……ナガンはまだですか?
職場体験三日目。シズは今日も鍛錬に励んだ。
二日目の最後に考えていた部分的に虚無を纏わせるという技を駆使して、速度はゲンセイに認められるくらいには洗練されたものになった。
五華突と六華斬がゲンセイに認められ、加えて七華凪もゲンセイに認められた。シズが好むのは動の太刀だが、才能自体は静の太刀のほうにあるのだ。柔の剣といったほうがわかりやすいだろうか。受け流しの技術に関しては目を見張るべき光るものがあったのだ。
しかし、八華閃だけは簡単にはいかなかった。
圧倒的な剣速、正確さに加えて、どの体勢からでも瞬時に、そして予測不能な剣筋で剣を振るう必要がある。
誰がどう見ても剣を振るえないと判断するような体勢だとしても、敵に攻撃を与えなければならない。戦闘において体勢は攻撃を与えない理由にはできない。
だから、八華閃を習得するには、濃密な経験が必要だ。速度と正確さは問題ないシズが八華閃を完全習得したというにはそれしかない。
どんな体勢でも剣を振るう。これが、剣に関係する課題になるだろう。
三日目は四つの秘奥義の内三つを習得して終わった。
そして四日目。一週間の職場体験も折り返しに入ったころ、シズはヒーローコスチュームに着替え、パトロールに出かけることになった。
ゲンセイも同伴し、パトロールの基礎を教わるのだ。ゲンセイは普段はヒーローとしての活動はしていないが、ヒーローの基礎を教えることくらいはできる。
シズとゲンセイは道場の外に出て、麓に向かう。ゲンセイの道場は山奥にあるため、パトロールに出かけるには山を下りる必要があるのだ。
「何処でパトロールをするんですか?」
「保須市だ」
シズの質問にゲンセイは簡素に答えた。
保須市。体育祭以来有名になっていたヴィラン「ステイン」が直近活動を起こした場所。ステインはヒーロー殺しと言われており、これまでに17人を殺害、23人を再起不能に追い込んでいる。
現在まで捕まっておらず、未だに保須にいる可能性が高いため、警察やヒーローが保須の警備体制を強化している。
ステインは飯田の兄である「インゲニウム」を倒し、名を挙げた。
(そういえば、飯田の職場体験先は保須だったっけ。……すごい不安だな)
シズは飯田の身を案じた。飯田が視野狭窄になっている可能性が高いため、ステインに単身突撃する可能性があるためだ。
「……ステインですか?」
「まあそうだ。そこらのチンピラヴィランでは本番として物足りん。ステインほどのヴィランが丁度いいかと思ってな」
ゲンセイの言葉でシズは決意を固める。
(飯田がステインに突撃してたら助けないとな。飯田だから大丈夫だと思うけど……いや、飯田だからこそかたき討ちに燃えるかも。気にかけておくか)
ステインは主に裏路地で犯行に及ぶらしいので、そこを重点的に探せばすぐに見つかるだろう。
「……!?」
「気付いたか?」
「……はい」
シズは悪寒を感じた。ゲンセイはもともと気付いていたようだ。
刹那、ゲンセイに剣が伸びる。ゲンセイは構えていない。気づいていないわけではなく、敢えて動いていないようだった。
シズがその剣を止め、弾き飛ばす。攻撃の犯人は飛びのき、距離を取った。
「……へえ、やるじゃん」
「……あなた、あの時の……?」
シズとゲンセイは犯人と向かい合わせになる。犯人はシズのことを称賛していた。
しかし、シズはその称賛を気にしていなかった。そんなことより気になることがあったからだ。
(この人、体育祭の後の時にファンですって言ってた人だ)
そう。犯人は体育祭後の休日にファンを公言していた人。シズにとって第二号のファンだ。
「覚えてたんだ。あの時は様子見でね。ある程度の力量を測ってから倒そうと思ってたんだ」
「……様子見」
つまり、最初から予定していた邂逅だったということ。シズは悪意を持って近づいてきた人間に気付かなかったことに己の気のゆるみを遅まきながらに自覚した。
「ボクの名前は橘恭弥。君のファンだよ」
「あなたのようなファンはいらないな」
犯人――橘の名乗りにシズは返した。橘はその言葉をおかしく思ったのか笑う。
「ひどいなあ、いらないなんて。一番のファンだよ?」
「巫山戯るな。一番は他にいる」
シズは橘の言葉に激昂する。しかし、思考は冷静に。怒りを背中に集め、燃料とする。頭に怒りが行き、熱くならないように。思考がクリアになるように。
橘は「残念」と言っておどけて見せた。
ゲンセイはシズに言った。
「そいつ、なかなかに強いな。実践として申し分ない」
「……つまり?」
「保須に行くのは中止だ。こいつで十分。――ヒーロー、ゲンセイ・アラキの名において戦闘目的での個性の行使を許可する。お前の手で倒して見せろ」
ゲンセイの言葉を聞き、シズは橘を見据える。己の敵と定め、本物のヴィランと対峙する。
「私はシズ。今からお前を倒す者だ」
シズは橘に剣を向けてそう宣言する。
「ご丁寧にどうも。ボクは君を献上する者だよ」
(……献上する?)
