魂を満たす物語   作:よヨ余

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目指せ雄英

ナガンの家に転がり込んでからの日常はシズにとって新鮮で興味深いものだった。

 

まず、自由だった。

 

施設時代はシズの一つ一つが監視されていたためどこか違和感を感じる。

まあ、数日もすれば慣れて何も思わなくなったが。

 

シズは宣言通りに家事のすべてを担った。

ナガンは自炊をせず、出前のみだったためまずは買い出しに行くところから始める必要があった。

幸いだったのは施設で買い出しの仕方などの最低限の知識が与えられていたことだ。もし知識がなかったら出前に頼ることになっただろう。

 

ナガンは感激した。

シズの作るごはんがとても美味しかったからだ。思わず涙が出るほどに。

……シズに引かれていたが。

 

ナガンはシズを学校に行かせた。ヒーローを目指す以上集団社会に参加することは必須だからだ。公安にシズの肉体年齢を確認させ、それまでの通学証明を偽造させた。

 

シズは小学4年生相当の肉体年齢だったため、小学5年生の春から転入することが決まった。

 

それまでの空き時間でシズはナガンとヒーローになるための訓練をすることにした。

ナガンとの訓練はシズにとってほかの何にも代えがたい時間だった。

 

なりたいヒーロー像を整理し、それに近づくように自分を高める。

ナガンと組手をしつつ、必殺技などの相談をする。

時にはナガンの仕事を勝手に見学し、ナガンにばれて怒られる。

 

そんな、ただの日常。

何の変哲もないただの日常。

 

シズはそんな日常を心地よく感じていた。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

中学生になった。

 

シズは決まって仲のいい友人こそいないが、疎まれるような存在でもない、いわゆるぼっちだった。

 

本人はそのことを特に気にせず平凡な中学生活を送っていた。

 

部活に入らず、学校の授業だけは真剣に受けるだけ。もちろん、施設時代の経験を活かして満点の成績のみをとっていた。

年頃の中学生たちにとってそのような完璧超人は疎ましい存在だ。しかし、疎まれることはなかった。

 

なぜか?

 

あるやんちゃな少年は言った。「毎日花に水をやっている」と。

ある気弱な少女は言った。「いじめられているのを助けてくれた」と。

ある真面目な少年は言った。「勉強を丁寧に教えてくれた。ひどい言葉を投げかけたのに」と。

 

先生からの評価もよかった。成績よし。性格よし。自己表現は乏しいものの、根っこには優しさが溢れてる。

 

人をよく見る子だった。困っていたら助ける。それが当たり前かというように。

…それ以外では自分から人にかかわらず、いつも無表情でいるので話しかけられなかったが。

 

だが、先生も、生徒も、みんなが声をそろえて言う。

 

「あの子は、最高のヒーローになれる」

 

 

 

 

 

 

 

 

――夜月静江の独白――

 

 

 

 

お師匠と暮らして思ったことは「少しガサツ」だった。

食に気を遣わず、言葉遣いも荒い。頭をなでるときはよしよしじゃなくてガシガシだし。

 

でも、それが心地良かった。

私に対して嘘偽りなく接してくれた。嬉しかった。

訓練は楽しかった。私の理想のヒーロー像について真剣に考えてくれた。嬉しかった。

勝手にお師匠の仕事の様子を見てるのがばれたときは怒られた。それはもうすっごく。怖かった。でも、その怒りには優しさが込められていた。…嬉しかった。

 

そう。嬉しいんだ。私のことを真剣に想ってくれていることが。

楽しいんだ。お師匠と過ごすただの日常が。

 

……つらいんだ。ふと、ベランダから見える街並みを見るお師匠の悲しそうな横顔を見るのが。

 

学校のみんなは私のことを「すごい」だとか「やさしい」だとかいうけど。

 

じゃあ、なんで。なんで。なんで。なんでなんでなんでなんで…………なんで!!!

 

「なんで、私はお師匠を助けられなかったの……?」

 

答えてよ。

 

教えてよ。

 

 

……どうして?

