トリニティ総合学園の昼休みは、まるで舞台の幕間のような喧騒に満ちている。教室のざわめきは、派閥の駆け引きや噂話が絡み合い、まるで空気そのものが策略に染まっているようだ。
浦和ハナコは、そんな中でもいつものように冷静に振る舞うが、心のどこかで疲れが溜まっている。彼女の周囲では、いつも誰かが誰かを値踏みし、誰かが誰かを出し抜こうとしていた。
そんな中、突然の声が教室を切り裂く。
「あれって……!」
「藍染先輩!?」
ハナコの心が一瞬跳ねる。藍染惣右介――彼女の名を呼ぶその声に、期待と不安が混じる。もしかして、私を? そんな淡い思いが胸をよぎるが、すぐに現実がそれを押しつぶす。トリニティでは、誰もが何かを企む。
この学園で純粋な好意など、砂漠のオアシスより稀だ。
「やぁ、浦和ハナコさん。先日はどうもありがとう。よければこれから少し話さないかい? 静かな席を用意したんだ」
藍染の声は、まるで穏やかな湖面のように滑らかだ。ハナコは一瞬迷うが、すぐに頷く。
「ありがとうございます、ご一緒します」
二人が教室を後にする瞬間、周囲の囁きがハナコの耳に刺さる。
「藍染先輩の派閥に入ったのかな?」
その言葉に、ハナコの顔が一瞬曇る。派閥――またその話か。どこに行っても、誰と話しても、トリニティでは全てが打算に還元される。
彼女はそんな空気にうんざりしていた。連れられた先は、トリニティの白亜の校舎に似つかわしくない、どこか異質な空間だった。アンティークの家具が並ぶジャズバーのような部屋。古びたレコードプレーヤー、革張りのソファ、薄暗い照明――まるで別の時代から切り取られたような場所だ。
ハナコは目を丸くする。
「3フロアづつぶち抜いて作っていてね。秘密の話し合いをするにはピッタリの場所だ。素敵だろう? 友人の趣味なんだ」
藍染の説明に、ハナコは驚きを隠せない。
「確かに凄いですけど……一体どうやって」
「そこは知らないほうがミステリアスで面白い。種が割れた手品ほど白けるものはない」
藍染の軽い笑みに、ハナコは苦笑する。
「はぁ、そうですか」
「好きな飲み物はあるかい? コーラにオレンジジュース、ジンジャーエールもある。あとは炭酸水とか」
藍染の気さくな問いに、ハナコは即答する。
「炭酸水でお願いします」
「本気かい? 君はもしかして美容に気を使うからといって過度に健康に気を使うタイプの人種だったりするのかい? やめた方が良い。暴食こそ戒めるものだが、好きなものは食べるべきだ」
藍染のからかうような口調に、ハナコは少しむっとする。
「いや、単純に好きだからですけど」
「そうか……そうか……ならばこの炭酸水を渡そう。遠慮は要らない。ここは私の秘密基地であり、君も通うことになる」
藍染の言葉に、ハナコは一瞬身構える。秘密基地? 通う? 何を企んでいるんだ、この人は。
「それで、呼び出した要件はなんなんですか?」
ハナコは核心を突く。藍染の軽快な態度に振り回されつつも、彼女はトリニティで鍛えられた勘を働かせる。誰も無意味に動かないこの学園で、藍染の行動には必ず裏があるはずだ。
「何かあるんでしょう?」
ハナコの声には、わずかな警戒が滲む。だが、藍染はあっさりと肩をすくめる。
「ないよ、何も」
「え?」
ハナコは目を丸くする。
「強いて言うならば、一緒にお弁当を食べよう」
藍染の言葉に、ハナコは思わず声を上げる。
「は、ない? 本当に!?」
「そうだとも。君とは知り合い程度の仲だ。そこからは仲良くなろうとして、まずはお弁当を一緒に食べようと誘う。そこに何か矛盾や違和感はあるだろうか」
藍染の声は、まるで当たり前のことを語るように穏やかだ。だが、ハナコはまだ信じられない。
「それは……そうかも知れませんが……本当に?」
