよりは安価な商品ですかね。
これも無理のない範囲で調べましょうか。
「ベイルでの情報は以上です。他には、蟻とスライムのカードを2枚ずつ入手いたしました」
「そうですか、ご苦労様でした。
これ以上、タケダ殿の情報を積極的に収集する必要はありませんが、
何か情報が拾えたら私に報告して下さい」
アンナ殿まで情報収集の手を広げると流石に怪しまれるでしょうね。
今回は鏡の紹介状をもらった報告という形でビッカー殿から聞き出せましたが、過剰な情報収集は藪蛇になる可能性があります。
「あとは、ベイルのビッカー殿の所から流れてくる外国産っぽい商品がありましたら、
その特定もお願いします」
「承知いたしました」
ヌートは私の意図を把握したようですね。息子の方は理解していないようですが。
ヌート、後進の指導はあなたの仕事ですよ。
この話をそろそろ打ち切ろうとしたところでドアがノックされ、ギルド職員がやってきました。
「タケダ様という方がルーク様に面会を希望されています」
昨日の伝言で、もういらっしゃいましたか。
こちらのペースではなく、あちらのペースで商談が進んでいるような気がしてなりません。
商人としては、商談の行方を決める主導権を早く取り戻さなければなりません。
「分かりました。暫くしたら応接室に向かいますので、お待ちいただくようにお伝え下さい」
ギルド職員が退出したのを見計らって、
「ヌートは素材と契約書の雛形の最終確認をお願いします。
カードの方は今、提出してもらった目録通りのものが用意できていますね?
それと今回の取引、あなたにも同席してもらいますよ」
「目録と在庫のカードの数が合っていることは確認済です。
素材と契約書の雛形の最終確認は、念のためもう一度実施いたします」
私が頷くと、ヌートとその息子は足早に事務室を出ていきました。
私の方もしばらくしたら、タケダ殿の所に向かうとしましょうか。
こちらが用意した目録と契約の提案、タケダ殿はどのような反応を示すのでしょうか。
未知数の相手と新たな取引をするのは商人としては心躍ることですが、相手に足を掬われないようしなければなりません。
厄介な客の顔が浮かび、笑みが自然とこぼれるのを感じました。
お読みいただき、ありがとうございました。
何か他の商家の話を書きたかったのですが、ルークぐらいしか思いつかなったので主人公絡みで書いてみました。
出来はイマイチ取り留めもない話になってしまったような。
もう少し、商人っぽい話を書きたかったのですが。
閑話を書くと主人公が変なヤツ...という定番パターンになってしまう。
メインのストーリーが進まないのですが、また、何か考えついたら書いてしまうと思います。