 

 

 

 

――独白の一日前――

 

 

 

 

その日の朝は少しだけ違和感があった。

 

珍しくお師匠は私よりも早起きだった。

 

「ふぁ…。おはよ…」

 

私はあくびをしながらお師匠におはようをする。お師匠との生活のなかで暗黙の決まりごととなっていた。挨拶は大事なのだ。

 

「ああ。おはよう」

 

お師匠の返答に違和感を感じた。なんていうか…

 

「ねえ、お師匠」

 

「ん?」

 

「もしかして、元気ない?」

 

お師匠は肩を震わせた。図星だった。

 

「やっぱり。大事な体なんだから、壊さないようにね」

 

「あ、ああ。気を付けるよ」

 

お師匠はそう言って顔を背けた。

 

私は学校の身支度を始める。顔を洗って髪を結うだけだけど。

 

朝ご飯を食べて、歯を磨く。自分の個性の調子を確かめて問題ないことを確認したら、いつも通りに学校の時間がやってくる。

 

「じゃあお師匠。そろそろいってくるね」

 

「ああ、いってらっしゃい。気をつけてな」

 

私はお師匠の顔を見る。……少し悲しそうに見えた。

 

なんだかほっとけなかった。だからだろうか。私はお師匠に抱き着いた。

 

「どうした?甘えたさんか?」

 

違うよ、お師匠を心配してるんだよ。

あなたがらしくないから心配してるんだよ。

思えば、最近はお師匠の元気がなかった気がする。

ふいにどこか遠くを見ていて、その顔はさみしそうで、苦しそうで……。

 

「んー、そうかも」

 

言えなかった。確かめるのが怖かった。お師匠が壊れてしまう気がした。

 

「お仕事、がんばってね。気を付けてね」

 

「うん、お前も学校がんばれ」

 

「……うん。行ってくる」

 

「行ってらっしゃい。気を付けてな」

 

私はお師匠から離れて手を振る。お師匠は笑顔だった。

 

その笑顔に安堵して、私は学校への道を歩んだ。

 

でも心の中は、どこか落ち着きを失くしていた。……嫌な予感を、知らないふりをした。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

今日は食材の買い出しで帰宅の時間が遅かった。

今日の夕飯はナガンの好きなものにする予定だった。

いつも通りに食べてもらって、美味しいと言ってもらうつもりだった。

 

シズは手洗いうがいをし、顔を洗った。

それから料理をしようとキッチンに足を運ぶ……つもりだった。

 

ダイニングテーブルに一枚の紙が不自然に置かれていたのだ。

シズは紙を手に取り、目を通す。

 

そこには、こう書いてあった。

 

 

 

 

『ごめんな』

 

 

 

 

 

 

ただ、それだけ。

 

たった一言だけだった。

 

思考が、止まった。

理解しがたかった。理解したくなかった。

 

でも、理解するしかない。

 

 

 

『恐らく、お師匠はもう壊れていたのだ』と。

 

 

 

食事は作らなかった。作れなかった。喉に何も通る気がしなかったから。

 

お風呂にはいらず、歯磨きもせず、個性の調子も確かめず。ずっと布団で横になっていた。自然に眠るまで、ずっと。

 

 

 

涙は、出なかった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

3年生も終わりに近づいてきた。

 

1月。冬休みも明け、自身の進路を最終決定する季節。

 

私は、担任の先生と二者面談を行っていた。

 

「夜月さん。進路について何か変更はあるかしら」

 

先生は私にそう問いかけた。

 

「変わりありませんよ。私は雄英を目指します」

「…分かったわ。きっと夜月さんならできるわ。いつも通りにね」

「ありがとうございます」

 

先生は笑顔で私にエールを送った。

でも、その顔には、後悔がにじんでいた……気がした。

 

放って置いちゃいけないと思った。また、同じ過ちを犯してはいけないと。

 

「……なにか、嫌なことでもありましたか?」

 

「……え?」

 

先生は瞠目した。図星か、見当違いか。

 

「先生の顔が暗い気がしたので」

 

「……」

 

先生は口を閉じた。……言葉を探しているようだった。

 

「あなたが2年生のころ、元気がないように見えて。……みんな心配していたわ。

 

 

 

…………もう大丈夫なの?」

 

 

 

絞りだしたような声。聞くべきか迷っていたのだろう。

 

「もう大丈夫ですよ。もう、清算しましたから」

 

ウソだ。強がった。見栄を張った。心配させたくなかった。

 

「そう……。なら、よかったわ」

 

だがそれに気づかずに先生はまた笑って言った。

 

「さっきも言ったけれど、あなたならいつも通りやれば大丈夫よ。最後の追い込み、がんばってね」

 

「はい。がんばります」

 

そう言って、私は教室を出た。

 

 

 

 

 

そして、運命の入試当日を迎えた。

 

 

 




ナガンが投獄された時期は不明のため勝手に設定しました。

また、原作ではナガンはニュースになっていましたようですが、公安が事件をもみ消したことにします。シズはナガンの安否もわかりません。
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