それではどうぞ!!
とある施設
ここは、とある施設。
全人類の8割が所有している能力である
研究対象は様々だが、その多くは
親の庇護下から外れてしまった孤児、それも義務教育を受けるべきである幼子がほとんどだった。
しかし、中には有望な個性を持った子供を攫い、記憶を封印してその子に自分は親に捨てられたと思わせるという事例もあった。
そんなことをする集団なので、もちろん個性伸ばしにおける配慮などない。
個性伸ばし、基礎から応用までの幅広い学問の網羅、基礎体力の向上、身体能力の向上…
このような実験を強制され、繰り返す。1日が終わるという感覚もなくただただ訓練に励む毎日。
もちろん、親の庇護下から外れた幼子がこのような仕打ちに耐えられるわけがない。
被験中で肉体あるいは精神を壊してしまう子供もいた。
しかし、研究者たちもわざわざ将来性のない実験体に構うほど暇ではない。
脱落した実験体は研究者に処理される。その行方は誰も知らない。
中には、実験から逃れるために自分から成績を落とし、脱落する者もいた。
実験のカリキュラム内容が厳しすぎたのだろう。気づけば1人の少女を除いて全員が脱落してしまった。
…しかし、いくら優秀な成績を収めたところでその人間に欠点がないわけではない。
自己表現をしなくなったのだ。
施設の目的は、個性ひいては人間の可能性の追求だけでなく、被験者を優秀かつ社会に必要とされる人間へと育てることだ。
現代社会において自己表現能力の欠如は大きな欠陥。
よって処分されるはずだったが、彼女を処分すると実験継続困難になってしまう。
施設を主導する男は少女を現代社会に放り出し、自己表現能力を高めさせることにした。
いつか自分の目的に役に立つ人間へとするために…、ヒーローになるように。
そして、その男の決断が、少女の運命を大きく変えることになる。
―――
「やあ、よく来てくれたね」
男は人畜無害そうな、それでいてどこか恐ろしさを含んだ笑みを浮かべて言った。
「どのような御用でしょうか」
抑揚のない声。この声を聴くだけでこの少女が受けた実験の一端が見えてくるようだ。
「きみは我々のカリキュラムにおいて優秀な成績を収め続けていたけれど、その分人間性が欠如しているように様に思えてね。だからこれからは外に出てもらって人間性を取り戻してもらおうかと思ったんだよ」
「…必要ですか?」
「ああ、必要だよ。僕のために…ね」
「わかりました」
…この問答だけで、少女がどれほど壊れているのかがわかる。そもそも少女には、外の世界に出るということが想像できなかったのだ。
「うん。じゃあ行っておいで」
男は少女の小さい頭をつかみ、衝撃を加えて気絶させる。警察が少女の痕跡をたどって男にたどり着かないようにするために、記憶の一端を消去しておく。
ついでにヒーローを目指すように頭に刷り込んでおく。
そして男は個性を発動し、少女を転送した。
―――
少女が転送された場所はとある女性ヒーローの前だった。
女性は驚愕しただろう。なんせ突如目の前に泥のような何かが現れ、その中から中学生にも満たないような少女が出てきたのだから。
「おい!大丈夫か!?」
女性は少女に駆け寄る。少女に顔を近づけて呼吸を確認し、息があることを確認する。
息があることに安堵したが、少女が起き上がる様子もなかったため、女性は自身の家へと入れて看病することに決めた。
―――
少女が女性の家で眠ってしばらくすると少女が目を覚ました。
「お、起きたか」
「……あなたは?」
少女は女性の存在を確認し、問いかける。
「ッ。……私はレディ・ナガン。プロヒーローのレディ・ナガンだ」
ナガンは小さい子供が放つとは思えない圧に戸惑ったが何とか質問に答えることができた。
「お前、何処から来たんだ?」
「…わからない」
「わからない?」
「詳しく覚えていないの」
ナガンには少女が嘘をついているとは思えなかった。少女の目には一切の曇りもなく、視線を逸らすなどの怪しい挙動もなかった。
「…そうか。何か覚えていることは?」
ナガンは少女の状況を詳しく確認するために質問を続けることにした。
「個性伸ばしを強要する施設にいたことは覚えてる。その施設のカリキュラムをこなしていたら責任者に呼ばれて気絶させられて…気づいたらここにいた」
「個性伸ばしの強要?」
「うん。食事も睡眠もすべて管理されて外に出ることもない。研究員さんの前で個性の成長を見せる毎日。ほかにも勉強だって強要されたかな」
ナガンは絶句した。この少女が受けた仕打ちもだが、何よりもこの拷問に近い過去を受け入れている少女に。
「怖くなかったのか?」
「…別に」
「……そうか」
ナガンは少女に問い詰めたいことがあったが少女の反応を見て飲み込んだ。
「これからどうするんだ?親の居場所とか知ってるのか?」
「知らない」
少女の返答からナガンは事態の深刻さを再認識した。
「そうなると私にできることはないな。警察のお世話になることになると思うが大丈夫か?」
「いやだ」
この返答はナガンを困らせるものだった。ただ、少女の背景を考えると強要するのは得策とは言えない。
しかし、ナガンが少女にできることがないことも事実。
ナガンが対応に困っていると少女が口を開いた。
「この家に住ませてほしい」
「…はあ!?」
ナガンの反応も当然だろう。まだ出会って1日も経っていない人間の家に住みたいと言い出すのだから。
「家事は一通りできるから役には立てるよ」
ナガンの反応から断られる可能性が高いと判断したのか説得しに来た。
しかし、ナガンの懸念点は違うのだ。
「大丈夫なのか?関わりも信用もない人間の家だぞ?」
「気絶したところを助けてもらったから信用はあるよ?」
あまりにも簡単に言うためナガンは呆れてしまった。
「…そうか。わかった。お前がいいならまあ…住んでもいいぞ」
「ありがとう」
少女は抑揚のない声で言う。しかし心なしか声に嬉しそうに聞こえた。
「そういえば、お前の名前は?まだ聞いてなかったよな?」
「姓は夜月。名前はしらない」
「名前ないのか」
ナガンは夜月に名前がないことに驚いた。
しかし、そのことでナガンにもできることができたのだ。
「じゃあ私が名前つけてやるよ。そうだな…じゃあ『静江』だ!静かだからな!よろしくな。シズ」
シズはナガンがわざわざ名前を付けてくれたことがうれしくて、また名前の由来がなんだか面白くて笑ってしまった。
「よろしく」
挨拶を済ませるとふいにおなかが減ってしまい腹の虫が鳴ってしまった。
それを聞いたナガンは笑って、ご飯の時間にすることにしたようだ。
シズはその後ろ姿をを見て思う。
こんな人になりたい、と。
「ナガン」
シズは背を向けるナガンに言葉を投げかける。
「ん?どうした?」
ナガンは冷蔵庫から出前を取り出しながら答える。
「私、ヒーローになりたい。あなたのようなヒーローになりたい」
振り返る。ナガンの表情は驚愕に染まっていたが、次第に笑みが広がった。
「そうか…そうか!でも私のようなヒーローになるのは難しいぞ?」
「そうだろうね。だから目指すんだよ」
「はは!いいな!色々教えてやるから覚悟しとけよ!」
ナガンは机に取り出した出前を並べながら言った。
「よろしくね、お師匠」
『お師匠』。ナガンはその言葉を聞いて笑みを深めた。
自然とシズの顔にも笑顔が現れる。初めての笑顔のある食卓だった。
こうして、シズとナガンの生活が始まった。