「ふふ、かなりトリニティに毒されているね。誰と一緒に、どんなお弁当を食べたのか、そして次は誰と食べるのか。そこまで気にしなければならないのがトリニティ総合学園だ。特に、君ほど優秀ならば」
藍染の言葉は、ハナコの心に突き刺さる。彼女は暗い顔で頷く。トリニティの空気は、彼女を縛り、息苦しくさせる。全てが計算、全てが駆け引き。そんな世界で、純粋に「一緒にご飯を食べる」
なんて、あり得るのだろうか。
「だからこそ、それをしない時間が必要なのだ。好きな人間と、好きな料理を、好きな時間食べる。最初こそ私のことを得体のしれない人間だと思うかもしれないが、続けていればきっと楽しい時間となる……と信じよう」
藍染の言葉に、ハナコは小さく頷く。
「……はい」
その瞬間、ハナコは久しぶりに感じる解放感に戸惑う。誰の目を気にすることもなく、ただ食事を楽しむ――そんな平凡な時間が、こんなにも心地よいなんて。彼女の心に、ほんの小さな光が灯る。
◆
場面は変わり、屋上。月島と藍染の会話は、まるでチェス盤の上で駒を動かすような軽妙さだ。
「首尾はどうだい? 浦和ハナコ。サクッと僕の刀で斬ってしまえば良いんじゃないかい? ああいう病んでる子にこそ、僕の能力は覿面だよ」
月島の軽い口調に、藍染は冷静に答える。
「君の認識改変能力は絶大だが、しかし有用な駒にはしっかりと首輪をかけておきたい。些細な過去の違いから精神崩壊という流れは、君の能力の弱点だ」
「便利が故に崩れやすい。モブはともかくネームドは正道で進むのが安牌だろうね。そして、浦和ハナコは?」
月島の問いに、藍染は目を細める。
「20%といったところだろう。こちらに興味を抱いているが……まだ心を許したり、頼ったりするほどでもない。ああいうのにはいくつかの困難を設定し、それをクリアしていくことで好感度は上がっていくものだ」
「また僕が悪者役かい?」
月島の冗談に、藍染は笑みを浮かべる。
「いいや、今回はエデン条約間近ということで、適任がいる。桐藤ナギサだ。彼女に今回の悪役を担ってもらうとしよう。あの疑心の姫君にね」
「ナギサちゃんとは幼馴染だから心が痛むよ」
月島の言葉に、藍染はさらりと返す。
「君が救ってあげると良い。疑心に塗れ、味方から討たれ、仲間を失った彼女に手を差し伸べれば……きっと良い友人になれるだろう」
「僕は別にナギサちゃんと友達になるつもりなかったけど、原作を勧めるうえで効率いいから関係を持っておこうかな」
月島の軽い調子に、藍染は満足げに頷く。
「そういうクレバーなところ、すごく良いと思う」
◆
再び、秘密基地。ハナコはすっかりこの異空間に慣れ、ソファに身を沈める。湖の水面を模した装飾が、部屋に不思議な静けさをもたらす。彼女がため息をつくと、藍染がオレンジジュースを片手に隣に座る。
「今日は一段と疲れているね。何があったのかな」
「派閥争いです。いつも通りくだらない勢力争い。そこで私を巻き込んでくるんですから、正直勘弁してほしいです」
ハナコの声には、苛立ちと諦めが混じる。藍染は静かに耳を傾ける。
「君は派閥争いには否定的かね」
「どこの宗派でも基本は変わりません。人に優しく、善行を積み上げ、さすれば神の身元へ導かれん……カビの生えた常套句です」
ハナコの言葉には、皮肉が滲む。
「全部、微妙です。建前は違えどやってることは他派閥との足の引っ張り合いですから」
「なるほど、そこから逃れるには多大な労力が必要であることが想像できるね。お疲れ様、と言わせてもらおうか」
藍染の言葉に、ハナコは小さく笑う。
「ありがとうございます」
ふと、ハナコの視線が湖の水面に落ちる。彼女は思い出したように口を開く。