仲間がいるのだろうか。シズは橘の言葉からそう推測した。
シズと橘は向かい合って互いに構える。ゲンセイは二人の間に立ち、審判のような立ち位置にいた。
最初に動いたのは橘だ。橘はゲンセイに向けて剣を振るう。
ゲンセイは先ほどのように動かず、またシズが止める形になった。
「おっさんは邪魔だったから先に殺したかったんだけど、やっぱ止められちゃうか」
「お前はゲンセイさんに傷一つ与えられないよ」
シズの言葉に橘は顔をひきつらせた。言いようのない怒りに支配され、剣の動きが鈍りかける。
しかし、橘も強者の枠組みに入る者だ。
怒りを鎮め、冷静になる。
「フーン。ボクの攻撃に反応すらできなかったのにね。君のほうが強いんじゃないの?」
「笑わせる。他者の力量を測れない時点でお里が知れるな」
橘はもう一度顔をひきつらせ、怒りに身を任しかける。何とか踏みとどまり、冷静にシズを見据えた。
(……未熟だ。人の力量を見極めることすらできない目。少し煽られるだけで怒りに支配されかける心の脆弱さ。プライドが高いのか?)
舌戦ではシズのほうが有利だ。剣の腕はまだ両者ともに本気を出していないためわからないが、数度の打ち合いだけでも隔絶した差はないことが推測できる。
橘が冷静さを辛うじて保てているのはクライアントの存在があるからだ。この仕事に責任が伴う以上、下手なことはできない。
シズはこのまま舌戦を続けようと口を開くが、橘がシズに斬りかかったことでその動作を中断する。橘はそのまま連撃を続け、シズを切り裂かんとする。
(速い。ゲンセイさんの稽古を受けていなかったらもう5回は食らってた)
シズは橘の攻撃を感じてそう評価を下す。精神は未熟だが、剣技は本物だといっていい。
橘を油断できない相手だと認識し、真剣に構える。
「じゃあ……いくよ?」
(もう来てただろう)
橘はシズに宣言し、刀を振り下ろした。
すると、刀身がシズに向かって飛び、飛ぶ途中で分裂。そのままシズを覆いつくすように進む。
(分裂……!どういう個性だ?全部に実態がある)
シズは橘の個性の予測を立てることはできなかったが、対処はできた。
向かってきたすべての剣を叩き落す。叩き落した剣の分身はすべて消滅した。しかし、橘の手にある剣には刀身が復活していた。
橘はその光景に驚き、過去を思い出す。思い出したくない過去。
その出来事に、そっくりであった。
橘は言いようのない恐怖に襲われる。全身の毛がよだつような感覚。永遠にも等しいあの地獄の記憶が掘り起こされる。忘れたくて封印していた記憶が容赦なく掘り起こされる。
この後、どうなっただろうか。
橘は過去の記憶を思い出していた。過去の相手の動きと自分の動きが鮮明に映し出される。
橘が斬りかかり、相手はかわす。橘は自分の中で流れを掴んでいたため、自身の持てる全ての力を十全に活用していた――否。活用するように仕組まれていた。
相手は剣の道の中でも至高に近しい領域――あるいは、至高そのもの――に存在しており、橘が敵うような相手ではなかったのだ。
橘は剣を上段に構え、振り下ろそうとする。しかし、相手の動きのほうが数段速かった。
そして、相手の刀が橘の首にかかり、そのまま―――
そこで、橘の思考は現実に帰る。
見れば、シズの刀が橘の首に向かっているのが見える。このまま進めば確実に橘の首に直撃することが見てすぐに分かった。
橘の脳裏に現れた言葉は、「死」。
死がすぐそこにあるのを感じた。普段の橘ならば、そんなことはありえないと気づいていただろう。なぜなら、シズはヒーローの卵なのだから。
しかし、今の橘は冷静じゃない。正常な判断ができる状況になかったのだ。
(死ぬ?この僕が?