「藍染さん、さっき……『孤独は人を最も殺す現象だ』って言いましたよね。あれ、なんだったんですか? あなたみたいな人が、孤独なんて気にするなんて、ちょっと意外で。どういう意味で言ったんですか?」
藍染は一瞬、ハナコをじっと見つめ、柔らかな微笑みを浮かべる。
「君は本当に鋭い、ハナコくん。僕の言葉の端々まで見逃さない。素晴らしい観察眼だ」
彼女は続ける。
「孤独が人を殺す……それは、僕が長い時間をかけて見てきた真実だ。人は、誰かと繋がっていないと、心が徐々に枯れていく。どんな強さも、どんな知性も、孤独の中では脆く崩れるんだ」
ハナコは眉をひそめ、探るように言う。
「でも、藍染さんって……そんな風に孤独を気にする人に見えない。いつも堂々としてて、誰かに頼らなくても平気そうじゃないですか。どうしてそんなことを言うんです? 何か…経験したことでもあるんですか?」
「ハナコくん、君は僕を高く評価してくれているようだね。だが、僕もかつては孤独だった。果てしない秩序の中で、誰もが役割を演じ、誰も本当の自分を見せない。そんな世界で、僕は誰とも本当の意味で繋がれなかった。……君が今、学園で感じていることと、そう遠くないかもしれない」
ハナコが息を呑む。
「私の…? 私が感じてる孤独と、同じだなんて……でも、藍染さんがそんな気持ちになるなんて、想像できませんね。あなたはいつも、全部を見透かしてるみたいで」
「見透かしているように見えるだけだよ。ハナコくん、君も同じだろう? 君は学園で仮面をかぶり、皆を笑顔で導きながら、心のどこかで孤独を感じている。誰も君の全てを理解してくれない。誰も君の重荷を分かち合おうとしない。それが、君を疲れさせているんだ」
ハナコの声は小さくなる。
「……確かに、そうかもしれません。みんなのために動いて、笑って、でも……結局、誰も私のことなんて見てない気がする。裏切ったり、騙したりするのに疲れたって、前に言いましたけど…本当は、誰かにただ、そばにいてほしいだけなのかも」
ハナコはため息を吐く。
「私はただ…もう、誰かを傷つけたり、騙したりするのに疲れました。平凡に、静かに、誰も気にせず生きられたらって……そんなこと、考えたことだってバカみたいですけど」
「バカという言葉を使ってはいけないよ。君が求める『平凡』は、君が本当の自分を取り戻したいという証だ。ハナコくん、君はあまりにも多くの仮面をかぶってきた。僕にはその必要はないよ。君がどんな人間であっても、僕は君を必要としている」
「…必要? 藍染さんが私を? ふふ、急にそんなこと言われても、信じられませんよ。あなたみたいな人は、いつも何か企んでるんでしょう?」
ハナコの言葉には、半分冗談、半分本気が混じる。
「企む? ハハ、君らしい鋭さだね。でも、考えてみてくれ。君の知性、君の優しさ、そして君が隠しているその強さ…そんな君だからこそ、僕の目指す世界に必要なんだ。偽りや争いのない、誰もが本当の自分でいられる世界。君が求める『平凡』は、僕の夢とそう遠くないはずだ」
「そんな世界…本当にあるんですか? 藍染さんの言うこと、信じたいけど…これまでだって、信じた先に裏切りしかなかった。貴方に裏切られたら私は……」
ハナコの声には、深い傷が滲む。
「信じるかどうかは君が決めることだ。だが、少なくとも今、この瞬間、僕は君の手を取るよ。ハナコくん、君はもう一人で仮面をかぶる必要はない。一緒に来るべきだ。 君の望む場所を、僕と一緒に見つけよう」
ハナコはしばらく沈黙し、藍染の手を見つめる。
「……少し、考えさせてください。こんな大事なこと、急に決められない」
藍染は穏やかに頷き、微笑む。
「もちろん。君のペースでいい。僕達には時間があるからね、浦和ハナコ」
タコピー鬼つえええ!!このまま逆らうやつみんなぶっ殺していこうぜ!!