橘は状況を確認し、錯乱状態に陥る。橘の思考の中では「死」がすぐそこに迫っていて、何とかそれを逃れようとしていた。しかし、それは叶わない。
(それだけは、それだけはイヤだぁ―――ッ!)
―――それは、橘にとって福音に等しかった。
橘のなかでナニカが発動し、体中にめぐる。
やがてそのナニカは全身にめぐり、橘を蝕んだ。
「ァあ、あア、ア―――」
橘の呻き声はやがて空気に溶けて消え、以降橘が言葉を発することはない。
それはもう橘ではなく、「橘であったナニカ」だ。
シズは橘が前とは別人になったことを認識し、ある重大な事実に気付く。
(魂が摩耗している――!?)
シズの目には、橘の魂が摩耗しているように見えた。そして―――
(……助けるよ)
彼の目が、助けを求めているように見えた。
「少し手ごわくなったか。手助けは?」
一歩先に出てシズに並んだゲンセイが問う。
シズはゲンセイに笑って返した。
「愚問ですね」
シズの言葉にゲンセイも笑い、一歩下がった。
シズは弧月を構え、橘だったものと対峙する。
「―――いくよ」
その言葉の後、互いに縮地で距離を詰める。剣と剣がぶつかり合い、激しい火花がなった。
(……強い)
シズは打ち合いの後にそう感じる。明らかに先ほどの橘とは違う。
速度、膂力、構え、隙。そのすべてが無駄なく、そして洗練されたものになっている。
その力は、USJの脳無を思い出させる。
(脳無化?)
しかしそれはあの脳無に比べて不完全だ。あの脳無には魂の欠片もなかったのに対し、ナニカには橘の面影が残っているのだ。
よって、これは簡易的な脳無化であり、何かしらを代償とした力の前借だと推測できる。
――いずれにしても、すべきことは変わらない。
倒し、捕らえる。
それだけだ。
「梅花――五華突」
シズは思考を放棄し、戦いに身を任せる。
この三日間で教わったすべてをぶつけ、勝つ。
そうでなければいけない。ここで躓いていては、No.1になんてなれない。
シズの五華突を、ナニカは己の身体能力だけで弾く。しかし、そこには確かな技術も混ざっているため、橘の技術を十全に利用しているのだろう。
手強い相手。
しかし、それはシズが剣のみにこだわった場合の話だ。
「アステロイド」
シズは久しく使っていなかったアステロイドをナニカに放つ。もちろんナニカは簡単に回避するが、シズの猛撃は止まらない。
「ハウンド、バイパー」
ハウンドとバイパーの波状攻撃がナニカを襲う。ナニカは刀では弾き、弾丸の行動を停止させる。
しかし、それは相手を動かすためのハウンド、そしてバイパーだ。
「八重桜――八華せ――」
シズはナニカに肉薄し、最高奥義を叩き込もうとするも、叶わない。
ナニカは体から生やした剣でシズの行動を阻害する。それにより、シズの八華閃は中断を余儀なくされた。
(……出し惜しみは無理か)
シズは即座に判断を下し、体中に神経を向ける。感覚を研ぎ澄まし、血の巡りを知覚する。
そして、そこに徐々に虚無を流し込む。器が壊れないように、また虚無がこぼれて暴走しないように。
やがてシズは虚無を全身に巡らせ、全力の状態となった。
そしてそのままの勢いでナニカに突進する。
「梅花――五華突」
五華突による刺突でナニカの体勢を崩す。
「八重ざく――」
そのまま八華閃を繰り出そうとするも、シズの体勢が悪く、4回の斬撃に終わる。
攻撃は当たるも、1回のみ。残りの3回の斬撃はナニカに防がれる。
「ッチ……」
シズはまだ八華閃を使いこなすことができていない。
八重桜――八華閃は簡単に言えば高速斬撃だ。
目にも止まらぬスピードで敵を斬る。
ただ、それだけ。
しかし、その中には確かな技術が必要で、それを可能にする身体能力が必要だ。
身体能力は十分に満たせている。それこそ、虚無を全身に巡らせる必要はない程に。
しかし、八華閃はそんなに単純な技ではない。
八華閃の斬撃のパターンは幾千、幾万にも及ぶ。
繰り出し手の体勢、敵の体勢、敵との距離、刀の長さ、障害物の有無、またその多さや位置。
そういった要素の数々が、八華閃の難易度を底上げする。
シズの練度では、実戦で扱うのに不十分だ。
しかし、敵と一対一かつ、よーいドンの状態に持ち込むことができれば、存分に八華閃を繰り出すことが可能だ。
であれば―――
(それを作り出せばいい)
シズは勝利の道筋を導き出し、それを満たすように行動する。
「バイパー」
バイパーでナニカの行動を阻害する。
「…………――ッ!」
ナニカは先ほどと同じように全身から斬撃を飛ばす。その斬撃でバイパーと周りの木々は跡形もなく消し飛ばされた。
「予測通り」
バイパーはナニカに木々を破壊させるために放ったものだ。
ヒーローとなる以上、自分から進んで環境を破壊するのはあまり褒められたものではない。ヴィランが破壊するのを止めるのもヒーローの仕事であるため、わざとヴィランに破壊させるのも褒められたものではないが。
ともかく、邪魔はなくなった。
これにより障害物の問題を解決。あとの問題は敵の動きを誘導することで解決可能。もう王手はすぐそこだ。
―――――しかし。
ナニカは即座にシズに接近し、斬撃を浴びせる。
「って……!」
シズは右肩を切り裂かれるが、すぐに治癒し、止血も済ませる。
ここで、ある違和感に気付く。
(虚無が……!?)
全身をめぐる虚無が暴走を始めたのだ。
全身に巡らせた虚無の量はそう簡単に暴走を起こすような量ではなかった。
しかし、現実は違う。
となれば、考えられるのはナニカの個性だ。
「虚無の回路を乱された」というよりは、「虚無との接続を絶たれた」といったほうが正しい様に見える。
よって、斬られたときに個性の発動条件を満たしたのだろう。
その個性は、「対象の切断」といったところだろうか。その対象は、何かしらのつながりも入るのだろう。
例えば、常闇が斬られればダークシャドウとの繋がりも絶たれるはずだ。
まあ、その強度はあまりないらしい。
すぐに虚無の支配権を奪取し、暴走を回避する。
体力が相当持っていかれたが、許容範囲内だ。
「旋空弧月」
旋空による防御不可能な斬撃により、ナニカを上空に誘導する。
「ハウンド、バイパー」
シズはまたハウンドとバイパーの波状攻撃を放つ。
上空にいたナニカは斬撃で弾丸を撃墜。撃墜し損ねたものは体をひねることで回避。
そして安全に着地した。
―――瞬間、ナニカの姿が消える。
ナニカが出現した場所は、シズの目の前。
「スイッチボックス」
スイッチボックス。
自身の周囲に不可視のマーカーを設置し、対象がそれを踏むことでワープの発動を強制させる。
ワープ先はもう片方の設定したマーカーで、罠として有用だ。
また、設定をいじれば味方にのみ可視化させることが可能であるため、味方の緊急脱出装置としても使用することができる。
ナニカとシズの距離は1mと少し。
シズは剣を構え、ナニカは状況の判断に精一杯。
つまり―――
「八重桜――八華閃」
――暴力が、猛威を振るう。
八撃。右、左、上、下、またそれぞれの斜め。
360度から、全身を蝕む暴力。
それは、ナニカの活動を停止させるのに十分だった。
ナニカが倒れる。
その魂は橘の輪郭を取り戻し、外見は橘に戻りつつあった。
「ふう……」
シズは激戦を終えて一息つく。
「よくやった。八華閃を使いこなすことはまだできていないが、それでも自分に有利なように状況を作り出す。見事だ」
激闘を終えたシズにゲンセイがそう評価を下した。
シズはゲンセイに笑顔で応え、橘を警察に搬送するためにスパイダーで捕縛しようとした。
――しかし、それは叶わない。
橘の後ろに黒いモヤが現れたのだ。
「――ッ!?」
見覚えのあるモヤだ。
「おやおや……これはこれは」
「ヴィラン連合……!?」
突然の来客の正体はヴィラン連合が一人、黒霧。
死柄木はいないようだ。
「まあ、今日はあなたに用はありません。また会いましょう」
「ッ!?まて!」
シズの叫びも空しく、黒霧は消えてしまった。
橘も消えていることから、橘を救いに来たのだろう。
つまり、橘はヴィラン連合とのかかわりがあるということだ。
そして、橘が言っていた「献上」という言葉。
(私を狙っている?)
シズがその結論に至るのは何も不思議なことではない。
シズはその目的を考察しようとしたが、情報が一切ない今は何もわかるはずもなく。
そして、職場体験四日目が終わった。
はい、めっちゃ遅れました。すみません。
ヒロアカURのデク滅茶苦茶じゃないっすか?